世の中には無数の服がある。その中から袖を通したいと思える1着に出会えることは素敵なことだし、それをワードローブに加えることは特別なことだ。だからこそ、多くの作り手やお店はその服の個性を声高に叫ぶ。私たちユナイテッドアローズがここで触れるコレクションに謳い文句を添えるなら、きっと「最高に普通です」と言うことになるだろう。だけど、間違えないで。それは決して無難で退屈だということじゃない。この時代に自然体のままで洒落ていられて、ストレスからも開放してくれるデイリーウェアを求めてたどり着いたのが、そんな形容の似合うミニマルなものだったのだ。日本が世界に誇るテキスタイルメーカー、「カネマサ」と手を組んでつくった、今の時代の普通で上質な服。目立った主張もロゴも無いけれど、選ぶ理由にはきっと事欠かない。
Profile
内山省治 /
ユナイテッドアローズ メンズファッションディレクター
1975年生まれ、福岡県出身。1997年に入社し、2007年より現職に。クラシコやビスポークから横ノリのカジュアルまで、守備範囲の広さと知識量が持ち味。
自分自身が心地よくいられる服を
求めている人も多い気がしたんです

―今回のコレクションについてお聞きする上で、まず気になるのがやっぱり、「カネマサ」って? ということだと思うので、最初に内山さんの言葉でご説明をお願いできますか。
はい。和歌山県を拠点に、‘60年代に創業された高クオリティな生地を作る会社様です。一般的には、「カネマサ」と聞いてピンとくる方は少ないかもしれません。ですが、我々的には、上品で上質なカットソー・ニット生地と言えば「カネマサ」というイメージがあります。世界中のブランドとも取引を行っているメーカーさんですし、皆さんも知らず知らずのうちにカネマサさんの素材に触れていることもあるのではないかと思います。
―認識できていないだけで、実はファッション人にとっては身近な存在だと。
あるあるですけど、「こういう生地が作りたいんですよね〜」とかって生地屋さんに私物の服を見せたら、「あ、それたぶんうちの素材ですね」ってなったりしますね(笑)。
―カネマサさんとの協業はビューティ&ユース ユナイテッドアローズ(以下、BY)も以前にやられていましたよね?
はい。大きく異なる点はBYの場合はカネマサさんから生地を買わせていただき、弊社で企画をして、製品を作っているのに対して、今回はカネマサとゼロベースで話をしているところです。どんな生地を使おうかというところから始まって企画、デザインをして、縫製から製品にするまでのすべての工程を今回はカネマサにお願いしました。だから純度100%ですね。
―生地だけじゃなく、製品化の背景も持っているんですね。では本題のコレクションの内容について教えてください。
アイテムはコーチジャケットと半袖のシャツ、ショーツとイージーパンツの4型です。デザインはシンプルですし、説明だけ聞いているとすでに見慣れたモノばかりのように聞こえますよね(笑)。
PHOTO BY YUUKI KUMAGAI
―正直、最初に聞いた時には何の変哲も無いものを想像しましたけど、現物を見ると印象が変わりますね。
そこがカネマサさんの素敵なところで、触って頂けると分かるんですけどめちゃくちゃ高密度な編みのコットンポリエステルの天竺生地なんです。例えばT シャツやスウェットで滑らかなボディと言っても、ざっくりしてる事が多いじゃないですか? ただ、今回の生地は一般的なそれらのモノと比べても非常に目が詰まっていて滑らかで、そのおかげでとにかく品よく着られるんです。46ゲージってニットだとよく聞きますけど、天竺素材ではあまり耳にしないと思うんですよ。

―どちらかと言うとオンスの世界ですもんね。でも現物に触れるとすごい魅力的なんですけど、それにしてもストイックですね。外にはプリントも刺繍も何もなくて。
洋服って、皆さんそれぞれ選ぶ時の価値観があると思うんです。パッと見の派手さを求めたり、一目で他と違うとわかるようなものを求めたり。でも一方ではその真逆で、何てことない見慣れたようなジャケットやシャツだけど、着たときに自分自身が心地よくいられるような、そういう服を求めている方も多くいらっしゃる様に感じます。“上品で上質”とかって言うと、ついついカシミヤやウール素材を想像しますが、コットン素材でカジュアルかつ上品なモノをどこまで追求できるか、という事も面白いとも思い、それであればカネマサだなと思ったんです。
―この生地は元々カネマサさんが作っていたものだったんですか?
はい。先方に膨大な生地のノウハウがあるので、こちらからのリクエストに対して、「それだったらこういう生地はいかがですか?」と提案してもらいながら選んでいきました。それに対して色出しはビーカーでチェックするところからやらせてもらったオリジナルカラーです。
―素材の成り立ちは見えてきましたが、この4型に決めたのにはどんな意図があったんですか?

素直に今着たいなぁと思ったからです。例えばコーチジャケットやゆったりとしたシルエットのショーツとかって「着たいんだけど、やっぱりカジュアル見えしすぎちゃったっりするから着づらいんだよね」なんて声を聞くこともあったんです。それなら今回の生地を使ったら、気になる点を解消することがで出来るんじゃないかと思いました。また、スポーティでカジュアルなものを上品な印象のこの生地で作れば、新しいデイリーウェアができるんじゃないかなと思ってこの初回のラインナップになりました。
―内山さんご自身もオーセンティックなスポーツもののコーチジャケットとかって苦手ですか?
私自身は大好きです(笑)。だけど、実際に同世代の友達とかと話していてもそういう声はよく聞きます。例えば変わらないスタイルを続けながらも、それを自分なりにアップデートできる人もいれば、好きなものは変わらないけどちょっと距離ができちゃったな……みたいな方も歳を重ねるにつれて増えているようには感じてたんで。
―モノの魅力は変わらなくても、それを着る自分自身や時代のムードは確実に変わっていきますもんね。
そうですよね。自分も年齢を重ねる中でアップデートさせていきたいなと思った時に、こういう素材感や色合いだったり、サイズバランスを見直したスタンダードが一番皆さんの心にスッと入り込んでいくんじゃないかなと思っていました。それをシンプルにやるなら、生地に精通したカネマサさんの力を借りない手はないかなって。
清潔感があったり品よく見えることも
洋服の重要な機能だと思います

―確かに、この生地じゃなかったら成立しないくらいニュートラルなデザインですもんね。
今回のコンセプトとして上品さと快適性というふたつの軸があります。近頃よく見るハイスペックウェアのような機能性はここには要らないんですけど、気持ちよく着続けることをサポートするっていう機能は欲しくて。この適度に伸びる生地はストレスフリーに着てもらえるなと。また、袖を通した時の清潔感であったり、若々しく見えたり、品よく見えることも洋服の重要な機能だと思いますし、その上で着ている本人がストレスを感じないのがベストですよね。
―その結論に至るまでに、無理や我慢をしてオシャレをした経験が内山さんにもやっぱりあったんですか?。
ありました。昔の自分はそんなことはまったく気にしていなくて、振り返ると本当にバカだったなと思います(笑)。屈めないとか、電車に乗って吊り革を持ちたくても手が上がらないとか、一緒に食事に行くのを人に嫌がられるような格好とか(笑)、いっぱいあります。そういう便利じゃないことの面白さももちろんファッションにはあると思うんですけど、こういういろんなストレスが多い時代で、考えなきゃいけないことがいっぱいある中で少しでも着ていただく方が心地よくなれることも大事な現代のスタンダードだと思うので、そういう配慮が詰まったものにはしたかったんです。
―確かに窮屈だったり我慢する服じゃ毎日は着られないですもんね。

PHOTO BY YUUKI KUMAGAI
それと、快適さのもうひとつのポイントとして、基本セットアップで着用できるようにしています。これは聞く人によってネガティブに捉えられるかもしれないんですけど、上下が組みで着れる事によってスタイリングを考えるっていうストレスが減るじゃないですか。もしスタイリングに困ったり時間がない時には、上下で合わせればまず間違いないです、という感じです。もちろん全部をこのコレクションでまとめて欲しいとは思っていませんし、普段自分が気に入ってるウェアと合わせていただければ自然に調和するようなものになっているはずです。
―ここでちょっとイジワルな質問をしてもいいですか?
ダメです。やめてください。
―大事なことなのですみませんが聞きます(笑)。ほとんどこのままのスタイルで、上品そうな雰囲気にするだけならもっとコストを下げて、手頃な生地を使って自社でも作れたんじゃないでしょうか?
正直、できたとは思います。ただ、語弊があるかもしれませんけど、値段だけに捉われず、素材や関わる方々の背景も含めて伝えていけるようなモノとして、携わってる方々のこだわりがそのまま出るような形で今回は伝えたかったんです。
きっかけはドリスの2017年の秋冬の
コレクションを観たことです

―それはずっと前から考えていたんですか?
考えることもありましたが、決定的に認識したきっかけはドリス ヴァン ノッテンの2017年の秋冬のコレクションを観た時です。そのシーズンのドリスはマーリング&エヴァンスや東紀(繊維)さんなど、お取引してる生地屋さんのブランドロゴを前面に出したアイテムを作っていて。普段、黒子に徹してる多くの方々にスポットライトが当たるコレクションだと感じたんです。それ以降、世の中的にも背景だったり、そういうところに目が向くことが増えてきたように感じていて。そのような中、今回のようなことをやるにはちょうど良いタイミングかなと思ったというのもあります。
―ものづくりに明るくない多くの人たちにとっては、どうしてもパッと見のデザインと価格が大きな指標になりがちだと思いますけど、そういう部分がフォーカスされるのは素敵ですね。
単純に値段だけを抑えた方が喜んでいただけるケースもあると思うんですけど、その反面で生地のクオリティや個性に目を向けて服を選ぶっていう価値観を持ってくださる方も多くいらっしゃるんじゃないかと思っています。それらを考えると今回は「KANEMASA」として展開させていただくことが良いと感じました。それで関わってくれる人たちがフィフティフィフティの立場にいられると思うし、これからのスタンダードのひとつになり得る気がしています。その実験的な側面もあると思っています。
―昨今の言い方をすれば、それも持続可能なモデルケースかも知れませんね。
この「KANEMASA」という文字を観たら、上品・上質なコットン素材、と自然に思ってもらえる日が来ると良いですね。シンプルで主張は控えめだけど、多くの方に伝わると信じていますし、楽しみにしています。
―例えばドレスのロロ・ピアーナだったり、トーマスメイソンだったりのタグって、表にこそ出なくても着ていることで安心感や高揚感が得られるという意味ではストリートブランドのロゴTみたいな側面があるように感じますが、このカネマサのネームもそうなり得そうですよね。
様々な価値感があると思いますが、僕らが服を買うのってやっぱり自己満じゃないですか。白シャツは本当に安価で素敵なものもある中で、やっぱりトーマスメイソンが良いと思うのは究極の自己満足であって。今回のシリーズも、表立ったサインや記号性を持たせてないのは、まずは着ている人が気持ちよくてヤミツキになるところから世に広まっていってほしいという僕らの願いの現れでもあります。ただ、素材が上質で光沢感があるところも含めて、「何かその服、上品だね」と周りの方々にも伝わると良いなぁとは思っています。とはいえ一番は着ている本人の満足度が高まれば良いと思っています。
―素敵な考え方ですね。でも、上質な普通って一番伝えるのが難しいですよね。
そうなんです。だから助けてください(笑)。
―(笑)。「着たらわかるよ」になっちゃいますけど。どうやったらそのためにまず手にとってもらえるかが大事ですもんね。わかりやすいロゴやアヴァンギャルドなデザインだったら、手に取る理由も生まれやすいでしょうし。

記号化せず、あえてシンプルなコレクションにしているのは、本当に自分たちが思う今のスタンダードがこれだからです。世の中もメンズのファッションも目まぐるしく変わっていってる時代なのでこれがスタンダードだって言い切っちゃうと嘘になるかもしれないんですけど、楽しめるスタンダードなものが思い浮かぶ限り、このシリーズは続けていきたいなと思ってます。
―そう言いながらこのシリーズが好評を博したら、来年辺りに大きな“カネマサロゴ”が入った T シャツを作ったりしませんか?
“ビッグK”Tシャツ、とかですかね。バックロゴバージョンとポケット付きのタイプで……とかって予定はまったく無いです(笑)。
―(笑)
ちなみに、実は第2弾もほぼ仕込み終わっているんですが、それもロゴと真逆のものばっかりです。カネマサさんと作る服に関しては素敵な生地ばかりでロゴが欲しくならないんです。シンプルであることを楽しめる服ばっかり。ある意味、生地自体がロゴみたいなものなので素材としてはまた別のアプローチを選ぶかもしれませんが、このシリーズにとってのサインはそれでいいと思っています。