だからかっこよく見える。

「たとえば、夜9時台に出演されているNHKのニュースキャスターは“いい”スーツを着ていらっしゃる。さすがだなと思うんです」とはソブリンのディレクター・太田裕康。 “いい”には、かっこ“いい”や、着心地が“いい”などさまざまな意味がある。とにかくそんな“いい”という言葉をいただくために太田裕康はスーツ工場や技術者たちと制作している。今までに何千以上ものジャケットやスーツに腕を通してきた太田が考える“いい”スーツとは。

LOOK BETTER by Hiroyasu Ota
Director of SOVEREIGN

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こうして鏡の前に座ってみて、自分を見た時に襟が抜けてないかどうか。襟が浮いてしまうっていうのはもっともかっこよくないことのひとつです。たとえばNHKの夜9時台に出演されているニュースキャスターはいいスーツを着ていらっしゃると思うんです。これは職業病に近いのですが、私はテロップではなく、キャスターの襟や肩を見てしまう。それほどそこにはスーツの良し悪しが出ます。身体にあったスーツを着ているかどうかが分かりやすく映るパーツなんです。

私は会社まで電車で通勤しているんですが、つり革を持つビジネスマンのなかでも、肩の形が崩れてしまっている人を見かけます。これもやはりスーツが身体にあっていないのが原因です。アームホールがきちんとした場所についていると、腕を上にあげた時でも抜けることはありません。このように、立ち姿は当然のこと、座っている時、歩いている時、つり革を持っている時のように、どのようなシチュエーションでも、着崩れることなく、スーツやジャケットが綺麗に見えるのはとても大事なことです。

長いことお店でお客様のご対応をさせていただいている際にも、「スーツを選ぶうえで何を注意した方がいいんですか?」と聞かれることがたくさんあります。その時、私はとにかくサイズとお答えしています。サイズというと、ジャケットに関して言えば、胸まわりや肩幅、袖丈。パンツでしたらウエスト周りやレングスと色々とあります。これらは先ほどお伝えした見た目のかっこよさはもちろんのこと、着心地につながります。

ジャケットって肩凝るよね」と耳にしますが、サイズのあったジャケットを選んでいれば実はそんなことはありません。20代の頃、出張先のイタリアの方から教わったことがあります。それはジャケットというのは、首と肩で着るものである、ということ。「首と肩で着るってどういうこと?」と思い彼に聞いてみると、「こういうことだよ」とがっしりとしたツイードのジャケットを着させてくださったんです。驚きました。重さを感じなかったんです。私もそれまでは、見てくれだけで洋服を選んでいた部分もあったのですが、着用感というのはこんなにも大事なんだなとそこで感じたんです。

首と肩で着るためには、ジャケットの上襟というパーツが最も大事になってきます。ジャケットの中で、最もカーブがきついのが襟のパーツ。もともとまっすぐで平面な生地を、立体的に、そしてカーブをつけていくのは、複雑で難しい工程になります。しかし、このプロセスを適当にしてしまうと、首に対して立体的に合っていかなくなる。つまりは肩への負担が増えてしまうわけです。

見た目、着心地、そしてつくりの良さは、すべて繋がっています。私自身がずっと携わっている<ソブリン>のスーツやジャケットも、とにかく技術者の方々と日々やりとりをし、どうしたらいろんな人がかっこよくみえるのかを試行錯誤しています。サンプルを自分や他のメンバー、色々な体型の方に着てもらい、どこがどういう風になったらだめなのか、どこがどういう風になればより良く見えるのかを研究しています。「あの人素敵」と男性にも女性にも言っていただけるようなジャケットやスーツを。技術者の方に、例えば「もう少し肩の傾斜を強くしてほしい」と相談してみるものの、「それはできない」ときっぱり断られることもあります。しかし私たちも「そうですか」と簡単に引き下がるわけにもいきません。「どうにかやってほしい」と言い続けていると「肩幅少し広げて、のぼりを気持ち高くすれば肩傾斜が少し強く見えるかもしれません」と提案をいただけたりするんです。こうして、ものすごく細かいレベルで会話ができることは、作る側としてはものすごくありがたいこと。大事なパーツを一つ一つ丁寧に、ミシンで縫うだけでなく、具合を見ながら、テンションを考えながら、丁寧に徹底的に行う技術者がユナイテッドアローズにはいます。

ジャケットやスーツをユニフォームのように着る時代は終わりに向かっているように思います。コロナ前までは、皆さん仕事などで着用されている方がほとんどだったと思うんですが、コロナ禍においてリモートワークになったり、ご自宅で仕事される方もたくさんいらっしゃいます。自宅で仕事するのにわざわざスーツを着なくていい。その通りです。会社に行くにもスーツじゃなくていいという方も増えています。ですから、これからはスーツをご自身のための、楽しむためのものとして選んでいただきたい。それには素材や色、形はもちろんなのですが、着心地につながるつくりの側面も考慮して選んでいただけると間違いないのではと思います。結果、それが見栄えに繋がりますから。

Profile

太田裕康

SOVEREIGNブランドディレクター。1969年神奈川県に生まれ、学生時代にユナイテッドアローズ 原宿本店にてアルバイト勤務からキャリアをスタートする。その後、社員になりザ ソブリンハウスの立ち上げに参画。店長、バイヤーを経て現職に至る。趣味はフライフィッシング、ライフワークは剣道。