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Sleep Well by Seiji Nishino(BrainSleep)

ほとんどの人は生涯の三分の一の時間を当てていると言われる睡眠。多くの時間を費やすこの習慣に昔から悩みを抱える人は少なくない。最近のパンデミックによるおウチ時間、リモートワークの増加はその悩みにさらなる拍車をかけたようだ。今、睡眠は世界中でホットトピックのひとつで情報量は日に日にふくれ上がり、アメリカの某ライフスタイルメディアでは、「夜9時までに就寝すべき」というウソかホントかわからないアドバイスもなされている。一方で日本の睡眠事情はどうなのか? 世界の国々と比べても睡眠偏差値なるものが低いのが現状のようだ。そこで今回は、睡眠研究の総本山とも言われるスタンフォード大学で医学教授として睡眠研究をし、医学的根拠に基づいた睡眠情報の調査や発信、寝具などの睡眠グッズの販売を手掛けるブレインスリープの創業者でもある西野精治先生に良い睡眠とは何か、そして睡眠の最先端について聞いてみた。おしゃれも豊かな生活も、まずはいい睡眠から。

2021.10.29

Text Mikiya Matsushita

西野 精治(にしの せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長
株式会社ブレインスリープ 創業者 兼 最高研究顧問
医師、医学博士
認定資格 精神保健指定医、日本睡眠学会専門医、産業医
2017年に刊行された『スタンフォード式 最高の睡眠』は33万部を超えるベストセラー。日本が誇る睡眠研究の権威。2019年には、株式会社ブレインスリープを創設。エビデンスに基づいた睡眠プログラムやプロダクトを提供している。

 起床して、あまり熟睡できていないような気がしても、それを自分の力だけで解決するのは難しい。仕事に追われてなかなか十分な睡眠時間を確保できない人も少なくないはずで、仮に睡眠時間を増やしたからといって必ず解決するものではないことを私たちは知っている。それでふとフィードに紛れ込んできた、不確かな“快眠方法”を手当たり次第に試している……なんて人も少なくはないのではないだろうか。かくいう私も、カフェインを控えてみたり、寝るときに靴下を履いてみたり、ネットで拾った噂話を鵜呑みにして、がっかりしたこともある。
 そこで、今回よりアカデミックで理にかなった睡眠術を知りたいと思い、西野精治先生に尋ねてみることにした。

 

 

 

 

 

 「まだまだ睡眠学は、とても歴史の浅い分野になります。1950年代に夢見のレム睡眠(体は寝ていて、脳は起きている状態)が発見されたことをきっかけに研究が盛んになったので。前提として、睡眠は単に体を休めるだけでなく、記憶の定着や免疫力を高めるなど、健康には欠かすことのできない役割をたくさん担っています。それでありながら、調査の結果、日本に住む三分の二以上の人は自分の睡眠に満足できていないという結果が出ています。

 

 アメリカでは認知行動療法という治療のアプローチがありますが、これは睡眠について『正しい知識を身につけること』を目的としています。例えば、入浴は睡眠にとても良い効果があります。ベッドに入る90分前にお風呂に浸かるとすんなり入眠できるという研究結果がありますが、これをきちんと知らず、『入浴するとよく眠れる』という認識でいると、体温が上がり入眠しづらい入浴直後に寝ようとしてしまい、逆効果を招いてしまうんです。ですので、そういった正しい知識を身につけたり、誤った認識や、習慣を排除することは、睡眠改善の大きな一歩になります。

 

 

 

 これからお話しするのは、私たちが研究の結果辿り着いたもので理論上は正しいと言えます。ただそれがどんな人にでも当てはまるかと言いますと、決してそうではないというのが正直なところです。いいと思ったものは、まず試してみること、そして続けることが大切です。手応えを感じたのであれば習慣化してもいいですし、効果がなければやめてもいい。私たちはこれをポジティブルーティーンと呼んでいます。正しい認識を持った上で、さまざまなアイデアを実践してみるのは、とても前向きなことです」

 

 

 

寝るときは心も体も休まる“パジャマ”に着替える。

 

 「『そんな当たり前のこと?』と思われてしまうかもしれませんが、適切なタイミングで適切な衣服に着替え、食事をとることは、1日のリズムを整えることにつながります。コロナ禍のリモートワークで1日中リラックスな格好で過ごした結果、うたた寝をしてしまい、夜眠れなくなった方も少なくないのではないでしょうか。体のリズムにメリハリを与えるという意味では、着替えひとつとってもとても大事な習慣と言えます。
 いわゆるボタンのついたパジャマを着た方が良いかというとそんなことはありません。私の場合ですと、カリフォルニアという一年を通して暖かい場所に住んでいることもあり、ハーフパンツにポロシャツが定番のパジャマスタイルです。少し寒い日であれば、それにアウトドアメーカーの軽く、保温とともに熱を放出する機能を持つインナーを重ねるのがお気に入りです。普通体質の場合、人間は睡眠中にコップ1杯から1.5杯分の汗をかくと言われていますので、それを蒸発させてくれるような熱のこもらない素材の服が適しているでしょう。逆に、ネガティブな思考は睡眠の質を下げる一因になります。お気に入りのパジャマスタイルがあれば、睡眠が楽しみなものに変わるかもしれません。外に出る際にはビシッとキメても、寝る時ぐらいは自分を甘やかしてあげてください」

 

 

 

睡眠と覚醒をひとつのものとして捉えてみる。

 

 「すんなりと寝付けないという人は、夜だけではなく朝からの生活に問題があると考えてみましょう。24時間と決められている1日とは違い、私たちの体内時計は、それよりも少し長くできています。ですので、夜更かしや、朝寝坊などで油断ををすれば、体内時計は後ろ倒しになり通常の生活が難しくなります。コロナ禍で睡眠の質が崩れた人は、ここに問題があるひとも多いかもしれません。
 そこで大切なのが、ライティング、つまり“光”です。体内時計を一定に保つには、朝が来たことを体に教えてあげる必要があります。それに有効な手段がライティングというわけです。午前中にしっかり日光を浴びることで、1日のスタートを知らせてあげる。スマートフォンなどのブルーライトを夜見るのがよくないとされるのは、それによって覚醒してしまい、入眠しづらくなってしまうためです。寝室に置くライトは、ギラギラとしたLEDや蛍光灯のような光ではなく、赤や黄といった暖色系の光がよく、直接目に光の入らない間接照明が適しています。夜の習慣だけに力を入れるのではなく、24時間全体の周期として睡眠をとらえてみましょう」

 

 

 

自分の一番心地いい環境を知る。

 

 「睡眠は、まるで壊れ物のようにデリケートなものです。睡眠の質は、室温や湿度にも多感に反応してしまいます。また、レム睡眠やノンレム睡眠によっても反応性がことなります。そこで大切なのが室温のコントロールです。自分が最も快適だと感じる室温については、ホテルに泊まる際の事を思い出してみてください。他のことを何も考えず自由にエアコンのリモコンを使えるときにあなたが設定する温度こそが、あなたにとって最も快適な室温と言えます。
 それと同様に湿度も大切になります。湿度が高すぎると汗をかいてしまうと感じるかもしれませんが、実はあれは新たな発汗ではではないんですね。最初にかいた汗が蒸発せずに残ることで、気化熱としては作用せず、むしろ体内の熱が放出されることを防いでしまい、眠りが妨害されてしまいます」

 

 

 

寝るのが楽しみになる寝具を試してみる。

 

 「マットレスや枕などの寝具は、睡眠の際に起こる体温の下降を促すものが良いとわかっていますので、重要視されるのは通気性です。市場でウレタン製のものをよく見かけますが、ウレタンは熱がこもりやすい素材なのであまりおすすめはできません。枕に通気性は関係ないのではないかと思われるかもしれませんが、頭の体温は体と同様に変化していきますので、寝ている時は頭の温度も下げてあげるとより良い睡眠をとることができます。
先ほどの入眠90分前にお風呂に入るといいというお話は、体温と睡眠の密接な関係がとても分かりやすく出ている例です。
体温には、体の内側の温度である『深部体温』と表面の温度である『皮膚温度』があります。この2つの温度は基本的に相反して上下していますが、深部体温は皮膚温度より最大2度くらい高く、この差を縮めることによって、眠りにつきやすいということが立証されています。深部温度は昼が高く夜は低い、皮膚温度はその逆。夜、お風呂に入ることで皮膚温度だけでなく深部の体温も上がると、危険信号を察知して熱放散が起こり、皮膚の温度を下げようとする働きが起こります。それによって深部体温と、皮膚温度の差が縮まり、入眠しやすくなるというのがカラクリになります」

 

 

 

音や香りはポジティブに実践してみる。

 

 「入眠に適したサウンドやアロマなども多くのメーカーから発売されていますね。これに関しても絶対これがいいというものはなく、あくまで人それぞれの好みです。ある人にとって、睡眠を促進してくれる香りも、別の人には不快な香りになってしまうことも研究結果として出ています。ここで大切なのは自分がいいと思うものを試してみて、それがよければ継続するということです。それがあれば絶対に眠れるという期待は、自分の不安を煽る結果につながってしまい逆効果になってしまうので、まずは気負わずに試してみることをおすすめします」

 

西野 精治(にしの せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長
株式会社ブレインスリープ 創業者 兼 最高研究顧問
医師、医学博士
認定資格 精神保健指定医、日本睡眠学会専門医、産業医
2017年に刊行された『スタンフォード式 最高の睡眠』は33万部を超えるベストセラー。日本が誇る睡眠研究の権威。2019年には、株式会社ブレインスリープを創設。エビデンスに基づいた睡眠プログラムやプロダクトを提供している。

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