
モノ
2020.10.22 THU.
さまざまな思いや願いが込められた「タナカーナ」のモノづくり。
今シーズンよりスタートし、“Timeless,Ageless,Nameless,Artless”をコンセプトに、デイリーユースしやすいウェアを展開している〈Tanacana(タナカーナ)〉。カジュアルウェアを提案する日本のブランド〈アメリカーナ〉のデザイナー・小嶋 浩氏、〈丸紅ファッションリンク〉の庵 誠氏、〈ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング(以下GLR)〉のウィメンズディレクター・田中 安由美氏の3名に、誕生秘話や、アイテムへのこだわり、モノづくりに込めた熱い思いなどを聞きました。
Photo:Keisuke Nakamura
Text:Shoko Matsumoto
ブルーサージコットンと、それぞれのサステナブル。
左からアメリカーナ デザイナーの小嶋 浩さん、ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング ウィメンズディレクターの田中 安由美さん、丸紅ファッションリンク㈱ブランドマーケティング部営業第一課の庵 誠さん。
ー<タナカーナ>誕生に至った経緯を教えてください。
庵:弊社で取り扱っているインドのオーガニックコットン「ブルーサージコットン」を使ってなにかプロジェクトを始められないかと思っていて。それを昨年からお付き合いのあったGLRの田中さんに相談したところ、賛同してくださったんです。そしてもともとお付き合いのあった〈アメリカーナ〉の小嶋さんも紹介して、みんなを巻き込んでいった感じです。
田中:ブルーサージコットンを使いたいということを、最初の提案の段階でおっしゃっていました。小嶋さんのほうでも、普段〈アメリカーナ〉で使われてる素材と少しテンションが違って気に入られているという話を聞いていたので楽しみでした。個人的にもブランドとして〈アメリカーナ〉が好きで、他社との別注やビューティ&ユース ユナイテッドアローズの別注を見て、ぜひご一緒したいと思っていました。
小嶋:実は、最初僕は断ろうと思っていたんです。新しいブランドをひとつ追加するような感覚で田中さんのところに提案するんだったら、自分のブランドの展示会の準備もあるし、ありがたいことにほかの別注の話もいただいて時間もなかったし。それにもうひとつブランド追加となると、どうしても僕がやるので、結局同じような提案しかできないんじゃないかと思って自信もありませんでした。でも、そんなときに庵さんが「僕には夢があります」と…。
庵:ひとつは以前海外のさまざまな国を視察したときに、バングラデシュが貧困問題に面しているのを目の当たりにしました。圧倒的に雇用が足りてないんですよ。これからの時代、絶対に雇用が必要になると思い、縫製工場といろいろ相談していたら、もうすでにキッズルームを併設している工場があったんです。ならば、そこでオーダーを増やしましょうと。もうひとつは、ある記事からインドの綿農家の平均寿命が36歳と知ったこと。インドでは遺伝子組み換えのコットンを生産してきた歴史があるんです。もしそれをオーガニックコットンに変えれば、手間がかかる分、すこし高く売れて生産者にもお金が入ります。そのふたつを解決してみたいというところから始まったんですよね。「ブルーサージコットン」は農薬や殺虫剤をできるだけ使わずに育った原綿を一つずつ丁寧に手摘みすることで品質を落とさず収穫でき、生産者の健康と地球環境に配慮したオーガニックコットンなんです。
ー企業としての取り組みというよりは、庵さん自身が海外の現状を目の当たりにして、モノづくりの背景を変えていくべきだと思われたんですね。
庵:そうですね。これからは個人が大事になっていくと思うんですよね。個人がどう育っていくか。それが結果、会社の成長にも繋がると思っています。
田中:いまはバングラデシュ縫製までには至っていないんですが、庵さんの思いに賛同して、いずれはそこまでいけたらいいなと思っています。
庵:いまはインドの原料で糸にしたものを日本に輸入して、日本で編み立てて染めて、中国で製品化しています。まだスタートしたばかりでコロナの影響もあり、少し落ち着いたら、次はトライしたいなと思っています。
小嶋:決めては本当に、この庵さんの熱い思いだけですね。やっぱり年を取ると、ちょっとは人の役に立ちたいと思い始めるんですよ。最初は自分を売ることに一生懸命だったのが、人に喜んでもらえることのほうがおもしろくなってきちゃって。ちょうどそういうタイミングで庵さんからこの話をもらったので、やってみたいなと思いました。デザインは、〈アメリカーナ〉とまったく違うものは最初からできないと思っていたけど、このプロジェクトのメインが、庵さんの夢を叶えることというか。であれば、洋服屋として片棒を担がせてもらって、なにかできたら嬉しいし、それがなかったらできなかったと思いますね。
田中:こんなに情熱を注いでやっているので、やっぱり無駄なものを作りたくないんです。大量に作りすぎず、適正な量をお客さまに伝えて届けていくことをやりたい。できれば売りきれるくらいの量を目指しながら、最初はスタートしていきたいと話していました。
庵:必要な分を必要な量だけ。が、これからのキーワードだと思います。
小嶋:普通ならこういう話って、少し前だったら通らなかったと思うんですよね。とは言えたくさん売らないといけない背景がある。ところが田中さんも庵さんも実行に移している。たぶん作るほうも利益としては通常より薄いはずなんです。それも俺はおもしろくて。普通なら相手にされないというか、理想論として片付けられてしまいそうなところを、田中さんもモチベーション高くやられていて。そういうのに引っ張ってもらっています。3人で作っている感が特に強いですね。
田中:今回のようにデザイナー同士が「こういうのあったらよくない?」っていうキャッチボールを繰り返しながら作ることがすごく貴重で、楽しくて。あとひとつ言っていただいて印象的だったのが、「10年くらい前のGLRはカジュアルな印象が強かったけど、いまは精錬としたお店になっていますね」と。自分たちも気付けばお客さまのニーズばかりにお応えしていて、声が届きにくかった家族でのリラックス感とか、オフシーンでのモチベーションを取りこぼしていました。〈タナカーナ〉を作るときに、「カジュアルなものはあまり着ないけどリラックスしたいときに取り入れてみたい」とか、そういうカジュアル初心者さんのドリルみたいなもので、頒布の第一歩になったら嬉しいねという話をしていました。
ストーリーのある服が、お客さまの心を動かす。
ー実際に、どのように制作を進めていったのか教えてください。
田中:小嶋さんが得意とするような、アメカジ的なエッセンスの力をお借りしたいとお伝えしました。ロングTシャツはあまりやっていなかったんですけど、お客さまにとっては年間を通して定番のものなので、あえて秋冬店頭でも、春先までずっと着ていただけるように提案しました。〈タナカーナ〉のコンセプトは“Timeless,Ageless,Nameless,Artless”。タイムレスに、何年も着ていただきたいし、年間通してシーズンレスに着ていただきたいと思っています。
小嶋:いわゆる昔のロングTシャツのバランスだといまは野暮ったくて着れないと思うんです。元々のコンセプトや思いがあるので、形はトレンドを意識して、オーバーサイズで袖は太く。裾を前だけパンツにインしたりして、いまの世の中のムードでもあるラフでリラックスした雰囲気を作れるようにしています。生地も縫製もしっかりしているのにリーズナブルな値段設定で、サンプルが上がってくるたびに「おお!」と思いますね。〈タナカーナ〉をやっていると、自分のモノづくりに対する思いや姿勢を見直すきっかけにもなります。安易な方向にはいかないように、気をつけないと、背筋が伸びますね。最初はお客さまに喜んでもらうために始めたことが、自分たちのために洋服屋をやっていたような気がするんですよね。
田中:一番矛盾を感じているからこそ、〈タナカーナ〉をやりたくなるんでしょうね。アパレルにいながら、アパレルの仕組みのもどかしいところを感じている。原点回帰じゃないけれど、戻っていきたいなというか。
小嶋:極端なことを言えば、服は作らないほうがいいじゃないですか。やり始める人はたくさんいるから。でも、やっぱりこれしかできないし、生活もしていかなきゃいけないし。矛盾していることをやるからには、そういう思いでやらないとなというのが、実感としてありますよね。
田中:GLRは商品数がすごく多いんですけど、その中でもお客さまにお選びいただけるものって、デザイナーやスタッフが何時間でも語っていられるようなものなんです。素材やこだわり、プリントの意味など、なぜこういうデザインになっているのかを語れるものが、お客さまに喜んでいただけるし、それを伝えていく難しさも同時に感じたりしています。Tシャツ一枚買うにも、選択肢は無限にありますからね。
小嶋さんと田中さんの思いが込められたメッセージがプリントされたロングTシャツ。
細部にまでこだわりが詰まった<タナカーナ>の服。
ーアイテムについてひとつずつこだわりポイントを教えてください。まずはロングTシャツ。
田中:7月にお店に入荷したものが3人で初めて手がけたもので、10月に入荷するものが第二弾です。
庵:ブルーサージコットンで、糸からこだわって、なめらかさをより出しています。
小嶋:パロディっぽく「楽しいことをしよう」という意味を込めています。なにか行動を起こすときに、その先にいる人たちのことを考えようっていう意味ですね。ほかには女性の社会進出に向けたメッセージ。サステナブルな意味も込めています。そういったテーマ性はそれぞれあるけれど、僕はやっぱり文字のバランスや位置、配色に注力しています。お客さんが買うきっかけは、まずはそこだと思うので。あとから意味を知るのでもいいと思っているんです。「こういう意味合いのメッセージだから、みんなで着て盛り上げよう」みたいなことではなく、一番大事なのは、まずは服をかわいい、かっこいいと思ってもらうことじゃないかなと思います。
往年のアウトドアブランドのディテールを踏襲しながらも今っぽさを残したデザインのフリース。
ーフリースについて。
田中:これはリサイクルポリエステルを100%使用しています。
小嶋:僕は若い頃からアウトドアブランドが好きだったので、いいと思った無骨な部分は残しつつ、いまっぽいデザインに落とし込みました。着丈が短いのでレイヤーを楽しんでもらえます。
田中:家で過ごす時間がたくさん増えたと思うので、家で着ていてもいいし、そのまま外に出かけてもいい。そういうファッション的なお洒落を楽しめるフリースが少ないなと思ってつくりました。フリースもハーフジップもお客さまにとってはかなり新鮮だと思います。社内でも「新しい!」って話題になっていますね。トライしてもらいたいとか、難しいアイテムこそ、小嶋さんの力を借りたほうが絶対に深みのあるものになると思ったので、お願いしてよかったです。社内の男性陣がメンズも欲しいって騒いでくれてましたね(笑)。上下の切り替えで少し毛足の長さも違うんですよね。
庵:裏地はメッシュで、通気性もいいんです。
小嶋:それにめちゃくちゃ安いです。ほんとはもう少し値段を上げてもいいかもしれない(笑)。変な意味じゃなくて、ほんとに生地も縫製もそれくらいいいんですよね。
素材やディテールなど細部にこだわりを感じるスウェットアイテム。
ースウェットシリーズも素敵です。
田中:素材はブルーサージコットンと、リサイクルポリエステルの交編です。ふくらみのあるダンボール素材で、モード感があり、コーディネートに取り入れやすい感じにしました。〈アメリカーナ〉はカットソーアイテムがもともとお得意だと思うので、カットソーの着心地の良さを生かしてGLRでもアイテムをいろいろと広げたいなと思いました。
小嶋:フードにボタンがついていて、衿が立つようになります。マフラーを巻いてたり首元にボリュームがある女性ってかわいいじゃないですか。
田中:フードプルオーバーっていうお題だったんですが、このシルエットでご提案いただいて、見た瞬間すごくかわいいなと思いました。ブラウジングして腰でとめて着てもいいのが、新鮮なバランスでした。
小嶋:ニットのアイテムから着想を得て、スウェットのデザインに落とし込みました。
田中:パンツは第一弾でもやっていて、そのときは大人っぽくスリットがスッと入ったパンツを作っていただきました。第二弾はあえてスウェットのメンズライクでカジュアルな色を強めて、裾もリブ締めして、少したっぷりした膝幅とバランスに仕上げていただきました。プリントTにも施しているんですが、ブランド名をワンポイントに刺しゅうで入れていただきました。
小嶋:スウェットパンツをはいて、パーカ着て、ちょっとワイドめなトレンチコートをばさっと着て欲しいなというイメージです。ハリと光沢があるから、カットソーの印象よりキレイめな表情。上下で着てコートを羽織っても、奇をてらった感じにはならないと思います。
田中:スカートも同じ素材で作っています。上下で着るとワンピース風で、ニットにカットスカートを合わせてもかわいい。フィッティングしながら、スニーカーでもブーツでも、両方の足もとに合う丈がいいなと思って、絶妙な丈感に仕上がりました。アウターの季節、ロング丈のコートがトレンドなので、それと一番いいバランスで考えました。
小嶋:セットアップは便利だと思いますよ。コーディネートを考えなくていいし、小物などでスポーティになりすぎないようバランスを取ればいい。今、ファッションがこなれてきてるなというのは感じています。文化、アートや音楽がだんだん馴染んできて、同列にファッションが存在していることが嬉しいですね。
名前に込められた思い。
ー〈タナカーナ〉と、ネームタグに込められた意味を教えてください。
田中:わたしが“〈アメリカーナ〉にお願いしてなにかやっているようだ”っていうのが、社内で噂になっていたんですね。それをみんなが〈タナカーナ〉と冗談で呼んでいて。それをおふたりに話してみたら「それ、いいじゃん」って言ってくださって。まさか受け入れられるとは思っていなかったのでびっくりしました(笑)。〈アメリカーナ〉で使っているフォントを〈タナカーナ〉バージョンに変えていただいたセルフパロディ。その感じがすごくいいなあと思いました。
小嶋:意味深な名前は好きじゃないんです。ほんとは〈タナカサン〉でもいいくらいで(笑)。海外でもデザイナーの名前のブランドのほうが多いじゃないですか。最初は違和感があっても、あとからしっくりくるぐらいのほうがいい。田中さんはモチベーションが高く積極的で、これだけキャリアのある人なのに、事務所にも頻繁に来てくれるし。そうすると、名前だけ急に今っぽいものをあえてつけるより、このプロジェクト自体を表すほうがいいんじゃないかなと思い〈タナカーナ〉に決まりました。
田中:ありがたいです。さっき庵さんが、「これからは個の時代だ」っておっしゃってましたけど、それにも通ずるのかなと。やっぱり作り手の顔が見えるということは、自分が買うときにも説得力があると思うので、ここで名前を使わせていただけるのは、すごく嬉しいなと思います。
ータグに添えられた“hope you do well”について教えてください。
田中:「よくなりますように」「うまくいくといいね」という願いを込めてもらいました。
小嶋:やっぱり、癒しが欲しいじゃないですか。やさしいとか、癒しみたいなことは、洋服だけじゃなくても、自然と求めていると思うんですよね。今流行ってるキャンプとかもそうだと思うんですよね。聞いたことがない音に耳を澄ませたり、緑に落ち着いたり。電波が届かないから電話がかかってこないとか(笑)。洋服も、そういう風調を感じます。タイトで、形優先の服より、リラックス感、着ていて心がほぐれるようなものを求めているんじゃないかなと思っています。
ー最後におひとりずつ、今後の展望について教えてください。
庵:最初の思いは遂げたいので、インドのオーガニックコットンの原料をバングラデシュに持っていって、バングラデシュで生産したいなと思います。現地に行って、コミュニティを作り、成長させられるような仕組みを作れたら…それを〈タナカーナ〉で体現したいなと思っています。
田中:サステナブルなことをしていきたいと考えるとテーマが大きい分、それを行うための大前提として、作り手としての責任で真っ当なほうを選びながら、継続していきたいなと思っています。〈アメリカーナ〉の小嶋さんとモノづくりに取り組んで、新しいエッセンスのものができるというのはGLRにとって非常に価値の高いことだと思うので、ファンの方をどんどん増やしていきたいなと思います。あとは、一過性の取り組みにはしたくなくて長く続けていくことが、せっかくファンになってくれたお客さまに対しても誠実でいられることじゃないかと思っています。
小嶋:ふたりが言っていることと同意ですね。やっぱり売れないと続けられないので、がんばりたいですよね。あと僕はデザイン担当なので、やっぱり形がいいとか、着たときに決まるとか、今の文化に合っているということを考えて作っていきたいです。モノがかわいかったり、今のお客さまの気分にマッチさせるっていうことだけですかね。
田中: なにかを選ぶときに、ちょっとでも正しいほうを選択できるように。お客さまの背中を後押しするという意味でも、自分たちがものをつくるという責任を全うしたいです。
小嶋:意識してなにかをやっていかないと、いよいよまずいんじゃないかと、みんなが感じて始めていると思うんですよね。高校生も大学生も僕らの世代も。このままだと地球はやばい。たとえ今、具体的に行動できていなくても、〈タナカーナ〉の背景を知ることで、気づきや意識するきっかけになってくれれば嬉しいです。何も考えずに作られたものは、みんな自然と買わなくなると思うんですよね。
田中:今回1% for the Planet※の取り組みに〈タナカーナ〉も賛同させてもらっています。GLRの社会貢献活動ミッションが“22世紀の子供たちにより良い地球環境を残して心地良い毎日を過ごしてもらう”ことなんですよ。先の未来を作るには、毎日のコツコツとした積み重ねだなと思っています。
※1% for the Planet
〈パタゴニア〉が共同創設した自然環境保護のための活動。
2020年度GLRでは<タナカーナ>の売り上げの1%を、森林保全等に取り組む一般社団法人more trees、NPO法人森は海の恋人へ寄付する。
ー〈タナカーナ〉がみんなの意識を変えるきっかけになる服になるといいですよね。
INFORMATION
PROFILE

小嶋 浩
RISE FROM THE 30代表取締役社長、兼営業、兼企画。
1999年 営業、検品出荷業務を務めたインポートメーカー『35 Summers』から独立。2000年 Americanaブランド創立。現在に至る。

庵 誠
丸紅ファッションリンク㈱ブランドマーケティング部営業第一課
上海研修生を経て現在はユナイテッドアローズ社をメインとした営業担当。
個人、社会、世界がいまよりもちょっとよくなることを目指して、課題を解決できる提案を模索中。

田中 安由美
ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング ウィメンズディレクター
2008年〈グリーンレーベル リラクシング〉のデザイナーとして入社。以後カットソー、布帛デザインを経験。2016年よりチーフデザイナーを経て、2018年よりウィメンズディレクターを担当。