ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

⿊を継ぐ。「フィータ」が「京都紋付」と歩む、新しいアフターケアのかたち。

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2025.09.25

⿊を継ぐ。「フィータ」が「京都紋付」と歩む、新しいアフターケアのかたち。

衣服に込められた時間や想いを、色を変えることで未来へ繋ぐ。〈フィータ〉が提案するアフターケアのひとつ「黒染め」は、100年以上にわたり黒紋付を染め続けてきた京都の老舗〈京都紋付〉の伝統技術とともに成り立っています。今回は、ディレクターを務める神出 奈央子さんへのインタビューと、〈京都紋付〉の染めの工程を辿りながら、洋服に新たな命を吹き込むアフターケアについてご紹介します。

Photo:Yuco Nakamura
Text:Riho Abe

創業100年の染め屋とともに繋ぐ、新しい挑戦。

―〈京都紋付〉との出会いのきっかけを教えてください。

2019年に立ち上げた〈フィータ〉のコンセプトは、“繋ぐ”。長く愛される洋服を届けたいという想いがあったので、当初からアフターケアも含めてお付き合いできるところを探していました。そんななか、UAの創業者である重松が、〈京都紋付〉の先代である荒川 徹さんとのご縁があったことから、ご紹介いただいたのが出会いのはじまりです。

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―ブランドを始めるときから、アフターケアの提案まで視野に入れていたのですね。

はい、当初から探していました。〈フィータ〉の洋服は、ほとんどが天然繊維でつくられています。天然繊維は色褪せしやすいという特徴があることは、自分自身の経験から実感していました。また、染色はインドで行っているため、日本とは技術や環境に違いがあり、その影響も感じていました。また、白い服はどうしても汚れや黄ばみが気になります。お客さまからも「白は汚れたらどうしよう…」といった声をいただくこともあって。「どうしたら、“それでもやっぱり着たい”と思っていただけるか」と考えたときに、染め替えという選択肢があればいいなと考えました。

―〈京都紋付〉さんと協業しようと思った決め手はなんですか?

〈京都紋付〉さんは、創業から100年以上にわたり、着物の時代から受け継がれてきた「深黒染め」の技術を守り続け、後世へ残していきたいと考えていらっしゃいます。その思いは、〈フィータ〉が掲げる“繋ぐ”というコンセプト、そして和装文化にある「自分の着物を子どもへ受け継ぐ」という精神にも重なり、強く共感しました。

黒染めという唯一無二のオリジナリティ。

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―黒染めに惹かれた理由を教えてください。

天然繊維であれば、どんな色の洋服でも真っ黒に、美しく染め直せることが大きな魅力だと感じました。その反面黒染めは、素材や服の状態によって仕上がりが左右されやすく、黒味の色にムラが出てしまったりすることも少なくありません。その点、〈京都紋付〉さんは“黒染め一筋”で技術を磨いてきた、稀有な染め屋さんです。長年の経験と確かな腕で、どんなものでも深い黒に染め上げてくれます。実際、私が5年前に依頼した一着も、今なお色褪せることなく、美しい黒を保っています。

―その時、染め替えた洋服はどのように変わりましたか?

例えば、もともと白い服を黒く染めるだけで、まるで違う表情が引き出される気がします。グリーンのリネンブラウスを染め替えたときには、ステッチ部分は元の緑の糸が残り、それが思いがけないアクセントになりました。リネンは洗うほどに風合いが増しますが、そこに黒が重なることで、落ち感はいっそう際立ち、ボリュームのあるシルエットがより美しく映えると感じました。また、もともと黒い服をあえて黒に染め直すと、ただの黒ではない奥行きや深みが生まれるのも魅力的です。唯一無二のオリジナリティを感じられるのも、染め替えならではだと思っています。

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画像 強度を考えて、〈フィータ〉の洋服には化繊の糸を使用。深黒染めは天然素材以外には色が入らないため、縫い糸などは元の色がそのまま残ることも。


黒一筋で磨かれた、唯一無二の深黒染め。

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ではここからは、〈フィータ〉が黒染めを依頼している〈京都紋付〉の歴史と、その黒染めの工程についてご紹介します。
〈京都紋付〉は、100年以上にわたり“黒一筋”で染めを続けてきた老舗の染屋です。もともと染めの仕事は「反物を染めて返す」というシンプルな営みですが、多くの染屋が多彩な色や柄で差別化を図るなか、あえて黒にこだわり続けてきました。柄がない黒紋付は他との差別化が難しく、その分「どんな染料を使うのか」「どんな工程にこだわるのか」という一点にすべてを注ぎ込んできたのです。

画像 いまも続く〈京都紋付〉の黒紋付の染色。和装のための専用器具を用い、一度におよそ120mもの反物を黒く染め上げる。

かつては発色が良く一度で深く染まる「アゾ染料」が広く用いられていましたが、人体への影響からヨーロッパでは早くに使用が禁止され、日本でも日常着以外でのみ認められ、今でも使われ続けています。〈京都紋付〉はそうした状況に頼らず、「アゾ染料」ではなく、独自の加工技術を磨き上げ、光の反射を抑えて吸い込むような深い黒を実現する「深黒染め」を生み出しました。この技術こそが、着物から洋服へと領域を広げる大きな支えとなったのです。
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(左上)深黒染めのための染料。(右上)湯を張った染色機に、染料が生地へ浸透しやすくなる薬剤を加える。(左下)〈フィータ〉のブラウスを投入し、染めと洗いを繰り返すこと約3時間半。黒がしっかりと生地に定着していく。(右下)取り出したブラウスは脱水後、陰干しを経て深みのある黒へと仕上がる。

〈フィータ〉との取り組みは2013年に始まりました。染め替えることで洋服がまったく新しい表情を持ち、再び袖を通す楽しみが生まれる。それは単なるアフターケアではなく、文化を未来へ繋ぐ行為だと強く実感する契機となりました。
実際の工程は、まず天然繊維の洋服をお預かりし、汚れや油分を丁寧に落とすことから始まります。その後、独自に調合した染料を用いて染め上げ、光を吸い込むような深黒へと仕上げていきます。縫製に化繊の糸が使われている場合は色が入らず、元の色がアクセントとして残ることもありますが、それが一点ものとしての個性を際立たせます。

画像 深黒染めで仕上がった〈フィータ〉のブラウス。染まらなかった化繊糸の白が残り、唯一無二のアクセントとなっている。

こうした挑戦の根底にあるのは、ただ伝統を守るのではなく、その時代にふさわしい「かっこよさ」や「価値」とともに更新し続けるという姿勢です。黒紋付、そして黒染めの文化を次の世代へと受け渡していくこと。その思いが、〈フィータ〉との協業を通じてさらに強く確かめられているのです。

アフターケアで長く楽しめる洋服に。

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―神出さんは、黒のお洋服にどんな魅力を感じていますか?

やっぱり一番の魅力は、長く着られるベーシックカラーだということです。私自身もよく着ているのは、白か黒のお洋服が多いです。鮮やかな色に惹かれて買った服も、時間が経つと「今は気分が変わってしまった」と思うこともあると思います。その点、黒の洋服ならいつどんな自分にも寄り添ってくれる。年齢を重ねて少し甘く見えすぎてしまうアイテムでも、黒であればすっと受け止めてくれる気がします。

―アフターケアの手順を教えていただけますか?

〈フィータ〉の公式サイトには、アフターケア専用ページがあり、そこから〈京都紋付〉さんの公式サイトへのリンクがあり申し込みができます。ページ内では、実際にフィータの服を染め替えた事例をアイテムごとに紹介しており、ステッチや糸の色の残り方、寸法の変化など、具体的な仕上がり例を確認できます。素材によって染まり方は異なり、特にウールは1サイズほど縮んだり、毛羽立ちが目立つことも。そうした特徴を事前に把握していただけると思います。また、実際に〈京都紋付〉さんに申し込む際も「この部分はこう染まります」「こうなる可能性がありますが大丈夫ですか?」と丁寧に確認してくださるので、安心してお任せできると思います。

お客様に自分だけのヴィンテージを楽しんでもらいたい。

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―深黒染めのアフターケアは、どんなふうに使ってもらいたいですか?

クローゼットに眠っているお洋服がある方に、ぜひ試していただきたいです。〈フィータ〉の洋服に限らず、昔はよく着ていたのに、気づけば手に取らなくなってしまった服。手放す前に、ぜひ黒染めを試してみてほしいです。染め変えることで、また袖を通すのが楽しみになるような一着に生まれ変わったら、とても嬉しいです。黒染めという選択肢がもっと広がれば、自分だけのヴィンテージとして育てていける。そんな一着が増えていったら素敵だなと思っています。

そして、この〈京都紋付〉さんの深黒染め自体も、私にとって残ってほしい技術のひとつです。今の時代、“引き継ぐ”という感覚は少しずつ薄れつつありますが、染め替えという体験を通して、もう一度感じてもらえたら嬉しく思います。

―〈京都紋付〉さんとの取り組みで、今後考えていることを教えてください。

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〈京都紋付〉さんとは、アフターケアに加えて、もう一つの取り組みも続けています。制作の過程でどうしても生じてしまう、生地の色ムラやわずかな汚れのある商品を、深黒染めで蘇らせ、一点モノとして展示会などで販売しています。これまでに約60点を制作し、その多くが完売しました。手間はかかるのですが、一生懸命作ったモノを廃棄したくないですし、それを「素敵」だと共感してくださるお客様に丁寧にお届けしたいと考えています。黒染めに興味を持っていただくきっかけにもなれば嬉しいです。〈フィータ〉としても6年ほど大切に取り組んできた活動なので、これからも継続していきたいです。

PROFILE

神出 奈央子

神出 奈央子

2008年に〈アナザーエディション〉の企画デザイナーとして入社後、2015年より同ブランドのクリエイティブディレクターを担当。2019年春夏シーズンに〈フィータ〉を立ち上げる。

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