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2021.05.20 THU.
江戸時代から受け継がれる匠の技、「京プリント」の真髄に迫る。
古き良き着物文化と、その模様染めの代名詞である「京友禅」の影響を色濃く受けながら、300年以上にわたって独自の発展を遂げてきた京都のプリント産業。いまでは少なくなった抜染プリントの技法や、日本で唯一とも言われる完全分業生産を貫きながら各工場は京都に息づく“粋”を守り続けています。ユナイテッドアローズ社でもさまざまなアイテムをオーダーしているその「京プリント」の魅力について、改めて現地レポートとともにお伝えします。
Photo:Shunya Arai(YARD)
Text:Kai Tokuhara
豊かな水とともに発展を遂げてきた、京都のプリント産業。
京都に息づく代表的な伝統工芸と言えば、真っ先に思い浮かぶのは「京友禅」でしょう。そして江戸時代中期に扇画師・宮崎友禅斎の画風が着物の意匠に取り入れられたその「友禅染」の技術をルーツに、長きにわたって培われてきたのが京都のプリント産業なのです。昭和40〜50年代にはその生産量がピークを迎え、「京都プリント染色協同組合」に加盟する会社は約120社に到達しました。産業を発展に導いた要因のひとつに、京都特有の風土を挙げることができます。実は京都は琵琶湖からの疎水のみならず特徴的な盆地の下に地下水がふんだんに貯水されており、平安時代からその利用が盛んで、有名な下鴨神社も平安京の水を守るために建立されたそう。友禅染は糊や染料を洗い流すために、水温が一定でマンガンや鉄分の少ない水を大量に要するため、京都の地下水の水質がそこに適したことで産業そのものが大きな発展を遂げたと言われています。
京都のプリント産業のほかにはない魅力は大きくふたつ。まずは京友禅の伝統である「防抜染」の技術を現在でも踏襲し続けているところ。防抜染とは、防染剤(着色を防ぐもの)に染料を加えて柄をプリントし、その後、全体もしくは一部を染め、熱処理して洗い流すことで染料の色が着色されて柄が現れる技法。裏通りが良く、繊細で鮮やかな発色に仕上がるのが特徴です。
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「京都のプリント=抜染と言えるでしょう。元々は染めたくない部分に伏糊(ふせこ)を置き、それ以外を染めて洗う京友禅からヒントを得ています。生地の裏までしっかりキレイに染まるのが特徴で、インクジェットなどのオーバープリントでは表現しきれない美しい色合いを出すことができます。しかし、わたしたちが大切にしているその技法はかなりアナログな仕事でもありますから、デジタル化が進む、ほかのプリント産地よりも人の手や知識というものが非常に大事になってきますし、育成の時間とコストもかかります。それでも機械だけでは実現できない、職人と腕と眼と感覚があってこそ仕上げることができる抜染プリントは世界に誇れる技術であると自負しています」(山光化染 代表・細井輝男さん)
「完全分業制」の確立がもたらすメリットとは。
そして「京プリント」を語る上ではずすことができないのが、ずばり「分業」の確立。むしろそれこそが産業の基盤を支えていると言っても過言ではありません。
「製版、捺染・蒸し、ソーピングといった各工程を、その道のスペシャリストたちがそれぞれ別の工場で担うのが京都のプリント産業ならではの分業制。それによって、全工程を自社で完結させる他産地の工場さんではできないような多品種の難しい生地にも対応でき、また無駄なく必要な量だけを生産できるので小ロットの受注も受けやすいというのが強みではないでしょうか」(山光化染 営業部・末杉 圭三さん)
さてここからは、実際に〈ユナイテッドアローズ〉のコレクションもプリントしている「太田スクリーン」「山光化染」「小野木繊維加工」の3社を訪れ、それぞれが担当する工程を取材しながら京都のプリント産業の礎となっている分業生産の魅力を掘り下げていきます。
①製版〜絵刷り作成/太田スクリーン




プリントの土台となるのは「型」。創業して60年、その型の作成において高い信頼を得続けているのが「太田スクリーン」です。
「この『紗張り』と呼ばれる網戸のような細かなメッシュに感光膜を塗り、柄になる部分に紫外線に溶ける溶剤をプリント。その上から紫外線を当て、写真の原理で感光させて溶かした後、洗うと柄が浮かび上がります。紗張りは染める生地によって適した網目の粗さが変わってくるので、オーダーいただいた柄ひとつひとつをデータ処理して最適な網目を割り出し、外部に発注しています。柄に対してどのような網目の紗張りを使うかがすごく大事になってきますね」 (太田スクリーン 代表・太田 公満さん)
型が完成すると、目詰まりなどなく正常にできあがっているかを実際に紙にプリントしてチェック。この道数十年という熟練の職人さんが目分量で染料を調合し、丁寧に塗り込んでいく。その正確無比で無駄のない手さばきはお見事。
「わたしたち山光化染のプリントは太田スクリーンさんで作る型があってこそ。密にコミュニケーションを取りながらより良い型を作っていただけるので、まさに一蓮托生の関係性だと思います」(山光化染 営業部・末杉 圭三さん)
②マス見本作成〜捺染〜蒸し/山光化染
太田スクリーンで作成された型を使って、実際にプリントを施すのは「山光化染」。1961年の創業以来、京都プリントの伝統を受け継ぎながらポリエステル、ナイロン、コットン、ウールなどさまざまな素材に対応しているオートスクリーンプリントの専業工場です。




まずはどのような色彩表現をするのかをカラーシミュレーションによって選び、見本生地にテストプリントを施し「マス見本」を作成します。
マス見本作成において重要になってくるのが「CCK調液」と呼ばれる糊作成。染色物ごとに色相、彩度、濃度比などの適した測色値を高精度で割り出し、配色を決定していきます。
「このCCK調液のシステムはさまざまな工場で導入されていますが、工場ごとにカスタマイズしています。プリントは少しのデータ値の変化で色ブレや発色イメージの違いが出たりしますので、こまめに手入れをするなど常に気を使いながら調液しています」(山光化染 工場長・横川 新一さん)
※写真:山光化染 提供
色が決定されたらオートスクリーン、ロータリースクリーンといった高速プリント機器を駆使しながら実際に「捺染」していきます。生地によってはハンドプリントを行う場合もあるとか。捺染された生地は、高温のHTスチームや高圧のHPスチームを駆使した「蒸し」によって染料が発色し、定着します。
③ソーピング〜カット〜検反/小野木繊維加工
そして最終工程を担うのが「小野木繊維加工」。「山光化染」から納入されたプリント済みの生地から、染料以外の余分な捺染糊を水で洗い落とし、さらに水洗いだけでは落としきれない部分を「ソーピング」と呼ばれる洗剤や還元剤などを駆使した手法でキレイにしていきます。そして乾燥後、生地幅を整え、細かく目視で検反して出荷します。




「うちでは余剰染料を二度洗いで落としていく対応をしているのでその分コストはかかりますが、大きな自社一貫工場などではなかなかそこまでの対応はできないと思います。加えて不純物の少ない京都の地下水を使えるという設備面でのメリットもありますので、ほかにはない風合い豊かなプリント生地に仕上げるられるということでオーダーいただくことが多いですね」(小野木繊維加工 代表・小野木 泰弘さん)
高品質なプリントに秘められた「風合い」への追求心。
そのような3社が一体となったプリント製作過程を経て、仕上がったのがこれら〈ユナイテッドアローズ〉のウィメンズの総柄アイテム。発色鮮やかに裏までキレイに染められつつ、ほのかにくすみのある風合い豊かな表情に仕上がっています。
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「オーダーいただいたデザインが非常に繊細なカラーリングだったので、量産に向けての色出しにはかなり気を遣いましたが、3社が協力してそれぞれの特性をしっかり発揮することで良い仕上げができたのではないかと思っています」(山光化染 営業部・末杉 圭三さん)
近年は世界的な価格競争の影響によって、最盛期と比べて稼働工場がかなり減少しているという京都のプリント産業。しかしながら美しい伝統を絶やさないために、現在は国内市場のみならず海外へも視野を広げながら、商品開発や販路開拓に向けて各工場が一体となって取り組んでいるそうです。
「やはり着物文化がルーツにあって、その感性がしっかり受け継がれているというのが京プリントのいちばんの魅力だと思います。だからこそいろんなものを度外視して各工場が細部までこだわり続けられると言いますか。わたしたちも、『ファッションは風合いがいちばん』という想いを常に大切にしながらここまで設備に力を入れてきましたので、これからも京都のプリント産業を絶やさないように頑張っていきたいですね。そのためには分業の継続が何より重要になってきます」(小野木繊維加工 代表・小野木 泰弘さん)
「太田スクリーンさん、小野木繊維加工さん、そして弊社。どこか一社でも欠けると技術力はぐんと落ちてしまいますので。これからも“運命共同体”として、ともに京プリントを盛り上げていきたいですし、また若い世代の人たちに向けてもしっかりと発信していきたいですね。そのためにも、京都のプリント産業そのものをより魅力あるものにしていかなければいけないなと思っています」(山光化染 営業部・末杉 圭三さん)