
ヒト
2020.07.28 TUE.
ショップの“顔”を作る。ユーモアと遊び心で、「響く」をカタチに。
お客様と直接触れ合うショップで、ビジュアルを通じたコミュニケーションを構築するビジュアルマーチャンダイジング(以下VMD)の仕事。現在は、<ザ ステーション ストア>でVMDを担当する岡﨑 聡さんは、4年ほどの販売職を含む足掛け17年もの長きにわたってこの職種に携わっています。今新たな生活様式に直面し、実店舗のあり方が問われる中で、その運営に不可欠なVMDの重要性も含めて、さまざまなお話を伺いました。
Photo:Shinji Serizawa
Text:Masashi Takamura
販売職からVMDの世界に飛び込んだきっかけとは。
ー入社する前は、靴ブランドにいらっしゃったと聞きました。ファッション業界への思いの源泉は?
学生時代は、服飾のスタイリストを目指していました。アメカジ全盛期、兄の影響もあって、買い物に連れ回されるなどして洋服に触れているうちに、その格好よさに目覚めました。その中で、自分でコーディネートを組む面白さに気づき、ファッションを仕事にできたらと思ったんです。最初にこの業界に入ったときは靴を取り扱うブランドでしたが、アパレルへの興味がより強くなり、中でも「セレクトショップならば、絶対ユナイテッドアローズ」という思いもあって、販売のアルバイトからここでのキャリアをスタートしています。
スタイリストに憧れていた自分を販売の道に導いてくれたのは、当時面接をしてくれた先輩社員の方でした。販売職の地位向上を掲げている中で、「販売員は、店舗にとってのスタイリストだと考えてみたらどう?」と言われて、それならば自分でもやれそうと思えました。
ー入社当時は、販売員だったのですね。VMDの世界に入ることになった経緯は?
昔は小規模でしたので、販売員も一人で何役もこなさなくてはならない時代。その中で、VPのスキルがある美意識の高い諸先輩方から、ディスプレイを含めて、何でもやらせてもらえたのが大きかったですね。当時は、会社的にも、VMDというジャンルに関しては手探りの状態でもあったので、そういった部分で販売員だった自分にもチャンスがあったんだと思います。また、そのタイミングで、自分が「師匠」として尊敬している女性の先輩が、外部から入社してきたのもいいきっかけで、彼女のもとで数年働きましたが、とても刺激になりました。
ショップの顔となる、VMDという仕事とは。
ー岡﨑さんが手掛けているVMDの仕事内容は、どういったものでしょうか。
一般には、陳列する量や内容など、ショップ全体の構成を考える仕事です。ビジュアルプレゼンテーションと呼ばれる内容も兼ねていて、その時々の商品展開に合わせて、店内外のビジュアルを作り上げます。現在担当している<ザ ステーション ストア>は、いわゆる「駅ナカ」の店舗なので、ショーウィンドウを基本持たないのですが、それに類する入店の仕掛けや、買い回りのディスプレイなどのビジュアルを構築するのがメイン業務です。
ーブランドにとってVMDとは、どういった役割でしょうか。
ブランドの“顔”だと思っています。大げさかもしれないですが、ウィンドウのディスプレイやトルソやマネキンの着せ込み、エントランスなどが乱れていると、このブランドは大丈夫かな? と思ってしまいます。そういう部分をまじまじと見るのは、私のような同業者の人だけなのかもしれませんが(笑)。でも反対に、そう見られているかもしれないと思うと、自分の仕事にも精が出ますね。
ー長くVMDに携わっている岡﨑さんが、大事にしていることはなんですか?
お客様に対して「売る」仕掛けではなく、「響く」きっかけを作る、ということです。もちろん、ブランドとしては「お買い上げいただく」ことはとても大事なことですが、ビジュアルにおいても「売れるため」を掲げてしまうと、見え方として、どうしても「上から目線」だったり、「ひとりよがり」だったり、ということもあると思うのです。それでは、お客様の視点が抜けてしまいます。こうした発想は、やはり「師匠」から教えてもらった部分でもあります。
ーそのために重視していることはなんでしょうか。
できるだけ、ユーモアを入れるようにしています。これは、私が尊敬するサン・アドという制作会社のアートディレクター、葛西 薫さんがとある講演で述べられていたんですが、「人は、自分の知らないモノやコトには気にかけないけれど、知っているモノやコトの、違う姿を見たときに心が揺さぶられる」と。この言葉は、自分のクリエーションにも影響を与えています。
周知されているようなことでも、角度を変えれば、新しい姿が見える。ステレオタイプになりがちな商材でも、ユーモアや遊びを入れることで、新鮮味は増すと思います。
ーその中でのご苦労があれば、教えてください。
ユーモアのブレーキを踏まないといけないことですね(笑)。ときとして真面目な商材もありますから。アクセルは頼まれなくても踏み込むんですが、ブレーキは少し苦手ですね(笑)。普段から意識的に気をつけています。
販売職出身ならではの気づきと、VMDならではのやりがい。
ーこれまでVMDとして、印象的なこともあったと思います。
ディスプレイ用に制作した非売品に対して、お客様から「これください」と言われたことがありました。もちろん、その瞬間は、売り物でなくてすみません、という申し訳ない気持ちがあるのですが、店舗のビジュアルやセンスを褒めていただけてるという風にも思えて、後からこのプレゼンテーションをやって良かったなとうれしさが込み上げてきます。
そして、一番うれしかったエピソードは、今担当している、いわゆる「駅ナカ」に構えている店舗であることがきっかけで生まれたエピソード。駅というのは、「待ち合わせの場」でもありますよね。何十年ぶりに再会するご友人同士が、私たちの店舗の前で待ち合わせの約束をしてくださったんだそうです。そこで、ディスプレイがあまりに気に入ったので、おふたりで記念撮影をされたと。そのシャッターをスタッフが頼まれたそうで、あとからその報告を受けましたが、非常にうれしく思いましたし、それは、VMD冥利に尽きる話だなと、大切にしています。
ー販売員を経験したことも生かされていますか?
そうですね。やはりVMDのクオリティは、スタッフのモチベーション向上にもつながると思っています。加えて、陳列の設計に関しては、見栄えを保ちつつも簡単にスタッフが設営できるかにも気を配っていますね。反対にVMDとなった今、販売スタッフのときにこうしておけば良かったな、という気持ちになることもあります。いずれにしても良い経験でした。
「響く」ディスプレイを生むためのユーモアや遊び心の源とは。
ーアイデアの元になっているものは何かありますか?
写真集や、弊社の過去の制作物も見ていて面白いですね。歴史を感じますし、改めて先輩方の素晴らしさも感じます。当時は販売員が何でもやっていた時代…。とある店舗の名物スタッフが、クリスマスの時期に、おもむろに店内の赤いアイテム…ダッフルコートやニット、キャップなどをすべて集めて重ね始めて、ものすごく山の高いツリーを作ったんです。店内にあるものだけで、クオリティの高いものを生み出す。何もなくても、創意工夫ひとつでインパクトを残せるのが素晴らしいなと。そういうちょっとした感動も現在のクリエーションに生かせたらと思っています。
マネキンひとつとってもポージングや表情、装飾など、奥深い。さまざまなビジュアルブックを見て、ディスプレイアイデアの参考にしています。
昔のカタログは、今見ても素晴らしいなと感じるところがあります。広告やカタログと店頭が連動していたり、いろいろな仕掛けづくりが面白い。
先輩方から受け継いだディスプレイの写真を収めたアルバム。創業から変わらない、トラディショナルな提案を振り返りながら、初心にかえることも。
センスを養う、プライベートタイムの過ごし方。
ー最後に、プライベートのことについてお聞きします。休日には、何をされていますか?
今でも街を探索することは好きで、よく街に出るんですが、やっぱり一番見るのは、ディスプレイ周り。職業病ですね(笑)。新しい発見はいくらでもあります。
それと、ラジオが大好きなんです。実は、小学生の頃からヘビーリスナーで(笑)。特に好きなのは、クリエイティブディレクターの野村訓市さんがナビゲーターを務める番組。彼の言葉は、さまざまな経験を通したもので、重みも感じます。ラジオというのは、末端なニッチ情報から、最先端の情報まで幅が広いんですよね。視覚に訴える仕事をしているからか、聴覚だけで楽しませてくれるラジオ番組からも、「視点を変える」という意味で、新しい発見をすることがあります。
また、クオリティの高いモノマネ芸人の動画は、かなり好きでよく見ています。有名な人物の固定されたイメージを、その芸人が覆すことで新しい発見が生まれる。そういう面白さがあります。「角度を変えると面白い」というのを、本質的に実践しているんだなと思って見ています。こじつけかもしれませんが(笑)。結局、どれも仕事に結びついていますね。
iPhoneのアルバム内に街で目に留まった店頭ディスプレイや照明周りなど、装飾物の写真を撮りためています。
ー今店舗のあり方が変わってきていると感じますが、今後はどう変わっていきそうですか?
私が今携わっている<ザ ステーション ストア>は、毎日利用するような通勤ルートにある店舗ですが、今までとは明らかに生活導線が変わっています。私はむしろ店舗の重要性が高まっていると思っていて、少ないチャンスでどれだけホームランを打てるか。そういう意味で、新環境に寄り添って、あくまでもお客様目線の「響く」ディスプレイを心掛けていきたいです。
INFORMATION
PROFILE

岡﨑 聡
1975年神奈川県生まれ。1996年にユナイテッドアローズ 有楽町にアルバイト入社。販売職を経験したのち、2003年より、ビジュアルコーディネートに携わる。2009年に一度、店舗勤務となり、2013年からVMDに。学生時代から続けているサッカーも愛好しており、フットサルも趣味のひとつ。