
ヒト
2021.07.01 THU.
接客の最前線にいたからこそ見えるものがある。
新社長、松崎 善則の人となり。
2021年4月、松崎 善則が新しくユナイテッドアローズ社の社長に就任しました。そこで気になるのは、氏がどんな人柄なのかということ。〈ユナイテッドアローズ〉の販売スタッフからそのキャリアをスタートして、社長へ。販売の最前線を知る氏だからこそ、思うことや気づくこと、そしてビジョンがあるかもしれません。〈ユナイテッドアローズ〉で働くことになったきっかけや忘れられないお客さまとの思い出、さらにプライベートの過ごし方からこれからの展望まで。さまざまなエピソードを伺いました。
photo:Taro Hirayama
text:Jun Namekata[The VOICE]
アルバイトの空きが出なかったら、いまもまだフリーターだったかも。
ー社長就任以降、様々なメディアで取材を受けられていて、難しいお話もたくさんされてきたと思います。ですので、今日はちょっと趣向を変えて、素顔の松崎社長のお話が聞ければと思っています。
まず松崎社長は「販売員から社長へ」というところにフォーカスされることが多いと思いますが、改めて〈ユナイテッドアローズ〉に入社するまでの経歴を教えていただけますか?
そうですね。最初はいちアルバイトだったわけですから、経歴については確かによく聞かれます(笑)。まず、ぼくが〈ユナイテッドアローズ〉に入社したのは1997年です。前職は全くの異業種の、ホテルマン。3年弱くらい働いていたかな。もともとお客さまに直接的なサービスをする仕事をしたいという就労観があって、どういった仕事があるだろうといろいろ調べた結果、最終的に選択したのがホテルだったんです。ぼくは高校生の頃、本当に勉強が嫌いだったから早く働きたかったのですが、高校を出てすぐにホテルで働くのは難しいと分かってホテルの学校に入ったわけです。
ホテルでの仕事は楽しかったのですが、次第に、もっと自分が本当に好きなこと、楽しいと思えることがあるのではないかと思いはじめてきた。自分なりにいろいろと考える中でぼんやりと、大好きだった洋服に携わりながら仕事をしたいと思うようになったんです。
―それで、 新しい職場として〈ユナイテッドアローズ〉を選んだんですね。それは何か理由というか、きっかけはありましたか? 洋服店は他にもたくさんあったと思うんですが。
転職を意識するようになってから、ファッション企業を中心にリサーチをはじめて、それまでよりも一層いろいろなお店に足を運ぶようにしたんです。おっしゃる通り、当時セレクトショップがとても流行っていて、それぞれ独自のスタイルで洋服を提案していました。もちろんぼくもそれぞれのお店でサービスを受けたのですが、中でも〈ユナイテッドアローズ〉での買い物体験がとても印象深かったんですよね。
ー具体的にはどんな感じだったんでしょうか?
なんだろう。言葉で説明するのって難しいですね…。つまり、ぼくが知っているいわゆる洋服店の接客ではなく、まるで上質なホテルで体験するような接客をするお店だなという印象があったんですよね。
ー上質なホテルですか。
当時って、入店するのにちょっと勇気がいるショップもたくさんあって、まあ、それがかっこいいって思っていたところもあったし、そういうところに足を踏み入れる自分を誇らしく思う時代でもあったわけですが、〈ユナイテッドアローズ〉は全然違ったんです。
1号店である渋谷店でした。ダウンジャケットを接客してもらったのですが、なんていうんだろう、すごく品があったんですよね。凜としていてかっこよく、それでいて物腰は柔らかで、妙な敷居の高さもなかった。とにかく心地よかったんですよ。
ーそれに感銘を受けて、自分が働くべきはここだと思ったわけですね。
と思ってすぐ連絡してみたのですが、そのときは残念ながらスタッフを募集していなくて、空きが出たら連絡するからちょっと待っててってことになったんです。
ー応募がないのに連絡をされたんですね!
もしかしたら、と思って(笑)。でもすでにホテルを辞めてしまっていたので、連絡がくるまでは違うアルバイトで生活を繋いでいました。だから〈ユナイテッドアローズ〉からの連絡がなければ、いまもまだフリーターだったかもしれませんね。
ーそれくらい、松崎さんの中ではユナイテッドアローズ一択だったんですね。
そうですね。これは余談ですが、ぼくは当時クロムハーツが大好きだったんです。わざわざLAのマックスフィールドやNYのバーグドルフグットマンにあるショップにまで買い物に行ったことがあるくらいなんですが、その頃、日本でクロムハーツを展開しているのが〈ユナイテッドアローズ〉でした。〈ユナイテッドアローズ〉に拘ったのは、きっとそういったことも影響していたんじゃないかな。ちなみに面接のときのぼくは髪も長くて、かなり異質だったと思う。はっきり言って全然〈ユナイテッドアローズ〉っぽくなかったのに受け入れてくださった当時の上司にはいまでも本当に感謝しています。
販売するのはどちらかというと不得意。
得意なのは、コミュニケーション。
ーさて、念願のショップスタッフになった松崎さんですが、お客さまからいただいた思い出に残る言葉や体験などはありますか?
本当にたくさんの経験をさせてもらったのですが、“体験”というところで言うと、お客さまの結婚式に招待していただいたことが、いちばん思い出深い出来事かな。
ーお客さまの結婚式ですか?
そう。決して友人と言えるほどのプライベートで深い間柄ではなく、あくまでお客さまと従業員という関係だったのにも関わらず、結婚式に呼んでいただいたんです。想像もしていなかったのでびっくりしましたが、同時に純粋に嬉しかったです。人生の重大な節目にご一緒させていただくほどの関係性が構築できたということが、とても感慨深かったですね。だって、それくらい自分を近しい存在だと思ってくれていたわけですから。自分がしてきた接客がそういったことに結びついたってことは、ある種の自信にも繋がったし、同時に販売職というのはすごく奥が深いものだと思えた出来事でした。
ーちなみに、なぜそこまでの関係性が築けたと思いますか?
〈ユナイテッドアローズ〉の接客モットーとして、「自宅に招くのと同じように接客しなさい」というものがありました。モノを販売するだけではなく、お客さまの立場に立った心配りが大事。確かに、自宅に友人や知人を招いたときは、暑くないかなとか、喉は乾いていないかなとか、気にしますよね。それと同じことをお店でもしようということなんです。単純に販売員とお客さまということではなく、もっと近づいた関係性を目指そうと。きっと、そのお客さまにもそんなふうに感じていただけていたんだなと思います。
ーそういった販売員としての積み重ねが、いまに続いていると。
うーん、いや、それはどうだろう?というのも、実はぼくは販売員としてはそんなに優秀ではなく、ぼくよりももっと得意なスタッフがたくさんいましたし、どちらかというと接客自体は不得意なタイプでした。背中を押して差し上げていいのだろうか…と考えてしまうようなタイプだったんです。
ーでも、実際にいまこうやって結果に結びついている。
それは販売員としての実績ではないと思います。ぼくがいちばん重んじているのは、コミュニケーション。仕事ってすべてコミュニケーションがあってこそ成り立つと思っているので、そこがうまくいっていないとすぐに整えたくなる。それはお客さまとの直接的なコミュニケーションだけではありません。商品のディスプレイだってお客さまとの大事なコミュニケーションの一環。お店の雰囲気を作るとか、そういうのを良くすることに関しては、得意だったと思います。
ーそういえば何かの記事で、バックヤードのストックをカラーグラデーションで綺麗に並べ替えていたというエピソードを拝見しました。それもある意味、スタッフ間のコミュニケーションの整理と言えますね。
そんなこともありましたね。そのときはコミュニケーションだなんて大袈裟には考えていませんでした。バックヤードの整理という作業に近い仕事を楽しくするにはどうすればいいかなって考えた結果でした。ただ、そのとき仲間達と編み出したストックの整理の仕方が、いまもスタンダードになっているっていうのは面白いことですね。
“もったいない”という気持ちをもっと楽しめばいいと思う。
ー社会的なミッションであるサステナビリティを現在ユナイテッドアローズ社も強化していますが、松崎さんが個人的に普段から意識されていることがもしあれば教えてください。
サステナビリティ。そうですね。いろいろな解釈がありますが、あえて一つあげるとすれば、シンプルに“捨てることの罪悪感”かなと思います。普段の生活においてもそうだし、自分の服を整理する上でもそう。できるだけ捨てずにどう生かしていくかというのはよく考えます。
ー確かに。すべてに通じる考え方かもしれませんね。
個人的にもそうですが、お店を運営する上でもそうです。商品が入っていたビニールや付属品はすべて捨てずに残しておきますが、そうすると必ず、とっておいてよかったと思うときがくる。例えばコピーを1枚とるにしてもそこには資源とコストがかかるわけですが、それをもったいないと思えるかどうか。すべてはその考えの延長だと思っています。サステナビリティが大事だからと義務的にやるのではなくて、自然にそういうことができることが大事だと思うし、楽しいと感じられると思うんです。
また余談になりますが、ぼくがお店で働いていた頃、繁忙期になると商品が溢れてしまって、一時的にバックヤードの棚が足りなくなってしまうことがあったんです。床に直接置いてある段ボールの中から商品を探して店頭に持っていくんだけど、それだと無駄に時間がかかってしまう。それで僕らは自分たちで棚を作ることにしました。「棚が足りないので購入してください」と店長に言えばそれで済む話だったけど、一時的に不足するだけの棚をわざわざ買うのはもったいない。それで中古のパッキンを工夫して積み上げて、臨時的に使える棚を作ったんです。それがものすごくかっこよくできたので、ぼくらはそれを“ダンボルギーニ”と名付けました(笑)。
ーなんだか楽しそうですね(笑)。
そう。なんでも義務的に考えてしまうとつまらなくなる。単純なことももっと能動的に、楽しんでやることをアルバイト時代からいつも意識していましたし、そう習慣づけることが大事なんだと思います。あと仲間にも恵まれていましたね。
多忙な毎日をリセットしてくれるのは、愛犬とのリラックスタイム。
ー毎日大変忙しくされているかと思いますが、休日の過ごし方を教えてください。
多分、ぼくのことを恋人と思ってくれている愛犬“チャイ”との散歩(笑)。あとは溜まってしまった本を読むことが多いかな。性格的に“動”か“静”かと言われたら、ぼくはどちらかというと“静”のタイプ。愛犬を連れて気持ちのいい公園に行って本を読んだりするのが、一番リラックスできる、自分にとって大切な時間です。あとは趣味のゴルフやサウナに行くくらいです。


時間があれば、六本木や丸の内で買い物もします。やっぱり店舗に行かないと、いまのリアルな空気感が絶対にわかりませんから。カルチャー的なインプットもできるだけするよう努めています。
ーこれまでたくさんのお買い物をされてきたかと思いますが、いま現在の松崎さんのお気に入りのアイテムを教えていただけますか。
〈ヴァンズ〉のスリッポンと〈ジョンロブ〉のローファー「ロペス」です。どちらも履きやすくて楽なのが共通したお気に入り。それにコーディネートも選ばないというのがポイントですね。スーツにヴァンズでもいいし、ショートパンツにローファーでもいい。いまはなかなか行けませんが、例えば海外の出張先で新しい服を購入しても、この2足があれば必ずコーディネートできる。万能で普遍的な一足、かつオリジンにして最前線。サステナブルにも繋がるアイテムだと思います。
ーやはりというべきか、靴なんですね。
別に意識はしていなかったけど、そうなってしまいましたね。洋服好きって、本当に馬鹿みたいに大量に靴を持っているじゃないですか。ぼくもご多聞に漏れずなんですが、もしそれらをぎゅっと集約させるとしたらこうなるってことなんだと思う。チープシックとかハイ&ローとかの考え方に通じるものだと思うんだけど、ようやくぼくもぼくなりに整いつつあるということかな…!?
「なくなってしまったら困る…」。
そんなスタンダードな企業でありたい。
ー改めて、4月に社長に就任されて会社を牽引していく立場になられました。これからのユナイテッドアローズ社が目指すものを教えてください。
「日本の生活文化のスタンダードになる」。ちょっと言い方は堅苦しくなってしまいますが、目指すべきはそこにあると思っています。言い方を変えれば、「世の中になくなってしまったらがっかりされるような存在になること」ですね。とは言え、そこにゴールはありません。必要とされるものは時代によって変化するからです。明確にゴールと呼べるものがないからこそ面白い。その価値を創造し続ける存在になれればと思っています。
あとはマルチドメイン化。これも「日本の生活文化のスタンダードになる」ことの延長ではあるけれど、これからは服以外のことももっと積極的に取り組んでいきたいと思っています。〈ユナイテッドアローズ サウナ〉とか!?
ーとても楽しみです。では最後に、皆さまへのメッセージをお願いします。
「“シンカ”を目指します」。
深く追求する“深化”、新たにする“新化”、本当の価値を創出する“真価”、進み続ける“進化”
変わることを恐れず、“シンカ”することにいとわずに、この激変した世の中でわたしたちが“シンカ”することで次代を牽引していくファッション企業体を目指します。真心と美意識をこめて。
PROFILE

松崎 善則
ユナイテッドアローズ 代表取締役 社長執行役員 CEO
1997年に〈ユナイテッドアローズ〉にアルバイトとして入社。ユナイテッドアローズ 渋谷店、横浜店で販売職を経て、販売部へ異動。その後UA本部 販売部 部長、BY本部 事業戦略部 部長、BY本部長、2012年執行役員、2018年取締役 常務執行役員、2020年取締役 副社長執行役員などを歴任し、2021年4月代表取締役 社長執行役員 CEOに就任。