
ヒト
2023.11.24
アナログとデジタルを駆使して描かれる作品。 緻密な作品を描く中西 伶が、絵の中に込めたもの。
一目見た瞬間、圧倒的なインパクトを残す抽象画。緻密に描かれた作品は、目を凝らして細かな部分を見れば見るほど、その奥行きの深さに驚かされます。デジタルとアナログ、その両方の手法を取り入れながら、唯一無二のアートを生み出すアーティストの中西 伶さん。今季、ユナイテッドアローズ社(以下、UA社)のホリデーシーズンのキーヴィジュアルを手掛けた彼のアトリエは、太陽の光が気持ちよく差し込む豊かな自然に囲まれた場所にあります。美しい環境と、豊かな時間、その中でストイックに自分自身と向き合いながら生み出される作品。その制作の現場を訪れ、彼のアイデアに触れていきます。
Photo:Kousuke Matsuki
Movie:Hiroto Sawano
Text:Yuichiro Tsuji
絵画の評価とは違うベクトルで、魅力を掘り起こしたい。
中西:アトリエをずっと探していて。制作をするにあたっていい場所がないか探していたら、縁があってここに巡り合ったんです。もともとは写真のスタジオだったみたいなんですけど。
ー豊かな自然に囲まれた場所ですよね。そうした環境を求めていたのでしょうか?
中西:街と距離を置きたかったというのはありますね。ニューヨークから東京へ戻ってきて、ありがたいことにすごく忙しい時間を過ごしていました。だけど、どこか我を忘れそうな感覚があって。そうした生活からは一度離れて、自分のペースで作品と向き合いたかったんです。
元々は撮影スタジオだった中西さんのアトリエ。
中西:そうかもしれません。常に自分自身と向き合っていたいんです。
ーそもそもどうしてアーティストになろうと思ったのでしょうか?渡米前は東京でずっとグラフィックデザイナーをやられていましたよね。
中西:ぼくは“画像”がすごく好きで。インスタのストーリーズとかも、みんな自分で撮った写真にGIFを貼り付けて投稿してるじゃないですか。あれも一種の作品だなと思ったことがあったんです。自撮りを加工している女の子が、わざと画質を劣化させたり、原型がわからないくらい盛ったりとかもそうですし。当時はインターネット上での個性の出し合いを観察していて、そうした画像もシームレスに楽しんでいたんです。
ーアート作品にも、SNSやインターネットの画像にも、情報が散らばっていますよね。それを読み解きたかったのでしょうか? それとも、ただ単に絵としての面白さを求めていたのでしょうか?
中西:ネット上の個性の出し合いにも空気感みたいに漂っているものやトレンドのような何かがあって、それを読み取ろうとしている感覚はあったと思います。いわゆる絵画の評価とは違うベクトルで、自分が見ているものの魅力を掘り起こしたいというか。
中西:どうなんですかね。だけど自分自身、変な描き方しているなって思います。
ーもともと描くのは好きだったのでしょうか?
中西:中学生時代はずっとブレイクダンスをしていたんですけど、モノを作る学校って面白そうだなという単純な理由から、高校はデザイン学科のある学校に通うことになりました。友達に美術系の高校へ行くという話をしたときに、岡本 太郎さんの『自分の中に毒を持て』という本をもらって、自己否定の果てに自分自身の本質が見えてくるというエピソードが今でも強く印象に残っています。その本の影響は大きかったですね。その本に出会ってからは、世の中で当たり前だとされている事を一度自分の中で理解出来るまで組み立て直したり、違う角度から見てみるような、クリエイティブな感覚が身についた気がしています。
ーブレイクダンスをやっていたということは、ストリートカルチャーなども好きだったのですか?
中西:大好きでした。それこそグラフィティとかも好きでしたし。メインストリームとは別の場所でピュアに行われている物事にすごく惹かれるんです。それでインターネットとストリートカルチャーがずっと好きでしたね。
ーグラフィックデザインのスキルは、独自に磨いていったのでしょうか?
中西:高校にパソコン室があって、ぼくしか使ってなかったんです。そこでずっとフォトショップやイラストレーターをいじっていて。フォトショップでコラージュの作品をつくったり、あとはイラストレーターの直線を引く機能と、パスファインダという分解したり繋ぎ合わせる機能を使って、ネット上で拾った画像をトレースしてはバラバラにしてを繰り返すひとり遊びをしていました。
ーその動作は本能的に行なっているような印象を受けるのですが、ただただ絵としてのインパクトを求めていたのでしょうか。
中西:インパクトはすごく大事にしていました。グラフィティとかもそうじゃないですか。文字に含まれる情報をそぎ落として、暗号化していると思うんです。最終的にスタイルだけが残るというか。そういった部分に惹かれていたのかもしれません。あとは、暗号化された情報を追いかけたいという気持ちも生まれますし。
中西:まさにカルチャーとアートみたいなところを体現している人だったので。それで考えるよりも行動が先に出てしまって、単身ニューヨークへ行き、「アシスタントにしてください」と直談判しました。
ー実際にニューヨークでの生活はどうでしたか?
中西:すごく大変でした。だけど、日本にいたときの抑圧された感覚、その呪いを取り外せたのは歴さんのお陰ですね。歴さんがよく言っていたんですよ、「リミッターを外した」って。
歴さんの現場でいろんな景色を眺めて、「ここまでやっていいんだ」っていうのを目の前で観察できたのは大きいです。それは絵の描き方もそうだし、考え方もそうで。歴史の中で行われた評価と、現在進行系のカルチャーを並列で眺めていて、どっちもいいよねっていう話をしていて。
そういうものの見方がぼくにとっては心地よかったですね。自分は間違ってなかったんだと確認ができたというか。
作品を2回完成させるような感覚。
中西:歴さん曰く「最初から決まっていた」そうなんです。ぼく自身としては、作家としてやっていく準備もしなきゃと思いながら積み上げていった感覚はあるんですけど。
ー最初からデジタルとアナログの両方を取り入れていたんですか?
中西:デジタルの要素を取り入れたいというのはニューヨークにいた頃から考えていました。自分の手で絵の具を触るくらい自然に、フォトショップも自由にコントロールができるものだったんです。ソフトを使って編集したり加工したりする感覚が自分の手に馴染んでいたので、これは自分の強みだという自覚もありました。
最初の段階で、パソコンによって完成形の細かいディテールを決める。
中西:そうですね。はじめにパソコンのソフトで描いてしまうんです。作品をよく見ていただけるとわかるんですが、箇所によって凹凸があるところや、ツヤがあるところ、マットなところなど、いろんな表情があって、それを細かく指定してから印刷所でプリントしてもらうんです。気づいたらレイヤーが1300とかになっていることもあって。
ーその後に出力した作品に絵の具を乗せていくんですか?
中西:ぼくは完成を決めてから、その完成度を上げていく作業をするんです。描きながらアイデアを出す作家さんもいますが、ぼくの場合はそれをすると終わりを見失ってしまうかもしれないので。
マスキングし、絵の具を載せる箇所を切り取っていく。
中西:その時点でほぼ完成させられるクオリティには仕上げていますね。だからぼくの作品って2回完成させているような感覚なんです。それがクオリティを上げるプロセスになったらいいなと思って。
ーデジタルで描く作業と、それから絵の具を乗せていく作業で、どっちのほうが時間がかかるんですか?
中西:どちらも同じくらいですね。全工程に愛を込めてこだわりたいと思っています。
ー絵の具で完成度を上げるというのは、具体的にどういうことなんですか?
中西:マチエールを出すのもそうですし、絵の具でしか出せない質感や色の深みがあるんです。よく見ると筆致が見えると思うんですが、そういう部分にもこだわりたくて。
プリントだけでは再現できない凹凸感は筆のタッチによるもの。
中西:ある程度モチーフはありますが、あくまで仕上がりは描かれているものよりも、作品のもつ空気感が前に出るようにしていますね。そっちのほうが間口が広いというか、どうとでも捉えられるというか。モチーフっていうのは、あくまで絵を完成させる為の大義名分なんじゃないかと思う時もあります。
ーきっかけというか、出発点のようなイメージですか?
中西:そうですね。ぼくの場合はそれを現代ならではのモチーフではなく、多くの画家が描いてきたものにしています。ただでさえめちゃくちゃな手法で描いているから、ファインアートに寄せたほうがバランスが取れると思うんですよ。
やっぱりファッションと相性がいいなって思う。
油絵の具によって迷いなく指定した箇所に描いていく。
中西:〈ユナイテッドアローズ&サンズ〉のバイヤーの方が、ぼくの作品に注目してくださっていたようなんです。それでお声がけいただいて、コラボレーションTシャツの発表や店舗での作品展示、今年の春には日本酒メーカーの「仙禽」さんとお酒造りをしました。そんなご縁が重なって、ホリデーシーズンのヴィジュアルのご依頼をいただいたんです。
ー今回のヴィジュアルはどのように作業をスタートしたのでしょうか?
中西:ホリデーらしい雰囲気が伝わるようにしたいということで、ぼくがリファレンスとして提案したのが、ウィリアム・モリスの『いちご泥棒』という作品でした。
ーシンメトリックな作風でさまざまなモチーフを描く作家ですね。
中西:テキスタイルデザインとして広く愛された彼の作品はすごくファッションと相性がいいと思ったんです。提案したらとてもいい反応をいただけたので、そのまますぐに描きはじめました。
中西:色ですね。20案くらいカラーバリエーションを提案しました。本当はもっと多かったんですけど、その中から20案に絞ったほどなんです。ディレクターの方とのやりとりで、「赤がインパクトあっていいんじゃないか?」というアイデアをいただいて、お互い解釈が一致したんです。
ーそれはどういうことですか?
中西:UA社ってすごく温かなイメージがあって。それで赤を提案いただいて、自分の中でいろんなことが繋がったというか。赤は赤でも、もっと高級感があるというか。落ち着きがあって品のある色をピックアップして描いていったんです。
ー全体の色のバランスもすごくいいですよね。その辺りも完成度を高めるひとつの要素なのでしょうか。
中西:色の組み合わせもすごく好きで。いろんな色の中から選んで決めてますね。たとえば緑色ひとつを取っても、グラデーションで10色くらい並べてから、ひとつの色を選んでます。そうした作業をするだけで、クオリティが全然変わってくるんです。
中西さんのビジュアルを使ったホリデーシーズン限定のギフトラッピング。
中西:個展などをやっていてもそれは言われますね。まず画面の中で完成をさせてから細部を作り込んでいるので、描き込むような作業でも大きな設計図自体はブレないんです。なので引いて見ていても、近くで見ていても画面がキレてるんですよね。
ー今回の作品は「ユナイテッドアローズ 六本木ヒルズ店」にも飾られるそうです。お客さんにこういう風に見て欲しいという願望はあるんですか?
中西:「こういう風に見てほしい」、という気持ちはまったくないですね。自由に感じ取って欲しいです。そうしたほうが作品のキャパシティが広がるし、眺めながらさまざまな想いに耽ってもらえたらいいなと思っていて。それくらいの距離感がぼくとしても心地いいんです。例えば配色に文化を感じてくれたりとか、ひとつのシェイプに思いもよらない立体感を読み取って貰えたり。自分の意図とは別の解釈を拾ってくれる人がいるので、自分の描いた絵に新たな可能性を見出して貰える度に絵を描いていてよかったなって思います。
ー自分の作品がプロダクトになるのは、どんな気持ちですか?
中西:シンプルにうれしいです。やっぱりファッションと相性がいいなって思いますね。ここの中にプレゼントが入れられて、大切な人に贈られたりするんだと思いを馳せると、単純に気持ちが上がります。
もっと広く社会に関わるようなことがしたい。
中西:やっぱりひとりの時間が好きなんだなと改めて思います。そして最近は、人や社会に対して自分ができることがようやく分かったような気がします。
ーそれがどう作品に影響していますか?
中西:余計なことをしなくなりました。ノイズみたいなものが減ったというか。より研ぎ澄まされた感覚があります。理想に近いものができ上がってきていますね。
ーこれからどう成長していきたいですか?
中西:花をモチーフにした作品はもっと描いていきたいですね。あとは社会貢献とかもできたらいいなと。自分の成長を考えたときに、もっと広く社会に関わるようなことがしたいと思ったんです。いまはまだ漠然とそういう気持ちがあるだけなので、これからどうなるかはわからないですけど。作品のヴィジュアルを更新し続けると共に、自分自身もいろいろなことに挑戦していきたいです。
INFORMATION
PROFILE

中西 伶 Rei Nakanishi
1994年 三重県生まれ。2016年に渡米し、山口歴のアシスタントとして作品制作に携わる。 2019年に帰国後、GOLD WOOD ART WORKSに所属。静岡県を拠点に、国内外にて展示発表を続ける。従来の絵画の制作方法にプリンティングを組み合わせたアプローチで作品を制作する。近作では、グラフィックのほか、3Dモデリング、AI、NFTなどの技術を掛け合わせながら時代の動きによって変化し続ける価値について問い、制作を通して表現の本質を模索している。
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