
ヒト
2019.09.19 THU.
デザイナーのクリエイションとは? 尾花大輔の頭の中を探る。
「素材に徹底的に向き合ってつくり上げた、一週間に3、4回着たくなる服」をテーマにデザインされる〈UNITED ARROWS & SONS by DAISUKE OBANA〉。その名にある通り、ディレクターは〈N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)〉の尾花大輔さんが務めています。このコレクションの肝とも言える生地をつくるのは、日本を代表するファブリックメーカーの「小松マテーレ」。今回は尾花さんと一緒にその工場や、さらにその先の生産現場を訪れ、今回のプロジェクトのことや、自身のクリエイションについて伺いました。「生地工場へはあまり行かないようにしている」という、驚きの発言も出た今回の視察。その言葉の背景には、尾花さんが抱くデザインへの哲学が隠されていました。
Photo_Go Tanabe
Text_Masaki Hirano
必要に迫られたものを生み出していく作業。
―尾花さんが服をデザインするときにいちばん最初に考えることはどんなことですか?
尾花:自分のブランドの場合はアイデアが突然降臨してくるんです。日々生活をする中で気になることやキーワードが頭の中にインプットされると、すぐにネットなどで調べたりしていて。そうすると、「これって、こういうことか!」とひらめきが湧いてきて、それをベースにしてデザインをはじめていきます。昔はある事柄についてとことんリサーチを行って、歴史を紐解くようなことをひたすらしていました。例えばアウトドアに関するコレクションを発表したいと思ったときは、その聖地を訪れて、とにかくそのルーツを辿るようなこともしました。そうやってつくり上げたものは、周りの人たちにシンパシーを感じ取ってもらったり、理解してもらえるのですが、ただのコスプレでしかないと思うようになって。要するにクリエイションではないなと思ったんです。
―なるほど。
尾花:だから何の脈絡もないものや、気になったものの組み合わせが自分の中のオリジナリティであるように思いはじめて、生活をする中で無差別的に気になったものや感動した物事を組み合わせるというやり方を、ここ3、4年は続けています。
―〈UNITED ARROWS & SONS by DAISUKE OBANA〉の場合は、異なる方法論があるのでしょうか?
尾花:他のブランドや企業のお手伝いをする場合、 昔のやり方で培ったリサーチ力みたいなものを発揮しています。つまり、そのブランドや企業がどうして人気なのか、どういった部分に魅力があるのかというのを紐解いていくんです。そうしたことは、ある程度そこで働いているみなさんも気づいていたりするんですが、自社の魅力をオープンにするのがちょっと恥ずかしかったり、距離が近すぎて見えづらかったりする。そういった部分に改めてフォーカスした上で、自分のクリエイションを組み合わせていきます。ある意味では、必要に迫られたものを生み出していく作業に近いかもしれません。つくったものがファンやお客さまの手に渡るには、まずその企業が前に立たなければいけないと思っていて、その上で売り上げの支えになるものをきちんとつくりたいと意識しているんです。だからどちらかというと、自分は縁の下の力持ちのような役割でいるのが良いと思っています。自分のブランドと差別化しやすいですし、やりがいも感じられます。自分のブランドでは感じられないものが得られたり、チームワークでものができあがったときの感動もチーム全員で一緒に味わえるので大事にしていますね。
―今、お話されていた魅力を紐解くプロセスや実際のクリエイションの作業は、どういった具合に進行していくんですか?
尾花:紐解く作業に関しては割とロジックです。どんなお客さまがいるのか、どんなものを買っているのか、置いてある商品はどんなものか、そうした要素を組み立てながら「じゃあ、ここにはこういうものが必要だな」というのを糸を辿るようにして導き出していきます。デザイナーにプラスして、コンサルタントに近い作業なのかもしれません。自分のブランドの場合、インスピレーションとなる物事を絵として並べます。例えば、りんごだったり、タイで見た何かだったり、そうしたものを眺めながら、「この色をこういう服に落とし込みたいな」といった具合に考えてますね。なので「UNITED ARROWS & SONS」の作業と比べると、もう少しデザイン工作に近いかもしれません。
―具体的に「UNITED ARROWS & SONS」にはどんな印象を抱いていますか?
尾花:スタッフの方々とお話をしていて、やはりトラッドなお客さまが多い、と。それに対してバイヤーが仕入れてくる商品の一部は好奇心を掻き立てるものも数多くあります。そうしたときに紐付けと組み立てというのは非常に効果的で、現場でお客さまのスタイルや動向を伺うことによって、何が必要なのかというのが見えてきてます。原宿の本店ではそうした傾向がとくに強いのではないかというのが当初の考えでしたが、いざ他の店舗でもこのコレクションの展開をスタートすると、本店と同様の手応えを感じました。それはつまり、ユナイテッドアローズのお客さまには、今現代的に考えるトラッドというものが寄り添っているということです。そうしたあり方を強化していけば、ブランドをもっと伸ばしていけるのではないかと感じています。
尾花:あとは、すごくチームがいいです。情熱を持った人たちがいるし、ガチッと強固なチーム編成ができあがっている。正直なところ、だからうまくいっているというのがいちばん大きな要因かもしれません。つまり、運がいいんです。長く一緒にやっているので、嘘がなく自然な成り行きで今に至っている。そして、それが結果的にいいクリエイションに繋がっているのだと思います。
ここまできれいに点と点が繋がることは、なかなかない。
―今回のプロジェクトでは生地をフィーチャーしたものづくりをしています。それは尾花さんが決めたことなのですか?
尾花:今、自然な成り行きでというお話をしましたが、まさにそんな感じで決まったことで。今回の生地をつくっている「小松マテーレ」さんが生地そのものをより訴求していきたいというタイミングと、我々も生地を見てこれはいいなと思ったわけです。
―つまり、お互いの気持ちが合致したというのが正確な表現であると。
尾花:そうですね。自分のブランドでもアンダーウェアのラインをやっているように、ぼくはコンフォタブルなものが大好きだから、この生地を使ってライフワークスタイルみたいなものを打ち出したらどうかな? と。それでつくってみたら好評で、すべての物事が自然に、そして順調な流れで進んでいったんです。ここまできれいに点と点が繋がることは、なかなかないと思いますね。
―プロジェクトがスタートしてから長い期間続けるなかで、変化してきたことはありますか?
尾花:チームがすごく成長しているというのが大きいです。先ほども話したように、今回のプロジェクトは「UNITED ARROWS & SONS」という屋号があった上での取り組みです。使わせてもらっている生地もいいし、最近は自分がいなくても十分ブランディングとして成長しているという状況になってきていて、すべてぼくがやるのではなく、あくまでバックトゥバックでプロダクトチームとやりとりをすることが大事なのかなと思っています。そのやりとりの精度が上がっていますね。今期はこんな感じでどうでしょう? というチーム提案と、自分が思う方向性の誤差がなくなってきているというか。
―チームを成長させるという考えは、ご自身のブランドでも同じですか?
尾花:同じです。成長してもらわないとぼくとしても困りますし(笑)。なので、ぼくがやったほうがいいかなと思っても、基本的にはやりません。そうすれば育ちますから。とはいえ、間違った方向へ傾きそうになったときに最後の最後で軌道修正をするのは自分の役割なので、それは責任を持ってやっていますね。
―今年の春夏にはウィメンズもスタートしました。デザインは〈フィータ〉の神出奈央子さんが担当されていますね。こちらはどんな考え方でつくっているんですか?
尾花:いわゆるハイブランドなどがやっているデザイン出しのやり方に近いですね。メンズでブランディングができているので、それをウィメンズとして落とし込んだときにどうするか? ということを考えています。神出さん自身もブランディングに関してよく理解してくれていました。
尾花:とはいえ、形にするまでにはすごく時間がかかりました。ファーストのサンプルを並べたときに、確かに着心地はいいけれどクセのない服になっていたり、女性のお客さまはとくにコンサバティブな方が多いので、ネガティブな部分のフォルムが極力でないほうがいいわけです。だけど、そうした問題点を解決できていなかったり…。いろいろミーティングを重ねながら、結果として発表までに1年半かかりました。
でも、そのときに「このブランドはいいブランドだし、迫られてつくっているものではないから、納得いくところまでつくろう」と神出さんに伝えていました。ぼく自身、ウィメンズの仕事は初めてだったので、すごく難しかったですが、だからこそ楽しかったですね。
なるべく自分は工場に足を運ばないように…。
―今回は「小松マテーレ」さんの工場に伺いましたが、「あまり工場へは行かないようにしている」とご自身でおっしゃっていたのが印象的でした。
尾花:昔はよく行っていたんです。やりとりをする中でいいアイデアを出すと、工場の方々がものすごくがんばってくださるし、自分も達成感を感じることができる。それでいざ服をつくったときに、生地がすごく良くても着心地が置き去りになっていたり、ものすごい金額の服ができあがったりするんです。ぼくらは芸術作品をつくっているわけではないので、やはりそのバランスが取れていないとファッションブランドとして成立しない。変な話、そこらへんで安く売っている生地でもデザインが良ければ、その方が良かったりする時も多いんです。
―クリエイションの全体を把握しなければいけないはずのデザイナーが局地的に感情移入することで、目的のものとは違うものができあがってしまうと。
尾花:自分自身も情に弱いところがあるので、もう少しドライに向き合うためにも、なるべく自分は足を運ばないようにしています。もちろん、新しい生地や技術などといった情報は知っておく必要がありますけどね。あとは信頼しているプロダクトチームが生地屋さんとのやりとりをきちんとやってくれていれば、それが健全でいいと思うんです。
―そうした考えのもとで工場見学に伺いましたが、改めて気づきや浮かんだアイデアなどはありましたか?
尾花:自分が行くことによって工場の方々が喜んでくださったのは嬉しかったですね。それによって働いている方々のモチベーションになるなら、定期的に足を運ぶのもいいのではないかと思うようになりました。
今回、生地を織るところから加工まで見させてもらって、ひとつひとつの工程においてみなさんが真剣に取り組んでくださっているからこそ、こうした生地が上がってきている。どの工程に関しても抜けたらまずいんだなというのを改めて知ることができました。そうした生地ができあがる仕組みのようなものを拝見できてすごく良かったですね。
―途中、みなさんでいろいろな生地を見ながらセレクトしているシーンがありました。あの生地選びは直感でピックアップしているのでしょうか?
尾花:いえ、直感で選ぶことはほぼないです。生地に関してはプロダクトチームともよく話をしますね。とはいっても「あの生地、もうすこし厚くなるといいね」とか、「もっとゆるくてもいいんじゃない?」とか、そんなちょっとした指示しか出していなくて。というのは、そもそもの素材がいいから他に寄り道する必要がないんです。それで、今回実際に現場で一緒に話ができたことによっていつも話していることの答え合わせができた気がします。「この生地とこの生地を組み合わせたら、いつも話しているあの生地ができそうだよね」みたいな。
―尾花さんの頭の中では常に理想ができあがっているわけですね。
尾花:生地をフィーチャーした服ではあるけれど、それが前に出すぎるのではなくて、あくまでもあの生地があることによって楽で便利な服がつくれるとか、助かるっていうところがフックになるわけです。だから生地のバリエーションを増やして、どんどん新しいものをつくりたいというわけではないんです。
―同じ生地をアップデートするというような感覚であると。
尾花:そうですね。このプロジェクトでは目的がはっきりしている分、一度開発したものをいかに広く使うかということを大事にしていますね。
お客さまとの関係性をきちんとまっとうしたい。
―このプロジェクトで得られたことが、他のプロジェクトやご自身のブランドに影響することはありますか?
尾花:最初にお話した通り、自分のブランドで培ってきたことをまずここで出していて、その結果生まれたこういうブランディングがあるのなら、申し立てがない限り自社でも他でもやっていこうと思っています。もちろん方向性は異なりますが、それぞれヴィジョンを持った会社で同じようなものをつくったとしたら、それぞれ特徴がはっきりと出るんです。極端な話、同じフォルムでも全然違うものが上がってくる。もちろん、生地も縫製もパターンも一緒とそれは難しいですが…。ただ、1ミリでも何かが変われば特徴が出ます。だから、デザインの方向性としては似たものをつくっている気がしますね。当然手抜きではなくて。
―〈UNITED ARROWS & SONS by DAISUKE OBANA〉は大きな変化を求めるのではなく、あくまでコンセプトに忠実にものづくりをするプロジェクトだと思うのですが、この先同じようにデザインをしていくなかで、どんな服になっていくと思いますか?
尾花:時代の先を行く必要はまったくないと思っているので、マイナーチェンジが繰り返されていくと思います。それで、もしお客さまに飽きられたりしたら、それはそれで仕方がない。そのときは、この生地でのストーリーは終わりにします。これほど生地に対して真摯に向き合っているからこそ、お客さまにも信用をいただいていると思います。その関係性をきちんとまっとうしたいというのが今考えていることです。求められることを丁寧にやるだけですね。
INFORMATION
PROFILE
尾花大輔
1974 年、神奈川県生まれ。古着屋からキャリアをスタート。ショップマネージャーやバイヤーを 経験後、自身のブランドである〈N.HOOLYWOOD〉を設立。2002 年 コレクションの発表を皮切りに、東京コレクションに参加し、現在はニューヨークへ発表の場を移す。ファッションのみならず、多岐にわたるコラボレーションを手掛ける世界的に活躍する一人。古い伝統や価値を大切にしながら、新しい価値観を導き出すことを得意とする。