
モノ
2020.07.31 FRI.
“伝説の島”の歴史と椿油コスメ「JUICE」の誕生秘話を紐解く旅。
佐賀県北部、唐津の海に浮かぶ7つの島。そのひとつが “伝説の島”と呼ばれる加唐島(かからしま)だ。島の約半分をヤブツバキの木に覆われた人口約100人余りの小さな島だが、島民自らが作る無添加の天然オイルが話題を呼んでいる。この良質な椿油を使ったコスメシリーズ「JUICE」が生まれるまでの背景とその想い、そして加唐島の地域産業の行方に迫った。
Photo:Keita Goto(W)、Hiroyo Kai(still /STUH)
Text:Akiko Maeda
日本書紀に記された伝説の島・加唐島へ。
イカが青空を泳ぐ呼子港から高速船に乗り込み、真っ青な海を進んでいく。風を切る船が上げる白い波しぶき、どこまでも続いていくような澄んだ青空。20分ほど揺られ、船がスピードを緩めると見えてきた小さな島が今回の目的地。佐賀県北西部の東松浦半島最北端から約4kmの唐津市鎮西町の沖合に浮かぶ加唐島。周辺にも多くの離島があり、高島、神集島、小川島、松島など、7つの島が点在している。
降り立ったのは、穏やかな時間が流れる小さな漁港。人口約100人余り、島の面積は約2.8㎢の小さな島だが、その歴史は古く、奈良時代に成立した日本最古の歴史書である『日本書紀』に「椿の島・各羅島」の名で登場している。九州各地に多くみられる神宮皇后に関する伝承も伝えられ、神宮皇后が懐妊した際に着帯式を挙げたとされる場所は、帯祝いが訛った「オビヤ浦」と名付けられている。他にも、百済25代王である武寧王の生誕伝承が語られるなど、様々な歴史的エピソードを持った、まさに伝説が根付く島。
また、ここは“猫の島”としても有名で、港に降り立った途端にたくさんの猫とすれ違った。この島の猫たちは地域猫として飼われているのか、とても人懐っこく表情も豊か。島のあちらこちらで気持ちよさそうにまどろむ姿を眺めることができる。人に警戒する様子もなく、ゴロゴロとノドを鳴らしながら近寄ってくるのも愛らしい。
加唐島港から車でおよそ15分。風光明媚な景色を眺めながら目指したのは、加唐島の財産ともいえる椿園。のんびりとした空気に包まれたこの島の北側に位置する椿園は、約8.5ヘクタールを誇り、4万5千本余りのヤブツバキが自生している。また、加唐島の椿は、オレイン酸を85%以上含む国産のカメリア・ジャポニカ種のみ。実の収穫時期の秋頃は天候に恵まれることが多いのも、椿油作りには好条件なのだそう。たっぷりと太陽の光を浴びて、玄界灘の強い潮風に耐えながら育つため、花や葉が驚くほどつややかで、手間を惜しむことなく、無農薬、無科学肥料、無除草剤で管理することで、この島でしか作れない良質な椿油を生み出している。
島民の想いが詰まった、椿油ができるまで。
椿油は古くから保湿力と浸透性に優れているため、髪をはじめ、全身の肌に使える万能オイルとして親しまれてきた。もちろん加唐島でも、昔から島民の女性の美を支えてきた必需品。ヤブツバキの木は、11月末から3月末頃まで花を咲かせ、実の収穫は9月中旬から1カ月ほど続くため、この時期は島中で椿の実を干す光景が見られる。また、加唐島では木についた実の方が中の種子が成熟していると考えられているため、木から落ちた実は拾わないのがルール。実を天日干しでしっかり乾燥させることが良質な油を採る一番の秘訣なのだそう。
濾過を3度繰り返すことで良質なオイルが完成する。
収穫した実をしっかり乾燥させた後は、実の中に詰まった黒色の種子を取り出し、専用の機械で搾油。この島では一般的な高温圧搾ではなく、コールドプレス製法での搾油が主流で、油圧ポンプで50tの圧力をかけて搾る。こうすることで、素材の持つ香りや風味を最大限に保つことができる。搾油後は、フィルターに通して自然落下で濾過。これを3度繰り返して不純物を取り除く。熱を加えないコールドプレス製法は、高温圧搾に比べてコストも手間もかかるため大量生産は難しいが、その質の良さはお墨付き。
加唐島椿油を使用した、こだわりのコスメ「JUICE」。

椿油というと、ツバキ属のサザンカ油などが混ざったオイルが一般的だが、加唐島椿油はヤブツバキ油のみの純度100%のナチュラルオイル。この良質なオイルに惚れ込み、コスメシリーズ「JUICE」を誕生させたウィメンズ商品部の西岡さんは、「加唐島椿油を使ったコスメの開発に着手したのは3年ほど前。これからはファッションだけでなく、美容にも注力するスタイルが主流になると感じ、オイルコスメのブランドを立ち上げることを決意。そこで、原料となる良質なオイルはないかと探している中で出会ったのが、加唐島の椿油でした。椿油の質に惚れ込んだのはもちろんですが、島民の方々のあたたかな人柄と熱い想いに触れるうち、一気にこの島のファンになりました」と語る。また、成分や香り、商品ラインナップ、パッケージデザインまで、あらゆる試行錯誤を繰り返し、コスメシリーズ「JUICE」が誕生した。
地域の自然に根ざす椿油づくりと、加唐島の未来。
加唐島は、2000年代までは漁業が主産業だったものの、燃油費の高騰や魚価の低下などが原因で衰退。そこで、島内に自生するヤブツバキを加工した椿油の出荷をスタート。搾油機を導入し、島内にある「島つばき工房」で島民自ら椿油の製品化に乗り出したという。島の産業振興と島民の雇用安定を目的としたその試みは、区長の徳村敏勇樹さんを中心とした「島づくり事業実行委員会」のメンバーの活動によるもの。
「せっかくヤブツバキという良質な資源を持っているのに、島の外にはなかなか出ていかないし、実の収穫量も増えない。しかし、葛藤しながらも10年前に搾油機を入れて、2年前に製品化を実現したことが、島の椿油の産地化を図る大きな一歩になったのではないかと思います。島の地域資源である椿油をオリジナルブランドとして打ち出すことで、加唐島全体の活性化を図りたいですね」と徳村さん。また、椿油採油後の残渣は肥料として土地に戻し、木の植樹を行うなど、椿油づくりを地域産業として定着させる土壌は整いつつある。島民一人ひとりが島の自然に誇りを持つことが、この島の未来を切り拓くきっかけになりそうだ。
INFORMATION

加唐島の純度100%の椿油を使用したスキンケアブランド。商品は美容オイル2種とハンド・ボディクリーム、バームがラインナップ。一部店舗で先行販売中。9月末より全国で発売予定。
http://www.juice-skincare.jp/