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About Selecting by Naomi Hirabayashi
好き嫌いがはっきりしている。むしろそれがないと仕事にならないのがアートディレクターという職業なのかもしれない。この“好き”や“嫌い”というような感覚的なものから、“必要”か“不必要か”と考えてみる。必要なものには労力を惜しまないアートディレクター平林奈緒美さんは生活の機微により深くこだわり、ものを吟味し、そして選択する。
2021.12.10
Photography Mitsuo Okamoto
Text Takuhito Kawashima
平林奈緒美/<資生堂>の宣伝制作部、ロンドンのデザインスタジオ
アートディレクターの葛西薫さんは、平林奈緒美さんがこれまで手がけてきた仕事を見て「平林さんが作るものには、気持ちのいい風が通っている」と言っていた。ユナイテッドアローズのカタログをはじめ平林さんとたびたび一緒に仕事をする僕は、葛西さんの“いい風”の意味を「とってつけた装飾のような不要なものがない」と受け取った。
確かに平林さんの仕事を見ているとまずはじまるのが“整理”すること。どんな要素が必要なのかをクライアントからヒアリングし、必要なものか、はたまた不要なものかが吟味され、不要なものはバサバサと削られていく。そんな工程を経て残ったものにこそ、本質的な魅力がある。当たり前のことだが、それが自然体でかっこよく見えるのである。
こうして世に出る平林さんの仕事と平林さんが実際に所有しているものには一貫性がある。それは“見たことのないデザイン”とか、“さらに便利な機能”とか、“今までにない価格”といった俗に言う“新しさ”の定義だけからではなく、今までにずっと存在してきたものの、すべての物のなかから「このためにこれはある!」といった選び方をしているということ。
こうした平林さん的なもの選びに当然僕も憧れるのだが、他人がパッとできるようなものではない。「不便を解消しようとしたらたどりついたもの」と本人が答えるように、平林さんも幾度も失敗を重ね、時間やお金を費やしてきた結果があるからこそ。その結果、たまたま平林さんが手にするペンにですら「そのペンなんですか?」と聞いてみると、だいたい詳しく返ってくる。“なんとなく買う”みたいなことが他の人に比べると極めて少なく、中途半端なもので間に合わせるというのが平林さんにはない。むしろ妥協して所有したものに対しては罪悪感を持つほど……。だからこそ平林さんは自分が納得するまでとことん追求する。インターネットを駆使し、足を使って海外に行くこともある(業者と勘違いされることも多々ある)。時間をかけて少しずつ揃えていく。
一方で平林さんにとって不要なものも(たくさん)ある。例えば化粧品や電子レンジ。理由はシンプルで「使わないから」と。その考えかたに少しハッとした自分がいた。当たり前のようにキッチンにある電子レンジを使うのは、UBER EATSでご飯を頼んだときか、あまり多くはないがコンビニのお弁当を温めるときぐらい。デリバリーもコンビニのご飯も“美味しいもの”を食べるというよりも、料理をするのが面倒くさいとかなるべく早くお腹を満たすためにとりあえず口に入れるための食べ物であることがほとんど……。確かに、電子レンジは不要なのかもしれない。
こうして平林さんと出会えたおかげで、僕にも不要なものと必要なものの区別ができるようになり、そして周りにはストーリーのあるものが少しずつ揃ってきた。ストーリーのあるものを揃えるためには、まず気に入ったものがなければ買わない。それが高価なものなら買えるようになるまで待つ。本当に納得したものを妥協せずに選ぶことから意識をした。買うという行為そのものではなく、機能美や背景にあるストーリー含めて“惚れる”楽しみが生まれてくる。だから買い物が楽しい。
「現在持っているカバンはこの3種類のみ。Macbookを持ち運びするとき用のたっぷり入るカバンと、それ以外のとき。たまたまエルメス銀座店で出会ったバーキンと<ボッテガ ヴェネタ>のショルダーバッグ。このショルダーバックにはiPad Miniがぴったり入る」
「タンブラーで大切にしているのはとにかく保温性。重さは気にしていない。ここまで増えていったのも容量の違いと用途の違いで使い分けているのが理由。私の性格的に、スープや紅茶やコーヒーなどの内容物とタンブラーの容量をできるだけ合わせて、ぴったり入れるのが好きなので、自然と増えていった」
「ジュエリーに関しては洋服を選ばないものだけ。とくにピアスは、真珠のものとダイヤモンドの2種のみ。自分に似合うものって意外と少ない。私は、これだけあれば十分」
「食器棚には時間をかけてコツコツと集めているオールドバカラのPerfection。下のスタッキングカップはハンス・ロエリヒトがデザインした<Thomas>製のTC100」
「魚を捌いたり、チーズを切ったり、パンを切る包丁、果物を切る時とかに使うペティナイフとそれぞれで使い分けている。これもある種、機能性ゆえのデザイン。ドイツの<ギューデ>や<かね惣>など」
「基本打ち合わせに持っていくものはこれ以上でもこれ以下でもない。スケジュール帳に、iPad2台と<ぺんてる> エナージェル 0.5のクリアボディ」
「事務所を引っ越した際にどうしても使いたかったスイッチ。スイスの公共建築などでよく使われているものは、スイスから取り寄せたもの。多分日本でこのスイッチを使っているのはウチだけかもしれない」
「<BIC>の蛍光ペンは海外出張に行く度に箱買いしておくほど。気にいったら基本は箱買い。精神的に予備がないとダメで」
「壊れるとかなり困ってしまうものトップ3に入るのがこのモノクロレーザープリンターOKI MICROLINE。16年以上使用。数年前に生産中止、ついにメンテナンスも終了してしまいましたが、文字詰の確認はこれでないと出来ないので、予備用に日本中の優良中古を検索中」
「自宅のドアハンドルはすべてFerdinand Kramerデザインのヴィンテージ。トイレ用の鍵の良いものが見つからなかったので、鍵穴はあれど、鍵自体はつけずに生活している。でも、よく考えたら、なくてもほぼ困ることはないので、この先もないままになりそう」
平林奈緒美/<資生堂>の宣伝制作部、ロンドンのデザインスタジオ