ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

ヒト

2020.12.03 THU.

都市から都市へ。たゆたうことがもたらす、イラストレーター・松本 セイジの作品づくりの無限の可能性。

動物や人物といったありふれたモチーフを、ごくシンプルなタッチで、愛らしく、軽やかに描く。その親密な作風にコアなファンの多いイラストレーター・松本 セイジさん。大阪に生まれ育ち、アーティストを志し、ニューヨークへ。日本に戻ってきてからも、東京〜福島と、ひらり身軽に活動拠点を変えながら、作品づくりにたゆまず没頭してきました。ひとところにとどまらず、土地土地のインスピレーションを糧に。それはいうなれば、地場をなす“ヒトとモノとウツワ”の力を信じるがゆえ。そんな松本さんのこれまでと現在を紐解くため、高円寺のカフェ・ギャラリー「CLOUDS ART+COFFEE」で開催されていた個展を訪れました。松本さんが絵を描きはじめたきっかけや、現在大切にしていること、そして、これからのこと…。そのあらましに迫ります。

Photo:Masayuki Nakaya
Text:Masahiro Kosaka(CORNELL)
Cooperation:CLOUDS ART+COFFEE

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その場所で感じたことを、“その場所で”表現する。

ー今回の個展「PEOPLE」に並べられているのは、どれも描き下ろしの新作ということですね。どのようなテーマで用意された作品なのでしょうか?

今回展示しているのは、ぼくが普段からよく描いている「PEOPLE」や「ANDY」といったシリーズです。「PEOPLE」では、これまでもさまざまな“ヒト”に焦点を当てて描いてきましたが、ギャラリーの場所が高円寺ということで、とりわけさまざまなタイプの人が往来するイメージを抱いて、キャラクターを描いていきました。もうひとつは、「ANDY」というしっぽのないネズミを描いたシリーズ。こちらも、ぼくの作品ではおなじみのキャラクターです。人生初の個展をニューヨークで行ったのですが、そのときに生まれたのが「ANDY」だった。それだけに、とりわけ思い入れもあります。初めての個展を前に、何を描こうか直前まで悩んでいるとき、ニューヨークの地下鉄にいたネズミを見て、「これだ!」とひらめいたんです。その場所で感じたことを、その場所で表現するというのは、ぼくの作品づくりのスタイルのひとつかもしれません。

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ー地下鉄のネズミというとマイナスなイメージを抱いてしまいがちなところを、ポップで愛らしいキャラクターに作り変えてしまうことで、違った側面を見せてくれます。松本さんの作品からは、そんな風に、人が気づいていないところに光を当てるやさしいまなざしを感じます。駆け出しの頃はニューヨークで暮らしていたと伺いましたが、そもそも、どうしてニューヨークへ?

さかのぼると、大学生のときからアパレルブランドのデザイナーとして働いており、卒業後そのまま就職していました。でも、思っていたような仕事ができず、その会社を辞めて大阪の実家に戻ることに。実家は植木屋だったので、それから2年程植木屋の修行をしていました。仕事としてはアートやデザインの道をいったん離れたものの、その修行期間中も、コンテストに応募したりTシャツを作ってみたりと、細々と絵は描いていて。またふつふつと、その道で勝負したいという気持ちが湧き上がってきたんです。それで再び挑戦してみることに。漠然と、「やるなら東京かな」と思い、上京。デザインやイラスト関係の仕事を5、6年続けて、その後独立しました。それからは、自分の身ひとつでアートの世界でやっていくと腹をくくって、「やるなら、ニューヨークだろう」と、大阪から東京に出てきたときと同じような漠然とした理由でニューヨークへ。ニューヨークであることに、とりわけ大きな理由はありませんでした。それでも1年ちょっとの期間、作品づくりや個展など、当時のぼくにとって満足のいく結果を残すことができました。だから、ニューヨークはいまのぼくのキャリアの出発点なんです。

ー絵やイラストは、いつから描きはじめたのですか?

キャラクターを描くことは、本当に小さな頃からやっていて。小学校の頃から、休み時間に自由帳にひたすら絵を描いていました。とくに漫画が好きで、絵を楽しむことに繋がった大きなきっかけかもしれません。『スラムダンク』は大好きな漫画のひとつで、感動しすぎてバスケ部に入ってしまったほど(笑)。ただ、漫画自体はぜんぜんうまく描けなくて…(笑)。それでも、何かぼくにできるアプローチで、漫画のように人の心に訴えるものを作りたい。その一心で、いままで絵を描いてきました。いまでは仕事として絵を描く機会もたくさんありますが、同時に、昔からやっているごく自然で当たり前のこと、という意識も。ただいいものを作りたい。作品づくりも仕事も、ほとんど同じ感覚です。

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“描かなければ”とも“描かないでおこう”とも思わない。

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ー作品づくりにおいては、どんな瞬間に、描きたい衝動に駆られますか?

今回のように作品の展示をして、自分の作品が多くの人の目に触れたときかもしれません。そこでさまざまな反応を目にしたり、意見を耳にしたりすることで、刺激をもらいます。それを受けて、次はこんな作品に挑戦してみようとか、こんな絵を描いてもっと笑顔になって欲しいなとか、そうした気持ちが芽生える。それが、作品づくりの原動力になっているような気がします。

ーつまり、自身の作品を、展示を行うたびにブラッシュアップしていくような感覚なのでしょうか。

そうかもしれません。ただ一方で、ひとつのものをずっと描き続けることが苦手な性格でもあります。いろいろな表現を試してみたいとは、常に考えていて、今回の展示でも、カットした素材の上にアクリル絵の具で描いた作品があります。

ーネオン管を使った「ANDY」も、そのひとつということですね。均一な線が特徴の松本さんの作風の良さを引き立てていますね。ちなみに、絵を描くときには、普段どんな道具を使っていますか?

アクリル絵の具を使うことが、圧倒的に多いです。ポスカもよく使います。基本的には黒色を使うのですが、同じ黒色でも、さまざまな種類の筆記用具を使い分けています。アクリル絵の具を注いでマジック風に使えるペンや、壁画に使う用の極太のペンといった、ユニークなものも。また、学生時代に版画学科に通っていたこともあって、シルクスクリーンなどの版画的技法を使うこともあります。仕事ではデータでの納品が多いので、パソコンとペンタブを使っています。

7_DSC0828イラストの線を描く黒ペンは、細字から極太までさまざまな種類を常備している。

8_DSC0836デジタルの場合は、Mac Bookとペンタブを駆使してイラストを仕上げる。

ーアナログか、デジタルか。手法の違いによって、描くものや気持ちに変化が表れることもあるのでしょうか?

さほど違いはないかもしれません。強いていうなら、集中力の差でしょうか。何度でも修正できるデジタルでの作業と比べて、アナログのほうが圧倒的に緊張感を持って作業できる。とくにぼくの描く絵の特性上、少しでも線がズレたりはみ出したりすると、仕上がりに大きく響いてしまいますから。

ー産みの苦しみに悩まされることはありますか? 描けないときは、どうしていますか?

もちろん仕事においては、スケジュールが重なる時期があったりと、大変なことはあります。ただ、絵を描くという行為に関しては、それこそ小さい頃から当たり前のようにやっていることなので、とくにかしこまらずにやっています。「描かなければ」と思うこともないし、「描かないでおこう」とも、特別思わない。それでももし迷ったときは、飼っている犬を描きます。ほぼ24時間一緒にいる、一番身近な存在。それだけに、自然に、楽しく描けるんです。いつも立ち返る自分の“真ん中”みたいなものかもしれません。


クリエイターへのリスペクトを感じた制作現場。

ーカットされたキャンバスやネオン管をはじめ、さまざまな表現方法に惹かれるという先ほどの話でいうと、〈グリーンレーベル リラクシング〉とのコラボレーションもしかり、アパレルウェアにイラストを載せることも、松本さんのスタイルのひとつだと思います。そこにはどのような面白さを感じていますか?

SNSの普及によって、誰もが自由に作品表現できるようになってきましたが、日本においては、イラストをはじめとしたアートはまだまだ日常の範疇にありません。でも洋服なら、誰もが気軽に手に取ることができる。作品を洋服に載せて、より多くの人に届けることで、少しでも楽しい気持ちになったり、ちょっと特別な気分になったりしてもらいたい。そんな風に思っています。

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ー今回のコラボレーションでは、プリントデザインの異なる5色のパーカーをリリースされましたね。どのようなテーマを表現しているのでしょうか?

東京、大阪、北海道、福岡、台北という5都市から連想するモチーフをイラストにしていて、それぞれの都市を同じキャラクターが旅をしてまわっているという設定です。たとえば大阪なら、大阪城やたこ焼きのように。ちなみに、¥マークはぼく自身が大阪出身なので、悪気はありません(笑)。個人的にも旅が好きで、これまでいろいろな場所を訪れてきました。とくにプライベートでは、雄大な自然を感じられる場所に行くのが好きです。サハラ砂漠で宿泊してみたり、空一面に星の見える場所や、エアーズロックに行ったり。大阪の田舎町で生まれ育ったので、ときどき、そういうのが恋しくなるのかもしれません。もちろん今回の5都市も、すべてぼくが行ったことのある場所です。また、大阪、ニューヨーク、東京、福島と、暮らしの拠点も転々としてきました。それだけに、「旅」という今回のテーマは、非常に親近感を持てるものでした。土地土地に根付いた文化をイラストで端的に表現するというのは、挑戦してみたいことでもありましたから。

11_DSC0671今回のコラボレーションでは、オリジナルイラスト入りのタンブラーも制作。

ーこれまでに、グリーンレーベル リラクシングにはどんな印象を抱いてきましたか? また、今回商品を作る中で、とくに印象に残っていることはありますか?

〈グリーンレーベル リラクシング〉のお店は、アットホームな雰囲気なので、気取らずに時間を過ごせるんですよね。だから、ぼくのイラストの世界観ともマッチしそうだなとは、かねてから感じていました。一緒に作った商品を見るにも、その実感は間違ってなかったなと思います。また、“一緒に作っている”という感覚でモノづくりができたことは、すごく印象に残っています。クリエイターへのリスペクトを感じたというか。だからこそ、すごくいいものができたと、自信を持って届けられます。


生活の拠点をあえて転々とする、その理由。

ー2019年は、東京と福島で二拠点生活をしていたそうですね。それぞれの場所でどのような生活を送っていたのでしょうか?

福島では、妻の両親がもともと営んでいたカフェを引き継いで、犬連れで利用できるカフェ・ギャラリー「パンズハウス」を運営していました。ぼくが以前暮らしていたニューヨークと比べると、犬と一緒に入れるお店はまだまだ少ないので、個人的にもそういう場所があればいいなと思っていて。また、ぼくの作品を展示するギャラリーを持ちたいとも。それで、平日は東京で作品づくりや仕事をしつつ、週末は福島に、という生活を送っていました。

ーふたつの場所を行き来することは、作品づくりにどんな影響を及ぼしましたか?

福島県でやっていたカフェは、犬を連れて入れるリゾート施設の中に併設されていたため、お客さんの8割が犬連れ。ぼくの作品も犬を描いたものが圧倒的に多いため、それをきっかけに会話が弾んだりすることも少なくありませんでした。作品を見たお客さんから、「次はこの犬種を描いてほしい」なんていう意見をもらったりして、新たな作品づくりに生かすことも。また、自然にあふれた環境に身を置くことで、東京にいるときとは違ったインスピレーションを得ることもできる。「福島でインプットして、東京でアウトプットする」というサイクルがうまく機能していたように思います。そんな風に、これまでいろんな国や地域を旅したり、転々と生活の拠点を変えたりする中で、その土地に身を置かないと見られないものや感じられないことを経験してきました。作品づくりにも間違いなく刺激を与えてくれるので、そうした機会は、あえて自ら作るようにしています。

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ー最後に、2021年に挑戦したいことがあれば教えてください。

実は、長野県に移住することを決めています。自身の個展で訪れたことをきっかけに、現地の人とのご縁があって。圧倒的な自然の中で、作品づくりにとっぷりと没頭できるのがいまから楽しみです。今後はアート作品の制作にますます力を注ぎたいと考えています。今後はイラストの仕事より、アート作品の制作にますます力を注ぎたいと考えています。こんなときだからこそ、ぼくの作品をより多くの人に届けることで、少しでも気を休めてもらえたらと、そう考えています。

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PROFILE

1986年大阪府生まれ。デザイナーとしてキャリアを積んだ後、ニューヨークにて本格的にアーティスト活動を開始。丸い目をした遊び心溢れるキャラクターを手掛け、東京、ニューヨーク、ロサンゼルスなどの都市での個展やアートイベントで作品を発表。現在は東京を拠点に活動中。

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