ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

ヒト  <未来をつくるキーパーソン。Vol.3>

2021.01.14 THU.

サステナビリティこそクリエイティブ。メディアを通じて環境危機に警鐘、先進事例を広める。

ファッションメディア「WWDジャパン」でサステナビリティ分野を担当している廣田 悠子さん。デザイナーの取材やコレクションレポートがしたくてこの世界に飛び込んだという彼女はなぜ華やかなランウェイを離れ、持続可能な素材を選ぶことの大切さや循環型デザインの実現を提言する道を選んだのでしょうか?ユナイテッドアローズ社の社内セミナーと追加インタビューを通じて、先駆的な企業・ブランドや注目素材について聞きました。

Photo:Keisuke Nakamura
Text:Kumi Matsushita

「WWDジャパン」の紙面やWeb、セミナーで多彩に情報を発信。

―廣田さんが気候変動やサステナビリティの分野に興味関心を持ったきっかけは何だったのですか?

廣田:海にも山にも恵まれた石川県で生まれ育ち、ロンドンに留学していた2003年にテート・モダンでアートを通じてエコロジーの世界を表現するオラファー・エリアソンの「ウェザー・プロジェクト」展を見て、人工物と地球環境への興味を深めました。その後、INFASパブリケーションに入社し、最初は「ファッションニュース」、その後、「WWDジャパン」でコレクションを担当しました。そんな中で2014年に「サステナビリティって何?」という特集を担当し、〈ステラ マッカートニー〉など業界のけん引役やその考え方を紐解いたことで、地球温暖化の問題やエシカルなモノづくりの重要性に気付きました。素晴らしいクリエイションをレポートすることにやりがいを感じていましたが、毎シーズン、出張し、現地からショーを速報し、トレンドをまとめてレポートし、その後、セミナーで講演するのは過酷な仕事で、よく体調を崩していました。そして17年夏に倒れてしまったのですが、打ち所が悪かったら死んでいたかもしれないと思ったら、この働き方は持続不可能だなと思って…。取材を重ねるたびにファッション産業自体がサステナブルではないとも気づき始めていたので、2018年の年明け早々に編集長に「WWDジャパン」にサステナビリティの分野が必要ではないかと相談して5月に専門の担当職を新設してもらいました。あわせて環境への影響が大きいテキスタイルの分野も担当することにしました。持続可能な社会を実現するためのイノベーティブな素材や企業に多く出合い、トレンドやデザイン以上に、今はサステナビリティこそがクリエイティブだと実感しています。

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―「WWDジャパン」「WWDJAPAN.com」ではニュースや特集、連載、最近では小泉 進次郎環境大臣も登壇したセミナーなどを通じてサステナビリティの重要性や各社の取り組みなどを発信していますね。

廣田:単発のニュースや、テキスタイル見本市の「プルミエール・ヴィジョン」や「ミラノ・ウニカ」などを取材して技術や施策を紹介してきたのですが、2019年11月に「GO SUSTAINABLE or LOSE YOUR BUSINESS」のタイトルを冠した特集を組んだところ大きな反響がありました。昨年8月からはトランスペアレンシー(透明性)をテーマに毎月特集を組んでいます。Webの「WWDJAPAN.com」でもサステナビリティのタブを作って過去記事にもアクセスしやすくしたり、〈パタゴニア〉の連載やキーパーソンへのインタビューなどコンテンツを拡充したりしています。サステナビリティは温暖化物質の排出削減や商品廃棄問題の解決、労働者の人権や動物福祉などに配慮したエシカルなモノづくり、バイオマテリアルやケミカルリサイクルなどのテクノロジー分野の知識も必要になってきますし、媒体がBtoB、BtoCの両方の読者を持っているので、専門的な難しい話にも興味関心を持ってもらえるようにどう柔らかく伝えるかに苦心しています。
12月には〈グッチ〉や〈バレンシアガ〉などを擁するケリングをスポンサーに迎え、サステナビリティサミットをオンライン開催しました。きっかけは19年10月に中国で行われた「K Generation Talk&Award Ceremony」の取材でした。フランソワ・アンリ・ピノー会長兼CEOの強い意志のこもったメッセージや、ラウンドテーブルで中国の若い記者たちが知識や興味関心を持って活発に質疑応答している姿を見て衝撃を受けましたし、このままでは日本はますます遅れをとってしまうという危機感も抱きました。奇しくも巨大台風で飛行機が飛ばず延泊をせざるを得なくなり、担当者の方とじっくり話す中で、日本でもイベントやセミナーを開きましょうと意気投合し、1年越しで実現したものです。


サステナビリティ分野の注目企業は?

―ファッションパクト(協定)の旗振り役でもあり、EP&L(環境損益計算書)なども開発した「ケリング」ですが、先進企業として学ぶべきことは何ですか?

廣田:トップのピノーCEOのサステナビリティを最重視した経営手法です。「ラグジュアリーとサステナビリティは同一である」という強いメッセージを発信しながら、トップが旗を振り、投資も人員も投入しながら、外部とも連携しています。グループで専任スタッフが50人以上いて、スタートアップ系企業119社と協業しています。複数のパイロットプロジェクトを展開し、成功事例を広げていくというプロセスや、オープンソース化して自社だけでなく業界に広げようとするスタンスも素晴らしいと思います。彼らがサステナビリティ先進企業に躍り出た大きなきっかけが、EP&Lというツールの開発でした。自分たちの経済活動による環境負荷を数値化し可視化するもので、それをもとに削減目標に向けて数値や期限を具体的に設けて取り組んでいます。しかもそれを自分たちで囲い込まず、方法を開示しています。また、2019年にパリで開催されたG7サミットに合わせて、仏マクロン大統領から依頼を受けて、「ファッション協定」のイニシアチブをとり、「気候変動」「生物多様性」「海洋保護」を3本柱に掲げて実践的に目標の達成を目指しています。ちなみに服は自然由来の資源にとても依存しているので、実は自然を守るために生物多様性が深くかかわってきます。2021年にはCOP15(生物多様性条約の15回目となる締結国会議)が開催予定で、生物多様性にスポットが当たります。そんな中、自然の力の回復に繋がる環境再生型農業に取り組む企業も増えているのですが、そこでも〈ケリング〉は先行していて、百万ヘクタールもの森を再生するプロジェクトも推進しています。農業の過程やその土壌自体でCO2を吸収したり、微生物を生かしたり、食糧問題の解決なども図ろうとしています。

―サステナブルな活動で注目している企業をあと2つ挙げるとしたら?

廣田:〈パタゴニア〉と〈H&M〉です。〈パタゴニア〉は90年代にサステナビリティを本格化した先進企業でそのアクションを見ているととても参考になります。また、理念そのものやスローガンを社員のみなさんが理解して、それを達成するために自分は何をすべきか考えて行動しているという点がとても興味深いです。お店でもスタッフの方々がものすごくサステナビリティや商品などについてもお詳しいですし、店頭からコミュニティを作っていくという姿勢やモチベーションがとても高いですね。もともとアウトドアブランドで、自然を傷付けない、大切にする意識が高い上に、副社長だった方が現在フィロソファー、直訳すると哲学者という肩書を持ち、理念の浸透を社内外で図り続けています。2012年にはB Corp認証を取得し、2018年には「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」にスローガンを変更。環境再生型農業にも取り組んでいます。
〈H&M〉は「コンシャスコレクション」というカプセルコレクションを毎シーズン発表し、今後量産化されるであろう先進サステナブル素材を意欲的に使用しています。また、創業家が出資する「H&Mファウンデーション(基金)」では、毎年、賞金総額1億円の「グローバルチェンジアワード」を開催し、サステナビリティやイノベーションを実現するアイデアやスタートアップの育成支援も行っています。循環型の仕組みづくりにも積極的で、古着の回収やリサイクル素材の使用などを行う「クローズド・ループ」や、レンタルサービスを取り入れるなど、ファストファッションでありながらスローファッションにも挑戦していて、考え方なども参考になります。


資源節約、非有害物質、透明性がカギを握る。

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―では、廣田さんが考える、サステナブルな素材やモノづくりとは?

廣田:専門家ではないので、取材している中で感じていることになるのですが、「新しい資源を使わずに作ること」と、加工や排水なども含めて「有害な物質を使わないこと」が2大テーマだと思っています。新しい資源を使わず、サーキュラーエコノミーを実現してリサイクル素材を使うことで、調達時にかかるカーボンフットプリントが削減できますし、ゴミが減ります。有害物質を使わないことも含めて、自分たちがどこでどんなものを使って服やファッションアイテムを調達しているのか、しっかりとトレーサビリティ(追跡可能性)を確立して、透明性を高めることが、サステナビリティにも、お客さまからの信頼にも、さまざまなリスクから企業を守ることにもつながると考えています。もちろん商品が魅力的であることは大前提です。もう一つ、マイクロプラスチック問題も大きな課題ですね。


「サステナビリティUAサロン」で循環型の重要性や注目の素材・技術を紹介

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4_20201224-_MG_6464ユナイテッドアローズ社の社内セミナー「サステナビリティUAサロン」は、感染症対策により今回はリモートで開催された。

―具体的にサステナブルなモノづくりを推進するのに役立ちそうな、注目の素材やメーカー、その特徴や将来性などを聞かせてください。

廣田:まずポリエステルでは伊藤忠商事の「レニュー(RENU)」と、日本環境設計の「ブリング(BRING)」です。服の多くにポリエステルが使用されている現状の中で、それをゼロにすることは難しい。だから、服をフルに回収して、きちんと再生することはとても重要なんです。しかも、ポリエステルを分子レベルにまで分解して再利用するケミカルリサイクルについては、世界でも日本が技術をリードしている分野でもあります。とくに「ブリング」はいろいろな小売業などと組んで、服を回収して、素材として提供したり、商品として販売したり、サーキュラー型の仕組みを構築してグッドデザイン賞も受賞しています。ちなみに、工場の廃棄ゴミを使ったリサイクル素材なども増えていますが、ワインやグラッパの製造過程で出たブドウの皮を使った人工皮革の「ベジェア(VEGEA)」や、オレンジの搾りかすを使った「オレンジファイバー(Orange Fiber)」、パイナップルの葉由来の「ピニャテックス(Pinatex)」など、従来はゴミと言われていたものからも繊維や服ができます。地球上にゴミはなく、すべて資源だという意識を持つことが大切です。

―海洋保護という意味では、海洋ゴミを回収して服や靴などの素材として活用する流れも台頭していますね。

廣田:はい。イタリアのアクアフィルが開発した「エコニール(ECONYL)」を中心としたナイロンのケミカルリサイクルにも注目しています。アクアフィルは海洋ゴミの中でも回収した漁網や使い古したカーペットや服などからリサイクルナイロンを作っています。この「エコニール」は〈グッチ〉〈バーバリー〉〈H&M〉などが採用していることに加え、〈プラダ〉がアイコンであるナイロンバッグをはじめすべてのナイロン製品を2021年末までに「エコニール」に切り替えると発表したことでも注目を集めています。海洋ゴミやリサイクル素材には不純物が多く含まれていて、かつては1度しか使えず使い捨てることも多かったのですが、アクアフィルが開発した技術で何度もくり返し使用できるようになったり、有害物質不使用を実現したりするなど、イノベーションが進んでいます。

―天然系で注目の素材や企業は?

廣田:セルロースですね。スタートアップ系企業も多く登場しています。中でも「テンセル」「リヨセル」の商標で知られる最大手のレンチング・グループは、コットン製の古着を原料の一部にした「リヨセル」を発表しました。コットンやセルロース繊維はリサイクルを経ると劣化して繊維長が短くなってしまうのですが、この課題を克服しました。そして、セルロース繊維である意味無限ループで作れるようになったという、スピノバにも注目しています。レンチングも設立当初から出資する、フィンランドの名門研究所VTT(フィンランド技術研究センター)からスピンアウトしたスタートアップ企業です。スピノバ社は木材パルプだけでなく、小麦や大麦、わらなどの農業廃棄物の繊維質からもセルロース繊維を製造でき、しかも、有害物質を使わないという点や、服から服へのループがしやすい点などから、世界から視線が集まっています。〈マリメッコ〉との協業も好評でした。


タンパク質の可能性は無限。

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―日本企業では、遺伝子を微生物に組み込んで発酵させて作り上げる人工たんぱく質素材「ブリュード・プロテイン」を手掛けるスパイバーにも期待を寄せていますね。

廣田:はい。人工タンパク質は可能性の宝庫で、20種類のアミノ酸の組み合わせ次第でさまざまなものや機能が作り出せるんです。2007年に設立したベンチャー企業なのですが、味の素や東レ、帝人など日本の発酵技術や繊維技術をけん引してきたベテラン技術者が、世界各国から集まった若手研究者とともに知恵を出し合いながら共に研究開発に当たっています。〈ザ・ノース・フェイス〉とムーンパーカを作ったことで注目されましたし、アデランスと毛髪を開発したりもしています。技術力以外にも、人類が幸せに生き続けるためには何が必要か、良い循環を生むにはどうしたらいいのかなど、関山 和秀代表の考え方も素晴らしくて。働くスタッフの給料も自己申告制で社員全員に開示されていたり、保育園を設けて、7割が社員の子ども、3割は地域の子どもを受け入れて、幼少時代からサステナブルな世界を追求するための教育をしたりもしています。

―最後に、ユナイテッドアローズ社への要望や提案などをお聞かせください。

廣田:日本を代表するセレクトショップのリーディングカンパニーとして、サステナビリティの旗振りをしてほしいですね。上場しているのでESGへの取り組みも不可欠です。サステナビリティに取り組むと、確かにコストもかかるし価格も高くなりがちですが、きちんと対応したほうが企業価値が上がります。そのまま安いものを作り続けたら、将来訪れる代償が大きくなるでしょう。わたし自身、書いているだけではなく、もっと主体的に問題解決に当たっていきたいとも考えはじめています。ファッションを提供し楽しんでいる私たちは、加害者でもあり、被害者でもあるんです。冒頭にも話しましたが、サステナビリティの追求は本当にクリエイティブでワクワクします。もう見た目でクリエイティビティを打ち出すのは正直難しいです。何で作られたか、どう作られたか、ものづくりの背景に注目が集まってくる時代に備えるべきだと思っています。

PROFILE

廣田 悠子

石川県小松市生まれ。千葉大学卒業。2006年にINFASパブリケーションズ入社。パリやミラノ、ニューヨークや東京のコレクション取材を通じてウィメンズのトレンド分析や、デザイナーや経営者インタビューを手掛けるほか、セレクトショップ、百貨店、シューズなどの分野を担当。18年5月からサステナビリティとテキスタイルの担当記者として取材・執筆を行う。https://www.wwdjapan.com/

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