Text Takuhito Kawashima
Photography Reiko Toyama
Published April 16, 2021
Text Takuhito Kawashima
Photography Reiko Toyama
Published April 16, 2021
新しい“ビューティ”を定義する場所が渋谷区の富ヶ谷にある。その名もEpo Labo(エポラボ)。かつてニューヨークを拠点にし、そうそうたる雑誌やファッションショーなどでも活躍してきたトップヘアスタイリストのKENSHINさんが2019年に誕生させたこの場所は、サロンでもあり研究室でもある。食の世界で言う“Farm to Table”(採れたての食材を仲介業者を通さずに食卓へ)という考え方を、シャンプーやエッセンシャルオイルなどのビューティの世界で体現する。ヨモギの精油を求め、新潟県にスタッフ総動で行くこともあったと聞く。
イカつい風格でどっしりと拠を構える蒸留機。清潔感漂う研究スペース。それらに加え、BGMを担うカナリアやサンダルウッドや柑橘系などのナチュラルな香りが漂うEpo Labo。ヘアスタイリストから精油蒸留技師や調香師まで、様々な才能や技術を持つスタッフが集結し、コロナ禍で見直されるモノの価値、そしてラグジュアリーという言葉の本質を考え直すきっかけを与えてくれる場所である。
Q&A with Kenshin Asano, founder of Epo Labo
Q: 洋服におけるものづくりでも、どこで作られたのか、どんな工程を経て作られたものなのかを作り手側も買い手側も意識するようになりました。その大きなタイミングがCOVID-19だったと思います。Epo Laboの創立は2019年。KENSHINさんはこの場所をどんな想いで作られたのですか?
A: 物がしっかり作れること、そしてその工程が透明化できていて、プロダクトが産地と売り手とお客様の間でフェアに循環できる環境を作れる場所があればいいなとは以前から思っていました。そんな中で自分ができる仕事はヘアに関することですから、ヘアサロンみたいな場所にしつつも、髪を切る染める以外のことを、お店から発信できるようにはしたいと考えていたんです。
Q: いわゆるヘアサロンだけでは物足りなかったと言うことですか?
A: 単純にヘアサロンをやるということは誰かが何十年前に作った既存のフォーマットを使うことになります。それはつまりカットやカラー、プロダクトも誰かが作ったものを使っていることになってしまいますので、仕上がりに関してもほぼ変わらないんです。同じことをやっても何にも変わりませんし、勝負できない。であればちょっと破天荒な考え方かもしれないけど、一から自分たちで作って、それをサロンで使えるようにすればいいんじゃないかと思ったんです。遠回りでもめんどくさいことをやっていこうと。そこで目に留まったのが植物でした。
Q: 食の世界ではオーガニック野菜や、グラスフェッドのお肉などがスタンダード化されていますからね。ビューティの世界でも、今はコスメティックよりもスキンケア、つまり肌本来の機能を整えていくような考え方も大きくなってきました。そこにも植物の力が大きく関わってきています。
A: かなり勉強しましたよ。草食系動物の消化器官などを細胞レベルから調べてみたり……、権威のある先生にもお時間いただいてお話を聞いたり。時間はかかりましたが、ものすごく面白かったですし、可能性を感じました。“発酵”というキーワードを見つけ、私も色々な植物を発酵させてみると、アミノ酸数値がとても高くなることが分かり、実際髪に使ってみるとツルツルになるだけでなくコシも出るんですね。そこから植物への興味がさらに湧き、スタッフで山に分け入っては、旬な植物を採取しています。
Q: 新潟県にヨモギを採りにいったけど、思った以上に精油が取れなくて膝から崩れおちたと聞きました。Epo Labo店内の香りはナチュラルで、ものすごくリラックスしますね。
A: 香りに対する嗜好も次第に変わり始めていますからね。昨今では、樹木などの香りをベースにしながらもスッキリしたトップノートやクセのある樹脂などの香りをミドルベースに持ってきたりするような、ジェンダレスな香りがトレンドかと思います。
Q: ファッション産業においても技術が数年前と比べると格段に進化したからこそものすごい機能的なファブリックが次々と誕生しています。その反面、コットンがある種“嗜好品”になっています。コットンの例も含め、植物などの当たり前としてあるものをどう使うかなど、新たな価値観が再発見され始めているように思います。
A: サスティナブルという言葉を使ってしまうと流行りっぽく聞こえてしまいますが、実際にシャンプーなどを原料から作っていると、本当に無駄になるものってないんですね。無駄をなくそうとする。Epo Laboでも蒸留したものは余すことなく全部使っていますし、ハーブウォーターとして定期的に無料でお配りもしています。このように大量生産することを目的としないものに価値を見出せるようになりましたね。今まで価値がないとされていたものも、もう一度見直して新たな価値を再発見するんです。
Q: ものづくりする側としてはものすごく大切なことですね。
A: スタイルにしても、Epo Laboは、既存のフォーマットにハマりきれない部分があるので、ここでは興味あることを見つけて、とにかくそれを試していく余白を設けることは大切にしたいと思っています。今はモノが溢れていて、例えばシャンプーだけとってもものすごい選択肢があると思うんです。ドラッグストアのシャンプー棚を見ても分かると思います。それらの中で私たちがどう何を選ぶのか、その選ぶ力が大切になると思います。
Q: その選び方がとても難しいように思います。KENSHINさんはどう選んでいるのですか?
A: 結局は、今まで経験してきたものが自分の中で溜まり、それがものを選ぶときの基準になっているのではないかと思います。毎日ニュースは見ていますし、本も読んでいます。その日常的な行為のなかで影響されたものが自分の中に少しずつ蓄積されていく。それが判断基準になっています。なので、選ぶ“ルール”のようなものはなく、経験値から導き出される「自分がいい」と思ったものを選択していることが多いかもしれませんね。
Q: KENSHINさんが考える「良いもの」とはどういうものでしょうか?
A: 心が揺さぶられるものです。自分はものを作ることが多いので、「負けた」と思うものは欲しくなります。陶芸家であり、民藝運動に携わった人間国宝の浜田庄司さんの資料館に行った際、彼が世界中から集めてきた民藝品やインテリアに彼の言葉が添えられていました。そこで彼も各地で実際に見て、「負けた」と思ったものを買っていると言葉を残されていて、その言葉を見たとき私も間違ってなかったと思いましたね。
Q: KENSHINさんはヘアドネーションの設立もされていますよね。
A: ジャパンヘアドネーションアンドチャリティーというNPO法人で活動しています。
Q: なぜEpo Laboやヘアドネーションといった活動をされるのでしょうか?
A: 正直申しますと、初めは面白いと思ってはじめただけなんです。基本的に自分の中で新しい物事を始める判断基準の中でも、面白いことになるかどうかは大切にしている部分です。でも実際始めると大変なことやめんどくさいことも多いんです。でもそういっためんどくさい事にこそ価値があったりもしますからね。
Q: KENSHINさんがニューヨークで活動されているころ、口髭にパーマをあてて、マスタッシュワックスか何かで固めていましたよね。あの頃のKENSHINさんもクールでしたが、今はあの頃のような外見的な、いわゆるルックス部分での個性にこだわらなくなった理由はなんでしょう?
A: こだわり自体がなくなっているんだと思います。言い換えれば、自分の中身に自信が出てきたと言うことかもしれません。
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