#FOOD

盛り付けの美学

Food Presentation by Tomoko Nagao

「盛り付けは洋服でいう着方のようなものですよね」と料理研究家の長尾智子さんは話します。つまりはひと手間、ひと工夫。みんながみんな何十枚もシャツを持っているわけでもなければ、何十枚とお皿を持っているわけでもありません。だからこそ工夫を凝らすことが大切。いつもの料理をごちそうに。盛り付けのちょっとしたアイディアを紹介します。

2021.8.16

Text Takuhito Kawashima
Photography Daisuke Nakashima

長尾智子/料理研究家。SPUR(集英社)では連載「長尾智子の保存食レシピ」を、また7月上旬にはアエラスタイルマガジン本誌とウェブで約8年にわたり連載したものをまとめた『料理の時間』(朝日新聞出版)を出版。“料理をする時間は大事"という思いを込めた一冊で、サラダやカレー、パスタなどいろいろなジャンルのレシピを掲載。

 

レストランのシェフとは違う。長尾智子さんの本を読んだり、お話をしているとそんなことを思う。長尾さんのレシピもまた、料理人のそれとは異なり、素朴な料理の中にもちょっとした工夫が凝らされている。「味は見えないところがいいって部分もあります。サラダといえど、どんな野菜を、どんな風に切って食べるのかが大切だと思うんです。例えばミックスサラダの時、私は葉物をすごい小さく切る。それが食べ心地になるから。もしかするとそれというのは、服の着心地と通じているのかもしれません。葉物が大きいままで食べやすいかというと、ドレッシングが飛び散りやすくなるとかも含めて多少違うと思うんですよ。その辺はすごく重要。私の場合はそういう作業が好きということもあるけど、一番気にしているかもしれません。揃えることよりもそれぞれを都合のいいように切る」。

 

日常的な視点がある長尾さんに対する料理の考え方。それは盛り付けるお皿にも表れている。「実は私あんまり気にしていないんです、細かいところは。持っている器もシンプルなものが多くて。しいて言うのであれば、お皿の図柄や厚さぐらいのバリエーションですかね。大事なのはお皿ではなく料理の方なので、あんまりお皿の種類はいらないと思っています。そんな理由からか、長い間お料理に関わっているのですが、持ってるお皿の量とかほとんど変わらないんです」。

 

しかし長尾さんの器をよく見ると、全てが陶器でプレーンの丸皿というわけでもない。
「テーブルの上に同じお皿を並べる統一された世界観よりも、少しメリハリというか揃いすぎじゃない感じの方が卓上は賑やかになると思うんです。例えば陶器だけでなく、土物を入れてちょっと質感を変えるとかするとバランスが取れてくることもあります。みなさんよく使われている磁器の器は緊張感があるので、例えば肉じゃがでも、品よく作らないと似合わなかったりするんですね。だけども、土っぽい陶器とかであれば、皮がついたままの茹でたじゃがいもと塩とバターだけでも成り立ってしまう。お皿の選びかた含めて盛り付け。料理の配置の仕方のようなヒントというのは正直あまりなくて、だけども基本的には器の中心に重心となるような具材を置き、周りを埋めていく感じ。私が意識しているのはそれぐらいです。あとは色味や具材の大きさなどを含めたバランス感ですね」。そうして長尾さんが見せてくれたのは、きゅうりのサラダと卵とベーコンにチーズというシンプルな料理でした。

 

 

 

 

「例えば、一人分の朝ごはんだとこんな感じ。オーバルのお皿は本当に便利ですよ。丸皿と比べても、食材を並べるだけで、見栄えが悪くないですし、どこかカジュアルさのある気軽な朝ごはんになります。オーバルの形はいろいろなもののハードルを下げてくれる。並べればいいみたいなノリがあるんです」

 

 

 

 

「いやいや、朝からちゃんとしたボリュームのお食事をゆっくり食べたいという方であれば、パンを足したりするのでしょうかね? オーバルプレートは見た目もほどよくさっぱりしているので、ちょっと大きめのプレートに。これはパスタ皿と呼ばれるちょっと深さのあるお皿で、大きく見せてあげる。するとお腹はもちろん、視覚的にも満足できる佇まいになります」

 

 

 

 

「同じレシピでも、お友達を家に呼んだ時に出すような盛り付け方はこんな感じです。みんなが取りやすいように平らなプレートに、とにかくダイナミックに盛り付けていきます。きゅうりを真ん中に置いて、その上に水分を切ったカッテージチーズをドカンとおいてしまう。ゆで卵もこの場合は切り、ちょっとした賑やかし役を演じてもらうのがいいかなと思います」

 

 

というような感じで長尾さんによる盛り付け講座がはじまります。長尾さんがいつもの料理をごちそうに変えていきます。

 

 

 

皿からはみ出る生ハム。

 

「サラミや生ハムの盛り付け方。これもオーバルのプレートを使っています。ポイントは少ない量を多く見せること……。そのために空気を入れてふんわりと。私の個人的なリサーチでいうと、結構平らにおいてしまう人が多いとデータがありまして。平らにおいてしまうとあまり格好がつかないんですね。クシャッとおいてお皿の傾斜を活かして、リム(淵)のところまで使う。徳用パックで購入しても、こういうところをパッとやろうとしないで、手間をかけるのが大切なわけです。すると不思議と『美味しそう〜』ってなるんですね」

 

 

 

唐揚げとボウル。

 

「唐揚げといえば平皿のイメージがあると思います。しかしボウル状の器に入れてみると平皿よりもボリューム感ができて食欲が湧きますよね。カットしたレモンを添えてあげるだけで、なんかいつもとは違う唐揚げの風景になります。ボウル状の器はよくも悪くも熱がこもるので、このままおいて置いておくというわけにはいかないですけどね」

 

 

 

ちびちび食べる酒の肴。

 

「きゅうりとししゃものオイル漬けに唐辛子を。酒の肴ということで、こういう器に盛るとどこか“もったいぶった”感じになりますよね。ちびちび食べたくなる。中身は“あの”きゅうりなんですけどね・・・。美味しそうと感じることへの差というのは、ちょっとしたことの積み重ねなんです」

 

 

 

溢れそうなサンドイッチ。

 

「ハムとマスタードのシンプルなサンドイッチ。パンをトーストして、マスタードをたっぷり塗って、これまでもかというぐらいハムを挟む。お皿はあえて小ぶりのお皿を選んでいます。大きいお皿よりもサンドイッチや食パンは、お皿が見えないぐらいのサイズ感がいいですよね。ピクルスの代わりのきゅうりを添えて」

 

 

 

ポークソテーだけど、メインはサラダ。

 

「メインはポークソテーになるのですが、まだ積むの?というぐらいの野菜で盛り付けます。お肉をまるで野菜の添え物のようにすると、お肉の量が少なくても見栄えがいい。グリーンサラダだけど、ボリュームアップするためのお肉をトッピングするという逆転の発想に近いかもしれません。器はスペインの友人から送ってもらった土物の雑器を使っています。1ユーロぐらいで譲ってもらった器ですが、質感と色目がポークソテーに似合いますよね」

 

 

 

長尾智子/料理研究家。SPUR(集英社)では連載「長尾智子の保存食レシピ」を、また7月上旬にはアエラスタイルマガジン本誌とウェブで約8年にわたり連載したものをまとめた『料理の時間』(朝日新聞出版)を出版。“料理をする時間は大事"という思いを込めた一冊で、サラダやカレー、パスタなどいろいろなジャンルのレシピを掲載。