
モノ
2020.06.25 THU.
1000年以上続く伝統工芸「墨流し」の真髄に迫る。
目に鮮やかな幾何学模様。実は、日本に古より伝わる「墨流し」という技法が用いられた浴衣用の反物です。ユナイテッドアローズの和装部門において昨年より取り扱いの始まった色彩豊かなこれらの柄は、墨流し作家・恭平さんの手によるもの。華やかさと伝統柄特有の凛とした佇まいが渾然一体となり、独特の魅力を放っています。日本でも数少ない墨流しの現場から、この伝統技法の真髄に迫ります。
Photo:Kousuke Matsuki
Text:Masashi Takamura
「墨流し」とは、水の上に落として生まれた模様を写しとり、その柄を楽しむ古来の技法です。その発祥は平安時代ともいわれており、かの古今和歌集には、墨流しを詠んだ歌も存在するほど。当初、和紙染めから始まったこの技法は、明治後期から反物の染めにも応用されたといわれています。海外でマーブリングとも呼ばれるこの技法は、14〜15世紀には、シルクロードをわたって西洋に伝わったとも。自然が生み出す一回性の高い色柄は、多くの人を魅了してやまないのでしょう。
ユナイテッドアローズの浴衣で「墨流し」による柄を実践するのが、恭平さん。後継者が少ない日本の伝統工芸の現場において、その未来を嘱望される若き作家です。新潟に工房を構える彼が反物の染めをおこなうのは、高田馬場にある師匠の工房。師匠である高橋孝之さんは、日本を代表する墨流し職人で、先代より続く「染め」の家業を継承するなかで、自ら墨流しの技法を確立させた人物でもあります。
そんな師匠のもとに20代で入門した恭平さんは、一子相伝、門外不出ともいわれる墨流しの技術を培い、そこに自らのセンスを加えて新しい色彩や柄を追求しています。
「藍染めをきっかけに和服文化に魅せられて、独自の表現を探っていた折に偶然に出会った墨流しの技術。とかく型にはめて語られがちな和装の世界で、色や柄において自由な表現をする師匠の墨流しに魅了されたのが、入門の動機です。一見、即興演奏のようなランダム性が感じられるなかで、反物から着物に仕立てた際に柄が整うよう緻密に計算もなされています。二律背反な部分もこの技法の魅力。突き詰め甲斐がありますね」
従来の型染めなどとは異なる独自の魅力が人気を呼び、大手広告などで女優さんが着用する浴衣に、恭平さんの墨流しが採用されることも少なくありません。
実際にどのように染めていくのでしょうか。この夏、ユナイテッドアローズがオーダーした反物の柄の作業工程を追っていきます。ここで紹介するのは、人気のピーコック柄。幾重にもなる縞柄を孔雀の羽のような弧型にアレンジした基本柄のひとつです。
「墨流しで使われる主流の柄は、主に3つ。このピーコック柄と矢羽柄、そしてマーブル柄です。ここでは、メインとなる鶸(ひわ)色(黄味がかった明るいグリーン)と濃い目のブルー、ベースとなる薄い水色と薄いオレンジという、合計4色を使います。複数の色を使うことで、孔雀の羽のように複層的な構造となり、仕上がりに奥行きが生まれるのです」
工房いっぱいに置かれているのは、幅は1メートル弱、長さ12メートルを超える薄くて浅い水槽です。ここに独自の配合による液体が満たされています。この上にインクを落として柄をつくり上げます。長尺の水槽は師匠である高橋さんの工房にしかないため、反物を墨流し染めする際は、恭平さんもこちらを使用するそうです。
不純物を取り除いたベースの液体の上に、筆の先についたインクを飛ばすように落としていきます。下地になるような色を、薄い水色と薄いオレンジを交互に2回ずつ。いわゆる「2度塗り」の要領です。恭平さんの筆を操る手つきは無駄がなく、正確に狙った地点にインクを落としていきます。
「液面上のインクの色数が増えるほど、濃度は高くなります。それを計算してインクは薄めの色味に調合。シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックという印刷にも使われる4色を、スポイトで落としながら、気に入った色味になるまで調整していきます。わずか1滴の違いが大きな差となるので、やり直しの連続。細かな分量はデータとして記録し、自分のレパートリーとしてストックします。こうした色の個性も作家のアイデンティティとなりますから手は抜けないのです。インクづくりは、まさに試行錯誤。大変でもあり楽しくもあるんですけど。まるで研究者がする実験のようですね、かなりアナログですが(笑)」
次いで、メインの色に変更。鶸(ひわ)色と濃い目のブルーです。これも「2度塗り」をおこない、発色を強めます。動画では、ベースカラーがメインの2色に押されて、濃度が高まるのがわかります。
最後に、透明のインクを入れます。これにより色と色が混ざり合わずに美しい縞模様が生まれます。
水槽の上一面に、ランダムに落とした水滴は、秩序をもたないカオスの様相。実際は、仕上がりを想定した恭平さんの手により、緻密に計算されて4色のインクが落とし込まれています。ここから、師匠が作った専用の道具を使い、ピーコック柄を仕上げていきます。動画は、柄の下地をつくる工程。グラウンドを整地するような作業ののちに、一度、軽くピーコック柄をつくります。
「柄をつける前の最初の工程は、企業秘密とさせてください(笑)。師匠から直伝のオリジナルな技が入っています。櫛や紐を何度も使って下地をつくり込んでいくことで、ピーコック模様を構成するそれぞれの色の縞が、いっそう繊細になるのです。12メートル程度の水槽を何度も往復するので、結構な重労働になりますね」
一度つくったピーコック柄に対して、先端に紐がついた専用道具を往復させて、矢羽のような柄に。動画はその様子です。このあと、再度、櫛を用いて、ピーコック柄の最終形に仕上げていきます。
「既製品として同じ柄を繰り返しつくるのは、一回性の高い墨流し染めでは、難しいこと。ミスは許されません。そうした部分にチャレンジする機会を与えられたという点で、自分にとっては意義深くも感じています」
墨流しのハイライトは、反物に柄を写しとる瞬間。伸子(しんし)と呼ばれる竹串を使って、左右をピンと張り、両端を恭平さんと師匠が引き合います。あとは息の合った作業で、水槽に反物を着水。動画で、目を見張るその瞬間をご確認ください。柄のインクが反物についた後の水槽は、まっさらな状態に。
この後、工房につるして一晩乾かせば、出来上がりとなります。
「柄作りの集中力と、各作業の体力を必要とする重労働ですので、1日に10枚もつくれません。それでも、自然の摂理と、自分のコントロールという二つの要素が、ミックスして生まれる独特の柄は、仕上がった瞬間にその苦労も吹き飛ぶほど感動的なもの。伝統技術ですが、自分のセンスひとつで新しさも出せる。今後も切磋琢磨して、身につける人に喜んでもらえるような柄を追求したいと考えています」
ユナイテッドアローズでは、今シーズン4つの柄を展開。着用しているのは、今季の新しい“花火”という柄で、4つの中では技術的に一番難しく、工房を訪れたときにつくっていたピーコック柄をさらに複雑に仕上げたもの。独創性と清涼感、伝統的な品のよさがミックスされ、着る人を素敵に見せています。
恭平さんへの発注を担った和装担当の諸田佳宏も、「恭平さんがつくる柄には、女性が素敵に映る華やかさがあります。以前は小物の柄付けをオーダーしていましたが、やはり恭平さんの最大の魅力である浴衣そのものを、みなさんに楽しんでいただきたい」と絶賛。
伝統技術と若い職人のセンスが融合した墨流しの浴衣ならば、きっと夏の和装にも新鮮さが加わることでしょう。
INFORMATION
PROFILE

恭平
鹿児島県生まれ。新潟県長岡市にて「恭平」ブランドを運営。20代のとき、高田馬場で墨流しを究める伝統工芸士、高橋孝之さんに師事。卒業後に着物ブランド「千花」を経て、現在は墨流し作家として独立。染めた墨流しは、1000反を超える。数々の広告で、恭平さんの墨流し染めの和服が採用される。
https://www.kyo-hei.jp