モノ
2016.06.10 FRI.
梅雨の季節に想いを馳せる、傘と日本人との親密なる関係
突然ですが、みなさんは、傘を何本持っていますか? 1本? 2本? 折りたたみ傘を入れればもっとでしょうか? 「そういえば会社にも置き傘が何本か…」という方もいるかもしれません。ある調査によると、日本人一人当たりの傘の所持数は、平均3.3本で世界一なのだとか。ちなみに世界の平均は2.4本。面白いのは、降水量と傘の所持数を比較したときに、「雨が多い国=傘をたくさん持っている」というわけでもない、ということ。では、なぜ日本人は、そんなにたくさん傘を持っているのでしょう。今回は、日本人と傘にまつわるお話です。
Photo:Takeshi Wakabayashi
Text:Aya Kenmotsu
江戸から明治にかけて大いに進歩した日本の傘の歴史。
日本で、今のような形の傘が庶民の間で使われるようになったのは、江戸時代のこと。それまでの雨具といえば、昔話『かさこ地蔵』でもおなじみの菅笠(すげがさ)や箕(みの)が一般的でした。和紙や竹などを使った「和傘」は、浮世絵の風景画や美人画でもよく登場していることからもわかるように、江戸時代の人々にとって身近な日用品だったのでしょう。茶道、歌舞伎や日本舞踊といった伝統芸能の小物としても取り入れられている「和傘」は、雨具としてだけではなく、その美しさでも愛され、文化として広まっていきました。
時代が明治へと変わり、文明開化により日本に西洋文化が押し寄せるとともに、生地を使った「洋傘」が、上流階級を中心に愛用されるようになります。明治10年代にはすでに国産の洋傘が普及し始め、以来、折りたたみ傘、コンパクト傘、ナイロン傘、ワンタッチで開くジャンプ傘、ポリエステル傘、ビニール傘と、形を変え、素材を変えながら傘は進化を続けてきました。手軽で便利な生活必需品であると同時に、ファッションアイテムとしても、時代時代を彩ってきたのです。
パラパラの小雨でも傘をさす日本人は世界一傘が好き!?
さて、ここで再び質問です。
「外を歩いていたら、ポツポツと雨が降ってきました。傘をさしますか?」
ポイントは「ポツポツ」という雨の量です。この質問に、日本人の多くは、「傘を持っていればさす」と答えます。ところがヨーロッパでは、「小雨くらいでは傘をささない」という人がほとんどなのだそうです。
これは、日本とヨーロッパの気候の差によるところが大きいと思われます。湿度の高い日本では、一度濡れてしまうとなかなか乾かないので、できるだけ濡れないようにしようとしますが、湿度が低く、空気も乾燥しているヨーロッパでは、少し濡れたくらいなら、すぐに自然乾燥するので気にしないのだとか。また、雨の降り方もスコールのように一気に降ってピタッと止むことが多いので、雨宿りをしてやりすごせば大丈夫なのだそう。そのため、「そもそも傘を持ち歩かない」という人も多いといいます。「雨に濡れても気にしない」人が多いアメリカ人は、「面倒だから傘は持たない」というアンケート結果も(笑)。
なかには、傘ではなく、レインコートが主流という地域もあります。イギリスでは、雨が多いというイメージですが、大人も子どももレインコートをよく着ています。ただ、日本のムシムシした梅雨には、レインコートは「ちょっと苦手」という方もいるかもしれませんね。
几帳面できれい好きな日本人にとっては、傘はやっぱり必需品。だからこそ、冒頭にご紹介したように、一人平均3本以上も持っているのかもしれません。日本では“傘”という“モノ”は、本格的な夏が来る前のひと月ちょっと、シトシトと雨が降り続く憂鬱なシーズンを、少しでも楽しく過ごすためのキーアイテム、ということになるのでしょう。
お気に入りの傘があれば、雨の日もハッピーに過ごせる。
海外からの旅行者が驚くことのひとつに、日本でのビニール傘の普及率があります。「みんなが透明な傘をさしている」のが、不思議な光景なのだそうです。ワンコインで大型ワンタッチ傘が買えるというコストパフォーマンスのよさに加え、最近のものは耐久性もずいぶん向上したので、「突然雨が降るとつい買ってしまう」のかもしれません。一方で、高価な傘を買って大切に使う、という人も増えていて、傘の志向は二極化する傾向にあります。
日本では、年間なんと1億3,000本もの傘が販売されています。そのほとんどがビニール傘だそうですが、その数字のなかには、一生ものの、お気に入りの1本に出会った人も含まれているはず。そして、その人はきっと、雨の日になると大切にしまってあるその傘をいそいそと出してきて、パッと開いて、軽やかな足取りで歩き始めるに違いありません。お気に入りの傘があれば、梅雨空の下でも笑顔で過ごせる。“モノ”には、そういう力があります。
6月11日は「傘の日」。静かに降り続く雨のなか、あちらこちらで色とりどりの傘の花がパッ、パッと咲いて、くっついたり離れたりすれ違ったり。そんな素敵な光景を思い浮かべれば、雨の日の街も素敵に見えてくるはずです。