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「フィータ」が大切にする熟練の技術と手仕事のぬくもり。 インドの伝統技術・リバースアップリケとコード刺繍の生産背景を辿る。

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2023.10.20

「フィータ」が大切にする熟練の技術と手仕事のぬくもり。 インドの伝統技術・リバースアップリケとコード刺繍の生産背景を辿る。

世界中の継承すべき希少な技術を活かして作られた特別な一着をヒトからヒトへ“繋ぐ”ことをコンセプトにモノづくりを行う〈フィータ(Pheeta)〉。今回は昨年の春夏に新しく加わった「フィービー(Phoebe)」にフィーチャー。現代の装いに古来からの手仕事を取り入れた特別なシリーズです。インドの熟練の職人によるリバースアップリケとコード刺繍の繊細な技術とその生産背景について、ディレクターを務める神出 奈央子さんにお伺いします。

Photo:Yutaro Yamane
Text:Momoka Oba

インドの職人技・リバースアップリケとコード刺繍に込めた想い。

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―〈フィータ〉ではブランドスタート時からインドをはじめとする世界中の継承すべき希少な技術を用いた服づくりを行ってきましたが、今回の新作「フィービー」は繊細な技術を用い、最も長い時間を掛けて完成したシリーズのひとつだそうですね。どんな手法なのか教えていただけますか?

神出:テープやリボンなどのさまざまな素材をステッチで一緒に縫い付けるコード刺繍と、インドのアップリケ文化を象徴する技術のリバースアップリケの2つの手法を組み合わせました。また、土台にはインドのオーガニックコットン生地、カットワーク部分には程よい透け感とハリのあるコットンオーガンジーと、使用する生地にもこだわっています。

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―リバースアップリケとコード刺繍ですが、それぞれどのように作られているのですか?

神出:手順としては、アップリケの下から覗く布地に先にミシンでコード刺繍を施した後、その生地を離れた地方に運び込み、アップリケを施していきます。コード刺繍はインドの都市部、リバースアップリケはラクナウという地域の田舎町で、それぞれ別々の職人さんによって行っています。

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―質感の異なる2つの生地が重なっていて、独特の風合いがありますし、刺繍の図案も素敵ですね。

神出:今シーズンはスパイスをテーマにしているので、刺繍にはさまざまな花を敷き詰めたデザインを描き起こしました。葉のグリーンや種のブラウンなど、カラーリングもスパイスをイメージしています。

―見れば見るほど、本当に繊細な絵柄ですね。では、コード刺繍だからこそ表現できることはどんなところでしょうか?

神出:コード刺繍は、熟練の職人たちが古い刺繍ミシンでひとつずつ絵を描くようにフリーハンドで行うのが魅力です。現在、一般的に多くの工場では高速ミシンを使い糸を強い力で引っ張りながら刺繍をかけていくので均一に仕上がりますが、凹凸が少なくフラットな印象になります。反対に、足踏みミシンを使い低速な分、立体感が生まれあたたかみのある美しさを表現できるんです。その絶妙な質感が〈フィータ〉が大切にしている手仕事の良さでもあります。

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そして、刺繍したパーツを土台となる布と重ねて縫い合わせ1つ目の手仕事が終了します。その布がリバースアップリケの職人の手に渡り、ここから更に手仕事を重ね仕上げていきます。アップリケは、国や地域によってさまざまな歴史がありますが、インドでは北グジャラート州が発祥とされています。それを発展させた「リバースアップリケ」は、上布をくり抜いてカットワークを施し、下布に手縫いで重ねて柄をデザインしていく手法。一針一針手縫いで仕上げるため、裏面から見ても美しいのが特徴です。
インドには多様な刺繍の歴史がありますが、リバースアップリケは寝具やクッションなどのホームファニシングに使われることが多く、洋服にはあまり用いられていない手法です。だからこそ、この伝統的な技術を用いた現代的に着られる洋服を作りたいと考えていました。

貴重な技術を後世に引き継ぎ、文化を守る一助となれば。

―手作業で紡ぎ出される繊細な技術。インドではいまでも当たり前に行われているのでしょうか?

神出:残念ながらインドの中でもこうした手仕事の職人さんは年々減ってきています。昔は刺繍方法もこういった手仕事が主流でしたが、最近は機械化が進み、産業を継ぐ人や文化を守る人が減ってきているようです。服づくりに携わる者のひとりとして、そういった素晴らしい技術を少しでも後世に残したいという想いがあります。“雇用を守る”というと恐れ多いですが、〈フィータ〉でその技術を取り入れ続けることで、微力ながら手仕事の文化を守る一助となればと考えています。

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―着る人がそういった背景を知ることで、より多くの人が文化に興味を持つことにも繋がりますね。デザインに落とし込むときのこだわりについても教えてください。

神出:手仕事の良さを活かしながらも、現代の人々が日常的に着られる服に落とし込むことです。インドで現地の方々が着ているサリーや民族衣装は素敵ですが、日本でそのまま着るには難易度が高いと感じます。どのシリーズをデザインするときも、伝統技術の魅力に触れながらも幅広い人が気軽に手に取れるデザインを目指しています。

作り手も使い手も豊かになるモノづくりを目指して。

―コロナ禍では作り手の方々とはどのようにコミュニケーションを取っていたのでしょうか?

神出:リバースアップリケを依頼している職人さんたちは、首都のデリーから飛行機に2時間ほど乗り、そこからさらに車で3時間ほど移動したラクナウという街に住んでいます。観光客が訪れることもなかなかない、とてものどかな田舎町です。現地とのやりとりは現地の〈フィータ〉生産スタッフを通じて紙に図案を貼って郵送し合うという形をとっています。柄が細かすぎるとアップリケができないこともあるので、何度もやり取りをして最終的な柄を決めていきました。

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―カラフルな服を着た女性たちが床に座って作業していて可愛らしいですね。

神出:インド国内でもリバースアップリケができる職人さんは少ないですが、ラクナウは昔から手刺繍などが得意な手先が器用な女性たちの多い街として知られ、多くの女性たちが活躍してきたそうです。また、手刺繍などの針と糸のみで行える作業は女性が家でできる仕事として発展してきたため、近くに暮らしている女性たちが集まって1つのユニットとなり、仕事を行っています。

女性ばかりなので、にぎやかにおしゃべりをしながら刺繍しています。日本人が訪れることがない土地柄なのもあって、わたしが工場へ行くとみんな緊張して一瞬静かになってしまいましたが…(笑)。

―インドの方々の人柄のあたたかさに支えられているのですね。

神出:そうですね。職人の繊細な技術と膨大な時間が掛かっているからこそ、作り手を決して蔑ろにしてはいけないと考えています。どんな素材や技術を使って作られているのか、モノづくりの裏側や洋服の価値をきちんと理解していただけるよう伝える努力をし、お客さまへ届けたいです。

また、〈フィータ〉として5年ほどモノづくりを続ける中で、現地の方々と徐々に距離が縮まっているという実感があり嬉しいです。インドでは家族を大切にする文化が強いので、モノづくりを通じてひとつのファミリーになれたようなあたたかさを感じています。一年に2、3回はインドを訪れますが、何度訪れても魅力的で、わたしにとってすごく大切な場所です。昨年秋にコロナ後初めてラクナウを訪れたときには込み上げるものがありました。
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―今回はリバースアップリケとコード刺繍という新たな手仕事の掛け合わせに挑戦しましたが、次に〈フィータ〉で取り入れてみたい技術はありますか?

神出:いまは主にインドでモノづくりをしているのですが、インド以外の諸外国にもまだ見たことのない独自の伝統文化や技術があると思うので、それらを積極的に取り入れてみたいと考えています。新たな技術に触れることでいままでになかったアイデアが生まれるのではないかと楽しみです。

PROFILE

神出 奈央子

神出 奈央子

2008年に〈アナザー エディション〉の企画デザイナーとして入社後、2015年より同ブランドのクリエイティブディレクターを担当。2019年春夏シーズンに〈フィータ〉を立ち上げる。

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