
モノ
2025.06.27
世界から日本のモノづくりの素晴らしさを伝えるブランド「SETCHU」とは。
ユナイテッドアローズ 原宿本店がこの春“史上最上級のユナイテッドアローズ”をコンセプトに掲げ、和と美意識と豊かな生活を表現する「TABAYA United Arrows」として生まれ変わりました。世界中の本物を審美眼でセレクトしたアイテムが揃うこのお店で、日本人デザイナーの桑田悟史氏が手がけるブランド〈SETCHU(セッチュウ)〉の別注アイテムを展開。日本語の「和洋折衷」に由来するブランド名の如く、和と洋、性別や時代、伝統と斬新など、ボーダーレスなデザインが魅力の〈SETCHU〉のモノづくりの魅力に、「TABAYA United Arrows」スペシャルアイテムを別注した〈藍染工房 壺草苑〉での藍染め工程を含めて迫ります。
Photo:Taro Ota
Text & Edit:Shoko Matsumoto
和と洋の融合から生まれる、唯一無二のアイテム
「ユナイテッドアローズという会社は、日本人なら誰もが知っている存在ですし、ファッション業界に携わる者にとっては常に憧れの存在でした。そんな歴史ある原宿本店のリニューアルというタイミングでお声がけをいただけたこと、本当に光栄に思っています。特にバイヤーの方と直接やりとりをしながらものづくりができるというのは、デザイナーにとって大きな喜びであり、信頼の証だと感じました。UAさんは常に最前線を走っていて、ただ商品を並べるのではなく、企画やイベントを通じて、思想やカルチャーを発信している。そんな場所に〈SETCHU〉の洋服を並べてもらえるというのは、私自身もファッションラバーの一人として、感慨深いことです。」
--オープンに際し、「TABAYA United Arrows」別注の藍染めアイテムを制作することになった理由を教えてください。
「今回の別注にあたっては、まずコンセプトが明確に伝わるものであることを大事にしました。その点で、〈SETCHU〉のシグネチャーであるORIGAMI Tシャツは、自然と候補に挙がりました。これまで白と黒のみの展開でしたが、日本の伝統的な染色技法を活かすことで、新しい表現の可能性が広がると考えました。藍染めは、日本の文化や美意識を象徴する技法です。UAさんの〝最上級の提案をしたい〟という意向と、〈SETCHU〉の〝伝統と現代を結ぶ〟という姿勢がぴたりと重なりました。伝統的な手法を用いながらも、現代のTシャツというフォーマットに落とし込むことで、これまでにない表現ができるのではと、私たち自身も大きな期待と挑戦心を持って取り組みました。」
「ORIGAMI Tシャツは、その名の通り折り紙のように畳める構造を持ったアイテムです。私たちはこれまで、ジャケットやシャツなど、立体的な構造を持ちながらも美しく折り畳めるウェアを展開してきましたが、Tシャツは最も日本的な感性を凝縮させたアイテムです。本来は立体で成り立つ洋服に、どのように折り畳むという概念を加えるか。現代の生活に寄り添いながら、美しさを損なわない設計を模索してきました。ミニマルなアイテムですが、ロゴの配置をガイドラインとすることで、誰でも美しく折り畳むことができます。これは着物の〝おくみ線〟にも通じる、日本的な感性が宿ったデザインです」
--壺草苑さんで藍染めを行うことになったのはなぜですか。
「壺草苑さんは、もともと日本国内でも非常に有名な染工場で、個人的にも以前から知っていました。実はイタリアにも似たような染めの技術を持つ工房はありますが、今回はあえて日本で挑戦してみたかったんです。アイテムが決まった後は、いつも生産をお願いしているイタリアやポルトガルの工場にも相談しましたが、UAさんとのご縁もあり、せっかくなら日本でのものづくりに挑戦してみようと考えました。僕たちは普段ミラノを拠点にしているので、日本での制作には物理的な距離もあり、簡単ではありません。でも今回はUAさんが間に入ってくださり、サポート体制も整っていたため、通常のコラボレーションとは一線を画すような、特別な取り組みになると感じたんです。壺草苑さんの天然灰汁発酵建てによる藍染めは、非常に手間がかかる伝統技法ですが、その分、色の深みや揺らぎが美しく、布に染み込む質感は唯一無二。今回、藍染めに加えて、ポルトガルの工場で制作した鉱物染めのTシャツも並行して展開することにしました。鉱物染めのシリーズは、特に〈SETCHU〉にとっても非常にレアで、少量生産、糸の選定、色の調合に至るまで、細部にこだわって仕上げたものです」
天然藍の原料となる蓼藍という植物の葉を乾燥させた蒅(すくも)。蒅に灰汁、石灰、ふすま(小麦の外皮)、日本酒を加え、一週間から10日かけ発酵させた液を作る。


甕の中で発酵している藍液の中に、一枚ずつTシャツを入れ、7分ほど良く揉み込み色を染み込ませる。
「鉱物染めのほうは、より淡く、上品な色合いが特徴です。たとえば昔の着物に見られるような、落ち着いたパステルトーンですね。コットンに染めると特に柔らかく仕上がり、優しい印象になります。一方で、藍染めはもっと力強い印象です。今回のTシャツは、ORIGAMIシリーズの特徴である〝折り〟のデザインを活かし、折り目にコントラストが出るよう、染めの濃度を調整しました。藍染めの方は、白と藍の強い対比を活かした表現で、グラフィック的な存在感が魅力です。視覚的にシャープな印象を好まれる方には藍染めを、柔らかなトーンを好まれる方には鉱物染めを選んでいただけると思います」


空気で酸化することで藍独特の青みが現れる。淡いトーンは水中でゆるやかに酸化させ染まり方を緩やかにし、ムラが発生しづらいように染め上げていき、濃い色は空気中で酸化させることによって、藍の色を最大限引き出して染めを重ねていく。同じ藍染めでも、発酵の状態や、酸化のさせ方などで濃度に表情が生まれる。
ミラノから日本へ。技術と感性が交差するものづくり
「まず、鉱物染めは色の再現性に非常に気を使いました。室内と屋外での見え方、光の当たり方などによって印象が変わるので、サンプル制作を重ねて調整していく必要がありました。藍染めのほうでは、折り目を線として染めに活かすという点が大きなチャレンジでした。板染めに着想を得たのですが、実際に板染めでやろうとすると、時間も手間もかかりますし、思ったような繊細さが出にくい。そこで、伝統的な染色方法をベースにしながらも、糊を使って染まらない部分をコントロールする方法に変更しました。特にお願いしたのは、非常に細い線をきれいに出していただくこと。太すぎても細すぎてもだめで、ちょうどいい幅に仕上げてもらえるよう、肩や袖の位置なども細かく調整していただきました。普通では染めの入りにくい部分まで、一枚一枚丁寧に仕上げてくださり、まさに日本の職人技の賜物だと思っています」




フリーハンドで抜染のための繊細な目安をマスキングテープで施す。その上から抜染のりを載せ、余剰分を取り除いたら、ゆっくりとテープを剝がす。洗いをかけると、線として活かされた折り目ができる。これを、前身頃縦2本、後ろ身頃縦2本、前身頃横1本、肩線、後ろ身頃横1本袖2本と、抜染だけでも5日間かけておこなう。
「デザイン通りに仕上げていただき、とてもありがたく思っています。壺草苑さんには多くの試行錯誤をしていただきました。藍染めは日本各地でさまざまな方が取り組んでいる分野ですが、今回のプロジェクトでは、ORIGAMI Tシャツの折りという特徴と、藍の表情を掛け合わせることで、今までにないユニークなプロダクトになったと思います」
「今回のように日本で実際に生産をする機会は限られているので、日本のクラフトマンシップの高さに、改めて深い敬意を抱く経験となりました。遠隔での進行という難しさもありましたが、UAさんや壺草苑さんの協力があったことで、非常にスムーズに、かつ高いクオリティで完成させることができました。こうした経験を通じて、〈SETCHU〉として今後さらに日本の素材や技術にフォーカスしたプロジェクトに挑戦してみたいという気持ちが強くなりましたね。ファッションに限らず、プロダクトや空間設計など、さまざまな領域で日本の文化を生かした取り組みができたらと思っています」
撮影時に偶然みつけた「TABAYA United Arrows」のロゴ。SETCHUさんのスペシャルなこころいきに感動。
「僕たちも、すべてにおいて〝最上級〟を追求しています。たとえば、商品一つひとつにQRタグをつけているのは、僕たちだけだと思います。縫い付け用のコットン糸も特別なものを使い、縫製もすべて手作業。特に今回の商品には、UAさん専用のビデオも制作しました。ぜひQRコードを読み込んでご覧いただきたいです。最上級のおもてなしは、僕たちのDNA。そうした姿勢も今回の取り組みにしっかりと反映しています。“史上最上級のユナイテッドアローズ”というコンセプトのもと、〈SETCHU〉を選んでいただけたことを大変光栄に思っています。一人のファッションラバーとしても、ユナイテッドアローズの新たなチャプターに大きな期待を寄せていますし、できるだけ早くお店に伺いたいです。「TABAYA United Arrows」が、単なるショップではなく、思想や感性が交差する場として育っていくことを願っています。きっと新しい観光名所になると思いますし、他では手に入らない特別な商品を展開できることに、僕自身がいちばんワクワクしています。日本の方にも、海外の方にも、新しい〈SETCHU〉の魅力を楽しんでいただけたら嬉しいです」
「ありがたいことに、さまざまな国や分野から声をかけていただくことが増えています。これまでにも洋服だけでなく、お香や陶器など多様なプロダクトを展開してきましたが、今後も枠にとらわれず、日本らしい美意識や素材を取り入れたものづくりを続けていきたいです。今年の秋には、新しい挑戦となるプロジェクトを発表予定です。詳細はまだお伝えできませんが、これまでとはまた違ったかたちで〈SETCHU〉らしさを体現したものになると思います。そして6月には、ミラノファッションウィークでも発表の機会をいただいています。他のブランドが手を出さないような領域や表現にこそ可能性があると思っているので、今後も他にはない挑戦をしながら、地に足をつけながらゆっくりと成長していけたらと思っています」
INFORMATION
PROFILE

桑田 悟史
1983年京都府生まれ。 セレクトショップで働いたのち、21歳の時にロンドンへ。 サヴィル ロウでテーラリングを学びながら、セントラル・セント・マーチン美術大学に通う。 その後数々のブランドで経験を積み、2020年イタリア・ミラノでセッチュウを設立。

壺草苑
村田染工株式会社が一部門として平成元年に藍染工房として開苑。江戸時代に行われていた日本古来の藍の染液を作る方法「天然藍灰汁醗酵建て」で化学薬品を一切使用せず、自然界からとれる原料のみを用い藍染をしている工房。