
フラテッリ ジャコメッティの靴には個性がある。そして何足も欲しくなる
2023.09.04
知ってほしいブランドについてファッションライターが語る連載コラム

2026.06.15
ドイツ生まれのサンダル名門<ビルケンシュトック(BIRKENSTOCK)>。そのフットウェアは、足をあるべき位置で安定させ、自然な歩行を促すよう設計されています。ウェルネスの追求から生まれ、やがてファッションの第一線へ──。意外な軌跡を辿りつつ、ブランドの真価に迫りましょう。
( 01 )
人体工学に基づく履き心地のよいサンダルが、世界中で愛されている<ビルケンシュトック>。物語のはじまりは、現在のドイツ地域がまだ神聖ローマ帝国の版図にあった1774年に遡ります。ヨハネス・ビルケンシュトックの名前が、「靴職人」として教会の公文書に記されたのです。のちにブランドの基礎を築くコンラッド・ビルケンシュトックは、ヨハネスの兄弟であり同じく靴職人であったヨハン・アダム・ビルケンシュトックの曾孫。古くから靴づくりの伝統を受け継いできた一族によって、<ビルケンシュトック>というブランドがつくられたのでした。
コンラッド・ビルケンシュトックは1896年、ドイツの靴づくりの中心地であったフランクフルトにワークショップを構えます。彼はそこで、足の健康や正しい歩行をサポートする整形靴の見地から、新しい木型作りに没頭しました。そして、いかに裸足で歩くような自然な歩行を実現できるかを研究。実験を繰り返しながら、足をしっかり支えつつ柔軟性に富む画期的なインソールを開発します。1913年には、軽量で弾力性にも優れるコルクを混合したインソール構造を考案。コンラッドはそのインソールを「フットベッド」と名付けたのでした。
1920年代には、コンラッドによって大規模なインソール工場が設立されます。いまでこそキング・オブ・サンダルとして知られる<ビルケンシュトック>ですが、当初の製品はインソールだったのです。ちなみに現在でもインソールは販売されていて、アーチサポートの乏しいシューズの履き心地を改善する“裏技”ソリューションとして密かな人気を誇ります。
( 02 )
1963年、<ビルケンシュトック>の転機が訪れます。コンラッドの孫、カール・ビルケンシュトックによって、フットベッド構造を備えたサンダルが開発されるのです。記念すべきサンダル第一号は、のちに「マドリッド」と名付けられることになるそれ。細身のストラップを斜めに一本配しただけの至極シンプルなデザインで、当時は「体操サンダル」なんてコピーで売られていました。
カールはサンダルをデザインするうえで、当時流行していた建築様式「ブルータリズム」からの影響を受けたといわれています。ブルータリズムとは、構造や素材を剥き出しにすることで機能美を表すもの。なるほど、ラバー製のアウトソールやコルクを練り込んだミッドソール、そしてストラップが地層のように重なり、剥き出しになって見えるサマには、たしかにブルータリズムの思想を見てとることができます。そしてこのデザイン様式は、<ビルケンシュトック>の核として、現在まで脈々と受け継がれることになるのです。
最高傑作と名高いツーストラップサンダルの「アリゾナ」。甲の前部と後部、双方の幅を調整できるため、さまざまな足型にフィットします。こちらは上質なスエードアッパーのモデルです。
しかし残念ながらすぐに人気爆発、というわけにはいきませんでした。サンダルブランドとしての<ビルケンシュトック>が広く認知されるのは、1970年代前半。意外や意外、ヒッピームーブメントに湧くアメリカでそれは起こりました。
( 03 )
ヒッピームーブメントの黎明期である1966年、服飾関係の仕事に携わっていたアメリカ人女性のマルゴット・フレイザー氏は、故郷であるドイツを訪れた際に<ビルケンシュトック>に出会います。長らく足の痛みに悩んでいた彼女は、そのサンダルを履いたことで足の痛みが改善したことに感動し、輸入権を取得しました。
しかし当時のアメリカでは、女性は我慢をしてでも細身のパンプスやハイヒールを履くのがお洒落とされていた時代。自分と同じように足の痛みに悩む人を救いたいと願うフレイザー氏の思いとは裏腹、靴店の反応は冷ややかなものでした。
そこでフレイザー氏が販路として着目したのが、なんと「健康食品店」。ヒッピームーブメントの熱が高まっていた西海岸には、自然を礼賛するオーガニック志向の高い人々がたくさんいたのです。
結果は、大当たり。押し付けられた価値観に背を向けるヒッピーたちにとって、なぜか健康食品店で売られているその無骨なサンダルはむしろ、最高にクールな存在に映ったのでした。
余談ですが、サンダルに都市名をつけるよう助言したのはフレイザー氏といわれています。なぜ都市名だったのか定かではありませんが、たしかに「体操サンダル」より「マドリッド」や「チューリッヒ」のほうが、舶来の匂いもして聞こえがよい。そしてアメリカで広く認知された1973年には、ツーストラップの名作「アリゾナ」が、1976年にはトウまで覆うクロッグサンダルの名作「ボストン」が誕生。都市名をモデルに冠する<ビルケンシュトック>の伝統は、半世紀以上経ったいまなお健在です。
( 04 )
さて、ここで<ビルケンシュトック>の命であるフットベッドについて掘り下げましょう。最も標準的なフットベッドは、安定感を増すために設けられたアウトソール直上のジュート層、体圧を分散するコルク&天然ゴム層、通気性を高める上部ジュート層、足に馴染むスエード層の4層から構築されています。
深くえぐられたヒールカップや、縦横に設けたアーチ構造は、足をあるべき位置に保ち安定させるためのもの。指の付け根付近の膨らみには、足指を圧迫することなくグリップを向上させつつ、その筋力を鍛えるという健康促進の狙いもあります。
ハーバード大学がある都市名を冠した、クロッグサンダルの「ボストン」。つま先まで覆うつくりのため、オープンサンダルほど印象がラフにならず。ロングシーズン履ける汎用性の高さも魅力です。
人間の足は28本の骨、33個の関節、20の筋肉、114の靭帯によって構成されています。これらが連携して支え、動くことにより二足歩行を可能にしているのです。<ビルケンシュトック>のフットベッドは、そんな人間の足が本来もつ「安定」と「自然な動き」の両面をサポートするために、整形学の観点から考え抜かれたもの。複雑な立体形状と適度な柔軟性が、これを可能にするのです。
最初は足あたりが固く感じられますが、履いているうちにコルク&天然ゴムのクッション層が沈み、馴染んでいきます。自分の足に最適化されたベストな一足に育てることができる(アウトソールの交換も可能)点も、<ビルケンシュトック>の醍醐味といえるでしょう。
それでも足当たりが固くて……と感じられる方には、スエード層の下に発泡ゴム層を噛ませた「ソフトフットベッド」モデルがおすすめ。筆者個人の感覚としては、グニッと沈み込むような柔らかさではなく、クッと瞬発的にショックをいなしてくれるような柔らかさをソフトフットベッドに感じます。履いたその日から足に馴染むのも、ならではの魅力。オリジナル一辺倒という古参のファンの方にも、ぜひ一度、試していただければと思います。
ちなみに<ビルケンシュトック>のサンダルにはレギュラー幅とナロー幅があり、フットベッドの足裏のマークが塗りつぶされていればナロー幅、輪郭のみならレギュラー幅を指します。レディースモデルはナロー幅が標準。メンズモデルはレギュラー幅が標準です。
( 05 )
<ビルケンシュトック>がヒッピーたちによって見出された話をしましたが、1970〜80年代にかけては、シリコンバレーで働く青年たちにも支持を広げていきます。彼らは後にテックエリートと呼ばれる存在でした。
当時のシリコンバレーは、ITのブレイク前夜。既成概念を好まない若者が集う場であり、東洋の禅に傾倒する人も少なくありませんでした。時間を忘れて電子工作に没頭する彼らにとって、“脱ぎ履きがラク”、“長時間履いても快適”、“流行に左右されない”といった魅力をもつ<ビルケンシュトック>のサンダルは、最も理に適った選択だったのでしょう。
かのスティーブ・ジョブスも、<ビルケンシュトック>を愛したひとり。彼がクタクタになるまで履いた「アリゾナ」が2022年にオークションに出品され、21万8750ドル(当時の約3000万円)という高値で落札された──というのは余談です。
華奢な3本ストラップが特徴の「フロリダ」を、ユナイテッドアローズが別注。スムースレザーのアッパーに合わせて、フットベッドもブラックに。煌めくシルバーバックルが、ラグジュアリーな印象を滲ませます。
日本ではいわゆる裏原系ファッションが台頭した1990年代後半〜2000年代にかけて、<ビルケンシュトック>が大流行します。なかでも高い人気を博したモデルのひとつが、モカシンシューズタイプの「パサデナ」。サンダル以上にぽってりしたフォルムが際立つこの個性派は、Y2Kブームのなかで近年再び評価を高めました。
( 06 )
<ビルケンシュトック>は2021年、LVMH系ファンド〈エル・キャタルトン〉の傘下に収まり経営体制を一新します。健康のために作られたサンダルが、世界最大級のラグジュアリー資本に評価される存在となったのです。
とはいえ興味深いのは、経営が創業一族の手を離れたあとも思想に揺るぎがなかったこと。足の健康を第一とする設計はもちろん、メイド・イン・ジャーマニーの矜持を捨てることもありませんでした。一方で近年は、ラグジュアリー路線も開拓。〈ディオール〉や〈ジル サンダー〉、〈マノロ ブラニク〉といったハイブランドとのコラボレーションも話題となりました。デザイナー自身が<ビルケンシュトック>のファンであることを口にすることも多く、一流の美意識と愛にあふれるアレンジによって、ブランドの新しい魅力が次々引き出されています。
1774年に物語がはじまり、健康食品店の片隅から世界へ広がった<ビルケンシュトック>。その歩みは、いまやラグジュアリーの世界にまで届きました。それでも、ストレスフリーでありながら、大地にしっかり支えられているようなあの履き心地が変わることはありません。<ビルケンシュトック>が無二のブランドであり続ける理由、それは“足の健康”という本質を、愚直に追求し続けてきた姿勢にあるのでしょう。
っと、最後にもうひとつ。<ビルケンシュトック>を履いているだけでなんだか“イイ人そう”に映るのも忘れちゃいけない魅力ですね!
( Writer Profile )
ファッションライター
秦 大輔
学生時代からライター業を始め、20代半ばでモノ&ファッション誌『Begin』編集部へ。再びフリーランスライターとなり、さまざまな雑誌やブランドのオウンドメディア等に寄稿している。ドレスファッションを得意とするほか、著名人へのインタビュー、コーヒーやバードウォッチングなど趣味分野の記事執筆も手がける。
※掲載している商品は、販売終了によりご購入いただけない場合がございます。あらかじめご了承ください。
( Item Lineup )