
モノ
2019.03.14 THU.
タオルの街、今治で、ものづくりのDNAを辿る。
愛媛県今治市。ポコポコと小さな島が連なる瀬戸内海に面した、人口16万人のこの小さな街は、美しい自然と温暖な気候に恵まれたのどかな地域です。それと同時に日本を代表するタオルの一大産地であり、世界に誇る海事都市でもあります。今回は工業都市・今治の代名詞ともなっている今治タオルの工場を巡りながら、この街に連綿と息づく、ものづくりのDNAを辿る旅に出かけましょう。
Photo:Lisa Mogami
Text:Aya Kenmotsu
機械と人とがつくりあげる歴史あるタオル。
松山空港から車で北東へ向かって1時間と少し。海沿いの道を走れば、今治の街が見えてきます。高級瓦として知られる伝統的な「いぶし瓦」を使った、威風堂々たる瓦屋根の家が点在しているのも、街道沿いを歩くお遍路さんの姿を見かけるのも、今治ならではの光景です。
愛媛では江戸時代から綿花の栽培が盛んに行われていました。タオルの製造が始まったのは、明治27年のこと。安部平助という人が改造織機4台でスタートさせた今治タオルは、機械の発達とともに大正、昭和とかけて発展を続けていきます。
綿からできた糸がタオルになるまでには、糸を紡績する工場、糸を撚る工場、糸を染める工場、タオルを織る工場、タオルを洗ったり、染めたりする工場、縫製工場など、いくつもの過程を経なくてはなりません。現在も、今治には100余りのタオル工場があります。郊外に建つ大きな工場もあれば、住宅街になじむように存在する小さな工場も。どの工場でも、機械と人が一緒になって丁寧にタオルをつくりあげていました。
糸が生地になり、1枚のタオルができるまで。
STYLE for LIVING UNITED ARROWSでも取り扱いのある、今治タオルブランドを代表するメーカーのひとつ、渡辺パイル織物の工場に伺いました。円周が3.5mにもなるという巨大な糸巻きに糸が猛スピードで巻き取られていく様子や、数千本の糸が整然とセットされた大きな織機が何台も一斉に、ダダダ、ダダダ、と大きな音をたてて生地を織り上げていく様子は、大迫力でまさに圧巻のひと言! ところが、たとえば数千本のうちの1本の糸が切れてしまったときにはその都度機械を止めて、職人さんが手で糸を繋げ直すというのですから、その品質へのこだわりには頭が下がります。
タオルは、経糸(タテ糸)と緯糸(ヨコ糸)で織られる。経糸を巻き取って巨大な糸巻きをつくる「整経」は、タオルづくりの基礎となる工程。
昭和38年の創業当初から現役を続けている今治製のシャトル織機。今では製造されていないタイプだが、この機械でしか織れない生地もあるため、手入れをしながら大切に使っている。
「タオルのフェチでオタクでマニア」を自称する代表の渡邊利雄さんは、「織る」という自身の工場が担う工程だけに留まらず、綿花農場へ行って素材を吟味しその素材を活かすためにどんな糸にするかという紡績についても打ち合わせを重ね、常に今治タオルの新たな可能性に挑戦し続けています。「心地よく使ってもらえるタオルをつくるにはどうしたらいいのか。いつもそのことを考えています」
パイルのほか、今治で大正時代から織られていたジャカードや、ガーゼ、ワッフルなど、さまざまな織り方のタオルがつくられている。渡邊代表は自らも織物のスペシャリスト。
タオルづくりに最適な蒼社川の軟水。
今治タオルの特徴のひとつに「先晒し先染め」があります。一般的には、織物というのは糸を生地に織り上げてから晒して染めますが、糸の状態で先に晒すことで、素材本来の柔らかさや白さを引き出し、さらに色をきれいにのせることができるのだそうです。精練(繊維に含まれる油脂分などを取り除く)と染色を行う大和染工では、大きな窯の中でチーズと呼ばれる糸を巻いた塊が一気に晒され、染め上げられていました。
環境に配慮した染料で染められた糸は、はっとするような美しさ。染色工場ではこうした糸の塊・通称「チーズ」が大量に染められている。
こうしたタオルづくりの工程において重要なカギとなっているのが、大量に使われる「水」。今治が一大タオル産地となった大きな理由に、豊かな水源があります。街の中心を流れる蒼社川は、友禅で知られる京都の桂川や金沢の犀川と並ぶ軟水なので、不純物も少ないため、晒しや染めの際に糸をやわらかくしてくれます。今治タオルの優しい風合いと色合いは、蒼社川の賜物でもあったのです。
高縄山系を源流とする蒼社川。上流へと分け入っていくと、その水源の豊かさに驚くほど。「美人の湯」で知られる鈍川温泉もある。
素材となる綿について、ちょっとしたうんちく。
ここで閑話休題。タオルの素材となる綿について。綿は、綿の種子の周りを覆うふわふわの綿毛を摘み取ったものですが、もとは白ではなかったことをご存じですか? 在来種であった古代綿はやわらかな茶色をしています。それが品種改良により、使いやすい白になったのだそうです。また、産地や品種による特徴もさまざまです。日本では主にアメリカ、ブラジル、インド、ギリシャから輸入され使われています。渡辺パイル織物のタオルに使われることの多い「長綿・超長綿」は、繊維が長く強いことが特徴です。
超長綿はガクの部分で3つに分かれているのが特徴。世界的にも栽培できる地域が限られている稀少な品種。
さまざまな風合いのタオルが生まれていく。
さて、工場巡りに戻りましょう。撚糸工場は糸を「撚る」ところ。強く撚る、甘く撚る、といった強弱だけでなく、水溶性の糸と撚り合わせることでタオル完成後に洗いをかけて撚りないふわふわの質感をつくる「無撚糸」など、肌触りのよさを追求するためにさまざまな工夫がなされています。
撚糸を行う丸智産業にて。カラフルな色も高速で巻き取られていく。
織り上がった後もタオルは多種多様な加工を施されます。パイルの先端をカットしてベロアのような風合いを出すシャーリング加工や、ガーゼの表面をふんわりさせる起毛加工、人気の「ふわもこ」感を出すシープ加工などは巨大な機械で一気に。最終的な縫製や刺しゅうは一枚一枚ミシンで。各工程でプロフェッショナルたちが丁寧に製品に向き合います。
織り上がったタオルの表面に加工を施す三光産業にて。巨大な機械で一気に加工するが、仕上がりは職人さんがしっかりチェック。
縫製や刺しゅうを行うフジショウにて。一度に9色の糸で刺しゅうをすることができるので、繊細なグラデーションの表現も可能。
小さな街だからこそできること。
前出の渡邊利雄さんは、「街の中に製織から染織加工までできる施設がそろっている。工場が近隣にあるからこそ信頼感もあるし、『こういうのできる?』『こんなのはどう?』と、新しいアイディアにも挑戦しやすい」と、今治でタオルをつくる楽しさを語ります。海に面した今治は、海賊衆・村上水軍が活躍するなど、海の交易が盛んだったこともあり、創意工夫をこらし新たな世界に臆することなく向かっていく“気概”のようなものがDNAに宿っているのかもしれません。「ものづくりというのは、想いの集結」だと渡邊さんは言います。ふんわりやわらかなタオルの向こうに熱い想いを感じて。今治の街と人に魅了された旅となりました。
PROFILE

渡邊 利雄
1958年愛媛県今治市生まれ。1982年渡辺パイル織物㈱入社、代表取締役社長。綿、糸、加工、織り、デザイン、どれにも妥協しない。素材の良さを最大級に活かし、タオルを使う方が使いやすいタオルを日々研究。四六時中タオルのことを考える「タオルのフェチでオタクでマニア」である。
www.watanabe-pile.co.jp