
モノ
2021.10.14 THU.
LOEFFディレクター・鈴木 里香が素材選びにこだわる理由。
「年齢を重ねても大切にしたい日常着」をコンセプトにした〈ロエフ〉は、この秋冬で5シーズン目に突入。ほんのりメンズライクなムードが漂う洗練されたコレクションで、スタイルを確立した高感度な女性たちからますます厚い支持を獲得しています。ディレクター兼デザイナーの鈴木 里香さんが洋服を作る上で、なによりも重視しているのが素材選び。この秋冬のコレクションにも起用されたというサステナブルな素材についてのお話も伺いつつ、鈴木さんの真摯なモノづくりの姿勢に迫ります。
Photo:Taro Hirayama
Text:Kumiko Nozaki
“洋服づくり”は素材重視の“料理”と似ている。
―〈ロエフ〉のアイテムは、まず素材を決めるところからはじまると伺いました。
そもそも素材選びからスタートするのがモノづくりのやり方だと教えられてきたので、それが自分にとって自然なルーティンになっています。時代の変化とともにいまでは様々な作り方が生まれていますが、わたしにとって“洋服づくり”は“料理”と一緒。“料理”って、まず素材を選ぶことからはじまりますよね。そこから届ける相手を考えて何の調理器具を使うのか、どんなお皿で出すかなど、細かな選択をしていく。“洋服づくり”も同じです。まず生地を選んで、型紙をどう引くのか、どんな縫製にしていくかなど、いろいろなチョイスをしながら最終的にひとつの形にしていきます。それぞれ選択肢は無数にありますが、ベストな選択を重ねて初めて自分が納得できるいいモノができあがると思っています。
―選んだ素材は、どのようにしてデザインへと落とし込むのでしょうか。
選んだ素材からイメージを膨らませてデザインに落とし込むというよりも、素材を選ぶこととデザインを考えることを、同時期に並行して行っている感じです。毎回、気になる生地屋さんから生地のサンプルを取り寄せるのですが、国内、国外合わせるとトータルで50〜60社近く。だから実際に手に取る生地は、かなり膨大な量です。生地作りって実はたくさんの方々が関わっていて、思っている以上に手間も時間もかかるもの。生地屋さんは1年後、2年後を見据えて製作に取り掛かっています。そのため懇意にしている会社さまとは、生地の製作段階で、意見交換することも。まさに生地屋さんと一緒にモノづくりをしている感覚でしょうか。その一方で、これをお客さまにどんな形にして届けるのがいいのか、デザインのことも同時に考えているわけですが。
―2つのことを同時進行するというのは、なかなか大変ですね。
そうなんです。洋服としてのデザインの魅力もしっかり伝えたいし、素材が生まれるまでの労力や背景を知っているからこそ、素材そのものの持ち味も余すことなく伝えたい。わたしの中に常に2つの思いが同居しているので、まるで自分が二人いるような感覚です(笑)。
―素材を選ぶとき、特に重視していることは何ですか。
コストとクオリティのバランスはもちろんですが、わたしが同じ服を繰り返し着るタイプなので、何度でも着たいと思えるという部分は重視しています。何度も洗ったり着用を重ねることで風合いが変化していく素材はたくさんあるけれど、そうなっても“いい素材”と思えるかどうかもポイントですね。そしていい素材=値段が高い素材というわけではないので、そのあたりをしっかりと見極めなくてはなりません。
生地として純粋に心惹かれた新しいサステナブル素材。
―今シーズンの〈ロエフ〉は「Journey(旅)」がテーマだとか。
気軽に旅に出られないいまだからこそ、あえて“旅”をテーマにしました。まだまだ終わりが見えない大変なご時世ですが、とびきりおしゃれなアイテムをまとって妄想旅行をしながら、日常が少しでも楽しいものになるといいなと。ルックではオーセンティックなアイテムと掛け合わせた、遊び心の効いたコンサバティブスタイルを提案しています。
―今季のコレクションには環境や動物に配慮した素材も起用しているそうですね。
リサイクルウールとノンミュールジングウールを使ったアウター、オーガニックコットンを使ったカットソー、リサイクルナイロンやリサイクルポリエステルなどを使用したアイテムも展開しています。リサイクルウールは生産の過程で不要になった毛糸などを原料としており、ノンミュールジングウールは羊に負担をかけない手法で生産されているのが特徴。でも決して「サステナブルだから」という理由だけで選んだわけではありません。数ある中から“生地として魅力を感じたもの”を選別した結果、最終的にたどり着いたのが、たまたまこれらの素材だったんです。
―サステナブルな素材のバリエーションが増えているということでしょうか。
そうですね。サステナブルな素材を生地屋さんで見かけるようになったのは、7、8年前ぐらいだった気がします。ただそれらの風合いが当時はあまり好みではなく使用しておりませんでした。でもここ最近、どんどん進化を遂げていて、自信をもってお客さまにおすすめしたいと思えるものが増えてきました。特にオーガニックコットンは、年々質の高いものにアップデートされていると思います。
母の“お下がり”のデニムがモノづくりに携わるきっかけに。
―鈴木さんご自身は、サステナブルなモノ作りにどのように向き合っていますか。
ちょっとひねくれているかもしれませんが、環境に配慮した素材を採用していても、ブランドとしてサステナブルを声高に訴えたくはないんです。ただ長年、大量生産をする場に身を置き、当時、無意識に行なってきたことが、どれだけ環境に良くなかったのかということをいま、痛切に感じています。だからこの先、わたしが生み出すのは使い捨てのようにならず、大切に長く着てもらえるものだけにしたい。さらに生産過程においても、なるべく環境負荷がないように意識していかなくてはと考えています。
―時代が変化しても誰かに受け継がれていくような洋服が、この先もっと増えていくといいですよね。
実はこの仕事に就こうと思ったきっかけは、母の“お下がり”なんです。わたしは視力が悪く、小学生のときアラレちゃんみたいな黒縁の眼鏡をずっとかけていたため、まわりに、それをからかわれることが多くて。自分の外見に対して、とにかくコンプレックスを感じていました。ある日、母のお下がりのスリムデニムを穿いていつものように登校したら、後ろから「里香ちゃんって脚が細くて長いんだね」と話している友人の声が聞こえてきたんです。それまで外見を褒められたことが全くなかったので、嬉しい半面、すごく驚きましたね。何気なく着た洋服が自分では気づかなかった長所を引き出して、コンプレックスの塊だったわたしに自信を与えてくれた瞬間でした。
―新しく買った洋服ではなく、お母さまの“お下がり”というところが、いまの鈴木さんの作り手としてのスタンスにつながっているように思います。
その出来事がきっかけで「物の価値って気づかないところに潜んでいて、大事にすればするほど新たな可能性が見えてくるんだな」と考えるようになりました。いまは洋服に関してたくさんの選択肢や様々な価値観があります。一着ができるまでに計り知れない苦労があるのを知っているからこそ、わたしは受け継いだ人が最後まで大事にしたくなる洋服を作りたいし、自分もそういう洋服を身につけていたいですね。
―コロナ禍を経て、消費者の意識も確実に変化していますよね。“いいもの”を見極める目も厳しくなっているような。
誰もが大変な状況にあるこのご時世、洋服にどこまでお金をかけられるのだろうかと憂慮することはあります。でもいまのわたしにできることは、生地屋さんや工場、職人の方々など〈ロエフ〉に関わる多くのスタッフのためにも、ベストを尽くすのみ。それだけです。いまは洋服作りにもいろいろな方法が生まれて、わたしがこの仕事をはじめた頃に比べて、より早く簡単に作ることもできるようになりました。どんな方法を選ぶかはデザイナーやブランドの意向によると思うのですが、わたしは手軽に作れるようになったからこそ、逆に手間をかけてじっくりとモノを作ることを大事にしたいと思うようになりました。生地選びからしっかりとこだわりをもって、そのブランドでしか手に入らないような、価値のある物を作ることができたら本望です。
こんな時代だからこそ、洋服以外で新しいチャレンジを
―今季で5シーズン目を迎える〈ロエフ〉ですが、ブランドとして新たに挑戦してみたいことや今後の展望があれば教えてください。
〈ロエフ〉は誰かに喜んでもらいたいという一心ではじめたブランド。洋服はもちろんこの先も継続していくのですが、いまは洋服にお金を割くのがなかなか難しい時代じゃないですか。だから洋服以外でも、お客さまに喜んでもらえることをなにかやりたいと思っています。
―すでに進行中の企画はありますか。
年末に向け、新しい年を迎える際のしつらえとして、お客さまに楽しんでもらえたらと新しい陶器を作成中です。あとはわたしの趣味がゲームなので、ゲームとコラボレーションのようなことができたらと。難しいかもしれませんが…(笑)。こんな時代だからこそ、いままで混じり合ったことがない、異業種の方々と自由に新しいことにチャレンジできたら面白いなと思っています。
INFORMATION
PROFILE

鈴木 里香
国内外のトラディショナルブランドやデザイナーズブランドでデザインを経験。その後、2007年にユナイテッドアローズ社へ入社し、ビューティ&ユース ユナイテッドアローズやスティーブン アラン、エイチ ビューティ&ユースのデザインを担当。2019年秋冬シーズンより〈ロエフ〉を立ち上げ、今季で5シーズン目を迎える。