#ART

アートピースと住む。ジム・ワーロッドの暮らし方。

Jim Walrod by Omar Sosa(apartamento)

ニューヨークを拠点にするインテリアデザイナーであり、また屈指の家具コレクターでもあったジム・ワーロッド。豊富な知識から執筆したり、雑誌に寄稿したり、またある時には展示のキュレーションをするなどさまざまな顔を持っていたジム。ビースティー・ボーイズのマイクDが、“the furniture pimp”(家具オタク)と愛称したり、またニューヨークタイムズ誌は“a taste maker’s taste maker”(トレンドを発信する人の情報元)とジムのことを賞賛していたように、彼が注目するものに、マーケット全体が注目していた。

2021.7.30

Text Takuhito Kawashima
Photography Jeremy Liebman published in apartamento magazine issue 10

オマー・ソーサ/アートディレクター。『Metal』や『Fanzine 137』などの雑誌のアートディレクターとして活躍した後、2008年に雑誌『Apartamento』を立ち上げる。2010年には「イエロー・ペンシル」(英国の権威ある産業デザイン賞)を受賞、Apartamento誌も英国デザイナー&アートディレクター協会により最も優れた雑誌として表彰される。現在Apartamentoのアートディレクションの傍ら、雑誌などのアートディレクションを中心に、バルセロナ、ミラノを基点に活動している

 

 

ジム・ワーロッドは、知る人ぞ知るインテリアデザイン界の大物だった。ジムにインテリアを依頼するのは、ホテル経営者やレストラン経営者、さらに大企業のCEO(2013年グーグルのCEOであるラリー・ペイジが70人の候補者の中から自宅の内装設計担当としてジムを任命した)やセレブリティのプライベート空間までと幅広い。

 

 

 

 

The Standard Hotel in Downtown Los Angeles
「クラシックなビジネスマンだけでなく、カジュアルなビジネスマンも気軽にこれて打ち合わせなどをしやすいようなロビーにしたかった」と話すジムが手がけたロサンゼルスにあるThe Standard ホテルのロビー。

 

 

 

 

“The Park” Restaurant in Chelsea New York
空き地として誰も手をつけていなかった場所を改装したニューヨーク・チェルシー地区にあるレストラン“ザ・パーク”。ワイルドな草木をそのままにしたジムの空間設計は大きな話題を生んだ。

 

 

 

 

Jason Pomeranc’s Private Loft in New York
ホテル経営を手がけるジェイソン・ポメランの自宅。ウラジミール・ケーガンのアームチェアにフランク・ロイド・ライトのコーヒーテーブルなど美術館所蔵級の家具もプライベートな生活空間に取り入れてしまうジムらしい発想。

 

 

 

 

Jason Pomeranc’s Private Loft in New York
オークのフローリングにジョルジ・ザウスズピンのテーブルとピエール・ジャンヌレの椅子が並ぶダイニングスペース。

 

 

 

 

“Difficult” Exhibition in 2015
発表当初は受け入れ難かったエキセントリックなデザインの家具を集めて展示“Difficult”はジムにがキュレーションを手がけた。

 

 

「みんながまだ美しいと感じていないものに魅力を感じるんだ。それはある種“発見”のようなものに近い。なぜそれが美しいのかを自分で考えること、そしてクライアントにプレゼンテーションすることが楽しくてさ」とジムはとある雑誌の取材で語っている。

そんな大きなクライアントを持つジム本人は?というと、極めてカジュアル。洋服もリーバイスのデニムに夏は古着のTシャツかシャツ、冬はセーターというスタイルだった。自宅もそんな“ジムスタイル”が投影されている。場所は、マンハッタンの中でも富裕層が集まると言われるアッパーウェストのようなエリアではなく、チャイナタウンにあった。しかも入り口はローカルな金物屋。金物家から入り、中央階段をあがり、3階に上がると、隠れ家のようなジムの自宅が現れるのだ。真っ白な空間はシンプルだが、さまざまなアートオブジェクトや家具が混在する。ケニー・シャーフの絵、スタジオB.B.P.R.のフロアランプ、ピエール・ジャンヌレの椅子、ガエターノ・ペッシエのドア、倉俣史朗etc...。普通であればこれらをインテリアとして“調和させる”ことを考えつかないが、それをさりげなく楽しい空間にしてしまうところにジムらしさがある。そんなジムについてもっと知りたいと思い、ジムが編集者として、また時にはインタビューワーとして寄稿していたapartamento magazineのアートディレクターでもあり、またプライベートでも仲良しだったというオマー・ソサに聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

Q:ジムについて一言で言い表すとどのような言葉が思いつきますか?

 

好奇心です。ジムは、好奇心の塊であり、好奇心を失うことは勿体無いことだと教えてくれた人物でした。

 

Q:雑誌『Apartamento』#10でジムをピックアップしたのはなぜですか?

 

友人のギャラリスト、パトリック・パリッシュがどうしても彼の記事を書きたいと言ってきたからです。私もそれまでジムのことを知りませんでした。パトリックを信頼してよかった!最高の特集のひとつになりました。その後、ジム自身もApartamentoの寄稿編集者となり、いろいろな人のいろいろなライフスタイルを紹介してくれました。パトリックにはものすごく感謝をしています。

 

 

 

 

 

 

Q:彼のセンスはどこにあると思いますか?

 

ジムは、混ぜること、変えること、そしてリスクを恐れない稀有なクリエイターだったと思います。それができるもの、彼はデザインに関して膨大な知識を持っていたからでしょう。どこでどのようにして生まれたデザインなのか、そして誰が作っているのかを調べ、そしてものづくりのストーリーを知ることが好きだったようです。なので、彼の満足感は、実際に所有することではなく、発見することで得られるものだと私は感じています。“スタイル”というような概念に執着することはなく、探求し、ミックスし、変化させることを続けていたんです。奇抜なデザインでも、クラシックなものでも、思いがけないものと掛け合わせることや、思いがけない場所に置くことで、そのプロダクト自体がさらに輝くことを体現していました。

 

 

 

 

 

 

Q:具体的なエピソードはありますか?

 

Apartamento magazine #10の表紙で紹介したオレンジ色の女性の形をしたキャビネットの話を少ししましょう。このキャビネットはフランス人のコンセプチュアルアーティスト、ニコラ・Lの作品なんです。彼女はかつてチェルシーホテルに住みながら、このキャビネットのような人体の形をした彫刻的なアプローチで家具などの日用品を作っていました。ジムが彼女の作品を気に入ったのは、彼女がNYのパンクバンド、バッド・ブレインズのビデオも作っていたからです。どうやってそのキャビネットを手に入れたのかはちょっと分かりかねるのですが……。

 

Q:オマールさんのテイストではないですよね?

 

そうなんです。正直、決して好みとは言えないものでしたが、ユニークな作品だと思っていましたよ。しかしジムがこのキャビネットを好きにさせてくれたんですね。ニコラ・Lのことを知り、知識を深めることで、好き嫌いではない、別の角度から見れるようになったのです。その後、2017年の秋にジムが亡くなったときに、ジムの所有物がオークションに出されて、私はラッキーなことにこのキャビネットを購入することができたんです。ジムとの思い出の作品であると同時に、かつては嫌いだったピーマンが大好きになってしまうことがあるように、好みも変わり続けるものであり、変わるから面白いことを思い出させてくれたんです。

 

Q:特にアートピースにはそんな力があるかもしれませんね。大量生産で作られたものとは異なり、掘れば掘るほど知識が深まり、より好きになっていく。

 

そうですね。それに子供のように常に好奇心を持って入れば、より多くのことが見え、狭い視野から解放されます。ジムはそんな風にいつまでも小さな子供だったんです。

 

 

 

 

 

 

Q:少し雑誌の話も聞かせてください。ジムのようなユニークな人物をフィーチャーするApartamento誌は世界的に人気の高い雑誌です。雑誌に掲載される人物はどのようにして決めているのですか?

 

Apartamento magazineはマスターピースを紹介する雑誌でもなければ、有名人のお宅を紹介する雑誌でもありません。私たち社内のスタッフはもちろん、関わってくださっている編集者たちが本当に面白いと感じられるものでなければなりません。それは極めて個人的な感覚です。しかしその個人的な感覚に任せています。なぜなら色々な価値観があるからこそ面白いわけですし、色々あるからこそ雑誌なわけなのでね。

 

Q:まるでジムの仕事のようなですね。一定の価値観や美学にとらわれない。

 

そうかもしれません。私自身もジムと出会ったことをきっかけに大きく変わりました。直感的にピンとくるものだけでなく、何か気になる部分、例えばものづくりの背景やプロダクトの歴史、デザインの部分などがあれば一度購入して生活してみる。意外と直感で買うものよりも、このようにして買ったものの方が徐々に愛着が湧いてきたりするもんなんですね……。ジムと出会い、ものの見方は大きく変わったと思います。

 

 

 

 

 

ジム・ワーロッドも自宅で愛用し、ホテル経営者のジェイソン・ポメランの自宅のリビングダイニングにも採用した、Vレッグと呼ばれる脚や籐の座面や背もたれのデザインが特徴的な椅子。これはスイス生まれの建築家であり、ル・コルビジェの重要なパートナーとして活躍したピエール・ジャンヌレがインドのチャンディーガル都市計画のためにデザインしたものです。そして今回、現代のピエール・ジャンヌレを体現するプロジェクト 「TEAK DAYS」が8月2日より、これらの家具シリーズのオーダー会を六本木ヒルズ店にて開催します。「詳しくはこちらからご覧いただけます」

 

 

 

オマー・ソーサ/アートディレクター。『Metal』や『Fanzine 137』などの雑誌のアートディレクターとして活躍した後、2008年に雑誌『Apartamento』を立ち上げる。2010年には「イエロー・ペンシル」(英国の権威ある産業デザイン賞)を受賞、Apartamento誌も英国デザイナー&アートディレクター協会により最も優れた雑誌として表彰される。現在Apartamentoのアートディレクションの傍ら、雑誌などのアートディレクションを中心に、バルセロナ、ミラノを基点に活動している