
ヒト
2022.01.27 THU.
これからの暮らしを豊かにするモノとコト。
旅するパン屋として焼き菓子や紅茶を製造、販売する〈TAKIBI BAKERY〉や新木場の新しいタイプの商業スペース〈CASICA〉のプロデュースなど、内装設計から施設内のディスプレイ、個展・イベントの企画、商品選定、古道具や古家具の買い付けまでをトータルに行う〈CIRCUS(サーカス)〉の鈴木 善雄さんと引田 舞さん。今回〈ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング〉で開催するポップアップイベントのセレクターお二人に、素敵なオフィスとご自宅を訪れ、普段大切にされているコンセプトや日本の古道具、古家具の魅力について伺いました。
Photo:Tomoya Uehara
Text:Masako Serizawa
暮らしを変えるモノとの出会い。
オフィスには2人が買い付けてきた世界各国のものや作家ものなどが、ヒエラルキーなく並べられている。
─お二人は〈TAKIBI BAKERY〉や新木場の〈CASICA〉のプロデュースなど、話題になるモノやスペースを提供されてらっしゃいます。〈CASICA〉ではあえて商品のキャプションを書かずに、さりげなく後ろに作家さんの名前を入れたり、アノニマスな商品展示の仕方で見る人が手に取って想像を膨らませられるようなディスプレイになっていますよね。
鈴木:みなさんコンセプトとかも知っていらして、お店のことをしっかりと理解してもらえているという印象です。〈CASICA〉ができた当初は、インスタ映えを狙って訪れる人も多かったんですけど、いまはちゃんと買い物をしに来てくれている方が多いです。商品の並べ方に対しても「分かりにくい」ではなく、ポジティブに楽しんでくれて、お店に来るたびに発見してくれているという感じですね。
─一つひとつのモノとの出会いを楽しみにいかれている方も多い気がします。
鈴木:いま特にコロナ禍でなかなか外に出られない分、オンラインでお求めいただくことも増えましたが、やっぱり足を運んで来たいというお客さまが多くいらっしゃいますね。実際に店内を歩いて見て、何か宝探しの出会いのような感じでモノを選んでいただいてるなと。
ご自宅の薪ストーブはイギリスの老舗ストーブメーカーESSEのもの。これでピザを焼いて友人を招くことも。
─プロデュースなどの仕事を進めていく上でベースとなっている考え方はどのようなものなのでしょうか。
引田: 〈CASICA〉はディレクションという形で関わらせていただいているんですが、自分たちのお店ではないからこそ、立ち上げた後も継続してお仕事をさせていただいているからには、何度も訪れたくなるような場所づくり、そしてしっかりと売上もあげていけるように意識しています。実用的なものばかりでもつまらないですし、家のどのスペースに置けばいいのか分かりづらい尖ったアイテムばかりでも難しい。程よいバランスになるミックス感みたいなことは常に頭においています。2人でもよくそれを考えていて、それぞれの好みの重なりのような様々な面があるからお客さまにも面白がってもらっているのかなという気がします。決して同調せずにお互いの好きなものを邁進していこうという気持ちを持ってやっていますね。
鈴木:たとえば〈CASICA〉の場所選びも、新木場ではなく話題のローカルなエリアではどうかという話もあったのですが、自分たちはカテゴライズされたり、括られずに、何かもっと自由でいたいなと。僕らの仕事も何の仕事ですかと言われるのですが、どれも関係ないことをやってるわけではありません。そこまでには流れがあって結果としてそれがリンクしているんです。内装設計をしていると大きい什器などから実際に置く小さなものまで選びたくなったり、飲食店を複数経営していた経験からフードディレクションもやります。何かしら結びついているのであまりいろんなことをやっているとも自分では思っていないんです。
今回のポップアップで販売される1950〜70年代に東西ドイツで製造された陶磁器、〈ファットラヴァ〉。
引田:彼は飲食畑で飲食店を経営したり、〈TAKIBI BAKERY〉という商品を作っていて、私はアパレルで働いたのちラジオ局の番組制作で仕事をしたり、両親がギャラリーをやっている繋がりもあって、といまとなっては人生の色々な経験が全て大事で影響を与えてもらっているなと思います。〈CASICA〉も当時は本当に何もない場所だったので、新木場という場所まで足を運んでもらうためには、作家さんの作品やアンティークを展開すること、特別な空間を作ることが大事だと考えました。それにプラスして、様々な層の方に楽しんでもらえるように自分たちで日々使ってみておすすめしたい主婦目線のプロダクトやキッチンアイテムがあったり、個展やイベントを企画していつ来ても新鮮な気持ちで楽しんでもらえたらと思っています。
良いものをただただ誠実にという想いで作られた日本の道具や家具たち。
ご自宅の家具も古家具がほとんど。メンテナンスをしながら使い続けるほど愛着が湧く。
─普段は競りに出向いて買い付けをされていらっしゃると伺いました。
鈴木:普段は2トン車に乗って出かけて、そこで競り落として、車をパンパンにして持ち帰ってくるというのを毎月やっています。そこから持ち帰ったものを修繕しています。
引田:築地の魚市場みたいに、どんどん目の前で家具が流れていってそれを競り落とすという業界の人向けの競りがあるんです。日本各地で様々な種類や価格帯の競りがあります。朝6時、7時ごろから始まって、全部屋外で雪の日も雨の日も開催しているところもあります。
鈴木:競りなので、人数が多いとモノの値段上がるじゃないですか。だからそれを聞きつけて地方から売りに来る人もいるし、そうするとモノがたくさん集まるから人が集まる。どんどん市が大きくなって活気づいていく感じですね。でもモノが高くなり過ぎると、買えなくなる。人も商品も波があるので、その辺りが面白いところですね。
イランの絨毯を中心にセレクトした1点もののラグをポップアップイベント開催店舗で販売。
─買い付けている日本の古道具、古家具の魅力とはどんなところでしょうか。
鈴木:例えば、北欧の椅子だと基本的に修繕するときは、塗装してあるものを全部落として、ツルツルにヤスリをかけて、もう1回全部塗装し直すんですね。要は新品に戻すっていうのが、北欧家具のリペアなんですけど、日本の家具も塗装を落としたりはするのですが、基本的にはダメージはある状態をなるべく維持して、凹んでいれば凹んでいる状態をなるべく消さないようにして直すんです。日本人の持っている侘び寂びみたいな根底にある美意識が素敵だなと思うので。そこが日本の家具の魅力かなと。年代によっても違うのですが、高いものは一生もので、その家具を作った日付が書いてあったり、江戸時代は引っ越ししやすいように家具を作っていたり。本当にいい作りやいい材料を使ってやっているので、いまその家具を作ったらいくらかかるんだっていうレベルの家具もあるのが面白いなと。そしてそれを本当に大事に使っていたんだろうなと思います。その重厚感に惹かれますね。
鈴木:度々「アンティークの商品だけを売っては?」と言っていただくこともあるんですが、アンティークもそもそもは、昔の量産品だったんですよね。それらは年を重ねるごとに古くなっていって、何十年も経てばどんどんなくなっていくもので。それだったら僕らの世代で作ったものを未来のアンティークとか古道具として生み出して、この先の時代に繋げていかないといけないと思うんです。自分たちが大切にしている古道具を守り続けるには、今の産業を絶やさずに、未来のアンティークを作らないといけないんだよっていう話をしていますね。
日々の生活と未来は確実に繋がっている。
─お二人のビジョンはSDGsよりもう一歩先にいってるっていう感じがします。
引田:いま環境に優しいものを生み出すことはもちろん大切なことですが、単純に自分たちの国の昔から作られている日本の家具っていいよねっていうことをちゃんと提案したいと思っています。北欧やアメリカの家具、デザイナー家具に憧れるように、日本の家具もその選択肢に入るようになればと。若い世代の方達にもずっと愛着をもって使いたくなるような家具との出会いが増えたらいいなと思います。
鈴木:SDGsという言葉が先行していますが、植物性由来のプラスチックでモノを作って安い値段で買ってそれを捨ててれば、それを製造するときにかかる環境負荷は変わらないので。それだったらもともとあるモノを捨てずに使い続ければと思うんです。
19世紀20世紀頃のドイツやイギリス、フランスなどの百科事典の図版を額装したもの。額自体は建築の廃材の楢や杉、ラワンなどを使用。
鈴木:古道具である有名なお店があるんですが、そのオーナーさんがおっしゃっていて特に印象的だったのが、「この商品はいまは値段がついているけど、店の外に持って出たとたん、価値はゼロになるからね」って(笑)。古道具界でそれだけ有名な方がそうおっしゃっているっていうのが興味深くて。商品の価値は受け取る側の人によって変わるし、時代によって変わる、またそのときの気持ちによっても変わるものなんですね。昨日まで自分が価値を見出していたものが次の日価値がなくなるかもしれないし、その逆もあるかもしれない。気持ちの保ちようだなと思うと面白いですよね。もちろん資本主義の中で価値としてつけられる値段はあるかもしれないけれど、それ以上の価値は自分が決めればいいのかなと。作家ものだから、値段が高いからって、その商品が他と比べて10倍値段が高いから10倍気持ちが豊かになるわけじゃない。意味をなさないものが結構重要な豊かさの要素だったりすると思うんです。
引田:今は情報がたくさん入ってくるので大変な時代ですが、もっと自由に自分の気持ちに従う感覚を養えたらという話は2人でしています。内装のお仕事をするときも、例えば「ブルックリンのアーティスト風がいいね」というリクエストをいただいたり、「○○風」という言葉で括られがちですけど、例えば〈CASICA〉のお店に来てもらったときにいったんそういう知識とかカテゴライズされてるものを削ぎ落として、自分の“好き”だけで選べたらもうちょっとみんなのスタイルが自由になって、自分の部屋という空間が、唯一無二の場所になるんじゃないかと思います。
道具にも季節があるというのを伝えたい。


(左)神奈川県相模原市藤野で活動する木工作家・藤崎均氏とアートディレクター東川裕子氏によるユニット〈studio fujino〉のカッティングボードと、〈岡井麻布商店〉の良質な高級麻織物「奈良晒」を使用した麻布。
(右)自然倒木したものだけを採取したペルーのパロサント、ヒマラヤ山脈の麓にある岩塩層から採取されたバスソルト、カリフォルニアに自生する野生のオーガニックホワイトセージはギフトにも。
─今回〈ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング〉で展開される「CIRCUS -道具の歳時記-」のポップアップイベントでのアイテムをセレクトされていますが、基準はどのようなものだったのでしょうか。
引田:毎日使うマグカップが自分の大好きな色と質感だったら、それだけで朝を気持ちよくスタートできると思うんです。着ていて気持ちのいい上質なニットを選ぶように、今夜入るお風呂のためにちょっといいバスソルトを買ってみる。自分のご機嫌を自分で整えることが大事だなぁと思います。お店に立ち寄った方にもそんな気持ちの変化が少しでも訪れたらいいなと思いながら選ばせていただきました。
鈴木:ファッションだけじゃなくて、道具にも季節感があるんだよっていうのをわかってもらいたいなっていう気持ちで。歳時記的な感じでその季節季節に応じたアイテムを展開できればなと考えています。アイテムは使用しなくなった木材を使ったものや歴史ある技術を継承したもの、自然の恵みを生かしたセルフケアに欠かせないアイテムなど、2人の今の気分でセレクトしています。
鈴木:今回の2月に開催するポップアップは「整える」というのをテーマにしています。新生活に向けて、毎日の暮らしを少しよくする準備をしてもらえたら。
─最後に、お二人の今後の展望について伺えますでしょうか。
鈴木: 僕らの運営する〈CIRCUS〉という会社も複合的な部分があって特にカテゴライズしてないので、今後の展望も、こうなりたいというのは正直あまりないんです。5年前に僕らの今のこの仕事を想像していなかったように、5年後はいま想像していることと違うことをやっているんだと思います。このままサーカスのようにずっと旅を続けながら、そのときにやりたいなと思っていることをやっているんだろうなと思っています。
INFORMATION
PROFILE

株式会社CIRCUS
鈴木善雄と引田舞の二人のユニットとして、既視感と未視感の狭間を漂うような、独自の世界観で内装設計・ブランディング・クリエイティブディレクション、バイイング・古物卸から旅するパン屋〈TAKIBI BAKERY〉など手掛ける。近年では新木場の大きな材木倉庫を改装した〈CASICA〉をトータルでディレクションし、買い付けからギャラリー企画まで担当している。