ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

「開化堂」×「朝日焼」×「TABAYA United Arrows」、感覚をつないでいくモノづくり。

モノ

2026.04.28

「開化堂」×「朝日焼」×「TABAYA United Arrows」、感覚をつないでいくモノづくり。

京都で受け継がれてきた手仕事は、いまの暮らしの中でどのように息づいていくのか。1875年創業の茶筒メーカー〈開化堂〉と、約400年の歴史を誇る窯元〈朝日焼〉、そして〈TABAYA United Arrows〉(以下、TABAYA)の1周年を機に実現した3社のコラボレーションは、単なるプロダクト開発にとどまりません。そこにあったのは、効率や合理性だけでは測れない“感覚”を、いかに受け継ぎ、現代へと手渡していくかという問いでした。今回生まれたお香立てと器のセットは、使い手の日常にそっと寄り添いながら、時間の流れを穏やかに整えてくれる存在です。〈開化堂〉の六代目・八木 隆裕さんと、〈朝日焼〉十六世・松林 豊斎さんに話を聞き、それぞれの作り手が培ってきた思想と、このプロジェクトに込められた想いを紐解いていきます。

photo:Shunya Arai
text:Daiki Yamazaki

手仕事に宿る感覚と、〈開化堂〉の現在。

画像 京都・六条に店を構える〈開化堂〉の本店。

京都・河原町で1875年に創業した〈開化堂〉。日本で初めてブリキ製の茶筒を開発したとされ、以来150年以上にわたり、茶筒一筋のモノづくりを続けられてきました。機械化や効率化が進む時代の中でも、手仕事に宿る感覚を何よりも大切にしてきた稀有な存在。今回のプロジェクトでは、真鍮を用いたお香立てを手がけられています。〈開化堂〉の六代目・八木 隆裕さんにお話を伺いました。

一つの道具から始まった、150年の時間。

ー〈開化堂〉の創業の歴史について教えてください。創業以来、どのような製品を作り続けてきたのでしょうか?

画像 〈開化堂〉の六代目 八木 隆裕さん。

〈開化堂〉の創業は1875年。創業者は山本氏で、のちに二代目となる八木家初代・音吉が職人として勤めていました。彼は非常に手が良く、当時ブリキでいろいろと作るのは珍しかったといいます。その後、山本家二代目が絵描きを志したことから店は音吉に託され、約130から140年前に八木家が継承。この地で茶筒専門の道具屋として歩み始めました。戦前の三代目の頃からは銅や真鍮も扱うようになり、四代目、五代目、そして現在へと技術と思想が受け継がれています。
ー茶筒という道具を150年以上作り続けてきた中で、大切にしてきたモノづくりの考え方を教えてください。
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開化堂 本店では、茶筒に加え、パスタ缶や珈琲缶、柄ものなど多彩な銅・ブリキ・真鍮製品が揃う。へこみや歪みも修理しながら使い続けられるのは、手仕事ならではの魅力。

150年以上守り続けてきたのは、「いいモノをつくる」という姿勢です。四代目である祖父の時代、戦時中の物資統制で金属が使えなくなり、薬屋を営まざるを得ない状況でした。金属製の道具の供出を命じられた際も、「これがなくなれば二度と作れない」と半分以上を土中に隠し、守り抜いたといいます。戦後になると、今度は海外から安価な機械製の缶が流入し、「手仕事は古い」と言われる時代に。それでも品質を評価し支えてくれる製茶会社の存在によって、技術は途絶えず受け継がれてきました。もし効率を優先して機械化していたら、価格競争に埋もれていたかもしれません。私は、モノづくりにおいて「数値化しないこと」が重要だと考えています。すべてを数値に置き換えれば再現は容易になりますが、それでは大事なことが抜け落ちます。感覚を感覚として継承することこそが、本質だと思うのです。身体に染み込んだ暗黙知には、機械では越えられない壁がある。その感覚を手渡していくことが、〈開化堂〉らしさを守ることにつながっていると感じています。

〈ユナイテッドアローズ(以下、UA)〉との協業から生まれた形。

ー〈UA〉との関係は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。また、今回〈TABAYA〉の1周年という節目に、〈朝日焼〉とともに三社で別注アイテムを制作することになった背景を教えてください。

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〈UA〉との関係は、2000年代初頭にバイヤーの方がに弊堂本店を訪れていただいたことから始まりました。当時、開化堂に戻ったばかりの私は、すぐに茶筒を携えて東京へ向かいます。弟の結婚式の引き出物として作った「クローバー柄」の茶筒を見て、「〈TABAYA〉のマークを入れられますか?」とご提案いただいたことが、最初のコラボレーションでした。かつての箱に使われていた束矢模様を茶筒に復刻。この模様はわずかなズレでも目立つため、高度な技術が求められました。
そして今回、TABAYAの1周年にあわせて〈朝日焼〉さんとの別注が実現しました。〈TABAYA〉ディレクターの田村さんから「もう一度こうした工芸品を世に出したい」とお声をかけていただいたことは、大きな意味を持つ出来事でした。
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(左上)茶筒製作で出た端材をバーナーで熱し、約1000度で溶かして砂の上にに流し込む。(右上)八木さん自らサンドペーパーで〈開化堂〉らしさを入れる。(左下)松ヤニで炙り、少し溶かすことで固定し、お香を立てる穴をあける。(右下)完成したお香立て。手仕事ゆえに一つひとつ異なる表情を持つ。

ー今回のコラボレーションアイテムにおける〈開化堂〉としてのこだわりや特徴を教えてください。

今回のコラボで手がけたお香立ては、当初からこの形を想定していたわけではありません。もともとは松林さんがお香立てを作り私が皿を作る構想でしたが、「逆にしたらどうなるか」と考え、実験的に真鍮を溶かして流し込む方法にたどり着きました。ただし、単に流すだけでは工業製品のようになってしまうため、鋳型に砂を使い、指で凹みをつけて一つひとつ表情をつくっています。仕上げに一部を研ぎ出すことで、粗さと端正さが同居するバランスを目指しました。少し削ったりと、形をどう整えるかというところに〈開化堂〉らしさを考え、東京にある〈TABAYA〉で求められるバランスを意識して設計しています。

時間と、心を乗せる道具。

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ー今回のアイテムはどのような方に使ってほしいと考えていますか?

このアイテムは、「一服」の時間を楽しんでほしいという思いから生まれました。火を灯し、煙を眺めるひとときは、スマートフォンとは異なる、自分を整えるための時間です。旅先でも香りを立たせれば、その場を自分の空間に変えられる。長く使う道具はやがて「自分のモノ」になっていく。心を乗せられる余白こそが、これからの価値だと感じています。効率的な消費とは別に、使い込むほど自分の一部になっていく感覚になります。
ー最後に、今後つくっていきたいアイテムはありますか?

「これをつくりました」で終わるのではなく、その道具が生む前後の時間まで考えたい。使うことで一日の流れが豊かになるような、暮らしそのものをかたちづくる姿勢を大切にしています。私たちの仕事は「ハレ」ではなく「ケ」のためのもの。日常のささやかな時間を引き上げることに価値がある。河井寛次郎の言葉「暮しが仕事、仕事が暮し」にも通じる感覚です。割れれば金継ぎし、凹みや経年変化も味として受け入れる関係です。実際、K2やエベレスト、南極まで持ち込まれた茶筒が修理に戻ってきたこともあります。その姿は、道具と人の関係を象徴していました。数値化できない感覚にこそ、代えがたい価値がある。〈開化堂〉は、そんな道具をつくり続けていきます。これからも〈TABAYA〉とともに、日常を少し面白くする提案を続けていきたいと思います。

茶の湯とともに受け継がれる美意識。

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京都・宇治の地で慶長年間に創業した〈朝日焼〉。茶の湯文化の中で小堀遠州の美意識を受け継ぎ、「綺麗さび」とも称される独自の表現をかたちにしてきた窯元です。抹茶茶碗にはじまり、煎茶文化の広がりとともに器の領域を広げながら、約400年にわたりその技術と思想を継承。今回のプロジェクトでは、土の質感を活かした器のパーツを手がけています。朝日焼十六世・松林 豊斎さんにお話を伺いました。

茶の湯とともに育まれた美意識。

ー〈朝日焼〉の創業の歴史、またこれまでどのような器を作ってきたかを教えてください。

画像 朝日焼 十六世 松林 豊斎さん。

〈朝日焼〉は、約420年前の慶長年間(1596〜1615)に始まったと伝えられています。茶の湯文化が確立していく時代、初代は小堀遠州の指導を受け、その美意識を体現する茶碗を生み出してきました。侘び寂びに華やかさを重ねた「綺麗さび」とも呼ばれる感覚が、素朴さと洗練を併せ持つ朝日焼の基調となっています。その後、抹茶茶碗を中心に制作を続けるなかで、約200年前から広がった煎茶文化にも応じ、煎茶器の制作が始まりました。淡い色合いの煎茶を美しく見せるため、白い磁器も取り入れ、抹茶と煎茶それぞれに適した器を作り分けてきました。

画像 松林さん作 「茶盌 月白釉流シ 金彩」

こうした営みの背景には、宇治という土地の存在があります。お茶の生産と文化が根付くこの地で器をつくることが、〈朝日焼〉の本質でもあります。抹茶と煎茶、その両方に向き合いながら、慶長の創業から数えて現在は十六世へと受け継がれています。

画像 〈朝日焼〉の窯元の横を流れる宇治川。〈朝日焼〉の土は宇治川から流れてきた土が蓄積し何千年と堆積し陶土に変わる。


土地と時間がつくる器。

自分たちの時代で一から作るのでなく、歴史の中で受け継いできたものを、時代や文化に応じて素材や方法、デザインなどを新しく取り入れ、核となる部分は変わらずに受け継ぎ、お茶の文化に寄り添いながら、その時代にふさわしい器をかたちにしていくことが、〈朝日焼〉の特徴です。

画像 〈朝日焼〉の登り窯。薪で数日かけて焼成され、温度や炎の揺らぎによって器の表情が生まれる。制御の難しさと引き換えに、一つひとつ異なる仕上がりになる、〈朝日焼〉の要となる窯。

土もまた、時間をかけて寝かせ、空気や水に触れることで性質が整っていきます。宇治という土地の豊かな水環境も、ものづくりを支える重要な要素です。焼成では登り窯で数日かけて1300度近くまで温度を上げ、釉薬の美しさと土の柔らかさを両立させています。
こうした素材や文化との関係性の中で、朝日焼は器をつくり続けています。
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(左上)(右上)成形後、半乾きの器を削り、高台や厚みを整え、使い心地と形を仕上げる「削り」工程。
(左下)(右下)焼き窯に入れる前の傷が無いかチェックする「はけふき」という工程。一つ一つ丁寧に職人の手により丁寧に行われる。


工芸とファッション、その交点で。

ーそんな〈朝日焼〉が〈UA〉と共同して何かモノづくりをされたり、販売をされるようになったきっかけは何でしたか。

〈UA〉さんは、日本の工芸や良質なものをいち早くファッションの文脈で紹介してきたお店で、〈開化堂〉の八木さんや金網つじさんを通じて、以前からご縁がありました。約15年前にはバイヤーさんが訪ねてくださり、お話しする機会をいただいています。私たちの世代にとって憧れでありながら、どこか近い存在として関係が続いてきました。その後、重松さんにお声がけいただき〈順理庵〉でのイベントを開催し、さらに〈TABAYA〉のオープンを機に再度お声がけをいただきました。そうした流れの中で、〈朝日焼〉としての制作にも関わらせていただくようになり、関係がより深まってきたと感じています。
ーその1周年企画として今回〈開化堂〉と一緒に3社の別注アイテムができましたが、どういうものを作っていこうというお話の流れを教えてください。

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ディレクターの田村さんとは、オープン直後から「1周年で何かやりたい」とお話ししてきました。検討を重ねる中で、「お香にまつわるもの」というテーマが決まり、〈開化堂〉から真鍮滴のお香立ての案が出てきたことで、それを引き立てる皿を〈朝日焼〉でつくる方向になりました。色は、〈TABAYA〉のイメージに重ね、コバルト顔料を使った呉須の釉薬を採用。もともと〈朝日焼〉にあったものの、近年はあまり使っていなかった青が、真鍮とよく響き合うことから自然に決まりました。形はシンプルに、サイズ感を合わせて仕上げています。
また、お香皿としてだけでなく、自由に使える器として提案したいという思いもありました。用途を限定しないことで、日常の中でより楽しんでもらえるものになればと考えています。

画像 底には削りのデザインを入れて〈朝日焼〉らしさを表現している。

ーお香立て以外で使うものって、例えばどういうものを想定されていますか。

ちょっとしたスイーツをのせて、コーヒーや紅茶の時間に。大きすぎないサイズなので、デスクで仕事をしながら使うような、さりげない距離感が似合います。色合いも美しいので、アクセサリーの仮置きとして使うのもよさそうです。用途を限定せず、日常の中で自由に使っていただけるものになればと思います。

記憶を宿す器という存在。

ーこれからの暮らしの中で、器というものは、どのような役割を持っていくとお考えですか。

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器とは本来、何かを受け入れるものですが、日本では物理的なものだけでなく、人の心や記憶までも受け止める存在として捉えられてきました。茶碗をつくり続けてきた立場としても、器には美意識や記憶が宿るものだと感じています。
今回、お香立てを支える皿を手がける中で、香りが記憶と強く結びつくことを改めて意識しました。お茶の時間や、眠る前のひととき、あるいは集中するための時間など、香りとともに過ごす瞬間が積み重なっていきます。
そうした時間に寄り添い、記憶とともに残っていくことが、器の役割をより深めていく。日々の時間の中で意味を持ち続ける存在になっていけたらと思います。

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工芸とファッションのこれから。

ー最後に、これから〈TABAYA〉と〈朝日焼〉とで何かやりたいことはありますか。

工芸は長い時間軸の中で培われるものですが、ファッションは「今」をどう楽しむかに強い意識が向けられていると感じます。どちらが優れているということではなく、両方が人にとって大切なもの。その掛け合わせによって、新しい価値やスタイルを共有できる場をつくれたらと思っています。私自身はファッションとは距離のある生活をしてきましたが、近年は工芸とのコラボレーションも増えてきました。そうした中で、早くからその価値を大切にしてきた〈UA社〉とともに取り組めることに意味を感じています。
工芸とファッションの融合が今は新鮮に映る時代ですが、いずれそれが当たり前になり、逆に難しくなる時も来るはずです。そのなかでも「やはりいい」と思える表現を、一緒につくっていけたら面白いと考えています。

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PROFILE

八木 隆裕

八木 隆裕

京都で約150年にわたり茶筒製作を続ける開化堂の六代目当主。創業以来受け継がれてきた茶筒づくりの技を学びながら、従来のBtoB中心のビジネスから一般消費者向けへと舵を切り、海外市場にも積極的に展開してきた。2012年には、同世代の京都の若手伝統工芸後継者とともにプロジェクト「GO ON」を立ち上げ、国内外に向けて日本の伝統工芸の魅力を発信している。
https://www.kaikado.jp/

松林 豊斎

松林 豊斎

2016年に父の跡を継ぎ、十六世豊斎を襲名。400年にわたる宇治・朝日焼の歴史と「綺麗さび」の美意識を基軸に制作を行う。茶の湯の伝統を大切にしながらも、国内外での個展開催や英国リーチ窯での制作、海外展覧会や茶会・ワークショップを通じて茶文化を発信。宇治に朝日焼 shop&galleryを開設し、茶を中心とした新たな活動を展開している。
https://asahiyaki.com/

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