日常の創造 ギャレス・ケイシーと自由のかたち

日常の創造
ギャレス・ケイシーと
自由のかたち

Photograph_Kousuke Matsuki
Translation_Saori Ohara
Edit & Text_Rui Konno

きっと多くの人にとって服をつくるというのは特別な営みに映ることでしょう。
しかし、ケイシーケイシーのデザイナー、ギャレス・ケイシーさんにとってそれは料理にいそしむのと同じくらい、ごく自然なこと。湧き出る好奇心から生まれる等身大のクリエイションが名だたるメゾンと並んでも一際強い個性を放つのは、いったいなぜなのでしょうか?
そんな無二のつくり手について掘り下げるべく、20年以上も前から彼のものづくりに共感し、公私に渡って親交を深めてきた栗野宏文さんは久々の来日を果たしたギャレスさんの元を訪ねました。

あのころは、意図して
服を壊してたんだ(ギャレス)

ギャレス・ケイシー

栗野宏文(以下栗野):このジャケット、覚えてる?

ギャレス・ケイシー(以下ギャレス):オーマイゴッド…!覚えてるよ。本当に最初のころのだね。

栗野:そうだね。たぶん20年くらい前かな。ギャレスはダメージの部分にデザインを利かせたこの服を“Rシリーズ”と呼んでたよね。リペア(Repair)のRで。

―それはケイシーケイシーの初期のアイテムなんですか?

栗野:昔のブランドのときのものですね。ケイシーケイシーになるよりも前、ケイシーヴィダレンクの。彼のつくる服は、いつも洗いがかかってた。時々、洗いすぎてることもあったね(笑)。

ギャレス:(笑)。

栗野:洗いすぎてもう破れちゃってるものまであったから。だけど、ギャレスはその服を無駄にしたくなかったんだよね。だからリペアをしていて、それがデザインになっていた。

ギャレス:うん、本当にそうだったね。裂けたところを自分たちで縫ってたよ。

栗野:それがすごくモダンだなと思ってた。20年以上経ったけど、ギャレスの姿勢はまったく変わってないね。

ギャレス:ありがとう。たぶん、その服は本当に始めたてのころのものだよ。僕がまだ陶芸家だったころの。

栗野:陶芸家!?

栗野宏文

ギャレス:もともと、僕はイギリスで陶芸と絵画を学んでたんだよ。僕には全部が素材に見えるんだ。それは粘土かもしれないし、庭の植物かもしれない。それで、僕自身はいつもただ何かをつくってるだけなんだけど、その素材とそこからどんな形にしていくかだけが違うっていう感じで。だから僕にとっては修復っていうのも同じことで...。あれ、なんて言うんだっけ? 陶器が割れたときの、あの手法って。

栗野:日本では金継ぎって言います。

ギャレス:あぁ、それだ! 僕は金継ぎがすごく好きなんだ。修理によって美しくするだけじゃなく、手仕事のぬくもりもある。あれは回帰なんだと思ってるよ。割れた陶器を元の用途通りに組み立てる技術であって、修復するっていう芸術でもある。本当に素敵だよね。そのジャケットをつくるのも、僕にとってはまったく同じことだったんだ。

栗野:なるほどね。

ギャレス:あのころは、意図して服を壊してたんだ。それを修復することで服に個性を加えられるし、新しいレイヤーを重ねられるから。20年以上前だけど、あのころのことはよく覚えてる。スタジオにこもってどの色を使うかでずっと悩んだりしていたあの時期のことはね。

栗野:あのころはまだ“サステナビリティ”なんて言葉を使ってる人はほとんどいなかった。もちろんエコロジーだとか環境思考はすでに重要視されていたけど、“持続可能性”っていうものの見方はまだ一般的じゃなかった。だけど、ギャレスのコンセプトは結果として持続可能なものになっていたね。

ギャレス:意図したわけじゃないんだけど、結果としてそうなったんだ。端切れを使ったりしてたのは、要は生地を無駄にしたくなかったんだよ。捨てるのが嫌だったし、20センチでも生地があったら縫い合わせられるからさ。そうやって色がたくさん合わさると、つくっていてまるで絵を描いてるような気持ちになってくる。わかるかな? それが楽しくてさ。予測もできないし、くだらなくて変に見えるかもしれないけど、あれこそが自由だったんだと思ってる。

栗野:すごくポジティブな即興みたいな考え方だよね。僕もわかります、その感覚。

ギャレス:それをチームのみんなで一緒にやるのはすごく楽しいしね。当時は僕は陶芸をやってて、新しいことをやってみたかったっていうのもあったと思う。ずっと同じことだけやってるのはきっと僕には無理だね(笑)。

ギャレス・ケイシー / 栗野宏文
ギャレス・ケイシー / 栗野宏文

栗野:そうなんだろうね(笑)。

―そうやってオープンマインドでいれば、モチベーションもずっと保っていけそうですね。

ギャレス:モチベーションはいつだって途切れないよ。むしろ落ち着かせないといけないくらいだね(笑)。やってみたいことは、まだまだたくさんあるから。

栗野:僕もそうだよ。いつも何かをやりながら考えていて、目標を立てたことがないから。きっとギャレスと僕は血液型が同じなんじゃないかな(笑)。

ギャレス:(笑)。服づくりでもそうやって新しいシルエットをつくったりコレクションをつくったりして、「よし。これで十分かな。次はこれをやって、そしたらまた戻ろう」となる。新しいことと、元の場所に立ち返ること、両方が必要なんだ。1年ちょっと前にカシミヤのジャンパー(セーター)をつくって、それもやっぱりリペアを施してるんだけど、また別の試みで。僕らは“ウーヴル”って呼んでるんだけど。

ギャレスのやり方は
シェフみたいだね(栗野)

栗野:ウーヴル? どういうスペルなの?

ギャレス:“OEUVRE”だね。フランス語で、芸術作品みたいな意味だね。(マルセル・)プルーストの小説だとか、 (パブロ・)ピカソの絵画みたいなもの。例えばそれもただのペイントかもしれないけど、貴重なものだとそれはウーヴルと呼ばれるんだ。僕はまず一着一着違うジャンパーをそれぞれ自分でカットして、それをチームのみんなが実用性を考えながら修理していく。最初にどこに穴を開けるかは僕が決めるから、彼らに方向性だけは与えるんだけど、彼らはその部分部分に合わせたやり方で修理するから全部が違う個性的なものになるんだ。

栗野: ギャレスのやり方はレストランのシェフみたいだね。普段は素晴らしいクオリティの同じ料理を提供すべきだけど、例えばプライベートな場だとか、友達の家族を招くときにはもっと即興的になる。手元にある材料を見てから料理を考えよう、っていうふうに。だけどどっちも目的は同じ、人を心の底から楽しませること。生産性だとかよりも、それが重要なんだろうなって感じます。

ギャレス・ケイシー / 栗野宏文

ギャレス:実際に料理も好きだし、自分でもそう思うよ。ただ、レシピ通りに材料を買ってつくるのももちろんひとつの方法だとは思うけど、それは僕のやり方じゃない。なんなら、買い物すらしないんだ。だって、庭があるんだから。ズッキーニやトマトがたくさん獲れたから、それで何をつくろうかな...って考えたりね。自分が一度過去につくったものを素材にすることも好き。それに合わせたソースをつくろう!みたいな感じで。

栗野:うん、わかる!

ギャレス:そういうものを組み合わせていくんだ。だから、僕の冷蔵庫はいつも瓶でいっぱいだよ。

栗野:なるほどね(笑)。

ギャレス:僕のおばあちゃんがいつも言ってたよ。「男の子だって裁縫や料理、洗濯ができないとね」って。

―ギャレスさんの作風は、おばあちゃんの教えをしっかり守ったものなんですね。

ギャレス:僕はロンドンの北にある街で育ったんだけど、昔からそうやっていつも料理をしてきたんだ。そうすると残り物っていうのは必ず出てきてしまうけど、何も無駄にしちゃいけないと思ってたよ。そういう食べ物を組み合わせることも僕は楽しんでたんだと思う。おばあちゃんや故郷の人たちがつくる伝統的な農民の料理みたいなものだね。

栗野:それじゃあ、ロンドンの中心地からもそんなに遠くないの?

ギャレス:そうだね。だけど、すごく緑が多い所だよ。ヒッチンっていう、女王陛下のバラ園があった農業地帯。僕のおじいちゃんはもともと炭鉱で働いてたんだけど、人生の終わり頃はそこで働いてたんだ。だから僕はよく祖父のバラの世話を手伝ってたよ。イングランドのバラの世話を。おじいちゃんは交配させて新しい品種をつくったりもしてたね。

栗野:へぇ!もう知り合って20年以上経つけど、ギャレスの生い立ちについてここまで聞いたのは今回が初めてだね。芸術的な才能だとか、考え方を持っているとは思っていたけど、想像もしなかったエピソードがたくさん出てきて驚いてる(笑)。

ギャレス:そうだよね。だから、僕の一番古い記憶は祖父母と一緒の時間だったんだよ。おばあちゃんが僕たちのために服を繕ってくれてる姿とか、バラの世話をするおじいちゃんだとか。僕は床に座って、おばあちゃんが毛糸を巻いて、編み物をするのを見てたんだ。彼らはいつも何かをしていたね。こういうのをなんて言うんだっけな...。あぁ、「The devil likes idle hands」だ。“悪魔は暇な手を好む”。何かしてないと、悪いことが起きるっていうような考え方を彼らは持っていたんだと思うよ。僕の考え方もそこから来ていて、つくったり、直したりしながらずっと試行錯誤してる。できるだけ実用的で上品なものをつくりたいといつも思ってるよ。“可能な限り美しいもの”ではなくてね。

栗野宏文

栗野:きっとそれが本質なんだと思う。こうやって話してギャレスのバックグラウンドをもっと知れたし、すごく尊敬してます。今回のケイシーケイシーのタブロイドでフィーチャーしているアーティストも、ギャレスのような考え方なんだろうね。

ギャレス:このタブロイドは、還元の方法なんだ。そのためにこの場所が必要なんだよ。今回のビジュアルはナターシャ(・マンコウスキー)というアーティストにお願いしたものなんだけど、僕は彼女のつくるものが本当に好きでさ。ナターシャは自分の手で顔料からつくるんだ。すごく実体的だよね。

ケイシーケイシーがドーバーストリート マーケット 銀座にて行ったイベントに際し、掲出されたビジュアル
タブロイド

ギャレスの自宅に併設された庭園、オルサンに焦点を当てる形でケイシーケイシーがドーバーストリート マーケット 銀座にて行ったイベントに際し、掲出されたビジュアル。アートワークはオルサンを訪ねた際に得たインスピレーションを基にナターシャ・マンコウスキーが制作したもので、これらをまとめたタブロイドも配布された。

ギャレス・ケイシー / 栗野宏文

栗野:こういうアートワークの全部がそうやってつくられたものなの?

ギャレス:うん、そうだよ。粘土は土から自分で掘り起こしてね。彼女と一緒に採石場にも行ったよ。彼女は自分自身の表現を、より広い視野で捉えていると思う。アーティストだけど、アルチザナルでもあるんだ。

栗野:アーティストであって職人でもある、と。いい説明だと思いますね。だってアーティストはあくまでアーティストだけど、あなたはクラフツマンでしょ?ファッションデザイナーじゃなく。

ギャレス:いや、それについてはちょっと考え方が違うんだ。よく言ってるんだけど、英語の“make”にはファッション的な意味合いがあると思うんだよね。だから、僕はいつも“I fashion”って言うんだよ。動詞として “fashion”を使う。それに対して、“art”は動詞で使うと芸術性を指すと思っていて、独自の技術だとか、質の高いものづくりのノウハウを駆使して人々の心に響くものをつくること。ただのものづくりよりも、もう少し上を行くものだと思う。そこはすごく曖昧だけどね。だけど、ジャケットはジャケットだし、シャツはシャツだよ。彫刻じゃないんだ。

栗野:絵画でもないしね。使えるものだから。

ギャレス:そう。実用性こそが本質だよ。僕たちの仕事はそれをつくり出すこと。栗野さんは生地を触って何かを感じて、色を見て、経年変化も楽しめるけど、僕らにできるのはそれを届けることだけ。それを受け取ってくれた人が、例えば他の服と組み合わせたり、洗濯機に入れて回したり、破いたり、あるいは直したりしながら何かを表現するんだ。

―実際に先へ進めるのは袖を通す人たちということですよね。

ギャレス:そう。だから、それが何年も持ちこたえてくれるといいなと思ってる。そうしたらふと座った瞬間にでも「あのとき、この服を着ていたよな」って思い出してくれるかもしれないからね。僕がやれるのは本当にそれだけで、受け取ってくれた人がその服で自己表現をしてる姿を見るのが本当に好きだよ。着こなし方とかではなくて。

栗野:すごくわかります。その気持ち。

着ていることすら忘れるような
ものでありたいね(ギャレス)

ギャレス:ケイシーケイシーの服は普段の生活や日常に寄り添う存在なんだ。人が家族や友達といるとき、 絵を描くとき、文章を書くとき。そんなときにそばにいるような服。それ以上は望んでいないよ。たとえばナターシャがケイシーケイシーを着るとき、彼女はブランド名じゃなくて心地よく絵が描けるからその服を着てくれてると思うし、そういう姿勢が僕の理想だよ。それには個性が求められる服とは違って、自分らしさを保ちながら着られる服こそが大切なんだ。

栗野:その違いもすごくおもしろい。最初は服の個性から興味を持って手に取った人が、だんだんそうやって服を着るようになっていったりしたらね。

ギャレス・ケイシー

ギャレス:うん。それに、人間はみんな相反する部分を持っていたりするじゃない? 僕はその二面性の対比が好きだし、1日過ごす中でもまるで別の人かのようにもなれると思う。そういう日常の中で着てもらえて、それでいて着ていることすら忘れられるようなものでありたいね。

栗野:なるほどね。このタブロイドのグラフィックはどうやって生まれたの?

ギャレス:最近、意を決して何人かのグラフィックアーティストと一緒に仕事をしたんだけど、このときは「君から僕がどう見えたかを、そのまま表現してほしい」と伝えたんだ。まずそれを伝えてメールでも何度もやり取りをしたんだけど、最初に彼に言われたのが「ギャレス、まずやるべきは君専用の書体をつくることだ」って言うんだよ。

栗野:ワオ!面白いね。

ギャレス:それで「どういうこと?」って聞いたら、「君のコミュニケーションの方法はすごく独特なんだ」と言われて。と言うのも、僕はディスレクシアがあるんだ。

栗野:ディスレクシア...読字障害だね。

オリジナルフォントを使用したグラフィック。

オリジナルフォントを使用したグラフィック。

ギャレス:そんなに悪い障害ではないんだけどね。だから、文章を書くときにも記号をたくさん使うんだ。それで文を書いてる途中で考えが途切れたら、考えが戻るまでこうやって(バックスペースの)ボタンを何度も押して。それで、また書き続ける。読めるけどスペースが空いていないと少し難しくて、次の文章までどれくらいかがわかるように書くんだ。あとは大文字と小文字が混ざると混乱しちゃうから、決まって大文字か小文字だけで書いてる。いつもこんな感じで単純なメールすらなかなか書けなくて、遊んでるだけのようになってしまう。だから、彼らは最初に僕のための書体を開発してくれたんだ。これって最高に贅沢なことじゃない?

栗野:これは君たちだけが使えるフォントなんだ? 素晴らしいね。iPhoneの1000倍大切なものだと思うよ。こ うやって聞いてると、ギャレスの人生はいろんなことが全部繋がってるんだね。野菜を育ててそれを自分で料理して、誰かにふるまうっていうように。

ギャレス:そうだね。それがコットンだったり、粘土や絵の具だったり、あるいは自分だけの書体だったりするけど、どれも同じことだよ。

栗野:今は郊外のほうに住んでるんだよね? どれくらい住んでるの?

ギャレス:もう10年近くになるよ。

栗野:じゃあ、理想的な場所に出会えたんだね。

ギャレス:フランスの中部にある街で、“プリューレドルサン(Prieuré d'Orsan)”って呼ばれてるんだけど、みんな口を揃えて「素晴らしいところだ」って言うよ。都会と田舎の生活が両方あるようなところ。僕は毎週木曜の夜になると電車に乗ってそこへ行くんだ。でも、みんな僕がそこでくつろいでると思ってるみたいだけど、意外と飼っている動物たちの世話や庭師たちと庭の手入れについてやりとりをしたりしていて、気忙しいんだよ(笑)。

栗野:でもそれは良い忙しさだね。そうやってギャレスがつくってるものはやっぱりただのデザイン、ただの服以上のものなんだなって感じる。すごく特別なものだと思えたから僕らは昔から君の服を買い付けて、取り扱いを続けているわけだし。シンプルなシャツやニットですら特別なものだと思う。そこに文化があるから。

栗野宏文

ギャレス:ありがたいよ。運針ひとつにもこだわって、意思を持ってつくってるからね。それは陶器だったり、 他のどんなものづくりにも共通することだと思うけど。だから僕らはショールームで「その服を裏返して見てみてください」ってよく言うんだ。あと、僕らの服づくりをしているのは確かに工場なんだけど、そこにも人としてのつながりがちゃんとあって。僕らもよく足を運んでいるし、彼らも僕らのことをよく知ってくれてる。そうじゃないと意味がないと思ってるよ。

栗野:工場と会社じゃなくて、ある種の家族みたいな形だね。

ギャレス:それはすごく大事なことで、みんな食べ物やその製造工程は気にするでしょ? それと同じ。一緒に働く人たちや、彼らの給料や待遇に対しても責任を持つんだ。彼らが毎朝幸せな気持ちで仕事に来て、「今日も挑戦してみよう」と思ってくれたらいいなって願ってる。

2026年春夏コレクションは
すごく楽しげに見えた(栗野)

栗野:たとえばドリス・ヴァン・ノッテンは40年近く会社を経営してきて、そこで女性が働きながら結婚して、出産の休暇も取れて、その後も働き続けられるっていうことをいち早く実践した人でもあって。だから彼のチームは仕事を終えたらちゃんとみんながプライベートな時間も持てるようになってるんだ。

ギャレス:そうそう。僕が考えてるのもそういうことだよ。

栗野:会社に来るのが楽しみで、工場に行くのが楽しみで、誰にも邪魔されずに仕事ができるっていうのは素晴らしいよね。

ギャレス:できたらそれが学びの過程にもなっていてほしくて。僕、教えることも好きなんだ。昔は大学の外部審査員をやってたりして、それは本当に楽しかったよ。熱意があった。「これがあなたのやってることなんだね。でも、よく考えて。それは他の誰かがやっていることと似ていない?」、「あなたの意見は?」、「それは別の場所では面白かったかも知れないけれど、ここではそうじゃないよね」とか。それは必ずしも利他的なことではないんだよね。自分自身も、気づきがあるから。

栗野:わかるよ。だから僕もいくつかの学校の生徒さんだとか、若手のデザイナーのコンペティションだとかを手伝ったりしている。自分の経験だったりをシェアして、彼らを支えられたら嬉しいなと思うよ。

ギャレス:実際に彼らが次の時代を担っていくからね。彼らが生きて、形成されていくのは僕たちが経験した時代とはまた少し違うから。経験だとか歴史は僕らの味方だけど、エネルギーだとかフレッシュネスで言ったらやっぱり彼らのほうが優れてるよ。

栗野:僕らはそういう意味ではヴァンパイアみたいなものだよね(笑)。

ギャレス:(笑)。

栗野:柚木沙弥郎の展示を見たでしょ?彼は民藝っていうものがどんなものなのかを教えてくれてると思うし、その最後の世代だって気がする。ウィリアム・モリスが19世紀の後半にものづくりを始めたのもそれと同じで、もう当時すでに工業の近代化は進んでいて、それが人間性を殺し始めてたからだと思う。このナターシャにも、きっと同じような感覚があるんだろうなって。

ギャレス・ケイシー / 栗野宏文
庭の花

ギャレス:モリスとナターシャはきっと似てるんだよ!

栗野:ギャレスもその精神を理解してる人だと思う。コレクションの話に戻るんだけど、君の来年のコレクション(2026年春夏)はすごく楽しげに僕には見えたんだ。これはどうやってできたの?

ギャレス:布があって、パターンをつくるときに型紙を折っていったんだけど、そうやってるうちに、「あ、これは シャツの上にパンジーの花を描いてるみたいだな」と思ったんだよね。ここが葉っぱで、大きなパンジーだ! って ね。だから、あのシャツの色はああしたんだ。庭にあるパンジーと同じ色だよ。

ケイシーケイシー 2026 S/Sコレクションより。
ケイシーケイシー 2026 S/Sコレクションより。

ケイシーケイシー 2026 S/Sコレクションより。

栗野:すごい! そうやってできていったんだね!?

ギャレス:これが庭の花の写真だよ。

栗野:...ギャレスがこの花を窓辺に飾ってるところが想像できるよ。

プリューレドルサンにあるギャレスの自宅。

プリューレドルサンにあるギャレスの自宅。

ギャレス・ケイシー

ギャレス:でしょ?そうやってシャツを1枚つくって、それからコートをつくってスカートも、っていうふうにいろんな花をつくったよ。全部の花をやってみようって。栗野さんの言う通り、いろんなことからの影響は...

栗野:やっぱり切り離せないんだね。このシャツとかの色味も君の庭から来てるの?

ギャレス:そうだね。それを顔料で表現してる。僕は面白い色彩のものを見つけるたびにそれをテーブルの上に置いておくんだけど、コレクションをつくるときにはついそこから色を拾っちゃう。陶器の破片だとか、家の周りに散らばってるものからね。なにせ家が11世紀の建物だから、掘り返すと陶器のタイルだとかがいろいろ見つかるんだよ。で、それが本当に素晴らしい色で。僕があの家で過ごすことがコレクションにもなっていくんだ。ナターシャが来てくれて良かったなと思うのは、他にも鉱物や動物とか、そういう新しいものをいろいろと見つけて、要素として加えてくれたこともひとつだね。

栗野:彼女のやり方もやっぱり料理みたいだね。素晴らしい料理人。

ギャレス:そう。本当に彼女は料理上手だね。本当はみんな、そうやって料理の腕で判断すべきじゃない?今後はスタッフの履歴書に“料理”っていう欄を設けようかな。それで僕に素敵なランチをつくってくれたら最高だね。

栗野:(笑)。

ギャレス・ケイシー / 栗野宏文
Gareth Casey | ギャレス・ケイシー

Gareth Casey | ギャレス・ケイシー

ケイシーケイシー デザイナー

1966年、英国生まれ。アートや陶芸などを学んでいた’97年にフランス人デザイナー、フィリップ・ヴィダレンクとともにクロージングレーベル、ケイシー ヴィダレンクを設立。その後、互いの方向性を尊重してふたりでの活動には区切りをつけ、ギャレスは2008年に自身のブランド、ケイシーケイシーを設立。パリ7区を拠点に、服づくりを通して人々の日常生活に華美とは別の豊かさをもたらしてきた。

栗野宏文 | くりのひろふみ

栗野宏文 | くりのひろふみ

ユナイテッドアローズ上級顧問/クリエイティブディレクション担当

1953年、NY生まれ。ビームスを経て’89年にユナイテッドアローズの創業に参画しセレクトショップとしての確たる地位を築いた。現在は同社に関わりつつ、ジャーナリストとしても活動中。世界各国からその審美眼を頼る声が挙がる生粋のファッション業界人で、パリファッションウィークの観覧歴はもうすぐ40年。