ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

モノ

2020.01.30 THU.

スポーツ工学によって導き出される快適な履き心地とは。

スポーツ、ジョギング、ウォーキングなど、さまざまな用途に合わせて足に優しく設計された〈アシックス(ASICS)〉のシューズ。老若男女さまざまな人の歩行データや、100万人にも及ぶ足形データを駆使しながら分析をおこない開発されるプロダクトは、単なるデザインにあらず、あくなき探求心が生んだ研究の賜物でもあります。その研究開発の根幹を担うのが、アシックススポーツ工学研究所。今回リリースされた「ユナイテッドアローズ(UNITED ARROWS)」とのコラボアイテムもここでの研究が活かされたプロダクトです。この場所では一体どんな研究がおこなわれ、それがどうプロダクトに活かされているのか? その秘密に迫りましょう。

Photo:Go Tanabe
Text:Masaki Hirano

科学的にどういったものが適切なのかを検証する。

兵庫県神戸市にあるアシックススポーツ工学研究所。ここではどんな研究がおこなわれているのか? その真相に迫るべく、まずは「スポーツコンテンツ研究部」の人間特性研究チームのマネジャーを務める市川 将さんに〈アシックス〉のビジョンや、研究所について話を聞きました。

―こちらのアシックススポーツ工学研究所はどんな目的で建てられた場所なんですか?

市川:〈アシックス〉には「スポーツでつちかった知的技術により、質の高いライフスタイルを創造する」というビジョンがあります。その根幹を担うのがこの研究所です。我々は「Human centric science」にこだわり、人間の身体や動きを徹底的に分析し、全てのお客さまにイノベーティブな製品・サービスをつくりたいと思い、日々研究を行っているんです。

そうした精神は創業者である鬼塚喜八郎から受け継がれてきたもので、よりよいスポーツシューズをつくるためには科学的なアプローチが絶対的に必要だという考えがあるんです。

―科学的なアプローチというのはどういうことですか?

市川:数値的に動作や形、構造というのをしっかり見るようにして、仕組みや性質を考えてどういったものが適切なのかを検証し、ものづくりをするということです。それを実現するために、人の形状や動作を分析する装置、素材や構造を開発する装置、品質を評価する試験機など、大規模な実験施設が複数必要になります。仮説を立ててもの作りを行い、検証を繰り返しながら精度を向上させ、最後に品質が製品基準に達しているかを評価するところまできちんとやっているんです。

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2_DSC2482スポーツ工学研究所のエントランスは、美術館を思わせるようなソリッドで洗練された雰囲気だ。数々の名品がこの奥の研究施設から生み出された。

―具体的にはどんな研究をされているんでしょうか?

市川:人の身体はもちろん、その動きについても研究しています。シューズでいえば、足の形や足の運び方が重要になりますね。それを年代、性別、競技レベル別などで徹底的に研究しているんです。たとえば、ランニングやウォーキング、サッカー、バスケットボールなどなど、スポーツをするときに人はどういった動きをするのか、足元にはどんな力がかかっているのか、そうしたことを高精度な装置を使って分析するんです。

目的によっても変わりますが、多くの場合ランニングでは着地衝撃を和らげるためにクッション性が優れた靴が求められますし、逆にウォーキングで長く快適に歩くためには反発性が優れた靴が求められます。そうした靴をつくるために、どういった素材や構造が適切なのかを考えるんです。

―市川さんご自身は、どういった研究をおこなっているのか教えてください。

市川:私は、人々の生活の質を高める製品やサービスを開発する為に、人の身体や動きの特性を研究しています。たとえば歩き方に関していうと、人によって姿勢がちがいますよね。そうした中で、どういう歩き方が悪くて、どう改善したほうがいいのか、そうしたことを自動で判定し、改善プランを提示するシステムをつくったりしています。

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感覚的なものをきちんと数値化して評価する。

―研究をする際に大事にしているのはどんなことなのでしょうか?

市川:ここにはいろんな装置が設けられていますが、それ自体は他のブランドでも使われているものも多いです。我々は、その装置を使って何を評価するのか? ということにこだわりを持っています。装置から計測したデータのどこに着目し、何を分析するのかが大事なんです。

たとえばフィット性というものを評価するのってすごく難しいですよね。感覚的なものがあるので。でも、そうした感覚的なものをきちんと数値化して評価するということに長年取り組んでいます。フィット性をはかる方法のひとつとして、裸足と靴のアッパーの変形状態が様々な条件で一致することで得られると我々は考えています。そうしたデータを得るために、皮膚の歪みを計測する装置を業界では先行して導入した経緯もあります。

他のブランドと差別化を図る上で、なにをどうやって評価するのか? それを考えることを〈アシックス〉は大事にしていて、そうした新たな観点が新しいものづくりにつながっていくんです。

―感覚を数値化するというのは、なんだか想像を絶する世界ですね。

市川:感覚のフィルターって人それぞれ異なるのは当然なんですが、分析を行うと多くの人がおなじ感覚を持っている部分があり、我々はその共通要素を探しにいっているんです。

4_DSC2606アシックスの店舗に設置している計測装置と同じものがこちらの施設にもあった。

―〈アシックス〉では100万人にも及ぶ足のデータがあるそうですね。

市川:お客様のより良い靴選びを実現する為に、ひとりひとりの足形データの測定を大事にし、長年にわたり続けてきました。全国の200店舗くらいに足の計測装置を設置していて、そこでデータを収集しているんです。一般的に、そうした装置は研究所にひとつあるかないかのものなんですが、それを各直営店舗に置いているんです。ひとつはサービスとしてお客さまの足を計測して、ひとりひとりに合ったシューズを提案したいという思いがあります。もうひとつは、そこで得たデータを活用してよりよい製品開発につなげたいという思いがあります。

―そうしたデータを積み重ねていくことで新しい事実も発見できそうですね。

市川:そうですね。俗説的に言われていたことがやっぱり正しかったという実証にもつながりますし、その逆もまたあります。たとえば、日本人の足は幅広甲高が多いと言われていましたが、調べてみると幅広甲低が多いとか。そうした事実は地道にデータを収集してきたからこそ見えてきたところですね。感覚で終わらせないというのが我々のこだわりでもあります。

―途方もないデータ収集と検証の繰り返しですね。

市川:我々が大事にしているのは持続的に質の高い製品やサービスを開発し続けることです。そうした本質から脱線しないように、これまで培ってきた技術や知見は守らないといけないと思っています。

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データと感覚の両面で納得のいくものを。

―アシックススポーツ工学研究所からは『究極の歩き方』という本も出されていますが、究極の歩き方というのはどういうことなんですか?

市川:究極の歩き方にもいろいろな解釈があると思うんですが、先ほども話した通り〈アシックス〉のビジョンには「質の高いライフスタイルを創造する」という言葉があります。そのためには心身ともに健康であるべきだと考えているんです。

健康的な歩き方をすると姿勢がきれいに見えますし、それに伴って若々しい印象も得られます。そこから内面も磨かれます。本では「100歳まで元気に歩くためには」と謳わせてもらっていますが、そうするためには体幹や脚の筋力もしっかりしていないといけないので、決してラクな道のりではないんです。でも、それを長く続けることで歳を重ねても元気に歩けるようになると我々は考えています。

―それがアシックススポーツ工学研究所の唱える「究極の歩き方」であると。そうした考えも、こちらの研究の成果から導きだしたんですか?

市川:そうですね。従来、歩き方をデータ化するのは、大掛かりな動作分析装置が必要で、研究施設以外では容易なことではありませんでした。しかし、近年、センサーやコンピュータの進化があり、3Dセンサーに向かって歩くだけで全身の歩行姿勢が計測できるシステムをつくることが可能になり、さまざまなデータを集められるようになったんです。

年齢と共に歩き方に変化がでるというのは経験的に分かっていたんですが、それもデータによって確信に変わったというのはあります。お年寄りのほうが腰が曲がって速度が遅くなるとか、若い人のほうが元気よく歩くぶん左右への揺れが大きくなるとか、そういうことがわかってきました。

アシックスの先人たちがすごいなと思うのは、彼らが導き出した仮説というのは大体当たっているんです。〈アシックス〉には「ランウォーク」、そして「ペダラ」というウォーキングシューズのラインがあるのですが、50歳を境に商品のターゲットが分けられています。それは、その年齢を境に足や歩行に変化が表れると思われていたからなんです。データを見ていると、やはりその通りだということがわかりました。こうして先人たちの立てた仮説が現代になって裏付けできるようになってきたのはうれしいことですね。

―先人の方々の意思を受け継いできたからこそわかったことですね。

市川:先人たちもしっかりと人の足や動きを見ていたんだな、と。もちろんデータによって細かな検証ができるようになって、仮説との微妙なズレも出てきます。ただ、それは新たな切り口での発見ができるという可能性でもあるんです。我々としては、そうした技術を駆使してさらにものづくりを進化させたいと思っています。

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8_DSC2590モーションキャプチャーや地面反力計を用いた実験では、動きやシューズにかかる荷重など、さまざまなデータが収集できる。

―ある意味では感覚的であることも大事であるように思えます。

市川:その通りですね。もちろんデータも大事ですが、開発した試作品は実際に履いてもらって主観的な意見もきちんと検証します。その両面で納得いくものが最終的に商品化されるんです。感覚とデータのそれぞれのポジションからいいものを届ける。そうするために、自分たちのやっていることは絶対に本質から脱線してはならないですし、常に精神を研ぎ澄ましながら研究を続けていくことが大事ですね。

そういう意味では今回のコラボレートアイテムは、「ユナイテッドアローズ」の感性と我々の技術が組み合わさったシューズになっています。それぞれが上手に持ち味を出し合い、足りないところを補完して生まれたプロダクトだと思いますね。

―今後研究所としてやっていきたいこと、目指していることはありますか?

市川:ビッグデータを活かしながら、大多数の人に合わせた靴づくりをおこなってきましたが、個人が100%満足のいく製品の提供も求められるのではと考えています。ですので、よりパーソナルに、その人に合った靴をカスタマイズしていけたらなと。お客様の状態がより分かるようなサービスと共につくっていきたいと考えています。

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ひと目見て〈アシックス〉のシューズであることが分かるもの。

〈アシックス〉が培ってきた技術と、「ユナイテッドアローズ」が育んできた感性が融合して生まれた今回のシューズ。このアイテムの誕生の裏側には、両者の譲れない想いがありました。今回の取り組みを担当したアシックスの大久 司さん、三浦 裕司さんに、制作秘話を語ってもらいました。

―今回は「ユナイテッドアローズ」からコラボレートの打診があったんですよね。

大久:そうですね。バイヤーの内山さんにお声がけいただきました。東京五輪が控えているということと、アパレルのほうでもスポーツミックスや、テクノロジー系のウェアが増えているというお話もあって、シューズでそうしたアイテムをつくると考えた際に弊社が頭に浮かんだということでした。スポーツテクノロジーをいかにドレスシューズに取り込むかということを考えていらっしゃったみたいですね。

―内山さんの頭の中では最初から完成形のイメージが見えていたんですね。

大久:形になるまで1年近く時間がかかりました。というのも、内山さんのファッション的な感性と、我々スポーツシューズメーカーが大事にする価値観のすり合わせに時間がかかったんです。内山さんからは、イギリスのドレスシューズメーカーのラストの番号や、素材に関する具体的なキーワードが出てきました。プロダクトを形にする上で、我々の強みを損なうことなく内山さんの要望に応えるという部分にすごく苦労しましたね。

10_DSC2454大久 司さん

11_DSC2460_1三浦 裕司さん

―お店にも足を運ばれたというお話を聞きました。

大久:売り場はどういうシチュエーションなのか、どんなスタイリングに合わせるのか、そういったことをイメージするために伺ったんです。クラシコイタリアまではいかないですが、きちんとしたスーツはもちろんのこと、なおかつカジュアルなセットアップにも合わせられるようなものにしたいと。合わせるパンツの裾幅であったり、丈感もハーフクッションなのか、それともワンクッションなのか、そんな話もしながら、細かなディテールを詰めていきました。内山さんのなかでのイメージは一貫していましたね。

―具体的にどんなイメージを持たれていたんですか?

大久:先ほどお話したようにドレス感があるもの。あとは、ひと目見て〈アシックス〉のシューズであることが分かるようなもの、ということも仰っていました。

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ドレス感とスポーティさがバランスよく表現できた。

―そうした“アシックスらしさ”というのは、靴のどんなところに表現されているでしょうか?

三浦:いちばんはソールにあると思います。中敷にはランニングシューズにも使われている「オーソライト」という素材を採用しています。クッション性のよさが特徴です。ミッドソールも同様にクッション性に優れたEVAを使っているんですが、実は前足部とかかと部で硬さが異なるんです。

―硬さが異なることで、どんな効果が得られるんですか?

三浦:全体的にやわらかいと、長時間履いたときに足に負担がかかるんです。ソールのかかと部を硬くすることで安定性が高まり、日常的に使いやすくて、なおかつ歩きやすいものにしています。

アッパーには足なじみのよいやわらかな牛革を採用しています。はじめは製造の効率も考慮してステッチが入るような設計だったんですが、感度の高いお客さまにお届けするためにそれは省きました。あと、ゴアテックスファブリクスを使用しているので防水性も備えています。

大久:やはりこのソールは象徴的だと思いますね。はじめはローテクなスニーカーによく見られるようなカップ型のソールでデザインしていたんです。でも、既にそういったアイテムは店頭に並んでいるということでした。私たち自身も内側の人間なので、そういうところに目が向かなかったんですね。それでできたのがこのシューズなんです。ご覧いただくとわかるんですが、アッパーがソールの内側に埋まるような形で結合しています。これによってドレス感とスポーティさがバランスよく表現できたかなと。

あと、三浦からの話にあったように中敷には「オーソライト」を採用していて、これは厚みが4ミリもあるんです。これを普通の革靴に入れたら中の容積が極端に減ってしまって甲を圧迫してしまうので、そのぶんアッパーに膨らみを出さないといけなくなります。でも、そうすると見た目が悪くなってしまう。この厚みのある中敷を入れながら、なおかつルックスもスマートに見せるところも苦労したポイントのひとつですね。

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〈アシックス〉のテクノロジーも楽しんでほしい。

―〈アシックス〉としてのデータや技術を詰め込みながら、なおかつ「ユナイテッドアローズ」が求めるドレスシューズとしての品格も持ち合わせた一足になっているということですね。

大久:「アシックスらしいスポーティなソール」というリクエストがあったからこそ、我々も自分たちが持つ個性を余すことなく注ぐことができたと思います。やはり自社の製品だけを手がけていると、どうしてもそれが当たり前になって、“アシックスらしさ”ということに対して鈍感になってしまうというか。今回の取り組みにおいて「こういう部分がアシックスらしさなんだ」ということを再認識できるいい機会になりました。

三浦:〈アシックス〉はスポーツテクノロジーを活かしながら、これまでに機能を重視したアイテムをつくってきました。言い換えれば、ファッションとのリンクが少なかったということです。一方では「ユナイテッドアローズ」も、さまざまなスポーツブランドのお取り扱いはあれど、こうしたプロダクトをイチからつくる機会はそこまで多くなかったと思います。

つまり、今回のアイテムはそのようにして相反するもの同士が手を組んで生まれたということです。ファッションだけでなく、〈アシックス〉のテクノロジーが加わったものとして、お客さまにも楽しんでもらえるとうれしいですね。

PROFILE

市川 将

株式会社アシックススポーツ工学研究所 スポーツコンテンツ研究部 人間特性研究チーム マネジャー 1982年生まれ、愛知県出身。2007年、東京工業大学大学院修了後、アシックスに入社、研究所一筋13年。人の身体や動きを分析するバイオメカニクスを専門とし、ウォーキングを中心にシューズの構造設計や機能評価、サービスの研究開発に従事。主な研究開発商品にゲルムージー、歩行姿勢測定システムなど。

大久 司

アシックスジャパン株式会社 ウォーキング事業部 リテールマーケティング部 マーケティングチーム マネジャー 老舗革靴メーカーでフルオーダーシューズをはじめとした商品開発を担当後、2008年にアシックスへ入社。10年間、シューズの開発に携わる。その経験を活かしてアシックスが生み出す「モノ」の魅力をお客様に伝える役割を担い、ウォーキング事業のマーケティングに従事している。

三浦 裕司

株式会社アシックス ウォーキング統括部 ウォーキング企画開発部 ライフスタイルウォーキング企画チーム 2002年、英コードウェイナーズ・フットウェアコースを卒業後、渡伊。イタリアを代表するブランドなどの企画・デザインに14年間携わる。帰国後アシックスに入社し、ASICS RUNWALKの企画を担当。以来、ヨーロッパでの経験を活かしたデザインとアシックスの機能性を融合した靴を展開。

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