
ヒト
2020.04.23 THU.
謎多きクリエイティブユニットILL-STUDIOとは?
今世界中が注目する彼らの全貌に迫ります。
ルイ・ヴィトン、エルメス、ナイキ、そしてシュプリーム。これまでオファーを受け、仕事を手がけてきたブランドのラインナップを見ただけでも〈ILL-STUDIO(イル・ストゥディオ)〉のクリエーションがいかに世界各国で高い評価を得ているかがわかります。しかしながら、アートディレクションから出版、キュレーション、デザイン、インスタレーション、さらには企業やバンドのクリエイティブ戦略の構築まで、彼らのプロジェクトがあまりに多岐にわたっているため存在そのものがベールに包まれていました。そこで、今回〈ユナイテッドアローズ&サンズ〉とのコラボレーション実現を機に、共同創業者であるトマ・シュブレヴィル氏(写真左)とレオナール・ヴェルネ氏(同右)にインタビュー。パリにある彼らのアトリエにて、知られざる〈ILL-STUDIO〉のクリエーションの本質に迫ってきました。
Photo:Shunya Arai(YARD)
Text:Kai Tokuhara
―最初に、トマさんとレオナールさんが2人で〈ILL-STUDIO〉を立ち上げた経緯からうかがえますか?
トマ:僕とレオナールは15年ほど前にスケートボード雑誌で一緒に仕事を始めました。その後、様々なカルチャー雑誌を手がける過程で写真や映像などのプロジェクトを依頼されるようになり、そういった多様なクリエイティブ活動と日々向き合い、常に新しい分野にチャレンジするために〈ILL-STUDIO〉を立ち上げました。そして写真、映像、企画、アートディレクション、コンサルティングなど、多岐にわたる活動を2007年から続けています。
―どのようなコンセプトのもと、活動されているのでしょうか。
トマ:僕たちは音楽、ファッション、スケートボート、アート、デザインなどあらゆるクリエーションに興味があるという共通点がありました。ただ、それらの個別な専門教育を受けた事はありません。なぜなら全てをやりたかったから。そして2人で〈ILL-STUDIO〉を作ることがその実現への唯一の道だったと言えます。フランスではあらゆる物事がカテゴライズされがちです。モードを志向する人はモードを、デザイナーはデザインを、ミュージシャンは音楽作りを、といったように。〈ILL-STUDIO〉はそのどこにも属しません。常に志しているのは、自身が興味を持つ全ての物事をクリエイトできる構造作り。だから近い将来どうありたいかなんて僕たちでもわからない(笑)。常に“冒険”に出ているイメージですね。
―〈ILL-STUDIO〉という名前にはどのような意味が?
トマ:実は元々一緒に作っていたスケートボート雑誌の名前が《CHILL》でした。そしてプロジェクトを立ち上げるにあたって、急いで名前を決めなくてはならなかったのでそのCHILLから単純に頭のCHを取って、ILLを残しただけなんですよ。
レオナール:そうそう。だから特にその名前にこだわってもいなかったのでいつか変えようと思っていたのですが、〈ILL-STUDIO〉という名前ですでに多くのプロジェクトが知れ渡ってしまったので時すでに遅し、変えることができなくなったというのが本音なんです(笑)
―創作活動において、それぞれどのような役割を担っているのですか?
レオナール:お互い得意分野は常に変化しているので、役割を固定しないことが〈ILL-STUDIO〉の進化に繋がると思っています。2人で常に影響を与え合いながら、プロジェクトごとに役柄を変えていきます。
トマ:それでいて、自身の欠点を意識し、重心を置いているように思います。そこがとても重要というか、僕たちが独学で知らなかったことを受け入れていくスタイルであることはさきほどもお話しましたが、だからこそできないこともわかってくるんです。できないことはやろうとしない。2人の中でその考えをしっかり共有できていることが〈ILL-STUDIO〉の特徴の1つと言えますね。
レオナール:そう、必要に応じて各分野のスペシャリストたちと仕事をする。若い頃から雑誌やスケートボードなど何かを自発的に作り出すというバックグランドがありますが、ある分野においては僕たちよりも優れたクリエイティビティを持った人たちを起用し、僕ら自身はアートディレクター的役割に徹するほうがより良い作品を作れることも多いのです。だから映像、音楽、展覧会、本の出版などプロジェクトによってチームは変わります。
―お2人は、どのようなカルチャー、あるいは日常のシーンからインスピレーションを得ているのでしょうか。
トマ:答えはとても広いですね。なぜならインスピレーションはあらゆる方向からやってきます。それにいつ来るかもわからない。夜、家でリラックスしている時かもしれないし、朝スポーツをしている時や道を何気なく歩いている時かもしれない。旅行中に、ということもあるでしょう。だから、ある意味では常に自由というか、無理に「ここでアイデアを得よう」とするのではなく、アイデアは世界のどこにいて、何をしている時でも得ることができるというフレキシブルな考えを持つことが大事だと思っていますよ。
―クリエーションの過程で最も大切にしていることは?
レオナール:重要なのは固定概念を捨て、全てを自由に混ぜること。それと常に違う分野と分野を行き来し、変化していく柔軟さ。最新の僕たちのプロジェクトである“GENERAL INDEX”や、〈ユナイテッドアローズ&サンズ〉とのコラボレーションもこれまでの〈ILL-STUDIO〉で生み出さなかった新しい試みと言えます。
トマ:レオナールが言ったように、〈ILL-STUDIO〉にとって大事なことは総合性。もしモードの仕事しかしなくなったらそれは悲しいことですし、同様に音楽だけでもつまらない。僕たちが最も心地良さを感じるのは、例えばユナイテッドアローズ&サンズとの取り組みをしながら別のコレクションブランドと仕事をし、一方では好きなミュージシャンのライヴのアートワークを手がけ、展覧会もしている……といった具合にあらゆるクリエーションを同時に進行している時なんですよ。
Photography series. Part of “O!“ group exhibition curated by Leica, November 2019, Kukje Gallery, Seoul
“Parabola“ installation during “Post-Postmodernism“, an exhibition by Ill-Studio, June 2019, CNLAB, Tokyo.
“ADDPMP“ video installation, January 2020, Slam Jam, Milan.
―これまでのキャリアで心に残っているプロジェクトは?
レオナール:う〜ん、絞ることはできないなあ(笑)。なぜならトマも僕も子供がおもちゃ屋さんにいる時のように、全てのプロジェクトにおいて自由に、多彩に遊ぶことができていますからね。
トマ:そして最近、“GENERAL INDEX”が加わり、さらに子供の頃や思春期のような気持ちで生き続けられています。誰もが幼い頃に学校で「君は大人になったら何がしたいの ?」と聞かたと思うけれど、僕たちはその問いに答えることを拒否し、大人になっても何をするかはわからないと答え続けた。だって、“選ぶ”ということは1つの世界に閉じこもり、カテゴライズされることで、そんなことは望まない。いかなる時でも自由を維持したいんです。
(Left)“Incomplete Inventory“ a book by Ill-Studio in collaboration with Deewee. 2019.
(Right)“Foreword“ t-shirt. An introduction to General_Index. 2019.
“Neapolis“, a book by Ill-Studio. 2014.
レオナール:僕らは1つの職業なんて選ばない。常に学び、挑戦を続け、進化したいから。
トマ:そう! 興味があるのはすでに成し遂げたことがあるものではなく、まだやったことが無いこと。今回〈ユナイテッドアローズ&サンズ〉とのプロジェクトでコスチュームを作ったけれど、僕らが服作りをするのは初めて。だからクールなことだと思ったんです。
―常に様々なプロジェクトを同時進行する中で、壁にぶつかったり頭の中が混乱することはないのでしょうか。
レオナール:もちろん、いかなる時もその問題には直面します(笑)。とはいえ、そういったコンフューズ状態が好きだというのもまた事実。
トマ:言語の違い、話し方の違い、コードの違い、文化の違い、技術の違い……といったような別世界の物事を常に自分たちの中でごちゃ混ぜにしながら、咀嚼してクリエーションに落とし込んでいく作業は簡単とは言えないけれど、それでも1つのことにフォーカスするよりもはるかに楽しいですから。
―自分たちの作品性と、クライアントからの要望。1つのプロジェクトにおいてそれらのバランスをどのように保っているのでしょうか。
レオナール:そのバランスはそれほど難しいことではないですね。これまでの仕事や経験で、頭の中に存在する両極端な部分をきちんと構造化して発信することを覚えました。子供が遊ぶように自発的にアイデアを発信すると同時に、クライアントが何を求めているかも真剣に受け止める。作品によってそのどちらの部分をよりアクティブにするか、というだけですね。
トマ:その通り。常にいろんなことをしたい欲求があっても、正確にオーガナイズされた仕事でないとうまくいかないもの。だから僕たちは常に子供のように夢を見ている反面、真面目で勤勉さもある。創造的なだけでは何も世に生み出すことはできないし、地に足のついた状態できちんとコントロールしてこそ良いクリエーションを発信できるのです。だから僕たちはプロとしての“二面性”をきちんと備えることも意識していますよ。
―〈ユナイテッドアローズ&サンズ〉とのコラボレーションについてもお聞きします。今回どのような経緯でこのプロジェクトが実現したのでしょうか。
トマ:〈ILL-STUDIO〉が仕事という領域で常に優先するのは、“物語を作る”こと。僕らのプロジェクトには全てストーリーが存在し、そこに付随する名称があります。今回のコラボレーションは、まずPoggy(小木“Poggy”基史/ユナイテッドアローズ&サンズ アドバイザー)とShin(増田晋作/同バイヤー)が僕らのところにやってきて、「新しいコレクションを作ることに興味がないか」と。僕は即座に「もちろんOK」と答えたけれど、同時に、ただ単に服を作るのではなくそこにストーリーや意味をもたせることが何より重要なことだと伝えました。服とプレゼンテーションが乖離するものではなく、服そのものが物語の一部にならなければと。そして僕たちが提案したアイデアを彼らは好んでくれて、このコラボレーションがスタートしたのです。
―それはどのようなストーリーですか?
トマ:コレクション名は“Pale Blue Dot”。それは1990年に人工衛星ボイジャー1号によって撮られた地球の写真の名称で、現在までで最も遠い約60億km彼方から地球がとらえられています。そしてその撮影に大きく影響を与えたと言われているアメリカの天文学者カール・セーガンが、1994年に発表した著書『Pale Blue Dot(邦題/惑星へ)』からも多大なインスピレーションを受けています。なぜなら、彼の科学的でありながら詩人的でもある独自の視点に深く興味を持ったからです。だから今回作ったジャケットとパンツのシルエットには科学と詩的な世界を行き来するセーガンの思考から得た着想を込めていて、ジャケットの裏地にはセーガンの文書を施しています。またプリントシャツに使っているのは“星”のイメージ。すなわち私たちの星である地球。それをポピュラーなグランドキャニオンで表現しました。このような詩的なイメージを、あえて現実的かつ地に足のついたコスチュームであるシャツに投影することで生まれる不調和も僕たちの考えるセーガン的視点なのです。
―今後の活動の展望もお聞かせください。
レオナール:僕たちは 12年かけてこの〈ILL-STUDIO〉を発展させてきましたが、個人的なプロジェクト、コラボレーション、そしてブランドの仕事などのより商業的な仕事をうまく混在させてきたけれど、今後は〈ILL-STUDIO〉での活動はもちろん行いつつ、そこから切り離してよりパーソナルな関心事を探求するためのプロジェクトもやっていくつもり。まさに人工衛星のボイジャー1号が“星”からじわじわと遠ざかっていくように。さきほど話した“GENERAL INDEX”もまさにその一環となるプロジェクトですね。
―さきほど“常に頭の中がコンフューズしている状態が心地良い”とお話されていましたが、日々のライフスタイルの中で何も考えない時間はあるのでしょうか。あるいはそのような時間を作るようにしていますか?
レオナール:それはかなりの努力をしないと作れないですね(笑)
トマ:そうそう。“何も考えない”ことが一番難しいから。とはいえ、以前に比べるとかなり情報の流れを抑制できてはいるから、蛇口を完璧に閉じることは難しくてもある程度考える物事をコントロールできてはいますね。ただ、やっぱり何も考えない日が2、3日続くとすぐに何かが足りなくなります。時々過剰ではあるけれど(笑)、結局のところたくさんのプロジェクトに追われていることこそ僕たちの喜びなんですよ。
INFORMATION
PROFILE

ILL-STUDIO/イル・ストゥディオ
スケート雑誌を共に手がけていたトマ・シュブレヴィルとレオナール・ヴェルネによって2007年にパリで設立。2人ともアートやデザインの専門教育を受けず、ほぼ独学でクリエイティブシーンに身を投じながら、その先鋭的なクリエーションで若い世代に絶大な影響を与えている。近年は有名大学でのカンファレンスなどに参加することも多く、作品のいくつかはフランス国立コレクションにも加わっている。