
モノ
2015.11.10 TUE.
お花がもつ不思議な力。
東京・明治神宮前の裏通りにひっそりと佇む小さなお花屋さんがあります。その名も「THE LITTLE SHOP OF FLOWERS」。花がもつ美しさだけではなく、その儚さも表現として取り入れ、他にはない提案で多くの人から支持を集めるお店です。オーナーの壱岐ゆかりさんはもともとインテリアとPR業の出身。お花に関する知識はほとんどなかったといいます。そんな彼女が花に魅せられた理由とは? 花のもつパワーの正体に迫りましょう。
Photo_Nahoko Morimoto
Text_Yuichiro Tsuji
お花が記憶のスイッチになる。
ー壱岐さんがお花屋さんを始めようと思ったきっかけを教えてください。
壱岐:私はもともとインテリアやPRの仕事をしていたんですが、いつかは自分で何かを表現できるようになりたい、という希望を抱いていました。というのも、PR業を行なう傍らで自分も表現者としての技術を身に着ければ、仕事としても一個人としても価値観を広げることができるかな、と思ったんです。
ーその表現の方法としてお花を選ばれたわけですね。
壱岐:そうです。でも実は、お花がすごく好きで始めたわけでもないし、お花の扱い方を知っていたわけでもなくて…。“1業種1ブランド”というテーマでPRをしていたのですが、既存のブランドとは干渉しないものがいいな、と思っていました。誰もやっていなかったのがたまたまお花だった、というだけなんです。それで平日はPRをやりながら、週末だけお花屋さんを開くという生活をスタートさせて。はじめは本当に大変でしたね(笑)。
ーやり方もわからない中でスタートさせて、どうのようにノウハウを学んでいったのでしょうか?
壱岐:手探り状態で色々なことに挑戦しながら地道に知識を身につけていったのと、あとは人に恵まれていたというのがいちばん大きいと思います。知り合いにお花に詳しい方がいらっしゃって教科書みたいな手書きのノートをつくってくれたりとか、友人たちがいろんな本を買ってきてくれたりして。そういった方々のサポートがあったからこそ、いまの私があります。
ー現在、お店で実際にお花をつくる上で、心掛けていることはどんなことですか?
壱岐:色彩を豊かにすること、季節感を取り入れること、ですね。私、色が好きなんですよ。大学の頃に建築の勉強をしていたことがあって、室内のインテリアなどを立体的な絵に起こす作業があるんですけど、それを描くのにマーカーや水彩絵の具を駆使して写真っぽく見せるのに凝っていて。アメリカの大学だったので、言葉のハンデを色彩で補おうとしていたのかもしれません。
ーその色彩表現をお花でも取り入れていると。
壱岐:そういうことになると思います。例えばピンクを基調としたブーケをつくるにしても、ピンク色を表現するのに数種類のピンクの草花を用意するんです。そうするとグラデーションっぽくなって、単色のピンクよりも豊かで深い色合いになる。
ーユナイテッドアローズのピンクリボンキャンペーンでつくられたお花も、たくさんの色が使われていました。
壱岐:あれは単純にピンク一色にして「いかにも」っていう雰囲気に落とし込みたくなかったんです。せっかく私に依頼してくださっているなら私らしい要素も盛り込みたい、と思って。ピンクリボンの運動はひとりでも多くの女性に届けるべきメッセージなので、多種多様な人々に受け入れられるように、そのなかに自分らしさを注いでいく。容易なことではなかったんですが、それでもなんとかつくることができました。
ー“季節感を取り入れる”というのは、どういうことなのでしょうか?
壱岐:季節のお花を使うようにはしていますね。日本は四季が豊かな国なので、それを感じとれるようなものをつくりたいと思って。
ーなるほど。
壱岐:私自身、自分の子供が生まれたときに色々な人からチューリップをもらったことがあって。そのときはちょうど春だったんですが、子供が一歳になる頃に道端でたまたまチューリップの花を見かけて、「あぁもう一年経ったんだ」ってなんだか心が温かくなったんですよね。
ーふとした瞬間に懐かしい音楽を聴いたり、特定の香りをかぐと、古い思い出が蘇ったりするのと似ていますね。
壱岐:そうですね。だからその季節でしか味わえないお花をなるべく使うようにしています。日々お花にふれていることが多いからか、歳を重ねてきてしまっているからか、不思議なことにだんだんと野花や可憐なお花が好きになってくるんですよ。
私たちにお花がもたらしてくれること。
ー「THE LITTLE SHOP OF FLOWERS」はビューティ&ユース ユナイテッドアローズ 渋谷キャットストリート ウィメンズストアにもお店を構えていますよね。壱岐さんは“ファッション”と“お花”の関係をどう捉えていますか?
壱岐:洋服屋さんに花屋があることで、お花をより身近なものに感じやすくなりますし、洋服にとってもお花はいい引き立て役になる。そういった相互関係が成り立っていると思います。
ーお互いを補助し合っていると。
壱岐:そうですね。それにお互いのお店の価値観も広がりますよね。それは私たちにとってもプラスのイメージにつながりますし。とても相性がいいと思う。
ーもともとファッション業界に身を置いていた壱岐さんですが、当時使われていた感性が現在のクリエーションに生かされている、というようなこともあるんですか?
壱岐:それはないですね。私はなにかをつくる人間ではなく、つくる人のサポートをする役割だったから。強いて挙げるとすれば、コンセプトづくりにおいては当時の仕事が生かされているかもしれません。ファッションブランドには毎シーズンテーマがありますよね? 「なにかの映画や本からインスパイアされた」とか。むかしはデザイナーとそういったコンセプトについての話を、繰り返し聞かせてもらっては学んでいました。お花でもそうなんです。お客さまとの会話を繰り返して、ブーケなどを作っているから。
ーといいますと?
壱岐:お花をプレゼントする相手がどんな人なのか、お客さまと対話しながら探って、その人がもらって嬉しいものをつくるということです。花屋をはじめたばかりの頃は「必要以上に質問される花屋」ってよく言われていました(笑)。今でもどんな映画が好きで、何色が好きか? とか、とにかく質問をたくさんしながら、プレゼントされる方の人物像を頭にイメージしてつくっています。
ーこれだけ物が溢れる時代に、そうして作られたお花をプレゼントされたら、受け取る側は喜びが倍増しますね。
壱岐:うん、気持ちが豊かになりますよね。もらって、自分の部屋に飾って、長く楽しむためにお世話をして。心に余裕が生まれるというか、生活にゆとりをもたらしてくれる。お花はそういうパワーを持っているような気がします。
ー最後に、壱岐さんにとって「お花」とはどんな存在か教えてください。
壱岐:私を普通の人間に戻してくれたもの、かな。お花屋さんを始める前は、人生の路頭に迷うようにとにかく自分を見失っていた時期で、その中で“お花”という選択肢を選んだことで自分の生きるべき道筋を新しく発見することができました。ようやく慣れてきたいまでも、学びたいこと、学ぶべきことがたくさんあって。人生を30年間使い古したあとに「まだまだこの先もあるんだ」って気付かせてくれたのが、お花だったんです。
PROFILE

壱岐ゆかり
フラワーショップ「THE LITTLE SHOP OF FLOWERS」を主宰。インテリア、そしてプレス業を経て、フラワーショップをオープン。誕生祝いや結婚祝いなどの日々の小さな贈り物の提案から展示会やパーティ、結婚式の装飾・演出など、花をプロダクトとして捉えたアレンジを独特のスタイルで展開。原宿・明治神宮前の古民家の庭に本店を構える。
www.thelittleshopofflowers.jp