Text Takumi Sato
Photography Asuka Ito
Published November 19, 2021
Text Takumi Sato
Photography Asuka Ito
Published November 19, 2021
ユナイテッドアローズの創業者の一人であり、ビューティ&ユースのコンセプトの生みの親としても知られる栗野宏文。バイヤーやディレクター、ファッションジャーナリストとしての顔も持ち、日本だけでなく海外でも活躍している。その証として、世界最高峰の芸術学校として知られる英国王立美術学院から名誉フェローを授与されるなど、ファッションシーンで最も影響力のある一人だ。去年には、初の著書となる『モード後の世界』を出版し、40年以上服と向き合い続けた栗野が考える服に対する想いが綴られている。そして、栗野が大切にしてきたのは、“直感と勉強”。自らが持つ好奇心に素直でいること。夢中で学ぼうとするその姿勢。それが彼の考えるビューティ&ユースというマインド。
ユナイテッドアローズ本社の近くにある高橋是清翁記念公園。都会の喧騒を忘れて、安らぎを感じられる栗野のお気に入りの場所。
リバー縫製で仕立てられたメルトンダッフルコートは、一重仕立てで軽やかなドレープ感がある。カジュアルなダッフルコートの首元には、ドレッシーなスカーフを合わせるのがクリノスタイル。
「アウトドアな気分ですよね」と案内してくれたのは、南青山にあるエイチ ビューティ&ユースB1Fにあるkotiのスペース。
ユナイテッドアローズ本社内にある落ち着いた雰囲気のロビーには、武田鉄平のペインティング作品が飾られている。
日本や海外のカルチャー雑誌から建築、文化まで幅広く話していた栗野。一つの考えにとどまることなく、さまざまなことに興味を持つ柔軟なマインドを持つ。
Interview with Hirofumi Kurino
Q:大学卒業後からファッション業界に入り44年、現在ではLVMHが若手デザイナーの発掘や支援のために開催されるLVMHプライスの審査員として選ばれるなど、グローバルで活躍していますが、栗野さんがファッションに興味をもったきっかけから教えてください。
A:母親が映画好きで、子供の頃によく映画館に連れていってくれたんです。洋画のヒーロー映画を観て、主人公に憧れ、同じ格好がしたいと思ったのがきっかけのようなものかもしれません。さらに“ファッション”というものを意識したのは、ちょうど新作がリリースされたばかりの『007』です。原作者のイアン・フレミングに倣って、衣装や車はもちろん、コーヒーカップなどの小道具すべてに注意を払い、しっかり描いていたので、『めちゃくちゃかっこいいな』と(笑)。ただのスパイアクションムービーじゃなかった。
Q:『007』の中でも栗野さんが幼少ながらグッときたシーンはありますか?
A:『007 ゴールドフィンガー』で、スウェットスーツを脱いだらタキシードを着ているというシーンがあるんですけど、そのシーンにはやられましたね。あとはビートルズにも大きな影響を受けています。彼らが初来日した時、僕は多感な10代だったので、刺激的でかっこよかった。ジェームズ・ボンドとビートルズは僕の原点のようなもの。特にボンドは常にドレスアップをしていて、男の色気は服がないと成立しない、それが当時の学びでした。
Q:ドレスとカジュアル、この二つは対極として語られることが一般的です。そのドレスアップの対極にあるカジュアルの色気とはなんだと思いますか?
A:LGBTQなど、ダイバーシティの広まりによって、色気の概念は変わったと思います。今では『007』のショーン・コネリーの色気は通用しないかもしれないし、別にその色気が欲しいとも思われない。今は今の時代なりの色気があります。例えば、スケートボードのイベントに行った時、10代から20代の若い子達がスケートボードに夢中になっている姿を見てかっこいいなと思いました。スケートボードはストリートから生まれたスポーツだから、場所や階級なんて関係ない。今年のオリンピックを見ていても、彼らのアティチュードから、10代の頃『007』やビートルズを見て感じた“色気”とは異なる“チャーム”を感じました。
Q:スケーターは、他の選手を争う相手という見方よりも、好きなことを共有できる仲間という見方をしている人が多い気がします。
A:何かに夢中になる人のことを“〇〇バカ”っていう言葉がありますけど、例えば、服を大量に買う人と服がすごく好きで大切にしてる人、どちらも“洋服バカ”と言われています。でも、野球バカ、柔道バカとかになると「すごい」と褒められたりする。何かに夢中になったり、情熱を注いだりすることは同じはずなのに、〇〇バカにもヒエラルキーがあって、洋服バカが嘲笑されるのは納得いかない。洋服にも人を夢中にさせる力がありますからね。
Q:なぜ嘲笑される傾向があるのでしょうか?
A:誤解されがちなのが、“所有”と“着こなし”。所有というのは手に入れるという達成感がありますが、着こなしというのは達成感というより、成長のような精神的なものだと思います。今の世の中は所有の方向に行きすぎています。それは例えば、限定品に価値がつきプレ値で市場に出回っている。そこには疑問を感じます。洋服をニュートラルな位置に戻してあげることが僕の最後の仕事だと思っています。世の中、外部評価を多く求めすぎだとも思います。認めてくれないとか、いいねと言ってくれないとか、そんなことばかり言っていると心の安らぎがない。だから、自分がいいと思った時がいいんだよって。
Q:コロナの影響もあって、シワになりにくく、型崩れしにくいなど手入れがラクな化繊がスタンダードになりつつあります。現在、ファッションは“着ることによる気分の高まり”よりも“手入れが簡単な機能性”が重視されている気がします。
A:そうですね。今は何を着てもいいし、ルールはない。だからこそ洋服に意味があり、必要とされているのだと思います。世間では、ストリートウェアというカテゴリーが広い意味で使われていますが、ビューティ&ユースではストリートウェアだけでなくスーツも扱い、カジュアルという枠に収まらない。僕がビューティ&ユースという言葉やコンセプトを考えた理由はそこにあります。服を自由に着ることによって、いつまでもオープンでクリエイティブな気持ちでいること。まさに、“精神的な若さと永続的な美”です。
Q:自由な気持ちを持ち続けること。このマインドが栗野さんのスタイルを生んだんですね。今日のダッフルコートの着こなしからもそれを感じました。
A:僕が17、18歳の頃よく下北沢に行っていました。周りには映画監督、役者、バンドマン、小説家とか何かに夢中になって、〇〇志望といえば〇〇くん、みたいな人が多くいました。でも、僕にはそういうものがなかった。だから、いろんなことも試したけど、これというものは見つかりませんでした。だったら〇〇の栗野でもなく、栗野という存在であること自体が価値ある様に生きたい、と。それには、おしゃれするのが一番合ってるんじゃないか‥…と。気に入れば何でもトライして着てみる。そこに自分流の調和が生まれれば成功かな、と思います。目立つ服や変わったモノを組み合わせるから自分というわけではなく、結果これが良い、しっくりくる、と自由に試していく。だから洋服って楽しいんですよね。
Q:ダッフルコートは、栗野さんにとってどんなアイテムですか?
A:高校生の時に、近所の酒屋さんで配達の仕事をして貯めたお金で最初に買ったのがダッフルコートでした。当時は歴史なんて知らないけど、かっこよくて、暖かくて、男っぽい、そんな理由でずっと着ていました。のちにダッフルコートを意識したのは、『オルカ』というシャチと死闘を繰り広げる映画で、主人公のリチャード・ハリスというイギリスの役者さんがダッフルコートを着ていて。他にも『地球に落ちてきた男』でデヴィッド・ボウイがダッフルコートを着ていて。それから、しばらくダッフルコートばかり着てました(笑)。ダッフルコートはエバーグリーンなアイテムです。だからずっとワードローブにあります。一回飽きて、また着る、を繰り返していますが、今年はまたダッフルモードですね。
Q:幼少期からのルーツである映画からインスピレーションを受けることが多い印象を受けます。栗野さんご自身が目指している人物や目標を教えてください。
A:実はゴールみたいなものはなくて。唯一思っていることで言えば、どんな服でもエレガントに着られる人であれたらいいなっていうぐらい。キザな言い方に聞こえるかもしれませんが(笑)。自分自身はルールもなければ、目標もないんです。誰かを目指しているわけでもないですし、常に歩きながら考える…といいますか。9月に渋谷パルコで行なったポップアップ・ショップも成り行きでしたし、カラダを動かしていると、また新たなことが思いつく。歩きながら次のことを考えるような性格なんです。
Q:自分の気持ちに寄り添って、瞬時ではなく一度ちゃんと消化するんですね。
A:そうですね、“直感と勉強”です。直感だけだと壁にぶつかるし、勉強だけだと一歩も進まない。学びがないと人生つまらないし、逆に学びがあればいくらでも面白い。
Q:それこそ、ビューティ&ユースのマインドがあればということですよね。
A:そうですね。お金持ちになって、たくさんモノを手に入れたいと思うのは人間の欲望ですが、手に入れることが目標だと学びがなくなってしまいますからね。
PEOPLEはBEAUTY&YOUTHが大切にする“美しさ”と“若さ”の両方を持つオトナたちを紹介するメディアです。ときに知的で、ときに無邪気で、ときにラフで。年齢や職業にとらわれることなく、美しさと若さをまとうことが生活を豊かにするというファッションの本質を伝えます。