
ヒト <未来をつくるキーパーソン。Vol.2>
2020.09.03 THU.
「Synflux(シンフラックス)」の
テクノロジーを活用したサステナブルなファッション。
サステナビリティ(持続可能性)の重要性が叫ばれる一方で、知れば知るほど奥が深く、ビジネスやモノづくりなど本業を通じた課題解決は難易度の高いものとなっています。その糸口の一つが、日々進化しているテクノロジーの活用です。「サステナビリティ×テクノロジー」の力で新しいファッションの作り方を模索し、課題を解決しようとしているベンチャー企業が〈Synflux(シンフラックス)〉。共同創業者であり、早稲田大学講師も務める川崎和也氏にその活動や未来の服づくりの可能性を聞くとともに、ユナイテッドアローズ社の社内セミナーのゲストとしてお迎えしました。
Photo:Yuko Sugimoto(YUKIMI STUDIO)
Text:Kumi Matsushita
アルゴリズムで裁断の廃棄ゴミゼロを目指す「アルゴリズミッククチュール」で注目。
ー 〈Synflux〉は若くて優秀なメンバーが集まっている印象がありますが、成り立ちを教えてください。
川崎:もともと慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)で、ファッションデザイン研究を専門とする水野大二郎先生の研究室(当時)でバイオテクノロジーやウェアラブルテクノロジー、デジタルファブリケーションなどを研究していました。〈Synflux〉はファッションで新しいことを起こそうと、仲間や後輩と2019年3月に創業したデザインラボです。AI(人工知能)を活用したデザインや、パイナップルでできたレザーや廃棄物からなる再生テキスタイルのようなサステナブルな素材の製造プロセスによってどんな新しい服が生まれうるか、製品単体のみならず、サービスやシステムのレベルで新規商品を提案するのが私たちの特徴です。
私自身は、服飾史を参照しつつデザイナーが服づくりの中でどのように創造性を発揮してきたかについて調査したり、型紙や素材、世界観の構築といった従来型のデザイン技術に加え、生命工学や情報技術を駆使した実験的なデザイン手法について学んできました。私以外のメンバーには、ザハ・ハディド事務所の作品に見られるような、構造・環境性能などを複雑に理解可能なコンピュテーショナルデザインを手がけてきた建築家、ワークショップやフィールドワークを通して、多様な職能やバックグラウンドの人たちと共にデザインプロジェクトを推進するリサーチャー、AIのプログラミングを研究するエンジニアが集まっています。ファッション企業としては領域横断的で珍しいメンバー構成だと自負しています。こうした多様な専門性をもつデザイナーが集まって、日々プロトタイプの実験をしたり、国内外のデザイナーや繊維商社などと協業してなるべく廃棄が出ない効率的な製法でサステナブルなファッションを開発・提案しているんです。
ー AIを使った「アルゴリズミッククチュール」が、雑誌「WIARD(ワイアード)」のCreative Hack Awardや、(H&Mの創業家が手がける)H&Mファウンデーションが持続可能なファッションを実現するための研究開発支援施策「グローバル・チェンジ・アワード」で特別賞を獲得して話題になりましたね。「アルゴリズミッククチュール」の服づくりを説明していただけますか?
川崎:大学在学中からアルゴリズムを使ってファッションの廃棄ゼロ(ゼロウェイスト・ファッション)を目指すデザインに取り組んできました。型紙(パターン)の設計では人体にフィットさせるため、曲線を使うことが前提になっています。特に女性服だとバスト、ウエスト、ヒップのなだらかな線を表現するカーブが多くなります。布に型紙をあてはめて裁断するとどうしても捨てる部分が多くなってしまうんです。着物は直線的なのでロスは出ませんが、動きにくくなってしまうなど、機能性の面で問題が出てしまいます。そこで3Dソフトウエアと直線断ちを融合させ、AIのアルゴリズムによって2Dと3Dを合理的に往来させることで廃棄を少なくできないかと考えました。曲線の表現をデジタルなプロセスを通じて直線に置き換えることで、身体にフィットするけれどもゴミが限りなく少なくなるシステムを作りました。AIによって生成された直線の型紙は指定した布帛にテトリスのように自動的に配置され、裁断時には15~20%から約5%まで廃棄を削減することができます。
サステナビリティは「規模の問題」。ハイブランドと表現に挑戦、マスファッションでインパクトを創出する。
ー 実際に企画・開発した商材を見せてもらえますか?
川崎:この試作品(左)は〈HATRA(ハトラ)〉の長見佳祐さんらと一緒に、ブランドの象徴的なアイテムであるフーディを「アルゴリズミッククチュール」で再構築した「Aubik」と呼んでいる作品です。フセイン・チャラヤンやイリス・ヴァン・ヘルペンなども出展するスイスのファッション展覧会「Making Fashion Sense」で発表しました。右半身は従来のパターンですが、左半身は「アルゴリズミッククチュール」で作ったもので、布帛のロスは20%から約5%に減少しています。縫製の工数を減らすために切り替えを少なくすることもできたのですが、このプロジェクトで試みたようにデザイナーの美的判断に応じてカットラインをコントロールすることもできます。
デジタル技術を応用した新しい試みはこれからどんどん注目を集めていくと思いますが、「Aubik」のような面白い取り組みを、特に海外のハイブランドやストリートブランドと一緒に挑戦したいと思っています。今後は東京はもちろん、アジアやロンドンで積極的に作品を発表する予定ですのでぜひ注目していただきたいです。
他方でサステナビリティは「規模の問題」であるとも考えています。インパクトを最大化するには大量生産に取り組まれているアパレル・ファッション企業との協業も重要です。繊維商社の豊島と協業したこちらの試作品(左)は、ベーシックで流通量の多いカットソーやドレスを対象として、「アルゴリズミッククチュール」によるデジタル直線断ちを応用しながら体の曲線にフィットするアイテムを製作しました。豊島が開発したプラスチック再生繊維と組み合わせ素材と構造の両面からサステナブルな商品を目指しました。
ー 最近では、6色の糸で作ったカラフルなニット(右)も発売しました。この着眼点は?
川崎:今のところ5つの柄が発売されている「Synthetic Feather(シンセティック・フェザー)」というニットウェアシリーズは、「Aubik」に引き続き〈HATRA〉の皆さんと共同開発したものです。このプロジェクトは、ある東京のニット工場の優れた技術に出会ったことから始まりました。5つのセーターは一見色とりどりで、バリエーション豊かなように見えるのですが、実は5着とも同じ6色の原色糸から生産されているんですね。これは、PCのディスプレイの原理と似ているのですが、多様な色を表現する際も効率よく製造可能で、糸のロスも少ないのです。グラフィックは、〈Synflux〉が開発した「アルゴリズミック・クチュール・キメラ」というAIシステムによって生成されたものです。情報環境上に漂う2000万枚もの鳥の画像をGAN(敵対的生成ネットワーク)というアルゴリズムが合成し、架空の羽毛柄を生成することができます。これから、こうしたAIシステムと職人の優れた技術を融合させ、カスタマイゼーションサービスの実装を視野にアップデートしていく予定です。
リモート開催の「サステナビリティUAサロン」に登壇、「ポストモードのためのサステナブルファッションとテクノロジー」を語る。
ユナイテッドアローズ社の社内セミナー「サステナビリティUAサロン」は、感染症対策により今回はリモートで開催された。
ー では、サステナブルファッションの勃興理由をどうとらえていますか?
川崎:2010年代後半に複数の企業が、売れ残り在庫を焼却処分したと報じられ、世界中で大炎上したこともあり、服の廃棄問題がクローズアップされたことは記憶にも新しいと思います。英国ではヴィクトリア&アルバートミュージアムでファッションの大規模展覧会「Fashioned from Nature」が開かれたりと、特に盛り上がりを見せていますよね。ヴィヴィアン・ウェストウッドやキャサリン・ハムネットを生み出したDIYパンク文化からサステナブルパンクへと舵を切ったイギリスファッションの変化に注目が集まっています。また、ロンドン芸術大学やニューヨークのパーソンズ芸術大学といった大学や研究機関でもサステナブルファッションの研究や教育が進んでいます。こうした現象から、表層のみならず産業構造から改革する必要性をファッション産業全体が取り組もうとするそのグローバルな盛り上がりを感じています。
ー ポストモードにおける次世代型サステナブルファッションのキーワードは何でしょうか?
川崎:「モードから『コード』『ミーム』『ジーン』へ」の3つの潮流があると考えています。1つ目の「モードからコードへ」は、バーチャル空間と接続した新しい行動様式と衣服にビジネス機会があると思っています。たとえば、3D CADを使ったバーチャルデザインや、「あつまれ動物の森」のような課金者が続出している注目のゲーム、バーチャルファッションが100万円で落札された〈fabricant(ファブリカント)〉のような例もあります。リーバイスとグーグルが組んだ「プロジェクトジャカード」のようなウェアラブルテクノロジーもますます台頭するでしょう。2つ目の「モードからミームへ」では、AIの情報処理が流行にどのように作用するか注目されます。たとえばアルゴリズムとデザイナーがともに生み出す形、または、パーソナライゼーションとレコメンデーションがますます重要になってくると思われます。3つ目の「ジーン」は遺伝子、DNAのことで、キノコや藻をDIYで育てて衣服を作ったり、バクテリアの色で衣服を染めたり、慶應SFCの先輩が社長を務めるスパイバーと〈ザ・ノース・フェイス〉の協業による人工タンパク質による服作りなどが事例として挙げられます。デジタルとバイオが融合することで、究極的なサステナブルファッションが生まれてくると期待しています。
ー 3D CAD(スリーディーキャド)を使った新しい服作りの可能性も大きそうですね。
川崎:型紙製作においてもコンピュータによるデザインが主流になっていきます。すでに2DのCADは汎用化、広く普及していると言えますが、CLO 3Dをはじめとする3D CADと組み合わせることで、サンプル製作やデータ流通の効率性を向上させることが期待されているのです。デザインをバーチャル上で完結させることができれば、トワル制作に必要な布の廃棄も減少させることができますよね。〈Synflux〉は、企業やデザイナーと協同するとき、クライアントやコラボレーターへのサポートも含めて全ての過程をCLO 3Dで完結させるようにしています。
また、服のデジタルデータをカタログやECにも活用することができます。データやソフトウェアを効率的に導入することで、パタンナーやデザイナーだけではなく、バイヤー、マーケター、ビジネスサイドの方々と新しい「共通言語」を共有することができるのです。その先には、VRやAR、CG映像など新たな表現や価値が広がっている領域であるとも言えます。こうした「デジタルツイン」と呼ばれる3D技術の勃興を踏まえて、ユナイテッドアローズの定番品を「アルゴリズミッククチュール」で再構築し、サステナビリティラインを新しく作るプロジェクトを妄想しています(笑)。アルゴリズムによって導き出された廃棄が少ない衣服が、日常着となっていく未来を想像するととてもワクワクします。
ー なるほど。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の重要性が言われていますが、今はサステナブルなDX、SDXがカギになりそうですね。最後に、川崎さんが標榜するスペキュラティブ・ファッションとは?
川崎:スペキュラティブとは「未来について思索する」「未来に遠く想いを馳せる」という意味があります。できるだけ遠くにボールを投げて、自分たちで拾いに行くイメージです(笑)。ファッションはこれまで、大量生産大量消費を前提とした産業構造として、人々の消費欲望を喚起するシステムとして機能してきましたが、これからはその形を劇的に変容させざるを得ません。しかし、サステナビリティの話一つにとっても、単一の正解があるわけではありませんよね。出来るだけ長期的に、出来るだけたくさんの人たちと一緒に、ファッションの未来について考え、作っていかなくてはならない時代が今なのだなと思っています。そうした時に、「美しさ」も含めたファッションの文化的特性を重要視しながら、AIやバイオテクノロジーを駆使しつつ、次代のファッションを作り上げていく。そのために、〈Synflux〉は、面白い技術や人材、作品が集まる「プラットフォーム」として、サステナビリティの問題に取り組みたいと考えている皆さんとより良い協業ができるように活動を続けていきます。
INFORMATION
PROFILE

川崎 和也
スペキュラティブ・ファッションデザイナー/デザインリサーチャー/Synflux主宰/早稲田大学講師
1991年生まれ、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクスデザインプログラム修士課程修了(デザイン)。バイオマテリアルの可能性を模索する「バイオロジカル・テイラーメード」、機会学習のアルゴリズムとの共創を目指す「アルゴリズミッククチュール」などを行う。主な受賞に、H&M財団グローバルチェンジアワード特別賞、文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品選出、Dezeen Design Award Longlist、STARTS PRIZE、WIARD Creative Hack Award、YouFab Global Creative Awardなど。オランダ・ダッチデザインウィーク/南アフリカ・デザインインダバ招待作家。主要な展示に「Making Fashion Sense (2019、Basel)」、「現在地:未来の地図を描くために(2019、金沢21世紀美術館)」など。編著書に『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』(BNN新社、2019)がある。