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2016.03.01 TUE.
POGGYが行く。京都、染め職人が伝える色と技。
この春夏シーズンに、ユナイテッドアローズ&サンズは「和み-CALM-」をテーマに、<ノンネイティブ>と一緒にカプセルコレクションを発表します。この中にラインアップされる、日本の伝統的な2つの染めの技法を使った特別なアイテムに、今回は注目してみましょう。ひとつは植物の実や根、花などの天然素材で染めを行う草木染、もうひとつは現在では非常に希少となった琉球藍染です。この伝統的な染めの技法を実際に見るために、ユナイテッドアローズ&サンズのディレクター、“POGGY”こと小木基史と一緒に京都の職人を訪ねました。
Photo_Go Tanabe
Text_Masaki Hirano
日本古来の技術を工業量産化で復活
村田:古来より日本人は、四季それぞれに移り変わる野山の姿を鑑賞し、詩や歌に詠むことでその情景や心境を表してきました。それと同じように、自らの衣装にもそうした美しい色彩を取り入れ楽しんできたのです。それらが日本の伝統色であり、草木染による染めの技法です。しかし明治時代の中期頃から化学染料に代わってしまったことで、もともとあった伝統色は消えてしまいました。いまでは一部の人たちが草木染を再現しているだけです。私たち村田染工は、この草木染を「古くて新しい染色」というコンセプトで、工業染色のステージで復活させることができました。
小木:村田さんが草木染と出会ったのはいつどんなタイミングだったんですか?
村田:奈良の正倉院に展示されている真っ赤な靴下を雑誌で目にしたのがきっかけです。1200年も前に草木染で染められた赤が、いまでもその色を保っていることに衝撃を受けました。これはぜひやってみたい、現代に復活させたい! そう思いました。
小木:なるほど。そもそも職人技的な伝統技術であった草木染を、工業量産化していることが村田染工のすごいところだと思います。一体どのようにして実現されたのでしょうか?
村田:工業化するということは、それまで勘に頼っていた部分をデータ化し、製品の安定、コストの削減を実現するということです。そのために私たちは京都産業技術研究所と洛東化成工業株式会社の3社で研究開発を進めました。そして1年半をかけて、綿、麻、シルク、ウールをさまざまな染料で染めていき、それらすべてのデータを取りました。これによって、お客様のさまざまなニーズに対して、しっかりと答えられる品質を実現しました。
草木染こそ現代に求められているエコ染料である
小木:染料はすべて天然の自然植物を使っていると伺いました。化学染料で染めた場合との色合いの違いなどはありますか?
村田:私たちが草木染を始めたときに皆さん同じ質問をされました。普通の化学染料とどこが違うんですか? と。草木染の特徴を一言で言うと、色味の優しさにあります。単純な中間色と言えない底光りするような色、渋みと深みが重なり合う複雑な色味です。その色が時間が経っていくことで、少しずつ変化していく。藍染の衣類がそうであるように、草木染も色味の変化を楽しめます。
小木:草木染の難しさや、作業を進める上での問題点はありますか?
村田:草木染に限らず、染色を行う上でいちばん大切なのは水と言えるでしょう。普通の工業用水だと、そこに含まれる薬品や不純物などの影響で色味がぼけてしまうんです。京都には今出川通、堀川通、小川通、御池通、清水、伏見と、川と水にまつわる地名があり、染井、醒ヶ井、柳の水、御香水など「名水」が数多く存在しています。当社のある西洞院通の近くには、千利休が茶の湯として使用した井戸が現存し、小野小町が使ったと記された化粧水の碑もあります。こういった良水があるということが草木染を行う上で絶対の条件となります。
小木:良い水があるからこそ、この地域では昔から染色業が盛んなんですね。
村田:そうですね。さらに草木染の染料は素材も原産国もさまざまで、それをきれいに染め上げるには化学染料に比べて時間がかかるんです。さらに先に述べたような完璧なデータ管理の元、高い経験値が必要です。例えば今回の<ノンネイティブ>のジャケットだと、染色に丸1日、乾燥も自然乾燥を行うため丸1日かかっています。いくら工業量産化できているからと言っても、時間や手間のかかる部分はたくさんあります。それでも私たちが草木染を強く推しているのは、天然の素材や京都の良水を使った、日本古来の伝統的な染色をもっと知ってもらいたい、世に広めていきたいという思いからです。すこし大げさかもしれませんが、人と地球に優しい草木染こそ、現代に求められているエコ染料と言えるのではないでしょうか。
京の地で受け継がれる「琉球藍」と「幻の京藍」とは?
小木:琉球藍染と言えば、沖縄の藍染という印象があるのですが、京都で琉球藍染を始めた理由を教えてください。
吉川:いまから10年ほど前に沖縄の業者さんから連絡をいただきまして、どうやら沖縄にはきれいに藍染ができる職人さんがあまりいない。いてもとても高くて困っている。ついては吉川さんの方で琉球藍を使って染めてもらえないだろうか? そんな相談でした。ひとまずはやってみましょうという感じで琉球藍を使ってみたんですが、これが意外にも良い感じで管理もしやすい。これはおもしろいなと思って始めたのがきっかけです。
小木:なるほど。琉球藍の他に、「幻の京藍」というのもあると伺いました。それはどんなものなんでしょうか?
吉川:京の水藍と呼ばれるもので、もともと京都で水耕栽培されていた藍のことです。これは江戸時代の文献にも見ることができ、1920年代のはじめまで生産されていたようですが、残念ながら時代の流れにより、土地開発などが進み、又輸入品及び化学藍に押され京藍は姿を消していたんです。しかし約75年前に、その水藍の種を竹筒に入れて保管してあったものが、藍染が盛んな徳島に持ち込まれた。そしてその地で再び育てられていたんです。ずっと探していた「幻の京藍」に、まさかこんな形で巡り会うとは! そこで頼み込んでその種を分けてもらい、京都へ持ち帰りました。
小木:なんだかすごいお話しですね。琉球藍と水藍で違いはあるんですか?
吉川:それぞれの特徴はあると思います。ただ、水藍に関してはまだ1年目の試みなので、色合い、濃さなどの違いはこれからもっと勉強をしていなかいといけないですね。そういった意味では「幻の京藍」を再現していくのはこれからの課題です。
狙った藍色に近づけるために何度も染めを繰り返す
小木:染の行程は手作業になるんですか?
吉川:そうですね。ここにある藍の入ったタンクに染めたい物を手作業で浸けていきます。
小木:この上に浮いてる泡みたいなものはなんですか?
吉川:これは「藍の花」と言って、この泡の状態によって藍が元気かそうでないかがある程度わかるんです。じゃあ実際に浸けてみますね。
吉川:見てください。黄色くなってますよね? この黄色が空気に触れることによって酸化しだんだん青くなってくるんです。私の場合はこの行程を水の中で行います。水にもたくさんの空気が含まれていますよね? 水中でジャブジャブ洗いながら同時に酸化させるわけです。この行程を何度も繰り返し染めていきます。
小木:回数を重ねることでどんどん染まっていくわけですね?
吉川:そうです。もう何回も何回もひたすら繰り返します。きれいにムラなく染めるためには、藍をできるだけ薄くして回数を増やす必要があります。その分作業は大変ですね。
小木:ということは、今回のアイテムはすべてこの作業で染めたんですか?
吉川:そうですね。すべてこの行程を手作業でやっています。
小木:何百枚もですか!?
吉川:はい。何百枚でも何千枚でも方法はこれしかありませんから(笑)。
小木:それは驚きですね! この色に染め上げるまで何回くらい浸けたんですか?
吉川:14~15回だと思いますね。ただし個体差が出ないように、乾かしながらそれぞれの色の濃い薄いを見分け、均一になるように気をつけています。
小木:経験がものを言う作業なんですね。
キャッチフレーズは“藍で愛を育む街”
吉川:いま放置農地や休耕田をお借りして水耕栽培している水藍を、将来的にここ保津町の特産品に育てて、地元振興に一役買いたいと考えています。いまは琉球藍の依頼が多いんですが、いずれは保津で作った水藍もどんどん増やしていって、地域のみなさんと一緒になってこの土地に恩返しができたらなと思っています。
小木:それは素晴らしい考えですね。
吉川:藍で愛を育む街にしたいというのが私のキャッチフレーズ。藍染をやってみたいという人がいれば、ここに来て体験してもらえば良いし、藍の種がほしいということであれば分けてあげようと思います。自分も藍染のおかげでここまでやってこれましたし、これからもこの文化を残していかなければならないなと思っています。例えば、あまり着なくなってしまった服などを染め直せばまた新たな気持ちで着られるはず。そんなところから藍染に触れてみるのも良いんじゃないかなと思いますね。
INFORMATION

PROFILE
小木“Poggy”基史
1976年生まれ。UNITED ARROWS & SONSディレクター/バイヤー。2006年にLiqour, woman&tearsをオープンし、2010年にコンセプトストアであるUNITED ARROWS & SONSを立ち上げ、ディレクターに就任。
村田正明
京都市立洛陽工業高等学校で染色を学んだ後、兄とともに父親が創業した村田染工へ入社。
吉川慶一
藍染職人。嵯峨美短大で版画を専攻後、和装業界で染色に携わり1996年に独立。