知ってほしいブランドについて
ファッションライターが語る連載コラム

エイトン|人の動き、生地の揺らぎまで見据え、糸から紡ぐ服

    知ってほしいブランドについてファッションライターが語る連載コラム

    2026.08.20

    エイトン|人の動き、生地の揺らぎまで見据え、糸から紡ぐ服

    文:秦 大輔

    思わず撫でたくなるような素材のタッチや、美しい色合いに定評のある<ATON(エイトン)>の服。「あ」から「ん」まで、工程の隅々に惜しまず手間を掛けることでポテンシャルを引き出す––––。ていねいにつくられた和食を彷彿させる、その服づくりの真髄に迫ります。

    ( 01 )

    デザインから販売まで、あらゆる工程に目を配り上質な服を届ける

    A to N、すなわち「あ」から「ん」まで。原材料を選んで生地にするところから顧客の元へ届くまでの、モノづくりの最初から最後までをていねいにカタチにしたい––––。そんな思いを名前に込め、ファッションブランド<ATON(エイトン)>は2016年AWにスタートしました。
    ブランドを率いるのは、国内のさまざまなブランドのディレクターを歴任してきた久﨑康晴氏。約20年にわたりテキスタイル開発に関わってきた人物でもあります。

    服づくりの原点は、神戸で過ごした中学・高校時代。古着に傾倒していた久﨑氏は、買ってきた古着を自宅に陳列し、即席のショップを作っては仲間たちに売っていたといいます。その際、古着に対して「素材や色がこうだったら、もっといいのに……」と思うことが多々あった。ならばと服を解体して型紙を起こし、生地を買ってきては自分で縫うようになったというのです。
    これが中学・高校のエピソードだというのだから、その早熟ぶりに驚かされます。なるべくしてデザイナーになった人物、といえるでしょう。

    薄手で清涼感のあるタッチの「フレスカ シングル ジャージー」を用いたTシャツ。袖口に入れたツイストが、シンプルなスタイルのさりげないアクセントに。

    ( 02 )

    <エイトン>を代表する素材に、インド産のスヴィンコットンを

    <エイトン>はそのモノづくりにおいて、素材そのものを起点にするのではなく、「着たときにどう見えるか」を起点にする“逆引き”の組み立て方をするといいます。その素材はどのように身体へ寄り添うのか、歩いたり立ち上がったりしたときにどう揺れるのか。さらりと流れるのか、それとも形を崩さないのか……こうした着用時の表情をまず思い描き、イメージを実現するためにはどんな素材や加工方法がベストなのかを詰めていく、というのです。ここに<エイトン>の真骨頂がある。

    <エイトン>を代表する素材に、インド産のスヴィンコットンを原料にした「FRESCA(フレスカ)」シリーズがあります。スヴィンコットンは繊維の長い超長綿の一種であり、油分を多く含んだしっとりとした風合いが持ち味。白度が高く、美しく染まるという特徴もあります。
    <エイトン>は、なかでも手摘みで収穫したスヴィンコットンのみを使用。これは、収穫から殻などの不純物を取り除く工程まで人の手で行うことで、繊維を傷めることなく長い繊維長を保つことができるから。シルケット加工などの化学的な処理を施す必要がなく、その結果、自然なツヤやしっとりと滑らかな手触りを享受できるのです。

    また「フレスカ」は、その高級原綿を強撚糸にすることで、コットンとは思えないほどのシャリ感を引き出しているのも特徴です。強撚糸を2本引き揃えて肉厚なジャージーに編み立てた「FRESCA PLATE(フレスカ プレート)」は、なかでも定番人気を誇る素材。

    これをルーズシルエットに仕上げたTシャツでは、素材のもつ柔らかさとハリコシのバランスが絶妙に作用し、ニュアンス豊かなドレープを生み出します。ゆとりや服がはらむ空気、重力といったさまざまな要素が表情のひとつひとつを形づくり、動きに合わせて複雑な揺らぎを見せる––––これを想像して原毛からこだわり、糸を紡ぐというわけです。

    <エイトン>が目指すのは、人が袖を通したときに最も魅力的に映る服。布は二次元であり、服になれば三次元。さらに動きや時間の経過まで考えると、四次元という多次元のクリエーションが求められます。久﨑氏はその昔、ファッションではなく建築の道に進むことを考えたことがあるそうですが、なるほど<エイトン>の服づくりの過程を考えると、じつに腑に落ちるエピソードではありませんか。

    キレイな落ち感を堪能できる、ドライタッチのウール素材を用いたイージーパンツ。シルエットは緩やかなワイドテーパード。裾に溜めたクッションも、いいニュアンスを醸します。

    ( 03 )

    惜しまず手を掛けることで引き出される、素材のポテンシャル

    もうひとつ、<エイトン>が定番として扱うアイテムに「ウールトロピカル」のセットアップがあります。トロピカルはさらりとした風合いをもつ薄手の梳毛織物のこと。それ自体は決して珍しい素材ではありません。しかし<エイトン>のウールトロピカルがほかと異なるのは、高密度に織り上げたうえで、染色後に生地を“寝かせる”工程を経ることで絶妙のコシを引き出していること。加工に掛ける時間は通常の3倍ほど(!)といい、品のいいツヤや生き生きとしたドレープも、これによって生み出されるのです。

    <エイトン>の久﨑氏はよく、服づくりを料理に喩えます。料理は高級な素材を使えばおいしくなります。けれども、素材の価格だけで味が決まるわけではありません。たとえばコハダは、高級魚ではありません。しかし一流の鮨店では、包丁を細かく入れ、塩や酢の加減を緻密に調整することで、素材のもつポテンシャルを最大限に引き出します。だからこそ、感動するほどおいしい一貫になる。
    服づくりも、これに似ている。要所要所に惜しみなく手間を掛けることで、たとえ高級な素材でなくとも、秘められた魅力を引き出すことができるのです。
    もちろん、そのためにはどの工程にどのような手を加えれば素材にどんな変化が生まれるか?を熟知していなければなりません。職人の経験に裏打ちされた知見や、熟練の技術が欠かせないのです。だからこそ<エイトン>は生産者との密なコミュニケーションをモノづくりの基本に据え、大切にしているのだといいます。

    ミニマルなフレンチフロントの半袖シャツ。柔らかさの中に程よいコシを備えたコットン生地が、オーバーサイズのボックスシルエットを美しく描く。サックスの華やかな発色も見どころです。

    ( 04 )

    自然界から着想を得て表現される、美しき色の数々

    次は<エイトン>を語るうえで素材と両輪をなす、「色」について話を進めていきましょう。筆者には、セレクトショップで吸い寄せられるように手にとった、なんとも美しい色みのスウェットが<エイトン>のものだった、という経験があります。決してビビッドではないのにどこか目を惹き、美しいと感じさせる––––。言葉では表現しきれない複雑なニュアンスをたたえた色使いは、このブランドの十八番といえます。

    では、<エイトン>は何から着想を得て色づくりをしているのでしょうか? 源として挙げられるのが、自然界に存在する植物や鉱物、生物です。2017年より展開する「ナチュラルダイ」は、そんなブランドの色に対する情熱を、端的に味わうことのできるコレクション。着想の源となった土地で採れる植物や天然素材を染料として用い、独自の色を生み出しています。
    これまで染料として用いてきたのは、ログウッドやヒノキ、桑、バオバブといった木々をはじめ、桜やベニバナ、アオバナなどの花々。さらにはライチやブドウ、アスパラガスといった食材、トルマリン、マグヘマイト、孔雀石などの鉱物にまで及びます。
    天然染料は化学染料に比べると粒子が大きく、色が均一に染まりすぎない性質があるといいます。だからこそ色に揺らぎが生まれ、奥行きや深みのある表情になる。一方で品質を安定させるのは容易ではなく、ここでも染色のプロフェッショナルである生産者との信頼関係がモノをいいます。

    美しい発色を引き出すために素材にもこだわり、前述のスヴィンコットンやメリノウール、ベビーカシミヤといった白度の高い原料を厳選して用いるのも、<エイトン>というブランドの特徴。白度の高いこれらの原料は、ブリーチなど風合いを損ねる薬品加工を要さず、素材が本来もつ艶や風合いを保ったまま理想の色みに染めることができる、というわけです。

    ちなみに2027年SSの「ナチュラルダイ」コレクションは、地中海の岩塩がもつ淡い色彩に着想。食材として馴染みのある南イタリア産のアーティチョークやフェンネル、トマトを染料に用いるというから、どんな色みの服になるのかワクワクせずにはいられません。もちろん、こうした色への並々ならぬこだわりは「ナチュラルダイ」に限ったものではなく、ベーシックカラーのそれでも存分に真価を味わうことができるのであしからず。

    ユナイテッドアローズ別注の綿ビエラ生地を使用し、シャツのように軽く仕上げたジャケット。自然なドレープが、リラックスした中にエレガントな雰囲気をもたらします。

    ( 05 )

    隅々までていねいな仕事が、「上質」を形づくる

    ファッションデザインというと、一瞬のひらめきを形に留めるような、パッションに満ちた世界を想像するかもしれません。しかし、<エイトン>の服とそのモノづくりの考えに触れるほどに、それだけではたどり着けない世界があることに気づかされます。それこそ原料の調達から最後の検品にいたるまで、「あ」から「ん」までの工程をひとつひとつていねいに積み重ねてこそ、到達しうる高みがあるのです。
    遠目にはわからないようなわずかな違いを求め、素材づくりや染色に心血を注ぐさまは、まるで学者が真理を求めて探究を続けているかのよう。しかし、その果てに完成した服には、思わず見とれてしまうほど奥ゆかしい表情が宿ります。

    ミニマルで美しく、着心地のよい<エイトン>の服。それは着る人の自然体の魅力を、いっそう引き出してくれることでしょう。––––知的なオトナに見えるという、うれしいオマケ付きで。

    ( Writer Profile )

    ファッションライター

    秦 大輔

    学生時代からライター業を始め、20代半ばでモノ&ファッション誌『Begin』編集部へ。再びフリーランスライターとなり、さまざまな雑誌やブランドのオウンドメディア等に寄稿している。ドレスファッションを得意とするほか、著名人へのインタビュー、コーヒーやバードウォッチングなど趣味分野の記事執筆も手がける。

    ※掲載している商品は、販売終了によりご購入いただけない場合がございます。あらかじめご了承ください。

    ( Item Lineup )

    #BEST BRAND YOU MUST KNOW

    Share