
モノ
2020.12.17 THU.
「La Maison de Vent」女性のライフスタイルに寄り添う器の魅力。
陶芸家・鈴木 麻起子さんが手掛ける器ブランド〈La Maison de Vent(ラ メゾン デ ヴォン)〉。深く鮮やかなターコイズブルーの器には、女性の暮らしにやさしく寄り添うことをコンセプトに、一つひとつ細やかな手仕事が施されています。5枚重ねて持ち上げても驚くほど薄くて軽く、無造作にスタッキングしても空間に馴染むように。使い手に嬉しく、長く愛される器たちには、どのような思いが込められているのでしょうか。笠間の豊かな自然に囲まれた、鈴木さんのアトリエを訪ねました。
Movie:Ryoji Kamiyama
Photo:Yu Inohara(TRON management)
Text:Asuka Ochi
小さな頃から常に身近にあった、手作りの器。
ーまずは陶芸家を志すことになった、きっかけを教えてください。
叔母が美術教師で陶芸教室を開いていたこともあり、子どもの頃から身近で手作りの器に触れて育ちました。陶芸家を目指したのは、彼女が教室の手伝いに誘ってくれたときに、そこにあった図録でルーシー・リーさんの作品に出会ったことがきっかけです。作品を見て、こういう世界があるんだ…“自分でもやってみたい”と思ったんです。4日ほど、教室の先生にろくろの使い方を教えてもらって、あとは独学でひたすら練習をしました。ルーシー・リーさんの図録で、彼女の代表作のボウルが半分に切られている写真を見ながら、厚みを意識してろくろを挽いていました。
それが25歳の頃だったと思います。30歳までに求められるものができなければ陶芸は諦めようと考えていたので、一生懸命でしたね。ありがたいことに、わたしの器が欲しいと言ってくださる方のおかげで、たくさんろくろを挽くことができ、少しずつ技術を磨いていくことに繋がりました。
“女性の日常に寄り添う器”を目指して…。
ー女性でも5枚重ねて持ち運べる重さであること、スタッキングしやすい器であることなど、“女性にやさしい器”をコンセプトとして制作されていますが、そのポリシーや起源について教えてください。
当時、教室の生徒さんが参加した作品展に来たお客さまが、「手作りの器って好きだけれど重たいのよね。重なったら食器棚に入るんだけど、重ならないものが多いし…」と言ってくださったのが、自分の器づくりの起源となりました。その言葉からはじまって、いまのわたしのデザインの根本には、使ってくださる人の意見の中から組み立てて生まれてきたものが多くあります。
“5枚重ねても軽くて持ち運びやすく、スタッキングできて食器棚に収納しやすいように”というのももちろんですが、生活様式が変化していく中で、食器棚から出したまま置いてあっても美しく見えたり、花器や小物入れにするなど、さまざまな使い方を楽しめたりするようなものを考えています。わたしの方がお客さまに、思いつかなかった使い方を教えてもらうようなこともたくさんあります。使ってくださる方の日常に寄り添うような、使いやすい器であればいいなと思っています。
ー制作において、苦労されるのはどのようなことでしょうか。
イライラしたり怒ったり、嫌なことがあって落ち込んだりといった気持ちを、ろくろを挽いているときにはあまり持ち込まないようにしています。そういった気持ちがわたしの手を通して器に込められてしまわないように、みなさんに気持ちよく使っていただくために、なるべくポジティブで元気な状態でいられるように気をつけています。
もちろん、作る仕事にはたくさんの苦労がありますが、見た瞬間に楽しい、やさしい、あたたかい、というような感情が振りまける、魔法のようなイメージの器であるための努力を忘れないように。展示会などでのお客さまとのお話や、いただいたメールなどを励みに、いつもみなさんがわたしの器を楽しんでくださっているイメージを思い出しています。
魂を込めて生み出される、繊細な器の数々。
ーひとつの器ができるまでに、どのような工程がありますか?
ろくろを挽いて素焼きをしてから、ひとつずつに釉薬(うわぐすり)を塗って、1230度の窯で2〜3日窯焚きをします。一度に100点ほどの器を窯に入れて焼くので、その下準備にだいたい40日くらいはかかります。ろくろを挽くことが得意なので、長時間、ほぼ一日中を作業場で過ごしていますね。アトリエを引っ越ししてから環境も豊かになり、風や緑を楽しんだり、空を眺めたり、つかの間のリフレッシュをしながら制作しています。
鈴木さんが最も得意とする、ろくろの工程。土の塊から魔法のようにあっという間に形が生まれる。手を入れる回数を少なくすることで、土に余計な水分を与えず、薄く成形することができる。
ろくろで形をつくり、少し乾かしてから、小さなカキベラで器の表面を丁寧に削っていく。使うのはシンプルな道具だけ。
素焼きにしたスープカップ。釉薬を付ける前の器は、完成品よりさらに薄くて軽い。薄くても均一な厚みに仕上げてあるので壊れにくい。
釉薬を入れたバケツに、素焼きの器を浸して取り出す。焼くと銅が化学反応して、素朴な質感と美しいターコイズブルーの色合いが生まれる。
窯出しのときには、チリチリと器が音を立てる。これは、陶器の表面に貫入と呼ばれる細かいひび模様が入るためだ。
“洋服のように着まわしを楽しめる器”がコンセプト。
ー〈ユナイテッドアローズ〉と作る「ニュースタンダード」の取り組みについて教えてください。
ファッションもそうですが、トラディショナルなデザインが時代によって少しずつ変化しながら、新しいスタンダートとして認知されていく。そういう商品を提案していくのが、〈ユナイテッドアローズ〉さんとの「ニュースタンダード」のシリーズです。料理だけでなく、グローブなどのファッション小物を入れてクローゼットに置けるようなものでも面白いですし、いまの時代に合わせて洋服を着まわすように幾通りにも使えて、新しいスタンダートとなるような商品をスタッフの方々と一緒に考えています。
デザイン面でも、続いていくということがスタンダートに繋がることだと思っているので、わたしの「ニュースタンダード」の作品には、見た目にも系譜を感じるような要素を持たせるようにしています。この部分が共通しているのかなという視点で見ても、面白いかもしれませんね。伝統的なものと時代を取り入れたもの、両方の側面があってこそ、根底にある技術を守れる。そのようにして文化を残していきたいです。
ー「ニュースタンダード」の新作はどのようなものですか?
お正月に、おせちを入れてもいいし、蓋もプレートやトレーとしても使えるお重を作りました。器にはもちろん、小物入れにもなるし、単体で使っても、3段重ねてもいい。開けるという楽しみもありますね。今後、色の展開などもしていくことができれば、本体と蓋と色違いにしたり、いろいろ楽しみが広がりそうです。みなさんにも日常にそういった楽しみを持ちながら、使っていただけるのではないかなと思っています。
この新作は、〈ユナイテッドアローズ〉のスタッフの方々にアトリエに来ていただいて、目の前でろくろを挽いて相談しながら形にしていきました。使い手と一緒に作り上げていくことで、より使いやすくて、みなさんが近くに置いておきたいと思える器ができるのではないかと考えています。
ー鈴木さんの器のスタンダートである、ターコイズブルーへの想いはありますか?
みなさんから色についてよく聞かれるのですが、ただ本当に心からこの“ブルー”が好きだったんですよね。この色を使うといろいろな表情が出るので、使ってくださる方、見てくださる方がそれぞれ、感じたことを話していただくことがよくあります。そうやって余白だった部分を、使い手に埋めてもらえるのがすごく嬉しくて。ある方が“豊かな余白”と表現されていたのですが、作り手が答えを出しすぎず、使い手に余白を委ねられるようなものを作れたらいいなと思っています。
ー今回、白い色の器を発表されるのは、2012年の個展以来となりますね。
〈ユナイテッドアローズ 原宿本店〉の雰囲気に合わせて、清潔感のある白色を選びました。この白のシリーズには「Pigeon Blanc(白い鳩)」という名前が付いていて、平和を願い、心が安らぐような天使や女神の肌の質感をイメージしています。心を和ませてくれるようなやわらかな白は、12月のこの季節にも合いそうです。
ー今後、挑戦したいテーマや目標をお聞かせください。
ろくろを挽くことで、たくさんの方からあたたかさや、やさしさや、経験など…わたしの大部分を形成するものをいただいてきました。わたしができることは、自分の作るもので受けたあたたかさなどを返していくこと。これからも、人の心のそばに寄り添えるような器を作っていけたらなと思っています。
INFORMATION

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PROFILE

鈴木 麻起子
陶芸家。1978年、埼玉県生まれ。2003年に独学で制作活動をはじめ、2006年に自身のブランド〈Pot Blue〉を設立。2009年より〈La Maison de Vent(風の家)〉にブランド名を改名。現在、笠間を拠点に作陶をしている。〈ユナイテッドアローズ〉では「ニュースタンダード」をテーマに、2018年より定期的にポップアップを開催。