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スパイバー×バトナー×ユナイテッドアローズのタッグで生まれたサステナブルなニット

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2024.02.15

スパイバー×バトナー×ユナイテッドアローズのタッグで生まれたサステナブルなニット

山形県に本社を置く企業Spiber(スパイバー)が量産化に成功したのは、自然界からヒントを得て、微生物発酵というプロセスで作られる新素材「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)」。〈ユナイテッドアローズ〉(以下、UA)では、その「ブリュード・プロテイン™」を使用した糸で、同じく山形県でニットウエアを手がけるブランド〈バトナー〉に製品を依頼。3社のコラボレーションで叶ったサステナブルなファッションプロダクトが、これからの持続可能な世界への足がかりになることを期待しています。

Photo:Go Tanabe
Text & Edit:Shoko Matsumoto

化石燃料に由来しない、人工のタンパク質素材の誕生。

「ブリュード・プロテイン™素材」をご存じでしょうか。原料に石油由来の資源を使わずに、植物由来の糖類を用いて微生物発酵で生産される新素材のこと。この「ブリュード・プロテイン™」開発秘話を、<スパイバー>取締役兼代表執行役の関山 和秀さんに訊きました。

画像 スパイバー株式会社 取締役兼代表執行役 関山 和秀さん

「もともと、食料問題や環境問題など、人類にとって戦争や紛争のリスクを高めてしまうような地球規模の課題に対して、リスクを低減できるような技術などを自分が提供できれば、世の中に貢献できるのではないかと考えていました」。そして高校三年生のとき、恩師の話に背中を押されます。「新しいバイオサイエンスとコンピューターサイエンスを融合した新しい学問領域やテクノロジーというのが、エネルギー問題や食料問題、環境問題など、今人類が直面している地球規模の課題を解決していくための、キーソリューション、キーテクノロジーになる」。関山さんは慶應義塾大学が世界でも最先端の研究所を翌年山形県鶴岡市に開設すること、1年生からでも研究室に入れることを知り、大学入学時より住居を移し、研究に没頭していきました。

画像 山形県鶴岡市に位置する本社のラボでは、日々研究がおこなわれている。

すでに進行しているいろいろなプロジェクトに参加しながら、インパクトが大きそうなテーマを探求。「ある日研究室の飲み会で、どうやら蜘蛛の糸はすごいらしいぞ、という話になったんです。バイオ由来で、石油化学製品の最先端素材に比べても強靭。防弾チョッキに使われている素材に比べても強いらしいと。でも、にわかに信じがたいじゃないですか。でももし、仮に本当なんだとしたら、なぜそのすごい材料が実用化されていないんだろう?と。普通にシルクや、カシミヤ、ウールなどは産業化されている。蜘蛛の糸がそれだけすごい材料なのであれば、誰かがそれを実用化しようとしてもおかしくないんじゃないかと思って。そうされていない理由があるとしたら、技術的な課題か、本当はそんなにすごくないか、どちらかだろうと。それで蜘蛛にまつわる論文や文献を片っ端から調べ結局わかったのは、やはり技術的に難しいということでした。ただ少なくともそれらの論文ベースでは、素材としては本当に優れているということがわかった。同等の素材を開発できる見込みは当初あまりなかったけれど、もしかしたら自分たちが第一人者になれるかもしれない。わずかな希望を持ちつつ、裏山へ行って、蜘蛛を100匹くらい獲ってきては糸を巻いて、DNAの研究を始めたんです」

画像 抽出、精製したブリュード・プロテイン™ポリマーを紡糸して、繊維に、そして綿や糸へと加工。


地球にやさしくサステナブル。「ブリュード・プロテイン™繊維」の可能性。

大学院在籍中にスパイバーを設立した関山さん。当初研究していた蜘蛛糸から着想を得て、よりニーズベースに多様なタンパク質を開発する技術を確立していきました。地球上に存在する天然素材は大きく分けてふたつ。セルロースベースのものと、タンパク質ベースのものがあります。植物性がセルロースで、主にコットンやリネンなど。動物性がタンパク質というイメージで、ウールやカシミヤ、シルク、ダウン、レザーなどが含まれます。その、タンパク質ベースの素材を、動物(大型の家畜)から採取するのではなく、目的とする特徴や機能性に応じてアミノ酸配列、DNAを情報科学的に独自に設計、合成して作り出したものが「ブリュード・プロテイン™素材」なのです。「ブリュード・プロテイン™素材」はさまざまに加工が可能で、特にブリュード・プロテイン™ポリマー(原末)を紡糸した「ブリュード・プロテイン™繊維」には環境分解性が実証されており、土壌環境では未染色の「ブリュード・プロテイン™繊維」の生地であれば、コットン繊維とほぼ同様に6か月程度で分解されることが社内試験で確認されています(環境条件にもよります)。そして、海水中でも分解されることが確認されているため、排出による自然環境への影響が課題視されているマイクロプラスチック軽減にも貢献できると目され、環境への負荷低減を見込める点も特徴です。世界初の量産が可能となった人工合成による構造タンパク質素材は、原料を枯渇資源に頼らず、生産工程や素材そのものの低環境負荷の実現が可能で、本当の意味でのサステナブルな未来が期待できるのです。

画像 培養液の中で微生物を発酵させブリュード・プロテイン™ポリマーを生産する。

人工タンパク質素材の実用化を目指し、まず最初の10年くらいは、基盤技術の開発に費やしました。パイロット(試験的)プラントだけでも4回以上大きな改造をおこない、少しずつ技術を高めながらの試行錯誤。ある程度の目処が立ったところで、企業との取り組みをはじめ、量産を見越したプラントをタイに建設開始したのが2019年。そこから竣工に2年弱、稼働に2年、コロナ禍も乗り越えながら試験生産を経て、2022年夏にようやく商業生産を開始しました。

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画像 1本の繊維に見えるものをほぐしていくと、無数の極細の繊維の束であることがわかる。


タンパク質の新素材が変える世界。

2021年にはISO(国際標準化機構)によりISO2076の「タンパク質繊維」の定義が改定・発行され、「プロテインファイバー」には、天然由来のタンパク質だけでなく、人工的に製造されたタンパク質も含まれるようになりました。現在、人工のタンパク質繊維を実際に産業レベルで供給できるチームは〈スパイバー〉だけと言っても過言ではありません。「ここまで本当に時間がかかった、というのが本音です。常に大変なことばかり。2022年夏にタイのプラントが稼働し、より多くの方に『ブリュード・プロテイン™素材』をお使いいただけるフェーズに入ったので、弊社から2023年3月に、何か一緒にものづくりができないかとお声がけさせていただきました」

画像 3社コラボレーションによるサステナブルニット。ナチュラル、ネイビーの2色展開で、レディス、メンズの2サイズ。


〈バトナー〉のニットに「ブリュード・プロテイン™繊維」がもたらす新しい息吹。

〈スパイバー〉が開発した最先端のサステナブル素材「ブリュード・プロテイン™繊維」を使用した糸で、ニットを編んでほしい。UAがそうリクエストしたのは、山形県のニットメーカー「奥山メリヤス」。オリジナルブランド〈バトナー〉の製品に、新素材をどのように落とし込んだのか、ディレクター&デザイナーの奥山 幸平さんに訊きました。「スパイバーさんが開発した『ブリュード・プロテイン™繊維』の名前は、数年前から知っていて、遅かれ早かれ取り扱いすることになるんだろうなと思っていました。業界内では知らない人はいないくらい、いい意味で未知なる素材。これからどう発展していくのか楽しみですし、UAさんから『ブリュード・プロテイン™繊維』を使ってニットを編んでほしいと提案があったとき、素材を触ってみたいという気持ちがあり、興味深くスタートしました。どういう風合いに仕上がるのか、着心地など、楽しみが大きかったですね」

画像 有限会社奥山 メリヤス ディレクター&デザイナー 奥山 幸平さん

ある程度違いや苦労しそうな点を予測しながらスタートしたといいますが、意外にもスムースにニッティングは進んだそうです。
「今回はオーガニックコットンの混紡率が高いということもあって、そこまで苦労はしませんでした。ウール絡みのほうが、もうちょっと縮みが出たりなど、いろんな問題が想像されましたが、比較的編みやすかったです。手触り、着心地は新感覚。『ブリュード・プロテイン™繊維』を使っていると、言われなければあまりわからないかもしれませんが、オーガニックコットンと混ぜるとカシミヤっぽい感じ。清涼感というより、ふわっとしたイメージの風合いを感じます」
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オーガニックコットンに「ブリュード・プロテイン™繊維」が混紡された糸で、胴体や袖などの部位を昔ながらの製法リンキングすることで優れた着心地に。編み立てた部位を、職人による手作業でひと目ずつ縫い合わせていく。

出来上がった製品は、コットンカシミヤのように落ち感がやさしく、ある程度キックバックも強いので伸縮性もあり、着やすい。〈バトナー〉のシグネチャーモデルにまた新しい魅力が加わりました。
「従来のシグネチャーモデルは、厚みがあって、しっかり感がありますが、『ブリュード・プロテイン™』ver.は、より軽さが加わっています。春の立ち上がりに着やすいような肉感に持っていくことができました」

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社会、そして地球のため。ユナイテッドアローズがおこなうサステナビリティ活動「SARROWS」。今回の製品には、初めてこの「SARROWS」タグが採用される。
こうして、〈スパイバー〉、〈バトナー〉、〈ユナイテッドアローズ〉によるニットが誕生。100年ほど続いた石油化学の時代。これからの100年は、間違いなくバイオもの作りの時代になっていくという関山さん。基盤技術とインフラ作りでよりいっそう貢献していきたいといいます。
「今回のニットは、20年かけてできあがった最高峰みたいなもの。クオリティ的にも、コスト的にも、産業的にも、しっかり使っていただけるものができてきて、そういう意味では我々の集大成と言えます。ただ当然、これがゴールではありません。むしろ、スタートラインに立ったばかり。衣類はもちろん、食べ物も今まさにプロテインクライシスと呼ばれていて、タンパク質がどんどん足りなくなるといわれています。いかに今ある農地を極端に広げずに、資源を使わずに、今まで利活用されていなかったバイオ資源を活用して、タンパク質を作るかが重要。そういうところでも、我々の技術を応用していきたいと思っています」

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PROFILE

Spiber株式会社

Spiber株式会社

構造タンパク質「ブリュード・プロテイン™素材」を開発、生産するバイオベンチャー。2007年9月創業。現在、タイ・ラヨン県にて、Spiber初となる量産プラントで ブリュード・プロテイン™ポリマーの生産を開始し、段階的に生産量を拡大していく予定

BATONER

BATONER

1951年創業のニットメーカー・有限会社奥山メリヤス。世に送り出されるニットウエアは、原料から製品に至るまですべての工程を高いクオリティで管理し、仕上げられています。日本が世界に誇る技術と伝統、さらなる品質を追い求める意欲をもって、次の世代へと受け継がれるモノを作り続けています。

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