
ヒト
2019.08.01 THU.
ユナイテッドアローズの30周年広告ビジュアルを描く、イタリアの画家ジャンルイジ・トッカフォンドとは?
1998年、株式会社サン・アドのアートディレクター葛西薫氏(現 同社顧問)による抜擢で、ユナイテッドアローズの企業広告ならびにテレビCMのアニメーションを描いたジャンルイジ・トッカフォンドさん。そこから20年が経った今、氏はユナイテッドアローズの30周年を記念した広告ビジュアルの制作に再び携わってくれています。シニカルでウィットに富んだ独自の作風と世界観。その裏に秘められたアニメーション画家としての矜持とは?
Photo_Shunya Arai(YARD)
Text_Kai Tokuhara
——トッカフォンドさんはボローニャのアトリエを拠点にしつつ、近年はローマでも活動をなさっていると聞きました。
作家としてベースはずっとボローニャですが、2014年からローマのオペラ劇団に関わるようになって以来、1年のうち数ヶ月をローマで過ごすようになりました。ポスター作りや背景のアニメーション制作から始まり、現在は舞台全体のクリエーションにも携わっていて、この作業場はまさにその拠点になっています。
——ちなみにボローニャでは現在、どのように創作活動を行われているのでしょうか。
自宅の中の一部が仕事場になっていて、そこは本の表紙や小さなポスター、イラストなどで埋め尽くされています。それからボローニャ郊外にも友人と共有しているスタジオがあり、そこでは主にアニメーション制作をしています。それこそ約20年前に作ったユナイテッドアローズのCMのような作品たちです。
——そのテレビCM(1998年公開)はまさにトッカフォンドさんとユナイテッドアローズのコラボレーションで、その広告キャンペーンのアートディレクターを務めたのがサン・アドの葛西薫さんでした。
実は私自身、あのCMや広告ビジュアルの仕事で初めて葛西さんと知り合い、一緒に仕事をさせていただきました。それまでの私は全くの無名作家だったので知人を通して葛西さんに作品を見てもらっていたのですが、作品をお渡しして2年後に突然連絡をいただいたんですよ。そして当時のアトリエがあったミラノで、葛西さんからこう口説かれたのです。「ユナイテッドアローズという、すごく夢を持ったファッションの会社のために絵を描いてくれないか」と。ただ、今日の格好を見てもらえればわかると思いますが(笑)、私は今も昔もファッションには本当に無頓着。だから最初にお話をいただいたときは、日本で有名なファッションカンパニーの仕事なんて自分には到底できるわけがないと思ってお断りしたんですよ。すると葛西さんが、ちょうどアトリエに置いてあった制作途中の絵を見て「この豚の絵にネクタイを締めてくれているだけで十分だから」とおっしゃったんですよ。なるほど、それなら私にもできるかもしれないと。それが引き受けたきっかけです。
——葛西さんとのアニメーションや広告ヴィジュアル制作の過程でトッカフォンドさん自身はどのようなことを感じましたか?
作家の立場から最も感銘を受けたのは葛西さんのディレクション。ポスターデザインにおける余白の作り方やグラフィックの使い方が本当にすばらしいと感じました。一言で表現すると、ものすごく作家の絵を大切にしてくれるんです。また紙を選ぶ眼力もすごかったですし、例えば「あたかもユナイテッドアローズの便箋に、適当に絵を置いたようなレイアウトにしたら美しかったので、そのままポスターにした」というようなフレキシブルな発想にも感銘を受けました。私自身、葛西さんとの仕事からは本当にいろんなことを学びました。
葛西氏の作品をまとめた図録「図録 葛西薫 1968」を見ながら語る。
——以来、葛西さんとは頻繁に仕事をされているとお聞きしました。
そうですね。2005年にも再びユナイテッドアローズの広告ビジュアルを一緒に作らせてもらいましたし、葛西さんの作品集の表紙も描かせていただくなど他のお仕事の依頼もたくさんいただきました。すごく良い信頼関係を築けていると感じていますね。余談ですが、葛西さんからは大体まず「こういう絵を描いてほしい」というラフが届くのですけれど、そのラフのクオリティが高すぎて、最初はいつも「うわ、これは自分では描けない」と驚かされるんですよ(笑)
——98年に発表された、アニメーションCMをはじめとするユナイテッドアローズとの一連の広告キャンペーンビジュアルはADC賞のグランプリ(東京アートディレクターズクラブの最高賞)を受賞しました。その経験というのは、以降のご自身の創作活動にどのような影響を与えましたか?
間違いなく良い影響を与えてくれています。とくに色使いですね。それまでの私の作品の多くがモノクロで、色を使ったとしても1人で描いているとどうしても重量感のあるトーンになっていたのが、葛西さんとの仕事では軽くて透明感のある色が自然と出てくることに自分でも驚きました。青や緑、オレンジといったような鮮やかな色を使う術を学びましたし、作風そのものが大きく変わったとも言えます。そういう意味でも、葛西さん、ユナイテッドアローズとの出会いは私自身のキャリアにおいて間違いなく大きなターニングポイントになっていますね。
——流動性がありながらもどこかシニカルな世界観が潜むトッカフォンドさんの作品は、今やユナイテッドアローズのヒストリーに欠かせないアイコニックなビジュアルの1つにもなっています。その独特のタッチや色使いというのは、日常のどんな場面からインスピレーションを得ているのですか?
父が陶芸家だったこともあり、自然と焼き物をイメージしているところがあるかもしれません。色合いから絵の具の使い方、アニメーションの動きまで、子供の頃から“ろくろが回る動き”を常に見てきたことが作品作りに与えている影響は間違いなく多いですね。
——そして今年、ユナイテッドアローズの30周年のキャンペーンビジュアルでは再びトッカフォンドさんと葛西さんによるタッグが実現しました。今回の作品はどのようなイメージで描かれたのでしょうか。
ユナイテッドアローズが30年動いてきた“時の流れ”を絵のタッチや色使いで表現しながら、30周年ということで私なりにお祭りやお祝い的なイメージも盛り込みました。そこに少し夜の雰囲気を加えることで、ユナイテッドアローズならではの洗練された大人のムードを漂わせています。20年前に手がけた作品の空気感は残りつつも、今取り組んでいるオペラの影響も色濃く反映されているのではないでしょうか。でも、私自身にとって初めてのファッションの仕事だったユナイテッドアローズの広告を、こうして20年経った今もう一度同じスタッフで作ることができたことを本当に幸せに感じています。
新たに描かれた30周年キャンペーンビジュアルの原画。
——少し気は早いですが、さらに10年後、ユナイテッドアローズの“40周年”でもまた新たな作品が見られることを楽しみにしています。
葛西さんは20年前から全く歳をとっていないような感じですけれど、僕はこうしてすっかり髪が白くなってしまいました(笑)。それでも、できる限り一緒に作品を作り続けたいと思っていますので、その頃にまだ私が元気であればぜひ描きたいですね!
PROFILE

ジャンルイジ・トッカフォンド
1965年サンマリノ生まれ。ウルビーノ美術学校で学んだ後に短編アニメーション作家として活動。89年に発表した『La coda』がトレヴィゾ、オタワ、ザグレブなどの映画祭で入賞し、その後も数々の作品が世界中の映画祭で評価を受ける。98年に手がけたユナイテッドアローズのアニメーションCMや広告ビジュアルは翌99年にADCグランプリを受賞。現在も多くの有名映画のタイトルアニメーションや絵本、企業広告などを手がける一方、近年はローマを拠点にしたオペラ制作活動にも情熱を注いでいる。