『 ファッションの素敵さを体感した映画と本 』

栗野 宏文 MEN WOMEN

2018.01.04

■さまざまな体験でファッションの魅力を再認識

新しい年となりました。
本年もユナイテッドアローズをご愛顧いただけますよう、心よりお願い申し上げます。

私事ですが、昨年私は64歳の誕生日に’僕もビートルズの『When I’m Sixty Four』の年なんだ!’と思い至りました。奇しくもあの曲が生まれて50年目でしたが、50年前の64歳と現在の64歳とでは10歳位イメージが異なる気がします。あの頃60歳を越えていた僕の親戚のおじさんやおばさん達はかなり高齢者なイメージでした。

さて、昨年の自分は’ファッションの魅力とは何だろう?’と再考したり再認識したりする機会が多かったのですが、それには幾つか要因があります。
 1.世の中全般に’ファッション消費の停滞や衰退’が多く語られたこと。
 2.上記の状況や意見に対しての背景分析や反論を自分なりに考えたこと。
 3.’ファッションの素晴らしさ’を再認識させてくれる映画や書籍や展覧会との出会い。
等々です。

もとより僕自身は’ファッションが衰退している’とは感じていませんでしたが、少なくとも20世紀的なモノの売れ方では無くなってきたという認識はありますし、また業界全体の’問題点’という観点では自戒を含め重く受け止めています。’モノ余り’の時代であること、世の中に似たような商品やブランドが多過ぎることは否定できない事実です。お客様は常に’進化’しています。進化し続けるお客様方に喜んでいただける’商品’や’サーヴィス’を提供しない限り、弊社のみならずファッション業界全体に未来は無いでしょう。

では冒頭に述べたファッションの素晴らしさを再認識させてくれる映画や書籍や展覧会とはどのようなものだったのか? ここで紹介させてください。


■’愛の人’ ドリス・ヴァン・ノッテン

まず、ファッションのクリエイターを描いた素敵な映画を二本観ました。それが『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』と『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』です。

ドリス・ヴァン・ノッテン(DVN)は僕自身も大好きなデザイナーで、買付は勿論のこと、自分で彼の服を着て25年になります。ユナイテッドアローズは日本におけるDVNの最も長い取引先の一つです。ドキュメンタリー映画である『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』は近年の彼のコレクション制作と発表までの月日を追いながら、仕事の場面ばかりではなくプライヴェートのシーンも取材するなかでドリス・ヴァン・ノッテンというデザイナー&ブランドの魅力、それを支える彼の人間性が良く理解できる作品です。





よくここまで取材させたな......と思えるくらいにコレクション制作の裏まで入り込み、また私生活では25年間を共に過ごしてきたパートナーとの暮らしぶりも拝見できます。ドリスがいかに丁寧に仕事をしているか、いかにモノづくりに情熱を注いでいるか、いかに自分の美意識に忠実に生き、いかに花や樹木を愛し、そこから服を生み出しているか、そしていかにパートナーやスタッフを愛しているか......。彼の呼吸が感じられる映画です。

ドリス・ヴァン・ノッテンという人物を一言で言い表せば’愛の人’だと思います。優れたクリエイターは創作したモノに人間性があらわれます。それらは’強さ’や’激しさ’や’才気’ですが、ドリスの人間性とは優しさ・丁寧さ・謙虚さ・真面目さであり、バイヤーとしてのブランドへの評価以上に僕は彼の人間性に心から共鳴してきました。

そしてこの映画を観て、自分が受け止めてきたものが間違っていなかったことを再確認しました。実はドリスとは何回か会ったことがあり、共通の友人宅でインティメイトな会食を共にしたこともあります。ドリスは我が子のように大切に手入れしている庭で採れた野菜や果物、そしてお手製のジャムを手土産に持ってきてくれました。威張らず、気取らず、見栄を張らず、いつも自然体でオープンマインドなドリス。それは彼の生み出す服の世界そのものだと思いませんか? 美しく、丁寧に作られ、かつ時代を呼吸している服。結果的にタイムレスで時を超えて着ることができる。それがドリス・ヴァン・ノッテンの服です。ユナイテッドアローズでは永年、彼のメンズ及びウィメンズの服を提供しお客様に喜んでいただいてまいりました。一昨年はパリとアントワープで大規模な回顧展が開かれ、僕は通算5回観ました(2回目は本人が友人を招待し案内する場に偶然遭遇し、僕も彼に案内&解説していただくという最高の幸運!)。また100回記念(メンズ&ウィメンズ合計)のコレクションもバイヤーの浅子さんと拝見できて、記念の本も入手しました。



ドリス・ヴァン・ノッテンの100回目のショーを記念して作られたブックレット。


過去のコレクションで使ったプリントが紹介されていました。


ファッションのバイイングは単なる’好き’では実行できないものであり、プロとしての計算や計画や熟慮と判断力が求められます。しかしそれらを意識してもなお上回る’人間性の魅力’がドリス・ヴァン・ノッテンと彼のブランドにはあります。25年間付き合ってきて本当に良かったと思うのです。


■’愛すべき耽美主義者’マノロ・ブラニック

もう1本の映画は稀代のシュー・デザイナーであるマノロ・ブラニックの創作の秘密に迫った作品。子供の頃のマノロが庭のトカゲに銀紙の靴を手でつくって履かせて遊んでいた、というエピソードから始まる作品ですが、こちらはドリスの映画のような100%ドキュメンタリーではなく、再現ドラマやアニメーションも採用したファンタジックな映画となっています。
マノロもまたユナイテッドアローズ(UA)で扱いのあるブランドですが、美しいだけでなく’履きやすいハイヒール’’走れるハイヒール’とまで言われています。女優やモデルに熱狂的な愛好者が多く、今や’神話化した靴’です。こちらもUAで愛用者が多いブランドです。

僕は1974年のブライアン・フェリーのセカンド・アルバム『アナザー・タイム、アナザー・プレイス(いつかどこかで)』のジャケットでプールサイドの遠景に写るお洒落な男性としての認識が最初の出会い。故オジー・クラークや当時のパートナー,セリア・バートウェル、そしてデヴィッド・ホクニーらとスインギング・ロンドンの中心人物の一人だったのが若きマノロです。独学で靴造りを学び、ロンドンのチェルシーの奥に小ぶりながら洒落たお店を持ったのがスタートでした。マノロも自分の美学に忠実なひと。またドリス同様にファッション以外のアートや映画や文学、そして歴史から常にヒントを得て自由なクリエイションを行っています。

この映画もまたファッション業界のみならず話題になると思いますが、あまり言及されていない監督にも注目してください。『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』を監督したマイケル・ロバーツはスタイリスト、エディター、イラストレーター、絵本作家という多彩な顔を持つ才人で、エディター時代はミラノやパリのコレクションで必ず見かけるダンディな紳士でした。彼の絵本もとても素敵でおすすめです。雑誌’ニューヨーカー’のクリエイティヴ・ディレクションも手掛けていたようですが、イラストの表紙が名物の歴史ある同誌にふさわしいキャスティングだったと言えます。監督マイケル・ロバーツは’何か美しいモノを生み出すひと’のセンスやユーモアを自らの中に持っているからこそ、この映画を創作できたのだと思います。マノロ・ブラニックという’愛すべき耽美主義者’のチャームが100%描き出された作品です。


■’いかに自分に似合うものを選び着こなすか’ということこそ’お洒落’

さて次は本のご紹介。ニューヨーク最高のデパートであるバーグドルフ・グッドマンの90歳の現役販売員であるベティ・ホールブライシュの自伝である『人生を変えるクローゼットの作り方 あなたが素敵に見えないのは、その服のせい』は、波乱万丈の人生を生きてきたベティが自分の生い立ちや結婚、そして50近くなって初めて就職してからの日々を綴った本です。裕福ながらも孤独な幼少期から富豪の実業家との問題ある結婚、結果としての精神的な病と入院、そして自立と大病......を生き抜くことができたのはベティさんのお洒落への情熱や他者へのサーヴィス精神であったことが手に取るように伝わってくる本です。お洒落が彼女を救ったのです。

僕はファッション小売業界でちょうど40年を過ごしていますが、ベティさんの業界歴とほぼ重なります。また、僕は今でも’販売員’が自分の天職であると思っていますが、そこも彼女に共感します。年齢やブランドやトレンドは’お洒落’の本質には関係がなく’いかに自分に似合うものを選び着こなすか’ということこそ’お洒落’であることを彼女の人生や言葉を追体験しながら理解できる作品です。
僕はこの本を読んでファッション小売業界に居て良かった......とつくづく思いました。





さて2017年はニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)でコム デ ギャルソン/川久保 玲の回顧展が開かれた年でもありました。現存する(展覧会開催時)デザイナーとしてはイヴ・サンローラン以来2人目、日本人デザイナーとしては勿論初めてMETで’単独のデザイナーにフォーカスした回顧展’となった同展覧会も見る機会がありました。40年間、徹底して’創造の為の破壊’をし続けたコム デ ギャルソンというブランドをアカデミックに分析することもまたファッションの未来にとって意義あることだったと思います。


■Decision(決断)が重要

もう1本、重要なドキュメンタリー映画を紹介しておきます。元ブラーのベーシスト アレックス・ジェイムスがナビゲイトする映画『スローイング・ダウン・ファストファッション』です。この映画は近年大きな潮流となった、安価で大量生産、大量消費されるファッション衣料の製造と購買後の廃棄がいかに地球環境にネガティヴなインパクトを与えているか? について解説した問題提起の作品です。
そして、この潮流において僕がもっと危惧しているのが’イージーに服を買って、イージーに返品する’というライフ・スタイルです。’どうせ安いのだから買う際に悩む必要はなく、気に入らなかったら返品すればよい’というロジックが前提になっている消費の仕方がメジャーになってきた、ということは’ひとがモノを深く考えなくなっていく’ことを助長します。買い物というのも本来は’Decision(決断)’から成り立っている行為ですが、そこで熟考や決断を放棄してしまうこと......それが何時の間にか生活全体のスタイルとなってしまうことは選挙や投票といった行為にも影響してきます。話題性や威勢の良さといった表面性から投票対象者を選んでしまい、結果的に政治が危険な方向に進んでしまう......。それはフィクションではなく現在、世界各地で起きていることではないでしょうか?
ファッション消費のマインドと政治や社会潮流は不可分なのです。そこにも業界当事者として責任を禁じ得ません。


さて新年早々長い文章となってしまいました。お付き合いいただき恐縮です。

結局僕が言いたかったのは’ファッションは素敵だ’ということです。ドリス・ヴァン・ノッテンの’愛’、マノロ・ブラニックの美意識とサーヴィス精神、ベティ・ホールブライシュの’お洒落を《生きる》姿’、川久保 玲の’絶えざる挑戦’......それらがファッションをカタチにし、意味あるものとし、我々の人生を豊かにしてきました。

今’ファッションの衰退’を唱えるかたはそれを他責にしている気がします。大きなトレンドが無い、メガ・ヒット商品が無い......それは’ファッション・システム’の陥穽であって’ファッションそのものの本質的な問題’ではないでしょう。あるいは’若者がファッションに興味が無い’とも言われます。確かに限られたお小遣いの使い道としてファッションのプライオリティーは最上位ではないように思います。しかし、たとえばミレニアルと呼ばれる世代達がコミュニケーションや認証欲求に強い興味を持つとしたら、そこに’自分の姿’への意識は不可欠ではないでしょうか? それが’服を選ぶ(Decision)’という行為に繋がり、結果として自分を知る契機ともなるはずです。


僕は今後もっと多様なカタチで’ファッションの素敵さ’を伝えていこうと思います。
みなさまにとって2018年が楽しく、平和な年であるよう、心からお祈り申し上げます。

2018年 1月 栗野 宏文

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