
モノ
2020.10.28 WED.
愛される名品・リバーコート、その上質な生地と技術へのこだわり。
今や秋冬のアウターとして定番化しつつあるリバーコート。2枚のウール織物を1枚に織り上げる通称「リバー(シブル)素材」を用いた一枚仕立てのコートで、〈ユナイテッドアローズ〉(以下、UA)のウィメンズコレクションの看板アイテムのひとつです。初めて製作した2014年から変わらぬ人気を保ち続ける同シリーズには、UAウィメンズファッションディレクター・高窪 まさみさんが考える“大人の女性に似合う服”の神髄が詰まっています。日本を代表する毛織物産地である尾州産の生地作りにクローズアップしながら、長く愛されるコートの魅力をつまびらかにします。
Photo:Yuco Nakamura
Text:Masashi Takamura
リバーコートに託した「大人の女性のエレガンス」。
2014年AWの登場以来、デザインやカラー展開を変えながらアップデートを続けるUAのリバーコート。最大の特徴は、裏表をなす2枚のウール織物を1枚に折り上げる技術で作られたダブルフェイスとも呼ばれるリバー素材です。日本の毛織物産地としても名高い尾張一宮、通称尾州に工場を置く企業、長大(ちょうだい)との深くて強い絆から生まれています。
ウール素材が持つ暖かみはそのままに、適度なハリ感と滑らかさ、そして、裏地を持たない一枚仕立てならではの軽やかさが魅力のコート。今回はその“生みの親”である、UA ウィメンズファッションディレクターの高窪 まさみさんにお話を伺いました。
高窪:最初に企画した2014年といえば、ビッグシルエットのデザインが出はじめた頃。ゆったりとリラックスした気分で軽やかに羽織れるアウターを作りたいと考えていました。けれど、コートなので軽さだけでなく暖かさも重要ですよね。その点、しっかりとハリ感もあって保温性も高い尾州の素材は適役。コンセプトとしては、重すぎても寒すぎてもNG。軽くて暖かさが保てる上、ライトに羽織れるためレイヤードすることで防寒対策もできる点が狙いでした。
そこで選ばれたのが、尾州産のリバー素材。起毛したウールの織り組織らしいマットな面構えながらも、どことなく上品。シンプルながらも品のある素材感に高窪さんは惹かれたといいます。
リバー素材といえば、メンズのドレスウェアでは一般的で、ともするとメンズライクでクラシカルな印象もあるもの。“スタンダードなアイテムを時代の流れに合わせて提案すること”が服づくりの根底にある高窪さんは、“大人の女性を美しくエレガントに”というUAウィメンズの基本的なコンセプトを踏まえ、より女性らしさを強調する仕上がりを目指したそう。
高窪:尾州産の素材はきれいなドレープが生まれるのが特徴です。ファーストモデルは、ウエストをぎゅっと女性らしくマークできるベルトをつけたガウンで、軽さとエレガンスを両立させました。日頃からエレガンスとは、着こなしだけでなく、所作も大事だと考えていますので、このコートを着ることで腕の動きや裾のさばきといった、女性のさり気ない動きをさらに魅力的に引き立てたい、という想いを持っています。素敵な女性というのは、ただ服を着るだけでなく着こなしのあしらいや小物使いが上手なイメージがありますよね。そのベースになるような洋服を提案できればと思っています。このリバーコートも、そうしたUAらしい服の代表といえるような存在であって欲しいですね。
女性らしさを体現するのに欠かせなかったのが尾州産のリバー素材。その満足度は非常に高いものになったそうです。ご自身でも過去に作ったリバーコートやジャケットなどを愛用し、着込むほどに馴染む素材感が気に入っているとのこと。長く着られるクオリティの高さが自信を持って提供し続けられる理由だといいます。
高窪:日本の機屋さんといつか仕事をしてみたい、という想いがありました。メンズではよく見かける素材ですが、ウィメンズの洋服としてはどのような仕上がりになるのか、正直未知数な部分もありました。結果、イタリアものなどに見られる華奢な佇まいとは違う、生地のしっかり感や風合いが、バランス良く保たれて、うまくわたしたちが表現したいムードに仕上がったと思います。
理想の服地が生まれるまでの、国内生産ならではの情熱。
高窪さんが考える女性のエレガンスを余すところなく表現するリバーコートの存在。この背景には、UAウィメンズの生産部門の存在も不可欠なもの。原料調達を担当する内山 育恵さんと工場との橋渡し役を担当する寺田 直子さんの尽力も見逃せません。理想のコートが仕上がるまでは、数々の試行錯誤があったそうです。
内山:リバーコートのコンセプトを聞き、今回選ばれた尾州産の他にも、イタリアやフランスなどの海外産素材も複数入れながら、7〜8品番の生地を厳選して提案しました。毛足の長いものや光沢のあるものなども揃えた中から、硬すぎず柔らかすぎない尾州産のリバー素材が選ばれました。高窪さんが抱いているリバーコートのイメージにもぴったり合っているなという印象を持ちました。
高窪さんが選んだ素材に応じて試作を担当したのが、寺田さん。縫製工場との折衝も担当しています。実際に選ばれた素材が商品としてどのような仕上がりになるのか、そういった部分を工場とのやりとりで実現させていくのが、彼女の役割です。
寺田:良い生地を使えば素敵な服に仕上がるかというと、必ずしもそうではありません。企画の段階では素晴らしい生地だと思っても、縫製してみて初めて分かることもあります。特に2枚の生地を合わせた構造のリバー素材は、縫製の際に縫いしろを作るために端を剥ぐというひと手間が入るので、その工程に耐えうる強度も必要です。いい原料を使えば当然いい面構えには仕上がるのですが、何枚もの枚数を同じクオリティで生産できるかどうか、というのも素材選びにおいて必要な観点なのです。
内山:もちろん原料が良ければ、反物そのものはきれいです。けれど、縫製してみたらどうか。このあたりは、素材担当の腕の見せ所でもあります。生地によっては、ファスナーが付けられなかったり、プリントができないというような繊細なものもあります。そういった生地は、ある程度の枚数を生産する場合には向いていないのです。
誕生から6年。ディテールや色展開を毎年アップデートしているリバーコートは、飽きることがないように毎シーズン新たな提案を加えています。素材選びに関しても同様に、そのこだわりには余念がありません。長大の作るリバー素材は、見た目の美しさと強度を兼ね備えた量産にも耐えうる素晴らしいクオリティだといいます。
寺田:毎年、安定したクオリティの生地が上がるので、デザインやディテールこそ変わりますが、スムーズに対応していただけています。それも長年のお付き合いの中で、縫製工場とも仕上がりのイメージ共有ができているからこそ。素材にしても、その縫製にしても、日本の工場に一貫していえるのは、一緒にモノづくりをしているという意識です。コミュニケーションを取る中で、今年はこうだったから、来年あぁしよう、というように、常に前向き。こちらのリクエストに対しても常に100%以上で返そうという職人魂のようなものを感じます。日頃のコミュニケーションの結果、いいものが生まれていると思います。
寺田さんが担う工場とのやりとりは、いわば「あ・うん」の呼吸だといいます。お客さまからの好評の声や、PRの雑誌掲載などを知らせると、一緒になって喜んでくれるのも、密接な関係性を築いている工場とのやりとりならでは。現場で服づくりを支える人たちの想いや活躍が、安定的な供給を可能にしているといっても過言ではないようです。
製品としてのエレガンスや品質は担保しながらも、デイリーに扱えるものを、という観点からも素材が選ばれているというのは、日頃洋服を楽しんでいるユーザー目線からはなかなか知り得ないもの。日々試行錯誤する生産への情熱が、ここで使用されている尾州産リバー素材へと導いたといってもいいかもしれません。
2枚の布帛を1枚に重ね合わせる、繊細な織りの技術。
尾州は木曽川流域の肥沃な土地の恩恵により盛んになった綿花栽培や養蚕をきっかけに、戦国時代には、現在に連なる毛織物産業へと発展していきました。地域一帯でいくつもの工場が存在し、それぞれが得意とする工程を分業するかたちで織物の生産を続けています。
今回のリバーコートに採用している素材は、この尾州で70年近く続く、1949年創業の長大株式会社の技術がつまったもの。「長大さんが企画・開発されていたものに、わたしたちが細かなリクエストをして、現在のような仕上がりになっています」と内山さんが語る通り、現場の技術の賜物です。そこで、実際に工場に赴き、その仕上がりの工程を見てきました。
素材原料には、厳選された「SUPER120‘S」であるジロンラムウールを使用した2枚の布帛を織りの工程で同時に重ねてはぎ合わせ、1枚に織り上げるという、特殊な工程を経たものです。それだけに独自の技術が必要とされています。今シーズン使用している生地は、300本の糸を余分な隙間なく幾度も繰り返し合わせ、なおかつテンションも調整し5000本の糸を整経するのがポイント。それもそのはず、糸の目が揃わないと織り上がりが平滑にならず歪んでしまうため、そうした緻密さがいっそう重要ということになります。実際に織る前に、整経の他にいくつもの工程を経るのが特徴的。織り目が美しく仕上がるためにはいずれの工程も欠かせません。
整経
総数5000本の経糸(たていと)に300本ものボビンが用意され、幾度も繰り返し合わせながら隙間なく整形されるという精密さ。熟練した技術が必要され、製織において最も重要な工程。
綜絖差し(そうこうざし)
ドローイングマシーンを使用して織る前の下準備。綜絖(ヘルド)や筬(リード)、ドロッパーに糸を通す作業によって織り機における組織や経密度を設定し、生産性を高めてその後の工程をスムーズにします。
製織(せいしょく)
下準備によって5000本もの経糸を美しく整わせ、そこに緯糸(よこいと)を打ち込むことで確かなものに。生地に仕上がったときの平滑さに影響します。
表地と裏地がコットンによって同時に接ぎ合わされて織り上がるのが、リバー素材の特徴。縫製の際は、このはぎ部分を割いてから縫い合わせる作業も入ります。
丁寧な加工の工程を経て仕上げた、高品質の生地。
このようにして仕上がった素材は、色がついていない生機(キバタ)と呼ばれる状態のもの。このままでは衣服として使用できないために、株式会社ソトーという別の工場で整理加工の工程を経て後染めされます。洗浄やシワ伸ばし、幅の調整など、縫製工場で「使える」素材としての加工が施されるのです。長年にわたって蓄積してきたソトーの技術と整理染色に適した軟水による尾州でしかできないこの加工によって仕上がりが大いに変わるといいます。
流れとしては、準備して、染色や縮絨といった加工の主要工程、および補助的な工程を経て、最終的にはピンセットを使って人の手でひとつひとつ補修を行い、検反されていきます。この工場で、色調と同時に風合いも調整され、リバーコート特有のふんわりとした素材感が完成します。毛織物素材にこうした加工が必要とされる理由は、生物の毛であるという点。その縮絨性をどのように活かすかという点が加工の最大のポイントとなります。
長大で仕上がった生機を縫製の前に整理・加工技術に優れたソトーで加工する一手間が入ることでやっと生地が完成します。一着の服ができるのに、これだけ多くの人の手が加わっていることがわかります。
洗絨(せんじゅう)
織物についた機械油や汚れを落とします。その後、水分を加えてもむことで、繊維が密になり、表面に毛羽立ちが生まれます。
(左)染色
いわゆる「生成り」のような色味の生機を染色。色味によって温度などを調整してムラなく染め上げます。
(右)起毛
針金が仕込まれた布製のロールで、生地の表面を掻き出して、織物の裏表両面を毛羽立たせ、特有のふんわり感を表現します。この工程は少しずつ、4回ほど繰り返されます。
補修
仕上がり検反の際には、人の目と手を使って補修していきます。こうした手の込んだ作業の結果、風合いが良くクオリティの高いリバー素材が生まれるのです。
今季も完成した、女性を美しく魅せるリバーコート。
今季展開するのは、定番のカラーレスタイプとフード付きの2型。このデザインにも高窪さんが思う“大人のエレガンス”が表現されています。“キャメルは女性らしさが際立つこだわりのカラー”として、毎シーズン製作しているそう。今回は新色としてオフホワイトも登場。明るい色は濃い色に比べて発色を美しく汚さずに仕上げなければならないため、原料集めから加工工程まで一層の注意が必要となる特に手の込んだ逸品です。その他、シーズナルな差し色としてレンガ色のようなブラウンと、シックな深いネイビーもラインナップ。こうしたバリエーションの豊富さも、人気の理由のひとつともいえるでしょう。
フード付きタイプは、無造作にフロントを打ち合わせることで首元にニュアンスをつけられる点も秀逸。所作までも視野に入れたデザインこそ、高窪さんのクリエーションの真骨頂。「毎年心掛けているのは、UAのリバーコートとして、全体の印象は大きく変えなくても、ディテールを変化させることで、時代感を与えていきたいですね。今後もUAウィメンズの看板として、アップデートを重ねていければ」とは、高窪さん。
こうした想いを、生産担当、尾州の現場、縫製工場が、一体となって具現化させているリバーコート。それぞれが自分自身の好みで選び、長く愛し育てていきたい、とっておきの一着になりそうです。
PROFILE

高窪 まさみ
ユナイテッドアローズ・ウィメンズファッションディレクター
1994年入社。ユナイテッドアローズ 福岡店の販売スタッフを経て、1996年より商品部に異動。ユナイテッドアローズ・ウィメンズバイヤーを経験した後、2013年よりウィメンズファッションディレクターを務める。