
モノ
2021.08.26 THU.
一枚の服に込められた伝統と歴史、インドの手仕事の技術を継ぐ「フィータ」のモノづくり。
2019年春夏にデビューし、今年で3年目を迎えた〈フィータ(Pheeta)〉。これまで6回発表したコレクションはすべてインドで生産を行い、長い時間と手間をかけた伝統的な服飾技術による“手仕事の服”を作ってきました。今回は、中でも特に希少な手彫りと木版を使った技法「ブロックプリント」を施したシリーズ「フランシス」にフォーカス。ディレクターの神出 奈央子さんに、その魅力やコレクションの背景を伺いました。
Photo: Hiroshi Nakamura
Text:Mayu Sakazaki
“洋服を継ぎ技術を繋ぐ”というデザイン。
ーまず〈フィータ〉の服づくりについて、改めて教えてください。
着るものを家族で引き継いで大切にしていた和装の時代のように、親から子に繋いでいける「長く愛される一着」を目指して〈フィータ〉の洋服を作っています。ひとつひとつの服づくり自体も次世代に残したいと思える技術を使っていて、これまでのコレクションはすべてインド生産のもの。手仕事の文化が残るインドの素材と技術を活かして、長い時間をかけてサンプルを作り、少しずつシリーズを増やしています。
ーさまざまな「手仕事」の中で、とくにインドに興味を持たれた理由はありますか?
前職の時代から色々な国や地域の生産現場に行ってきたのですが、圧倒的に「個性」を感じたのがインドだったんです。できあがってくるお洋服自体もそうですし、刺繍などの手仕事も場所によってすごく多様で、手仕事の文化が根付いているんだなと感じていました。けれど、国としての洋服づくりはどちらかというと大量生産や安価なものが中心で、せっかくの技術が活かしきれていない現状もある。縫製やパターンも含めて一緒に作ることができれば、すごく良いものができあがるんじゃないか、と思ったのが大きな理由です。
ー2019年春夏のデビューから約3年経ったいま、どんなことを感じていますか?
インドには、モノづくりが好きな人が多いということを改めて感じていますね。「こんなにいいものを作っているんだ」という、自分の仕事に対する誇りがある。手仕事ですからひとつひとつ少しずつ違うのが当たり前で、そこに人間味や美しさを感じるんです。人にしか生み出せないものだからこそ、人の心を揺さぶるというか。そういうモノづくりの価値を理解する土壌がインドにはあって、だから魅力的なんだなと感じています。
ーデザインやコレクションテーマにも、そういう精神が影響を与えているんですね。
そうですね。フィータでは「手仕事の洋服づくり」のみを続けているので、まず使いたい技術や表現したい手仕事を現地で探すことからスタートしています。工場に行っていろいろな話をしたり、まずは一緒に作ってみたり、そういう作業も制作のベースになってくれる。職人さんたちも「一緒に作っている」という気持ちはすごく強いと思います。
手彫りの木版による“ブロックプリント”の魅力。


ー6度目となるコレクションですが、全体のテーマはありますか?
今回は「年縞(ねんこう)」をテーマにしています。湖の底などに土が溜まってレイヤーになり、春夏は黒い層、秋冬は白い層ができて、その黒と白が積み重なると一年になる。それが何十年と続いてできあがるのが年縞です。どんなに大変な一年でも、ずっと未来から俯瞰で見たら、気づかないうちに前進していたり、雄大な美しさを生み出していたりするかもしれない。そういうわたしたち自身の姿や、年縞の美しさを反映して作りました。コロナ禍で今季はインドに赴くことができず、生産状況も不安定になっている現実があるからこそ、今回は3年かけて積み上げてきた手仕事を新たな素材やデザインに置き換えて表現したコレクションでもあります。
ーインドの工場は稼働しているのですか?
コロナウィルスの影響でインド政府による規制も厳しかったのですが、いまはやっと職人さんたちも、半数くらいは工場に戻れるようになってきました。去年の4~5月がピークで、2カ月ほどは完全にロックダウンしていましたね。今年も感染者数はかなり増えていましたが、8月に入ってからは少しずつ落ち着き、規制も緩くなってきているようです。
ー今回の「フランシス」シリーズに施されているブロックプリントは、過去のコレクションにも登場する〈フィータ〉の定番でもありますよね。どんな技法なのでしょうか?
ブロックプリントの発祥は、インドのラジャスターン州のジャイプールという都市。昔はたくさんの職人さんがいたのですが、いまはデジタルプリントの普及によってどんどん減ってしまっている技術なんです。作り方としては、わたしが描いた図案をもとに、1センチほどの深さまで2週間ほどかけて木彫りを行い、やっとひとつの版が完成する。それをいくつもいくつも作り、版画のように一色ずつインクで押し付けることで、全体の柄ができていきます。もう、信じられないくらい手間がかかるプリントなんですよ(笑)。




版は一つひとつ手づくり。全体の柄ができあがるまでに、図案から木彫り、版押しまで多くの時間と手間がかかる。
ーそういう技法を扱うのは、品質的なハードルも高そうです。
神出:そうですね。一色ずつ版をのせていくので、雨季は色が滲むため製作が止まったりと天候の影響も大きいですし、時間もお金もかかるので、日本はもちろん、インド国内でもどんどん見かけなくなってしまっていました。でも、「いいものを長く使いたい」という世の中の流れが出てきたことで、ようやくその価値が見直されてきた技術でもあります。
版が完成したら、布に版押しをする。
─神出さんが感じている、ブロックプリントの魅力はどういった部分でしょうか。
やはり、一人では生み出せない「手」の味わいです。最初の図案がそのまま出てくるのではなく、木に写しとられて、彫られて、その重い木版をインクでひとつひとつ押し付ける。その過程で少し滲みが出たり、版と版の間にわずかな歪みやズレが生じることも、手仕事の味わいで「美しさ」だとわたしは思っています。その木版も一度で終わりではなくて、別のコレクションで新しい使い方をしたり、ノベルティのハンカチを作ったり。使い捨てるのではなく「使い続ける」という意識でブロックプリントを取り入れています。
過去のコレクションで余った残布もブロックプリントを利用してノベルティのハンカチとして生まれ変わる。
手仕事のブランドならではの明確な“メッセージ”がある。
ー「伝統的な手仕事の技術を継ぐ」というのは、言葉では簡単ですが、実際にやっていくのは本当に難しいことだと思います。どんなことに苦労していますか?
サンプルを一着作るのに長い時間がかかることですね。このブロックプリント以外にも、手仕事でしか織れないタックや100年程前の古い織機のレースを使ったもの、ミシンで絵を描くように刺繍したり、手と針だけでモチーフを縫っていく技法など…。職人さんもデザインするわたしたちも本当に大変なものばかり(笑)。パターンも仕様書も図案もすべて英語で指示を入れていくので、想像以上に前倒しで作業をしなければならないという部分ですね。
─気が遠くなるようなサイクルですね。
だからこそ〈フィータ〉では、ひとつの技法やシリーズが一回きりで終わりではなく、次のシーズンにも出てきたり、定番化したりしています。すべてをゼロから作るのではなく、積み重ねたり、アップデートしていくような感覚。6回目のコレクションは特に、そうして“繋いでいく”というイメージを持って作っていきました。
─職人さんたちからは、どんなリアクションがありますか?
最初は洋服ではなく、小さな生地見本の依頼から始めるんです。そこに細かい縫製や刺繍をお願いすると、「どういう服なんだろう?」とまだ伝わっていない感じがするときも多分にあります。でも、できあがった生地や資料を持ち帰って、パターンや仕様書を渡して最終的に服ができあがると「ああ、こういう風になるのか」と納得してくれる。意図を伝えるためのセッションはとても多いですが、だんだんとわかり合えていく感覚は楽しいですね。
一枚一枚のプリントが合わさって、ひとつの柄になる。
─インドはチェンナイの出版社「タラブックス」の手刷りの絵本なども話題ですよね。そういった国全体としての手仕事文化、精神のようなものも感じますか。
インドは紙もパワーがありますし、タラブックスの印刷技法は<フィータ>の考える手仕事と通ずるものがあります。インドの人はこのようなことをすごいこと、特別なことだとは思っていなくて、当たり前の日常のようにやっている。そうやって作られるものを見ていると、本当に愛らしいな、可愛いなと感じます。すごく人間的ですよね。その手触りの質感と美しさに、伝えたい価値観やメッセージが詰まっているんだと思います。〈フィータ〉でも、綿素材の生地の両耳(端)から出る残布から作られたインド製の再生紙を使い、古くからの印刷技法である活版印刷を用いて、商品の下げ札を作成しています。
〈フィータ〉が続けていきたいこと。
ーコレクションを重ねていく中で、ブランドとして改めて大切にしたいと感じることはなんですか?
「繋いでいく」ことで、それは最初のコンセプトと変わらないですね。そして10年後も20年後もいい服でいるためには、技術を繋ぎながら、ブランドも進化していかないといけないと思っています。毎シーズン生地の打ち込みを見直したり、糸自体をオーガニックコットンに変化させたり、見えない部分もより良くしていくことが大切。愛着を持って着てもらうために、作っていく過程でも喜んでもらえるようなモノづくりがしたいです。
ー「染め替え」のアフターケアも、すごく画期的ですよね。
そうですね。和装の文化では「染め替え」はよく行われてきたことですが、〈フィータ〉のアイテムは薄い色の生地の汚れが気になってきた際に、黒染めで新しい一着に変化させる取り組みを行っています。何年も着て黄ばんでしまったり、歳を重ねて着る機会が減ってしまったものでも、また違う気持ちで楽しんでいただけたら嬉しいですね。
ー最後に、今後やっていきたいことや、考えていることなどはありますか?
今後はインドだけではなく、さまざまな国や地域の手仕事文化を取り入れていけたらと思っています。すでにいくつか見に行ったりもしているのですが、これまでと同様に、実現するまでには長い時間がかかりそうです(笑)。あとは、〈フィータ〉の世界観を成長させ続けていくということですね。生地の残布を再利用したハンカチや、リサイクル紙を使った商品の下げ札など。商品そのものだけでなく、ブランドのディティールまでひとつずつ考えながら、これからも進んでいきたいと思っています。
INFORMATION
PROFILE

神出 奈央子
アパレルなどで企画デザインを担当後、2008年Another Editionの企画デザイナーとして入社。2015年より同ブランドのクリエイティブディレクターを担当。2019年春夏シーズンに〈フィータ〉を立ち上げる。