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いつか自分もあんなふうに歳を重ね、真っ赤なニットの首元にスカーフを巻いて、冬のパリを歩いてみたいと思った。

Paris by Yataro Matsuura

エッセイストの松浦弥太郎さんがパリで目にした
紳士たちはニットを着ていました。

2020.11.13

Photography Henry Haines
Edit Takuhito Kawashima

松浦弥太郎/エッセイスト、クリエーティブディレクター。COWBOOKS主宰。『暮しの手帖』編集長を9年務め、その後『くらしのきほん』を立ち上げる。各企業のコンテンツディレクションやブランディングを手掛けている。『今日もていねいに』他、著書多数。

冬のパリで、上質なニットを着こなしたすてきな紳士を、カフェや街中で何人も見た。

 

印象に残っているのは、日曜日の朝、11区のオンベルカンフにある「カフェ・シャルボン」で見かけた老紳士だ。

 

ベージュ地にネイビーの柄が施されたシルクのスカーフを首にふわりと巻いて、目が覚めるような真っ赤のカシミヤのクルーネックニットを着ていた。腕には年代もののクロノグラフを巻き、ネイビーのフラノ地のパンツに、足元は茶色のローファーだった。

 

しばらくしてから席を立った老紳士は、カフェで読書をしていたのか、何冊もの本を小脇に抱えて出てゆき、軽やかに歩き去っていった。肌寒い日だったのにコートを着ていなかったのは、きっと近所に暮らしていたのだろう。もしくはニットが相当あたたかったのか。

 

真っ赤なニットを着た老紳士のエレガントな後ろ姿が、オベルカンフの古きよきパリの景色と重なり、まるで映画のワンシーンのようで僕の目を釘付けにした。まさにウィークエンドジェントルマンという言葉がぴったりの着こなしだった。

 

いつか自分もあんなふうに歳を重ね、真っ赤なニットの首元にスカーフを巻いて、冬のパリを歩いてみたいと思った。

 

 

 

 

 

 

その数日後、老紳士が纏っていた真っ赤なカシミヤのニットがどうしても忘れられなくて、同じものが売っていそうな店へと買い物に出かけた。

 

しかしながら、売っていた真っ赤なカシミヤのニットは、老紳士の着ていた赤とは微妙に色が違うものばかりで、何軒も店を見て歩いたが、残念ながら納得できる赤のニットを見つけることが出来なかった。

 

そんな経緯を、パリで服作りを仕事にしている知人に話すと、「老紳士の着ていたカシミヤの赤い色は、きっと長年、ていねいに手入れをしながら着続けることで、自然と生み出された赤い色で、新品の赤とは当然違うでしょうね。特にニットには、そういう雰囲気の良い色というのがあるけれど、それは決してお金では買えない色で、その人の暮らしから生まれる色なんです」と知人は言った。

 

ニットと言えば、もうひとつパリでの思い出がある。定宿にしているサンジェルマンデプレにある「ホテル・ポン・ロワイヤル」にある格式高いバーでのことだ。

 

そこは出版社が集まっている地区でもあり、昔から作家のたまり場として有名だった。創業した1900年当時の面影を残したアールデコ様式のインテリアは一見の価値があった。

 

五人の紳士がバーのテーブルを囲んでいた。四人はジャケットを着てタイを締めてドレスアップしていたが、一人だけ白いシャツにネイビーのクルーネックニットを重ねた紳士がいた。小粋に襟と袖から少しだけシャツを見せ、ベージュのコットンパンツに白いスエード革の靴を履いていた。どうやら彼らはビジネスの話をしているようだった。

 

彼らはそれぞれ品良くすてきだったが、一見、いちばんカジュアルなネイビーのニットを着た紳士が、僕にはもっともフォーマルでありシックに見えた。その理由は、シンプルな着こなしに加えて、髪型や清潔な肌、姿勢や柔和な話し方、ちょっとした所作にきめ細かな心遣いがあらわれていたからだ。

 

他の四人はきちんとドレスアップしているけれど、態度や所作が少しばかりカジュアルだった。どちらがすてきなのかというと、当然ニットを着こなした紳士に軍配を上げた。

 

そこで感じたのは、正しい服装というのは、着る服を単に選べば良いというのではなく、選んだ上で、服をどう着るのか。「何を=セレクト」も大事だが、「どう着るか=身だしなみ」が、もっと大事だということ。

 

 

 

 

 

 

思い返すと、パリで出会った、ニットを着たすてきな紳士の共通点は、身だしなみの基本である清潔感を極めていることだった。ジャケットにタイというフォーマルな着こなしでなくとも、清潔感あるニットの着こなしができれば、十分にTPPO(タイム・プレイス・パーソン・オケージョン)を果たし、ビジネスシーンでも通用する。

 

ニットを着こなした紳士から学んだのは、何を、どうやって、自分らしく着るか、という、いわば、いかに他人にさとられずに、身だしなみを整えるかに心をくだく粋なスタイルだった。そしてニットは、オンでもオフでも万能な日常着であるという気づきであった。

松浦弥太郎/エッセイスト、クリエーティブディレクター。COWBOOKS主宰。『暮しの手帖』編集長を9年務め、その後『くらしのきほん』を立ち上げる。各企業のコンテンツディレクションやブランディングを手掛けている。『今日もていねいに』他、著書多数。