STYLIST YOSHIYUKI KITAO マチュアと色気のあるリネン

STYLIST YOSHIYUKI KITAO マチュアと色気のあるリネン

Photography by Kenta Sawada
Edit & Text by Yuho Nomura

成熟した色気を纏った大人の形容詞でもある“マチュア(Mature)”。そんな洗練された装いに最適なのが、天然由来の上質なリネン素材です。マチュアとリネン素材の魅惑的な相関性を、スタイリストの喜多尾祥之氏のスタイルと言葉から紐解いていきます。

STYLIST YOSHIYUKI KITAO マチュアと色気のあるリネン

まず始めに、喜多尾さんにとってリネンはどんな素材ですか?

喜多尾:最も天然繊維を感じる素材ですよね。肌馴染みも良いし、着ているだけで快適じゃないですか。あとは素材特有のシワとか特徴的な質感も味わいとして捉えられるのが良いですよね。ただ、それも適度なバランスが重要で、個人的にはフォルムが崩れにくい肉厚な生地のリネン素材が好きなんです。

リネン特有の質感は確かに特徴的で、それ自体が魅力でもありますよね。

喜多尾:今の若い世代は綺麗に洋服を着ている印象だから、リネンのような質感ってどう感じるのだろう、と思うことはありますね。先ほどもお話しした通り、リネンはコットンなどの素材とは違って、シワ感が特徴なだけに、シワによる縮みなども計算して丈感やサイジングを意識することが重要だったりします。そういった意味でも、リネンはそのナチュラルな素材感を活かすことが一番なのだろうなと個人的には思っていますね。

喜多尾さん自身は若い頃からリネン素材に傾倒していたのでしょうか?

喜多尾:僕が高校生だった頃に当時の『BRUTUS』でコロニアルというスタイルが流行っていて、その中でリネンの素材を使った着こなしがとにかく格好良かったんですよ。その頃に青山のキラー通りの裏手にあったインナーウエアのセレクトショップで買った麻のイージーパンツが、おそらく僕にとって初めてのリネンアイテムだったと思います。

STYLIST YOSHIYUKI KITAO マチュアと色気のあるリネン
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ファッションにおけるコロニアルなスタイルは、いわゆるエキゾチックなムードのある着こなしですよね。

喜多尾:そうですね。その頃から少しづつ無意識のうちに、季節に適した洋服を身につけることがどれだけ快適かを知っていったんだと思います。当時はやっぱりアメリカのカルチャーが全盛の時代でもありましたし、どちらかというとデニムとかコットンとかの無骨な素材が主流でした。僕だって〈Hanes〉のパックTシャツに501®しか着ていなかったですからね。天然由来の繊細な素材のリネンって、どことなくパリの雰囲気なんです。フランスは有名な麻の産地でもありますし。

確かにアメリカよりもヨーロッパのイメージがありますね。

喜多尾:あと僕は映画や音楽も好きなんですけど、それこそ森田芳光が監督した『それから』という作品で主演だった松田優作がリネンのスーツを着ていて。寡黙でカリスマ性のあるそのキャラクターも相まって、無骨な逞しさよりも、どこかリラックスした気怠い感じの雰囲気で纏っている姿がとてもモダンに見えたんです。“明治大正モダン”なんて言われていた時代ですよね。あとは1987年に公開された『アンタッチャブル』で悪役だったビリー・ドラゴの真っ白なリネンスーツの着こなしにもグッときて影響を強く受けました。

松田優作とビリー・ドラゴ…。確かにリネンのアイテムとも相性が良さそうで、なおかつ色気もより際立っていそうですね。

喜多尾:その頃はまだ僕も若かったし、あまり色気を意識することはなかったと思いますが、今になって思うとそうだったのかもしれないですね。

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やはり年齢を重ねるにつれて、感覚的な変化を感じることは多いですか?

喜多尾:当然若い頃とは体型もそうですし、着たいと思える洋服は全然変わっていきますよね。色味で言えば、昔は黒を選んでいたものがチャコール系のカラーになっていったり、明るいネイビーが好みだったけど気がついたらダークトーンになっていったり。そうした変化のなかで素材もやっぱり好みは変わってくるんでしょうね。

今回のテーマともなっているマチュア世代とも言える今の喜多尾さんの気分ともマッチしていると言えるのでしょうか?

喜多尾:若い頃に全く着ていなかったわけではないですが、今は確かに合っているのかもしれないですね。今日着ているのも、〈COMOLI(コモリ)〉のリネン素材のセットアップで、展示会で見つけた時に、一目惚れしました。サイズ感がとにかく抜群で、色味も黒に近いチャコールグレーで僕の好みに合っていて良かったです。あとは昨年に購入した同じ〈COMOLI〉のリネンシャツジャケットも。イタリアのピッコロ社に別注した一品で、肉厚な素材によるシワの入り方が絶妙で、改めてリネンって良いなって再認識しましたね。

〈COMOLI〉のセットアップ以外にも愛用されているアイテムはありますか?

喜多尾:〈COMOLI〉以外にもUAで購入した〈Michael Bastian(マイケル バスティアン)〉のファーストシーズンのリネンシャツは未だに大切に保管していて、他にも5着くらい持っていますね。本当に名作なんです。あとは〈Y. & SONS(ワイ アンド サンズ)〉のリネンシャツも柄が気に入っていて、着物とか和装に興味を抱いてからはブランドもそうですが、特に懇意にしていますね。

STYLIST YOSHIYUKI KITAO マチュアと色気のあるリネン
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リネン素材は着物との相性も良さそうですね。

喜多尾:合うと思いますよ。僕は生まれも育ちも浅草で、今も拠点を置いているんですけど、それこそ実際に浅草の街には、そうした装いの人たちが沢山いるなかで決して着飾る目的ではなく、生活の知恵として洋服と和服をカジュアルにミックスしていたりするんですよね。まさにそうした人々の着こなしは僕にとってのお手本なんですよね。

なるほど。

喜多尾:昔、蕎麦屋で何気なく初老の男性の着こなしを見た時に、薄手の服を幾重にも重ね着しているんですよね。なぜかその光景が凄く印象に残っていて、後から考察して思ったのは、高齢の方などは体温が低くなりがちって聞いたことがあって、だからといって厚手の防寒着を合わせるのはハードスペックだったりするんです。そんな時にリネン素材をレイヤードすることで、自分に合った体温調整をしているわけなんですよね。それを知った時は、なんて繊細なんだ…って目から鱗でしたね。

そうした発見ができるというのは、まさしくスタイリストならではの視点ですね。

喜多尾:そこで聞くのは野暮なわけで、やはり僕ら世代の日本人は察する文化というのがあります。自分が『POPEYE』を作っていた頃から、今も変わらずそうした市井の人々の暮らしぶりや装いなどをつぶさに見つめていたからこそ、そうした面白みを感じられるのかもしれないですね。

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喜多尾さんはスタイリストとして、リネン素材には色気を宿すなにかがあると感じたりしたことはありますか?

喜多尾:装いって暮らしや生活様式と必ず関連しているモノだから、先ほどの役者の着こなしの話もそうですし、日常として纏っているなかでも自然と漂うものがあると思いますね。その上でリネン素材というのは、日本の風土にも合っていると思いますし、日本人の体質にも比較的合っているんだと思います。だからこそ浴衣とか着物と合わせるのも良いんじゃないですかね。

個人的にはリネンを纏った喜多尾さんの装いというのが、マチュアのあるべき姿であり、成熟しているがための色気をとても感じたのですが、ご自身でなにか意識されていることはあったりしますか?

喜多尾:僕はあくまで裏方気質で、誰かの装いやコーディネイトを作るのが仕事であり、最大の関心事なんです。確かに人や風景をよく観察していたり、審美眼は特に意識したりはしていますけど、どうしても僕自身のことは疎かになってしまうんですよ。だから僕がというよりは、リネンはナチュラルな素材であるが故に、纏うことで人間の根源的な深みを際立たせてくれるモノなのだと思います。答えになっているか分かりませんが、そういった意味ではリネンを自分らしく着れている人は、いわゆる大人の成熟した色気が感じられるのかもしれないですね。

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喜多尾祥之

喜多尾祥之

スタイリスト

1965年東京生まれ。青山学院大学在学中に山本康一郎氏に師事。1985年に独立し、「POPEYE」でメンズスタイリストとしてデビュー。以来「BRUTUS」や「GQ」などの雑誌、「UNIQLO」など広告のスタイリングを中心に活躍し、現在も様々な俳優や雑誌、広告、CMなどのスタイリングからディレクションまでを手掛ける。また浅草という食文化の華やぐ土地柄で生まれ育ったこともあり、好きが高じて独自の食コンセプトを掲げたユニークなグルメ本『魔味探求 五感が覚醒、男の深夜めし。』を2003年に刊行。