
モノ
2020.10.08 THU.
3ブランドが今季揃って採用した、高機能透湿防水素材「eVent(イーベント)」とは?
ここ数年の気温変化の推移や頻発するゲリラ豪雨に台風上陸など、日本を取り巻く気象状況が変わりゆくなかで、お客様が衣服に求める要素も多様化しています。〈ユナイテッドアローズ(以下UA)〉、〈ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ(以下BY)〉、〈H ビューティ&ユース(以下H)〉の3ブランドが今季、高機能透湿防水素材「eVent」を使用したアウターをリリースします。世に機能素材が数あるなかで選ばれたこの素材の特徴とは? また、その経緯とは? それぞれの企画に携わったデザイナーの3名に商品の魅力や開発の裏側を語っていただきました。
Photo:Kazumasa Takeuchi(STUH)
Text:Masashi Takamura
左からHデザイナーの堀内洋紀さん、UNITED ARROWS デザイナーの石田知久さん、BEAUTY&YOUTH デザイナーの町田康弘さん。
作り手が感じた、機能素材「eVent」の魅力。
―最初に、素材についてご説明お願いできますか?
町田:「eVent」とは、多くの登山家や冒険家、各分野のプロフェッショナルに支持されてきた高機能透湿防水素材。いわゆる多孔メンブレンというフィルム素材でメンブレンという膜状の素材をラミネートする独自技術「ドライシステム」によって、衣服内に閉じ込められてしまう「蒸れ」を軽減し、防水性、透湿性、そして、軽量性を実現しています。平たくいうと、軽くて高機能ということです。
―名前にも一部含まれているように、いわゆる機能素材に求められるベンチレーション(換気)機能に特化した素材なんですね。製品にするにあたって、どういった点が魅力的に映りましたか?
石田:やっぱり、いちばん優れているのは、防水性と透湿性です。防水性が高いとどうしても、衣服内が蒸れやすい状況に陥りがちなんですが、eVentは、プロユース層からも支持される高い透湿性がポイントになってくると思います。
町田:それに加えて、軽いというのも大きな魅力でしたね。
堀内:町田さんがおっしゃるように、軽いというのは結構大事で、レイヤードスタイルにとって、重すぎると敬遠される対象になってしまいます。日本の気象状況を考慮したときに、シンプルにちょうどいい素材という印象です。
―やはり、昨今の天候事情というのは、加味されているんですか?
町田:そうですね。BYでは、店頭からも、お客様から機能ウェアのリクエストが多いとは聞いていました。加えて、機能素材を使ったアウトドアブランドの仕入れ品が動くということや、そうした「本気系」ではカバーできない「街着」として使えるデイリーなウェアが必要だな、ということは感じていました。
石田:UAでも、悪天候に対する機能性という点は重視しました。ただ、天然素材を使うことは多いのですが、スポーティな素材を使うことが頻繁ではないので、デザイン的な工夫は施しています。
堀内:Hは、少し見方を捻っていて、機能はもちろん大事なのですが、物作りの方向性は、そうした機能性をあえて打ち出さないようにしています。
石田:さすが、Hらしい。少しヒネってきましたね(笑)。
―やはり、それぞれブランドによって打ち出す方向性は異なってくるわけですね。
堀内:まず、春も秋も格好よく着られるアウターを、という発想があって、それをどう表現するかと考えたときに、たまたま機能素材「eVent」をフィットさせるアイデアがあったという感じでしょうか。イメージは、1990年代後半、2000年代初頭のロンドンのストリートという感じ。当時、ナイロンアウターが格好よかったので、それを現代に蘇らせたらという。
町田:BYは、お客様の層が広いということもあり、もう少しデイリーに着られるイメージです。先ほども触れましたが、アウトドアブランドほどの本気度はなく、気軽に羽織れて、十分な機能性を備えているということを踏まえています。
石田:UAは、スーツやジャケットを好まれるお客様も多いので、よりジャケットやスラックスにも馴染む方向性を意識しています。もちろん街着としてのシャープさと、通勤でもフィットするようなシンプルさも考慮していますね。
―3ブランドが同時にリリースするということですが、社内的な「ブランド横断企画」のような形でスタートしたのでしょうか?
町田:全然そういうことはなくて(笑)。ある意味で同時発生的だったと思います。
堀内:最初にカタチにしたのは、Hだったかもしれません。生産から提案された素材のいくつかの中に「eVent」は入っていたんですが、当初、今季はこの素材の使用は予定していなかったんですよ。ただ、たまたま生産スタッフが、素材プレゼン用にeVentを用いた既存パターンのサンプルを仕立てていて。それを見たディレクターが、いいんじゃないかと気に入ったのが最初でしょうか。
町田:BYでも、機能素材を使ったウェアがラインナップに必要という考えは、ずっとあったんですが、どの素材を選ぶかというところまでは、考えられてなかったんです。ただ、Hのサンプルを見て「コレだ」って即決しました(笑)。
石田:UAは、最初は少し躊躇していたんです。スポーティすぎるんじゃないかというような感じで。ただ、コロナ禍による生活様式の変化もあり、スーツの上にも普段にも対応出来るアウターをUAでも提案してみようとなったんです。
eVentの機能を説明するイメージ図。高い防水性と透湿性を発揮しながら、快適な着心地も実現している。
―アイテムは、結果的にそれぞれの個性が出ているかと思いますが、仕上がりに関して事前にすり合わせなどはしているんですか?
石田:全然してないです(笑)。ただ普段から、それぞれのブランドのお客様が求められているアイテムのイメージはできていますので、結果的にはまったく違った仕上がりになっていると思います。
町田:確かにそうですね。それぞれのサンプルは、今日初めて見ましたが違いがしっかりと出ています。
―この素材を使うにあたって良かった点や惹かれたポイントがあれば、教えてください。
町田:機能云々ということは当然踏まえた上でなんですが、生地として格好いい、という点を感じました。これは、職業病というか、少しマニアックな視点かもしれませんが、「格好よく仕上がりそうな生地」ってあるんですよ(笑)。「eVent」に関しては、それを感じました。結果的に、実際いい仕上がりになってくれています。
堀内:町田さんがいうとおり、仕立て映えの良い素材ってあるんですよね。ウチのは、少しデザインが凝っているので、イメージどおりに上がってくるとうれしいというか、ありがたいというか、そういう感覚があります。生地というのは、折ったり縫ったりするなかで、安定感というか、収まりの良し悪しがあるものなんですが、この素材は良かったです。
石田:確かに生地感の良さはありましたね。特に、UAの場合は、テック感を強く押し出さずに、お客様の既存のアイテムにも馴染むよう留意したので、このハリ感のおかげで、それがうまくまとまったと思います。
―共通点と個性が、ブランドによって巧みに表現された今回のコレクション。それぞれの商品を見ていかがでしたか。
町田:初めての取り組みでしたが、実は、まったくお互いの進行は気にしていませんでした。我々3ブランドは、会社が同じで、情報が共有しやすくもあるんですが(笑)。ですが、今日見てみた結果、それぞれ異なる仕上がりなのは、面白いなと感じました。
堀内:そうですね。それぞれカラーが異なる点が興味深いですし、普通だったら被りに対して会社的にNGになりそうですが、実現させてもらえた懐の深さもありがたかったなと思いました。改めて、商品を企画したみなさんが、それぞれのお客様の顔が見えていて、そこに向かったアプローチをしているので、素材が同じでもアイテムは同質化しない。勉強になりました。
石田:感想は、二人に言われてしまいましたね(笑)。それぞれを知るいい機会にもなりました。また、チャンスがあれば、ほかの素材などでも、トライしてみたいと思います。
左から、UA、BY、Hの各アウター。UAは、「太めなテーパードパンツに合わせて、週末に羽織ってほしい」(石田)というフーディータイプ。フラップポケットがデザインの特徴。ほか、コートタイプも展開。BYのシェルタイプのジャケットは、「生地のハリ感を生かした丸みを帯びたシルエットがポイント。フードも立てているときに立体的になるようなパターンにしています」(町田)。ほか、コートタイプも展開。Hはフードが襟に格納できるブルゾン1型の展開。
各担当者が語るそれぞれのアイテムの魅力。
機能素材をそれぞれの解釈で料理することで、結果的に満足のいく仕上がりとなった各ウェア。担当者の解説を聞きながら、それぞれの感想も伺いました。
UNITED ARROWS
先に紹介した、フーディータイプとデザインコードを揃えたコートタイプも展開しています。ファスナーやボタンにはポリッシュのものを使用し、ビジネスユースも視野に入れた汎用性の高さが魅力的。身幅にゆとりを持たせてAラインに仕立てています。ウエストにはドローコードを仕込んでいて、着こなし方もさまざまに。
石田: 胸元と腰に設けた合計4つのポケットは、ブルゾンタイプ同様にフラップのみの仕立てに。襟裏にフードをしまえるスタンドカラー(寄り写真)なので、スーツやジャケパンスタイルに合わせやすいと思います。コーディネイトとしては、UAで提案している機能素材を用いたライトなセットアップスーツなどに合わせて、ご着用いただきたいですね。タイドアップしたドレススタイルにあわせてもいいですが、Tシャツやニット、スニーカーなどの時代性を加味した着こなしにもフィットします。
町田:4つあるポケットがうまいですね。ミリタリーウェアなどがアイデアにはあると思いますが、ヨークを思わせるデザインをフラップに落とし込むことでトラッドにも見せていますよね。利便性も考えると、現代の働く人のニーズに合いそうです。
堀内:スポーツ感やギア感を打ち消したモダンな仕上がりですね。ウエストに仕込まれたドローコードを調整して多彩に着られる点でも、1着で2度おいしい的な魅力が感じられます。
BEAUTY&YOUTH
先に紹介したブルゾンタイプに加えて、ステンカラーコートを用意。ともにベージュと黒の2色を展開しています。金属パーツは、アウトドアブランドにはないようなガンメタルの加工を施して、よりファッショナブルに。黒の止水ジップを胸元やサイドに配しているため、ベージュのほうでは見た目のアクセントとしても機能します。インナー次第でいかようにも着こなせそうな一枚。
町田:万能に使えるステンカラータイプです。ラグランスリーブは、生地一枚にダーツを入れて立体的に仕立てているので、肩からの落ち感も出せるかと思います。また、腰ポケットの脇に備えたジップは、コートを着たままでもジャケットやパンツのポケットにアクセスできる「街用ディテール」。また、ウチだけ襟裏に「eVent」のロゴを刺繍しています(寄り写真)。愛情の表れですね(笑)。なんでも似合いますが、中にフーディーなどを合わせて、ベーシック&スポーティにというのもおすすめです。
石田:黒の止水ジップやガンメタルのボタンなど、ディテールの気配り方がさすが、という感じ。それに、ウチでは使いませんでしたが、ベージュの色みは、実物を見ると深みがあってクール。アウトドアメーカーが使わなそうな雰囲気ですよね。よりカジュアルに馴染む感じ。
堀内:BYの若い層に受けているスポーティ感と、ユナイテッドアローズが大事にしているトラディショナルな雰囲気をキープして、個性を出している点が素敵ですね。コヨーテカラーのような、男っぽいベージュの色みとデザインがマッチしていると思います。
H Beauty&Youth
ダイナミックなルーズシルエットが特徴となるブルゾン。スタンドカラーにフードがしまえるディテールも備えており、外側からはロゴなどが一切見えないミニマルなデザインに。ハイライトは脇下が大きく広がるジップ。これを開いておけば、ポンチョのようにも着こなせます。着る人に自由な発想を与える、独創性ある仕上がりに。手ぶらでも使えるように、左身頃に大ぶりな内ポケットも装備しています(寄り写真)。
堀内:お話したように、着想のソースは、1990年代末から2000年代初頭のロンドンのクラブカルチャー。当時は、マウンテンパーカやウインドブレーカーなど、ブランドロゴが強調されたものが多かったので、現代にリバイバルする際に気を使ったのは、どこのブランドのものとも匂わせない「アノニマス性」です。そして、ダイナミックなシルエットなので、風はまあまあ通しますが(笑)、袖口やウエストをスピンドルで絞れる仕様にして、防風性はフォロー。当時のアナログ感を今に残しつつ、機能性と時代性を同時に加味して、Hらしい「アガる服」という点に留意しました。
町田:格好いいと思います。シルエットがいいですよね。ハリのある「eVent」だからこそですね。機能素材を使いながら、ここまでファッション性を詰めたデザインのものというのは、他ではほとんど見られない独創的なアイテムだと思います。着こなしをあれこれ考えるのも楽しそう。
石田:フロントにデザインがないシンプルさ。なかなかできないです。この潔さ。欲しいですね。また、大ぶりな内ポケットはいいですよね。とっても実用的。今年は難しいかもしれませんが、忘年会など手ぶらで出かけるようなときにも重宝しそうですよね。
INFORMATION
PROFILE

石田知久
第一事業本部 メンズ商品部 UA課 ユナイテッドアローズデザイナー。2018年入社 以来ユナイテッドアローズメンズのカジュアルセクションの企画をオールアイテム担当。

町田康弘
第一事業本部 メンズ商品部 BY課ビューティ&ユースデザイナー。1999年3月 UA渋谷店にアルバイト入社。ブルーレーベル新宿店~ブルーレーベル原宿店の副店長を経て、2008年12月より現職、BYオリジナル服飾の布帛アイテムを担当。

堀内洋紀
第一事業本部 メンズ商品部 BY課 エイチ ビューティー&ユースデザイナー。フリーランスのデザイナーとしていくつかのアパレル企業と業務委託を請け負い、エイチオープン時からオリジナル製品の布帛企画として参画、現在に至る。