
モノ
2019.11.15 FRI.
150年続く英国のクラフツマンシップ、
ホワイトハウスコックスの理念。
歴史、信頼、誠実、そんな言葉をそのままに体現するブランド「ホワイトハウスコックス(以下WHC)」。ユナイテッドアローズ(以下UA)創業以来パートナーシップを続けてきたUAのセレクトを象徴するブランドでもある。1875年より常に品質にこだわり続け、HANDMADE IN ENGLANDを守り続けるメーカーは英国の中でも稀有な存在。そんな英国のジェントルマンシップとクラフツマンシップの象徴であるこのブランドの芯を感じるべく工場に足を運んだ。
Photo_Shunya Arai (YARD)
Text_Takuya Chiba
ホワイトハウスコックスの本社工場はイングランド中央部に位置する工業都市バーミンガムから少し北上したウォルソールにある。バーミンガムはロンドンに次ぐ人口を有するイギリスを代表する都市のひとつで18世紀後半の産業革命により大きく発展した。
ロンドンから2時間半ほど電車に揺られバーミンガムニューストリート駅に着くと、あたたかい微笑みとともに社長のスティーブン・コックス自らが出迎えてくれた。そこからクルマで1時間ほど、まさにピーターラビットの世界のようなイギリスの原風景を進むと本社・工場がある。
この現代において伝統を守ることは強い個性になる。ホワイトハウスコックスの革を加工する工程において驚きなのは、使用する機械までもあえて伝統的なものを使っていることだ。写真上の革の表面加工を行う機械はおよそ90年前から使われているそうだ。90年前から変わらない機械を使い、必ず人間の手の入る仕事をすることに大切な意味を持っている。社長のスティーブン・コックスはこう話す。「なるべく伝統的な機械を使いたいのです。古くてクオリティの高い機械を使うことは我々のオリジナリティであり原点でもあります。古い機械には必ず人の手がかかります。そこには熟練の経験値が必要になります。革は生きているので、人の経験からくる絶妙な調整などがとても大切なんです。古い機械だからこそできることなのです」。
人の手の入るということで言えば、まずは製品に使用される革の選別から始まる。これは10年以上も革を見続けてきた熟年のスタッフが自らの目でクオリティを確認。製品になってからも必ずクオリティを達成できる革のみを選別する。スペインから上質の革のみを仕入れるが、この選別の過程でおよそ15%もリジェクトされてしまうそうだ。
縫製前の革の加工段階に、長く時間をかけるのも特徴だ。プレス後にオイル加工を行いグリースを塗り込み3週間干す。グリースをスプレーで表面だけに塗って、この時間を短縮しているブランドもあるが、それでは長く使うことができないという。しっかりと人の手で塗り込んで、3週間。黒などの濃い色の場合は、この工程を2回行うそうだ。乾かすのに実に6週間かける。この時間のかけ方一つにも、10年使えることを信条とするこのブランドのプライドがある。
革の加工の後はカッティング、縫製の作業へと移る。ここでも再度革の品質検査を行い、クオリティの高いものだけに絞り込む。カッティングにも昔ながらの機械を使い、すべて人の手を介しながら作られていく。縫製パートには女性が75人ほど従事しており、中には45年も勤続している熟練中の熟練も。ALL HANDMADEのクオリティを守るために長い時間をかけて受け継がれてきた伝統がここにはある。カッティングは男性を中心に行い、縫製は女性中心に行うというのは長い歴史の中でできてきた役割分担だそうだ。
長きにわたって職人たちが働けることの根底にはホワイトハウスコックス社の理念が大いに関係している。社長のスティーブン・コックスには、いいものを作り続ける、長くビジネスを続けるという信条があり、そのための環境を作ってきた誇りがある。「従業員が満足して、誇りを持って仕事をしているということは、ホワイトハウスコックスにとって非常に重要なことなんです。例えば、見習いの若者が工場にやってきて、工場での作業・仕事・環境に不満がある。楽しそうに仕事をしていないという状況であれば、例えその人にたくさんの投資をして育ててきたとしても辞めることを勧めるんです。彼らが数年、数十年と続けたいと思えないのであれば、それは彼らにとって苦痛でしかないですから。また、途中で他の会社に転職した従業員が、やっぱり我が社に戻ってきたいということであれば、わだかまりなく喜んで受け入れるようにもしているんです。そうした積み重ねから、いま工場には十年、数十年と勤めてくれている従業員がたくさんいます。それこそが我が社のクオリティであり、誇りです」。その従業員、人たちの情熱、もの作りへのプライド=ホワイトハウスコックスプライドこそが、このブランドのいちばんの強さなのだ。
長い時間をかけて信頼関係を作っていくという点はUA社との取り組みにもおいても同じで、ホワイトハウスコックスとUAは30年という長い年月をかけて真摯に向き合い絆がつくられてきた。「バイヤーの内山さんは年に数回、必ず本社・工場を訪れてくれます。その訪問はいつも楽しみなものです。彼に製品を見せると彼は『ここをこんな風に変えてみたらどうか』と提案をしてくれます。そうしたやり取りから、より良い製品が生まれます。このプロセスはUAとの30年に及ぶ素晴らしいパートナーシップを象徴しています。両者の知識を共有することでお互いに刺激し合い、より良いものを消費者に届けることができています」。
30周年の今期は、この長いパートナーシップからUA別注の特別なモデルも生まれた。インタビュー中、幾度となく発せられるスティーブン・コックス氏の『信頼に応えたい』という言葉がとても印象的だ。実直、真摯という言葉はホワイトハウスコックスとUA、そして消費者との関係性の中に強く確かに刻まれている。
「ユーザーの信頼を得るために、最高品質のプロダクトを製造し続けることに細心の注意を注いでいます。ホワイトハウスコックスの製品は比較的高価かもしれませんが、それだけの価値があるものであるという自負もあります。価格に見合った製品=10年後も使い続けることのできるもの、それが我々のクオリティです。そして我が社は革製品をつくることにだけに特化しています。その他のものは一切作りません。ファッションブランドのように、あらゆるアイテムに関わるようなことをしないことで、革製品というジャンルでの最高峰であることを目指しています。そして革製品の中で最高品質のものを生み出しているという誇りもあります。ホワイトハウスコックスは、革製品に特化することでブランドの個性と価値、クオリティを守ることができていると思っています。
自分が生活の中で使うものも、そんなブランドが多いです。例えば、モンブランのペンや日本の職人が作る包丁などです。以前ホワイトハウスコックスのベルトを発注していたラルフローレンも、その後様々なメーカーにベルトを発注したのちホワイトハウスコックスのベルトが最高だ、ということで現在発注の段取りが進んでいることは、非常に嬉しいし誇らしいことだと思っています。
自分が満足出来ない製品が工場を出て販売されることは絶対にない、と言い切る自信があります。すべてのアイテムはたくさんの従業員の目によって注意深く点検されています。何度もチェックの工程がありますし、もちろん自分自身で製品のチェックも行っています。すべてのアイテムを完璧な状態で納品できるように、いつもそれを目指しています。機械生産ではできないオールハンドメイドの素晴らしさ、味わい。それをホワイトハウスコックスは実現できていると思っていますし、これからも続けていきます。
そして、ホワイトハウスコックスはロゴが目立たないデザインをしたいんです。ブランド名でホワイトハウスコックスを選んでもらうのではなく、この製品が好きだから、品質が素晴らしいから、手触りが良いから、という理由で選んで欲しいんです。ホワイトハウスコックスは、すべてのアイテムがハンドメイドかつ真のメイド・イン・イングランドであることに誇りを持っています。今はメイド・イン・イングランドのクレジットがあっても実際すべての工程が英国内で行われているというプロダクトは少ないですから。
私は、ウィリアム・モリスの『美しいもの、もしくは便利なもの以外は持つべきではない』という言葉に強く共感しますし、ホワイトハウスコックスの信念に通じるものがあります。こうした私の精神は従業員たちに日々引き継がれていると思います」。
これほどまでに実直にモノ作りをしているメーカーは、なかなか見つけられるものではない。企業としての精神、プロダクトへの誇り、そしてクオリティ。そのすべてがこのメーカーの歴史と伝統を作りあげた。そしてホワイトハウスコックスが150年近くもメイド・イン・イングランドの誇り高きレザー製品を作り続けていることには感動しかない。
INFORMATION
PROFILE

Stephen Cox
ホワイトハウスコックスのオーナーディレクター。自ら商品企画や品質管理にも関わる現場主義を貫く経営のトップ。取材陣を駅まで迎えてくれ、自らの運転で工場を案内してくれた。