#LIFESTYLE

普通の場所にある上質なもの。

Text by Takahiro Tsuchida

ガイドブックに載るような場所ではないし、そこを目指して出かけることもない。しかし何となく親しみや安らぎを覚える街角が、誰の記憶にもあるだろう。
ストックホルムの旧市街にあるブレンダトムテン(Brända Tomten)はそんなイメージに最も近いところ。そこには、長い時間軸と結びついた、ヒューマンスケールの街並みがもたらす心地よさがある。本当に価値のあるものは、いつもさりげない普通さの中に潜んでいる。

2020.11.27

Photo by Ayumu Yoshida
Edit Takuhito Kawashima

土田貴宏/ライター、デザインジャーナリスト。北海道生まれ。会社員を経て2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリア関連を中心として、国内外での取材とリサーチをもとに、デザイン専門誌はじめ各種媒体に寄稿している。東京藝術大学非常勤講師。

 

 

ブレンダトムテンは、ストックホルムの旧市街ガムラスタンにある、こじんまりとして目立たない公共空間である。シェラゴーズガタン(Själagårdsgatan)とカインドステュガタン(Kindstugatan)という2本の細い通りが斜めに交差してできた三角形の空き地で、真ん中には1本の広葉樹があり、周囲にいくつかのベンチが置かれているのみ。人影はまばらで、自動車もほとんど通らない。そのベンチに腰かけると、穏やかさと静寂が心地よい。旅先の街中ではなかなか味わえないものだ。

 

ガムラスタンは、スウェーデンの首都、ストックホルムの中心部に浮かぶ島であり、その一部の街並みに中世の姿を残す。建物の多くは18世紀以前のもので、狭い街路は馬車が走っていた時代を思わせる。季節によってはたくさんの観光客が訪れるが、入り組んだ街路の奥にあるブレンダトムテンまで足を運ぶ人は少ない。本来、ここは馬車が角を曲がるためにつくられた空き地だったといい、1734年以来の歴史がある。

 

建築やデザインでは、しばしばヒューマンスケールという概念が重視される。たとえばニューヨークのセントラルパークのような公園は、広々とした気持ちのよさがある反面、その規模に圧倒されてしまう。また都心のオープンスペースの多くは、見上げるような高層建築とセットで設えられる。それに対してブレンダトムテンは景観がヒューマンスケールで構成されている。その中に自然があり、静かさがあり、歴史との結びつきや不変性がある。普通に見える空き地に、本質的な価値がそなわっている。

 

 

 

 

 

 

東京で似たような感覚を覚える場所に、代官山に近い西郷山公園がある。散策路や植栽がヒューマンスケールを感じさせるのは、この場所が西郷隆盛の弟である西郷従道の邸宅の敷地跡だったことに関係しているのかもしれない。旧山手通り沿いの一帯は建物の高さに規制があり、周囲の景観も保たれている。見方によっては西郷山公園も普通の公園だろう。しかし、その普通さは繊細なバランスの上に成り立つ、上質さをそなえたものだ。

 

 

 

 

 

 

代々木公園近くの神園町歩道橋にも、そんな感覚がある。この歩道橋は通路に程よい広さがあり、遠くには東京タワーを、間近には丹下健三設計の名建築である代々木体育館や代々木公園の緑を眺める。明治神宮も近く、周囲に高層建築がないため空が広く見えるのもいい。自動車の音は聞こえるが、足元の下を走るのでさほどストレスにはならない。バリアフリーが重視される昨今、歩道橋というものの肩身は狭いが、そこには混み合った街中とは違う空気が流れている。

 

 

人々に刺激を与える真新しい場所や表現は、その魅力が広く認識されやすい。しかし身近なスケールの中に普通に存在してきたものが、生きていく上でより大きな意義をもつことは多い。そういった価値を認め、その質を大切にすることは、生活に何をもたらすか。ブレンダトムテンのような場所がもつ意味を、さまざまな物事に当てはめて、これからも考えてみたい。

土田貴宏/ライター、デザインジャーナリスト。北海道生まれ。会社員を経て2001年からフリーランスで活動。プロダクトやインテリア関連を中心として、国内外での取材とリサーチをもとに、デザイン専門誌はじめ各種媒体に寄稿している。東京藝術大学非常勤講師。