#ART

バスルームにアートを

Guide by Taka Kawachi

アート作品というものを買ったことがありますか? 洋服や靴などに比べてなんだかハードルが高そうだし、そもそもどうやってアートというものを買えるのかと思っている人も多いはず。服や家具とは違って、日々なくてはならないものというわけでもない。しかし、いい服や靴を選ぶことと良質なアートを選ぶことに大きな違いはない。そればかりか、自分の生活にしっくりくるアートを選ぶ力を養うことで、今まで体験できなかった選択することの新たな楽しみが出てくる。国内外でキュレーターとして数々の展覧会を手がけ、写真集や最近は自身の著書も刊行する河内タカさんが案内するアートの入り口。

2020.10.30

Painting Ulala Imai
Edit Takuhito Kawashima

河内タカ/高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。ニューヨークに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。「&premium」連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年に出版。今年10月に続編となる『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人編』が刊行。

アートを買うこと自体はそれほど難しくはない。ただどうすればアートのことを理解できるのか、どのように見るのかという段階で踏みとどまる傾向があるのだろうが、とにかく重要なことは、アートのことを知りたければ、できるだけたくさん実物を見てみることだ。なぜなら、家具と同じでいったん買ってしまったものと共に暮らしていかないといけないからだ。しかもアートが特殊なのは、それを生み出したアーティストたちの考えや思いが息づいているため、当然ながらいろいろ見たほうが理解も深まるし選択の幅が広がるのだ。

 

今年のコロナ禍はアート界にも大きな影響を及ぼし、例にもれずアーティストたちも作品を観てもらうために、オンラインに活路を見出さざるをえなくなった。アートはどうも値段も高いイメージがあるばかりか、価格がオープンになっていないことが多い。しかし、例えば「OIL by 美術手帖」というアート作品販売するプラットフォームは、すべてきっちりと値段が提示してあり、実店舗が渋谷パルコにあるためリアルに作品を見ることができる。しかも、その空間は通常のギャラリーのように閉ざされた空間ではなく、いたってカジュアルな雰囲気の中で見ることができるのだ。

 

実はぼくもOILで今井麗さんという画家の作品を買ったことがある。今井さんの作品は、今年の初めに新宿にあるオペラシティ・アートギャラリーでたまたま見かけてその場で好きになってしまった。この作家のバックグランドなどまったく知らなかったものの、トーストや果物やチャーリー・ブラウンなどを描いた軽快でみずみずしい絵が話しかけてくるようで、その時点ではまだなんなく購入することができた。ところがだ。それからわずか数ヶ月後に行われたOILでの展示の初日に行ったら、わずか数点を残してすべて売り切れていたのだ。いい作品を生み出す作家の評判はすぐにSNSで広がり、購入のためのハードルも一気に上がってしまったわけだが、そういったことを踏まえても、アートを購入するということがなんだか楽しくなっていくのである。

 

 

 

 

 

 

なにか自分の琴線に触れるものに出くわし、今まではただ見ていただけだったアート作品を家に持ち帰るということは、自分が思っている以上に気分が盛り上がるはずだ。早速、居間や寝室などに作品を飾りたくなるだろうが、思いのほかお薦めの場所が「バスルーム」で、サイズさえ合えば是非ともそこに飾ってみることをお勧めする。ぼくも「小さなギャラリー」と称してアートや写真作品をバスルームに常に飾っているが、一人静かになれる空間はアートを何気なく眺めるのに最適で、ぼくらとは異なった視点を持つアーティストたちが「なぜ、この作品を作ったのだろうか、彼らは世界をどう見ているのか」などと、いろいろ思い巡らすのはなかなか楽しい時間であるのだ。

 

今の世の中は情報やイメージがあまりにも溢れかえり、同じものを毎日見続ける機会がめっきり少なくなっている。だからあえて同じものを見続けるという行為を通じて、知らず知らずのうちになにか思っても見なかった発見ができたりするかもしれない。最初はどこか雲をつかむように感じられた作品であっても、毎日見続けることによって、だんだん最初とは異なる印象を抱くようになるはずだ。

 

世間の評価を気にせず、自分の心のおもむくままに、自分が“いい”と思うものに心を寄せる時間をとる。そして、その対象が世の中にひとつしかないアート作品であるならば、それはとても贅沢なことではないだろうか。アートと過ごす時間は、言うなれば自分と向かい合う時間でもある。自分が手に入れたアート作品を眺めていると、いつしか自分自身がその作品に対してどう感じているかを考えるようになるだろう。結局のところ、感性を磨くということはそういうことなのかもしれなく、だからこそ、自分の好奇心を掻き立ててくれるアート作品がそのうちどんどん面白く感じるようになり、いつのまにかまた新たな作品を探し求めるようになるのではないだろうか。

河内タカ/高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。ニューヨークに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。「&premium」連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年に出版。今年10月に続編となる『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人編』が刊行。