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2020.09.10 THU.
「ハルタ」と「オデット エ オディール」のシューズデザイナーが語り合う、靴づくりのストーリー。
1917年に創業した日本製の老舗革靴メーカーとして、多くの人に学生時代から親しまれてきた〈ハルタ〉。クラシックなデザイン、自社工場による高い品質、手に取りやすい価格など、今改めてその価値に注目が集まっています。別注品やコラボアイテムの人気も高い〈ハルタ〉が今回タッグを組んだのは、毎シーズン様々なテイストを取り入れながら、シンプルで無駄のない大人の女性のシューズを提案する〈オデット エ オディール〉。ふたつのシューズブランドのコラボレーションによって生まれた新しいローファーについて、デザイナー同士の対談インタビューをお届けします。
Photo_Yohei Miyamoto
Text_Mayu Sakazaki
100年以上続く〈ハルタ〉の革靴が生まれる現場。
大正6年に履物の町・浅草に開業した「春田製靴店」。洋装の一般化とともに靴の時代が訪れると、アメリカで靴工場を視察して技術を高めてきました。やがて手縫いから機械へと移り変わり、「セメント式製法」を導入。効率的で安定した大量生産が実現したことで〈ハルタ〉の品質と価格が多くの人に愛されるようになりました。市場調査や学校でのリサーチなどを行い、日本人の足に合ったサイズ感の研究にこだわってきたことも海外製との違いです。
全国に複数の工場を持ち、“国内一貫生産”をつらぬいてきた〈ハルタ〉のレザーシューズ。〈オデット エ オディール〉とのコラボローファーが作られたのは、本社がある東京・北千住の工場です。一日に300足の靴が生産されているというこの現場では、20代から70代まで幅広い世代のスタッフがひとつひとつの工程を丁寧に手掛けています。〈ハルタ〉のコインローファーが誕生した1956年から時代に合わせて製造技術を向上・効率化させながら、今も毎日たくさんのローファーがこの工場で生まれ続けているのです。
コラボレーションアイテムの作業工程
〈ハルタ〉の革靴が大事にしてきたことについて、取締役・販売本部長をつとめる春田勲さんはこう語ります。「量が質を呼ぶといいますが、たくさん数をこなせば上手になっていくのと同じで、ある程度の量の裏付けがあるからこそ質の良いものが作れる。単に流行を追いかけているだけでは、それが終わったときにまた別のものを作らなければいけません。〈ハルタ〉は不器用だったので、同じものしか作らなかったんですね(笑)。それが安価で良質なブランドづくりにつながってきたのだと思います。ファッションは新しいものを楽しむ文化ですが、作り手の目線では、作り慣れてきたときにはまた新しいものを作らなければいけない。そうすると品質が安定しないので、それは自分たちの財産になりにくい。できるだけ自分たちの強みにフォーカスして貫いてきた結果が、今の〈ハルタ〉につながっていると感じます」。
およそ40年代から近代にかけての貴重な広告アーカイブ。カタログやポスターに描かれた〈ハルタ〉自慢のローファーに、当時の学生たちは目を輝かせたに違いない。
日本における革靴製造のパイオニアとして、そうして自社工場で数え切れないほどの革靴を作ってきた〈ハルタ〉。9月に数量限定で発売した〈オデット エ オディール〉とのキルトタッセルローファーは、〈ハルタ〉の歴史でも珍しい靴のデザイナー同士のコラボレーションによって生まれたもの。今回は〈ハルタ〉のデザイナーを長年つとめている中塚美帆さんと、〈オデット エ オディール〉の伊藤さつきさんに、プロダクトに込めたこだわりや、デザイナーとしての哲学を語り合ってもらいました。
〈ハルタ〉と〈オデット エ オディール〉をつなぐもの。
ーおふたりが〈ハルタ〉の革靴に出会ったのはいつですか?
伊藤:月並みですが、学生靴で愛用させていただいていました。高校時代は、ほぼ毎日のように履いて通学していましたね。制服にマッチするベーシックでトラッドなデザインというのはもちろん、あんなに毎日履いていたのにすぐにはくたびれない。自分が靴づくりに携わってみて、それだけしっかりしたものづくりをされているからなんだということを改めて感じました。
中塚:わたしも同じで、高校生くらいのときの学生靴でしたね。当時はもう制服と一体化していて、それが標準という感覚で履いていました。でも、実際にデザイナーとして携わってみると、耐久性へのこだわりや、技術面で「ああ、こういうことだったのか」と思うことがいろいろとありました。昔の記憶をたどってみることで気づく発見は多いですね。
ー今回のコラボレーションが生まれたきっかけは?
伊藤:もともと企画を進めるにあたって、クラシカルなもの、普遍的なものというキーワードがあって。ローファーのトレンドはずっと続いていますが、より正統派な一足を手に取りやすい価格で改めて提案したいと思ったことがきっかけなんです。そうなったときに、学生時代から履いていた〈ハルタ〉さんの靴が最初のイメージとして浮かんできて。同じ思い出を持つたくさんのお客さまにも、もう一度履いていただけたらいいなという思いで、ご相談させていただきました。
中塚:最初にお会いしたときに、伊藤さんの思い描くクラシカルなローファーのイメージがとても伝わってきたので、それを実現するために、〈ハルタ〉としてどういう木型を使うか、どんなものを当て込んでいくかという感じで、模索していって。シューズブランドのデザイナー同士というのは、〈ハルタ〉のコラボレーションの中でも珍しいことですが、また新たなローファーになればいいなと。
伊藤:ちょうど緊急事態宣言が出てしまったタイミングで…。直接お会いできた回数は少なかったですが、メールや郵送などで何度もやりとりしましたね。ローファーの細部の作りなど、いろいろとアドバイスをいただきながら。
ー〈ハルタ〉と〈オデット エ オディール〉をつなぐ共通点はどういった部分でしょうか。
伊藤:〈ハルタ〉さんの木型はやっぱり、日本人の足に合った履きやすさという大きな魅力があります。〈オデット エ オディール〉に関しても、お客さまが好んでくださる木型づくりやセレクトというのを一番大事にしていて。やっぱり、ただ買いやすいとか、デザインが可愛いというだけじゃなくて、本革で真面目な靴づくりをしている、ということでしょうか。共通していると言ってしまっていいのかわからないのですが、〈オデット エ オディール〉もそういう部分は気持ちとして負けないつもりでやっていると思います。
中塚:〈オデット エ オディール〉さんの靴は、シンプルな中にカッティングやワンポイントで女性らしいエッセンスがいつも入っていて素敵だなと思います。デコラティブにトレンドを入れすぎるのではなく、やっぱり長く愛用できる一足というのが、きっとお互い目指す共通点なのではないかと思います。
靴のデザイナー同士だからこそできた、普遍的な一足。
ー今回のコラボローファーに関して、技術面やデザインにおけるこだわりがあれば教えてください。
伊藤:つま先部分の縫い合わせは「拝みモカ」と呼ばれるモカシン縫いを採用していて、カジュアル過ぎずにすっきりと見せています。コインローファーを象徴するサドルのディテールも、「ビーフロール」という糸で巻いたような仕様になっていて。こういった細部の呼び名もあまり詳しく知らなかったのですが、今回色々と学ばせていただきました。〈オデット エ オディール〉らしいフェミニンさを出すために、キルトやタッセルも付けています。オーソドックスな中にも、今の気分にマッチするようなアレンジを加えていった感じですね。
中塚:拝みモカ以外にも、「つまみモカ」や「乗せモカ」とか、縫い合わせの部分は色々な仕様があります。そういった組み合わせをあれこれと考えながら、最終的なイメージを共有してそこに近づけていきましたね。
伊藤:飾りは付けたいけれど、あまり前面に出すぎないバランスにしたいなというのがあって、タッセルのフリンジの広がり方や、キルトの長さは何度もやり直しましたよね。タッセルは先が切り放しのタイプだと履いているうちに開きすぎてしまったりすると伺って、なるべく長く保てるように閉じたデザインにしたり。革に関しては、ブラックとダークブラウンで〈ハルタ〉らしいベーシックなものにしていただきました。
中塚:革は裏地なしで使用できるローファー用に作ってもらっている特注品で、艶やかさもあって、手に取ってみることで革の風合いを感じられると思います。長く履いていくうちに色落ちや折りジワができて、風合いも変化していきますが、本革ならではの経年変化も楽しみのひとつです。
ー出来上がってみて、改めて感じたことはありますか。
中塚:パッと見た瞬間、「あ、可愛い。欲しいな」と素直に感じました。やっぱり〈ハルタ〉では定番の木型や決まったパターンがあるのですが、同じ木型でも持つイメージが違ったり、新たな組み合わせを試したり、色合いの細やかなこだわりだったり、製作中の発見がたくさんありました。今回一緒にやらせていただいたことで、とても勉強になりました。
伊藤:わたしも、単純に自分でも欲しいなと思えたのが最初の印象でした。クラシカルなローファーだけど装飾性や女性らしさもあり、カジュアルにもワンピースにも合わせやすい。日常のコーディネートで活かせる靴になっていると思います。フラットで履きやすいローファーなので、リラックスしつつ、少し気分を切り替えてちゃんとしたい日の一足にもなる。若い方にも気軽に取り入れてもらえたら嬉しいです。
中塚:そうですね。やっぱり〈ハルタ〉は学生靴というスタートから、最近では大人の女性のローファーとして、さまざまなシーンに合わせられるものになっている。ジャケットやワンピースでおしゃれしたり、カジュアルダウンしたり、カテゴリーに縛られない靴だと思います。ガラスレザーはお手入れもしやすいので、汚れが付いたら拭いて、たまにクリームを塗って、基本的なケアをするだけで長く履いていただけます。お肌と同じで、少し休ませたり乾燥を防いだりしながら、そういった作業も楽しんでもらえたら。
時代が変わってもすたれない、革の靴の魅力。
ー靴のデザイナーとして「こういうことを大事にしてきたな」と改めて思うことはなんですか?
伊藤:やっぱり快適さ、履きやすさという部分だと思います。靴って一度でも痛いと思うと、二度と履かなくなってしまうこともありますよね。木型を作るときも、クッションを入れすぎると逆に疲れてしまったり、革の重なりが多いと痛みが出たりするので、カットラインや切り替え位置ひとつでもミリ単位で調整して解決していったり。最初に足を入れたときの感覚というのはすごく大切にしていますね。もちろん、まずは手に取ってみたいと思うデザイン性やワクワクする高揚感も必要なので、当たり前ではありますが、そのバランスを見極めることでしょうか。
中塚:下駄箱や玄関の真ん中に、いつも置いてある靴であってほしいなという思いが常にありますね。自分に合った履きやすい木型を見つけて、じゃあこれの色違いを履いてみようとか、次はタッセル付きのものを履いてみようとか、そんな風につなげていってもらえたら。デザインの上で気にすることは、素材感や仕様の変化があっても、これまでの「ハルタらしさ」を失わないことだと思います。
ー〈ハルタ〉の創業は100年以上前ですが、やっぱり当時も今も「革靴」というのは特別な存在ですよね。技術面での革新があっても、基本的なデザインは大きく変わらず、ずっとすたれることがない。
伊藤:そうですね。わたしもデザイナーを長くやっていますが、まだまだ革靴について知らないこともたくさんあると学びました。今回〈ハルタ〉さんの歴史から技術をお借りして、一緒に新しいローファーを作れたことは、多くの意味でとても勉強になりました。
中塚:100年経っていても、昔の広告やローファーの写真を見てみると、デザインはそんなに変わっていないんですね。時代によって合わせるスタイルが変化しても、靴はそれにずっと寄り添っているような。そういう素晴らしいユニティみたいなものが、革靴の魅力だと思います。今回のローファーも、100年後も古さを感じないものになっているのではないでしょうか。そうして長く履いていってもらえたら、とても嬉しいです。
INFORMATION
PROFILE

中塚美帆
他社靴卸メーカーの企画・デザインに携わった後、2007年より㈱ハルタ販売部の企画として入社。現在は主に直営店などに向けた定番・シーズンアイテムの企画やコラボレーション企画の製品化、そして長らく愛用されていた型の復刻アレンジにも力を注いでいる。

伊藤さつき
イタリアでレディースシューズを学ぶ。老舗シューズブランドでインターンシップ終了後、パタンナーとして従事。帰国後、靴卸会社の商品企画を経て、2015年にユナイテッドアローズへ入社し、〈オデット エ オディール〉のシューズデザインを担当。