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NEW WAVE FRAGRANCE 香りのトレンド

Insighted by Epo Labo

時代が移り、新しい暮らしのなかで香りの楽しみ方が変わってきているという。ハンドソープ、ヘアワックス、ルームフレグランス。気軽に取り入れやすいアイテムのラインナップが広がり、日常的に香りをまとう方法が増えている。また、環境に配慮する意識の高まりや、多様化する価値観に合わせ、手仕事によって作られる香りも関心を集めている。最前線には、クラフトとしてのフレグランスがあった。

2021.6.11

Text Satomi Yamada
Photography Kenta Sawada

Epo Labo/ヘアアーティストKENSHINが主宰。蒸留器を備えた「FACTORY」と、調香師と研究者が常駐する「LABO」を併設し、原材料となる植物の採取からエッセンシャルオイルの蒸留精製、香りのレシピ開発まで行っている。「SALON」スペースでは、自社で作られたエッセンシャルオイルを使用したシャンプー、コンディショナー、トリートメントなどのビューティレシピを体験できる。

 

 

 

言葉やビジュアルで香りを表現するのは難しい。そこで、ダイレクトに体感できる施設として作られたのが〈Epo Labo〉だ。原材料となる植物を自分たちで採取し、自社工場で蒸留精製してオイルを抽出。ラボでそのエッセンシャルオイルを使ったレシピを開発し、サロンで作りたてのシャンプーやトリートメントなどのプロダクトを提供している。
主宰するのは、ヘアアーティストのKENSHINさん。NYを拠点に活動していたとき、リーマンショックを機に人の価値観が変わり、サードウェイブコーヒーの到来など、カルチャーに革命が起こる瞬間を目の当たりにしたという。フレグランス業界でも、それまでの大量生産大量消費に対して、カウンターとなるインディペンデントなブランド〈ル ラボ〉や〈パフューマー H〉が誕生した。原材料にこだわり、時間と手間をかけた製法、その生産背景にあるストーリーを重視し、香りに対する新たな価値観を提案している。いまも変動を続ける世界で、生活と密接する香りはどう変わりつつあるのか。KENSHINさんと〈Epo Labo〉で調香師を務める伊藤美郷さんに話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

いまの香りのトレンドは、これまでとどういう変化がありますか?

 

伊藤:以前は、香水で自分を表現する人が多かったと思うのですが、香りって、そのときの体調やホルモン状態によって好き嫌いが出ます。特にいまはコロナ禍で多くの人がストレスを抱えていますよね。なので、自分らしくいられる、心地よいと感じる香りを選ぶ傾向があるなと思います。

 

かつては、“自分はこの香水”というように、シンボリックに香りをつけるスタイルが、主流だったように思います。

 

KENSHIN:「他者への自分」という考え方ですよね。でもいまは自分を見つめるための使い方になっていると思うんです。

 

人それぞれということは、香りの種類も増えていますか?

 

KENSHIN:すごく多様化しています。幅も広がったのでトレンドが見えづらくはなっているけど、ジェンダーを越えた価値観も広まってきているので、女性も男性も好む樹木の香りはスタンダードになりつつありますね。

 

 

 

 

 

 

 

〈Epo Labo〉では、スタイルとしてではなく、その日のコンディションやシーンに合わせた香りを提案しているのでしょうか?

 

伊藤:そうですね。わたしも自分の香りはそのときの気分で選んでいます。たとえば、朝はスッキリしたスパイシーな香りで気分を上げて、夜は眠りを促す樹木系のリラックスできる香りを選んだり。

KENSHIN:僕も、毎日違う香りを楽しんでいます。リビングだとポプリを使ったり、ベッドルームではもう少し柔らかいインクの墨っぽい香りを枕にかけたり。肌に直接つけなくてもいいと思っています。すごく香りのいい石鹸やシャンプーを使ってみるのもいいし、お気に入りの香りをハンカチにつけるのも取り入れやすい。香水だけにとらわれず、生活にまつわる香りをまとう方法をおすすめしたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

今回、IDEASのために、「白いコットンのTシャツ」と「黒いブロードのシャツ」という2つの服をお題として、それぞれに合う香りを調合していただきました。

 

Recipe①:「白いコットンのTシャツ」に合う香り

 

・Yuzu(ユズ):古くから料理の香り付けなどに使われ、日本人にとっては馴染み深い、ほのかな苦みがある甘いシトラス系の香り。血行促進作用があり、疲労回復にも効果的。

 

・Black Spruce(ブラックスプルウス):森林浴を連想させる、複雑で濃密な香り。クロトウヒの針葉と枝から蒸留され、リラックス効果をもたらす酢酸ボルニルを多く含む。

 

・Frankincense(フランキンセンス):ウッディ系の中でも、甘くあたたかみのある香り。スパイシーさが含まれているのも特徴のひとつで、わずかにすっきりした感覚が残る。

 

・Chamomile(カモミール):世界中に広く自生する多年草。リンゴのような甘くて少し酸味のあるフルーティな香り。葉にも精油が含まれるため、花だけでなく一緒に蒸留されることも。

 

・Pink Peppercorn(ピンクペッパーコーン):スパイシーさとフルーティさを兼ね備え、気分を落ち着かせながらも元気を与えてくれるやわらかな香りが特長。わずかにウッディさも香る。

 

・Petitgrain(プチグレン):主にビターオレンジの木の葉と枝から抽出される。はじめは青臭い香りがするが、だんだんとネロリの花、柑橘、樹木系のウッディな香りも感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

伊藤:白いコットンは、軽やかで清潔感があるイメージ。日本特有のスッキリとしたユズの香りをベースにしました。でも、ただのスッキリ系だとおもしろみがないので、フランキンセンスでちょっと癖を。樹脂から取れるので、少し特徴的な甘みのある香りになっているかと思います。そこに、ミカン科の植物で、葉っぱや枝から取る精油であるシトラス系のプチグレンを含め、花から取れるカモミールの優しい香りや、針葉樹ならではの棘があるような香りを持つブラックスプルース、軽やかでスパイシーなピンクペッパーを加えて、シンプルすぎない複雑な香りを作りました。

 

 

 

 

 

 

 

Recipe②:「黒いブロードのシャツ」に合う香り

 

・Hiba(ヒバ):ヒノキ科の樹木。まるで森林浴をしているような香り。日常のストレスを緩和し、気持ちをリラックスさせてくれる精神安定効果もある。

 

・Black Pepper(ブラックペッパー):スパイスの効いたシャープな香り。体を温めエネルギーを増進。心を活性化しやる気を起こさせる。柑橘系や樹脂系の香りと相性がよい。

 

・Nutmeg(ナツメグ):温かみのある、スパイシーで甘い香り。肉や魚の臭み消しにも利用される。神経系を刺激し、鎮静させると同時に活性化もさせる作用がある。

 

・Clove Leaf(クローブリーフ):クローブの葉から抽出される。ホットでエキゾチックな香りが特徴。感情や思考をクリアにし、記憶力や集中力をアップさせる。

 

・Cedarwood(シダーウッド):ウッディ調に、ほのかな甘さとバルサム調が混ざった香り。針葉樹で、幅広い種類を指すため、精油にもさまざまな種類がある。

 

・Oak Moss(オークモス):樫木に生える苔から採取されるので、粘性が高く心を和やかにするウッディな香り。単独では強烈な香りだが、ブレンドすると官能的な雰囲気を出す。

 

 

 

伊藤:黒なので、ちょっと重たいイメージに。スパイシーさが最初に香るようブラックペッパーを入れ、重くなり過ぎないようシダーウッドで深い樹木の香りがきて、オークモスやヒバを効かせて森や大地の自然を感じられる順番で作っています。そのあと、ナツメグとクローブリーフの香りがどんどんやってくる感じに。クローブリーフで甘さも加えました。

 

 

 

 

 

 

そもそも、どうして香りに興味を持ったんですか?

 

KENSHIN:アメリカでヘアアーティストとして仕事をしていたとき、空いた時間にヨセミテなどの国立公園でトレッキングをしていました。あるとき、公園におじいさんがいて、小さな蒸留器で野山に生えているものを蒸留して石鹸を作っている話を聞いたんです。僕はずっと香水が好きで集めていたので、まだメソッドが確立されていない香りの表現を自分でもできたらおもしろいなと思って。

 

“メソッドが確立されていない”とは、どういうことですか?

 

KENSHIN:たとえば、〈カルバン クライン〉のような一流企業にはスター調香師がいて、いろいろなヒット作がありますが、誰がどういう調香をしたというレシピは絶対に表に出ない。クローズドの世界なのに、こんなにも多くの人に影響を与えるものっておもしろいなと思ったんです。はじめはとっかかりがどこにあるかもわからなかったけど、本物志向と名高い〈ル ラボ〉や、調香師リン・ハリスが手掛ける〈パフューマー H〉のようなインディペンデントの香水ブランドがそのころ出だしたんですね。それまでのクローズドな世界が壊れて、新しくておもしろい革命がどんどん生まれるんだと感じたら、自分もやりたいなと思って。

 

 

 

 

 

 

 

香水というと、ケミカルなイメージもありますが、自然由来の製品も増えてきました。その大きな違いってどういうところですか?

 

KENSHIN:どっちが良い悪いって僕はないと思うんですね。たとえば、アガーウッドというすごく芳醇な香りのする樹木があるんですけど、その木は絶滅危惧種になっている。資源は限りあるので、それを補えるのであれば、人工物でもいいと思っています。それに、天然の精油って安定性が悪い。去年採れたものと今年採れたものは違うし、来年はどうなるかわからない。ワインみたいなものなんです。でも、化学物質を使うと安定性が担保される。いま主流になってきているのは、天然香料と化学物質を混ぜ合わせて、あまりエタノールで希釈しない手法。それだと揮発性が高いので、そこまで長持ちはしないけど、ケミカルな香りはしないんです。だから、食事をしに行って、レストランで香水が気になるようなことにはならない。ちょっと上品なんですよね。冒頭の話とも重複しますが、人にどう思われるかじゃなくて、自分が楽しむためにつけるから、自分に香るくらいでいいんですよ。〈Epo Labo〉ではそういう嗜み方を目指して、研究と開発を続けています。

 

 

 

Epo Labo/ヘアアーティストKENSHINが主宰。蒸留器を備えた「FACTORY」と、調香師と研究者が常駐する「LABO」を併設し、原材料となる植物の採取からエッセンシャルオイルの蒸留精製、香りのレシピ開発まで行っている。「SALON」スペースでは、自社で作られたエッセンシャルオイルを使用したシャンプー、コンディショナー、トリートメントなどのビューティレシピを体験できる。