
ヒト
2015.08.31 MON.
「ヒト・モノ・ウツワ」が表す言葉の意味とは?
㈱ユナイテッドアローズが経営理念の中で使用する「ヒト・モノ・ウツワ」という3つの言葉。「ヒト=高度に完成された接客・サービス」、「モノ=世界的な広い視野で適産、適選された商品」、「ウツワ=真の心地よさを追求した施設・空間・環境」と、それぞれの言葉にこめられた意味があり、それを規範とすることでユナイテッドアローズらしい価値観を追求しています。ではこの「ヒト・モノ・ウツワ」という言葉はいつから使われはじめ、どのような思いが込められているのでしょうか? 創業メンバーのひとりであり、これまでに㈱ユナイテッドアローズのさまざまな“言葉”を生み出してきた栗野宏文さんに伺った。
Photo:Yuhki Yamamoto
Text:Masayuki Ozawa
その強い情熱をもっと簡潔に、冷静なシンプルかつ強い言葉で伝える必要が出てきた。
ーまず㈱ユナイテッドアローズが掲げる「ヒト・モノ・ウツワ」について教えてください。
栗野:あくまで僕の個人的な解釈ですが、㈱ユナイテッドアローズが設立されてからの26年間で、大切だった何かが薄くなっていたり、真っ直ぐに進んでいたはずのことが逸れていたりすることに気づかされることがあります。また、店舗とお客様との距離こそ変わらなくても、会社が大きく成長すると、遠い存在に感じられてしまう怖さもあります。そんなときに会社の本音ともいいましょうか、この先50年、100年と続けていく上で、わたしたちが何を大切に思っているのかを簡潔にあらわす言葉、それが「ヒト・モノ・ウツワ」だと思います。
ーどのような過程を経て生まれた言葉なのでしょうか?
栗野:そもそもは㈱ユナイテッドアローズというファッション小売業がどんな要素で構成されているか、何が基礎なのか、を、社内向けに発信するための言葉でした。1990年の7月20日に「ユナイテッドアローズ」第1号店が渋谷の明治通りにオープンしたとき、わたしたちは対外的に言葉を整理するほど冷静ではありませんでした。とにかく「いい接客をしよう」、「いい商品を集めよう」、「いいお店をつくろう」という情熱だけで突き進んでいたと思います。しかし社員が徐々に増えていくようになると、その強い情熱をもっと簡潔に、冷静なシンプルかつ強い言葉で伝える必要が出てくる。いつ生まれたかは覚えていませんが、おそらく重松名誉会長から、必要なタイミングで発せられた言葉だと認識しています。そしてお客様にとっていい環境とは、いい接客であり、いい商品、いいお店である、という考え方は、この26年間で何も変わってはいないのです。
ーその3つの要素の中で「ヒト」が担う役割とはなんでしょうか?
栗野:話が大きくなりますが、戦後を振り返ると1950年代は発明の時代であり、1960年代は大量生産、ポップカルチャーの時代。1970年代になるとヒッピーに代表される、消費文化、物質文明に対抗する時代へと変遷してきました。そして1980年代は、敗戦後努力し続けてきた日本という国に、大きな資本が集中しました。いわゆるバブル景気です。しかしながらそのバブルは、㈱ユナイテッドアローズが設立された同年代末期から1990年代の初頭に崩壊します。そうすると結果的にたくさんの財産や豪華なものを所有するだけでは、人は幸せになれないのだ、というパラダイムシフトもおきました。
ーその現象はファッション業界においても同様で?
栗野:その頃わたしたちは、既に「どれだけ消費してものを手に入れても、心の満足を手に入れられないかぎり人は幸福になれない」ということ、を意識していて、洋服をつくるメーカー主導の“ものありきの”時代から、それを選び、編集し、着る側、そこに双方向のコミュニケーションがある場に主導権が移る気配を感じていました。その発信場所こそは、お店であり、人だと考えました。お客様を理解し、愛情をもったコミュニケーションで、心を満たすことができる接客、つまり人とモノとの関係性を深く考えることができる「ヒト」が小売業にとって一番大切だという考えは、当然のことなのではないでしょうか。
何が人の心に届き、何が人を動かし、どうして人はモノを買うのかを学べる販売はとても誇れる仕事。
ー㈱ユナイテッドアローズが目指すべき「ヒト」像を教えてください。
栗野:「ヒト」の理想像は、昔から何も変わってはおらず、むしろ世の中が自分たちの考えに近くなってきたのかなと感じます。販売員がお客様にヒューマニティを示さない限り、モノは売れないということを、今はほとんどの小売業者が実感しています。お客様への愛情の表現というのは、じつはそれほど難しいことではなくて、自分と相手が等しくあること、という基本的な概念のもとに成り立っています。自分がされて嬉しいことをお客様に提供し、自分がされたくないことはしない。そうすれば自然と言葉使いや態度、サービスは親身になる。それは日本が世界に誇れる“おもてなしの精神”であると思っています。
ーホスピタリティともよべる心地よい時間が、そこに流れますね。
栗野:その上品な所作や佇まいは、「モノ」や「ウツワ」にも必ず関連し、影響していて、その逆もしかりです。ある種の瞬間芸的なことで成り立っているこれみよがしなモノや、あまりに装飾的で立派過ぎる「ウツワ」には品がない。張り子の虎になりかねません。
ー良い接客と売れる接客は、イコールの関係でしょうか?
栗野:本当に良い接客やサービスとは、結果的には売れる接客となるでしょう。しかし、良いと上手いは違います。一般的に上手といわれるパターン化した接客を続けていれば、そのお店に未来はありません。こういう接客が売れる、という考え方をしていたら、すぐにお客様に飽きられてしまうと思うのです。
ー「ヒト」には個性が求められるのですね。
栗野:個性や味がある「ヒト」のほうが、言語表現が上手なだけな人よりもヒューマニティの表現に優れていたり、お客様と適切な距離感を保つことができるように感じます。向き合う側の個性を押し付けず、磨く努力を続けるほうが、100のマニュアルを覚えるよりもずっと大切ですし、お客様は満足してものを買い、お店に戻ってきてくれるでしょう。
何が人の心に届き、何が人を動かし、どうして人はモノを買うのかを学べる販売は、とても誇れる仕事です。それを経験しなくては、商品企画もバイイングも務まらないと思います。やはり「ヒト」が重要なんです。
ー最後に栗野さんにとって「ヒト」とはなんでしょうか?
栗野:自分と同じように他人を大事にできること、また他人と同じように自分を大事にできることだと思います。逆に、他者を大事にするあまり、自分が病気になってしまったら、その誰かが大事にしている自分って、大したことない気もします。常に同じウェイトで、自分と他人に目を向けられること。それがわれわれの目指す「ヒト」ではないでしょうか。
PROFILE

栗野 宏文
1953年生まれ。クリエイティブディレクション担当、上級顧問。 1977年からファッション業界に身をおく。Royal Academy of Fine Arts Antwerp(アントワープ王立芸術アカデミー)では度々卒業ショーの審査員も務め、2004年には、英王立芸術大学院「Royal College of Art」からHonorary Fellowship(名誉研究員)を授与。