ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

モノ

2020.08.20 THU.

「ソニー」の高機能素材トリポーラスのイノベーションとは。

〈ソニー〉が米の籾殻から独自に開発した多孔質炭素材料トリポーラス。この新素材を使って、ニオイ問題の解決に取り組む〈ミツヤコーポレーション〉がまったく新しい消臭機能を持つ繊維製品を誕生させました。〈ユナイテッドアローズ〉はこの繊維を使ったアンダーウェア、ソックス、タオルを発売。サステナブルな社会をめざすイノベーションから誕生した新素材、その開発経緯と可能性について、山ノ井 俊さん(ソニー 知的財産センター知的財産インキュベーション部ストラテジーGp、事業開発マネジャー)、鈴木利正さん(ミツヤコーポレーション執行役員、研究開発担当)、鈴木 脩さん(ユナイテッドアローズ企画担当)の3名が語ります。

Photo_Kaoru Yamada
Text_Shota Kato(OVER THE MOUNTAIN)

大きな期待が集まる新素材トリポーラス。

〈ソニー〉は1991年に世界で初めてリチウムイオン二次電池を商品化し、その後も高性能化を目指して研究開発を行ってきましたが、その過程で特殊な構造を持った炭素材料であるトリポーラスを発明しました。特許を取得した独特の微細構造により優れた吸着特性をもち、水や空気の浄化など、幅広い分野への応用が期待されています。

トリポーラスには大きさが異なる細孔が複合して存在しているため、従来の活性炭では吸着しづらかった大きな有機分子やウイルスなどを容易に吸着することができます。例えば、色素などの大きい有機分子では活性炭の約2倍、タンパク質では約8倍の量を吸着することができます。さらに、活性炭に比べ、優れた吸着スピードを有しており、体臭やペットのニオイの原因となるアンモニアガスでは、従来の活性炭よりも約6倍のスピードで吸着することが確認されています。

トリポーラスの原料である米の籾殻は、日本で約200万トン、世界中は年間1億トン以上が排出されています。1トンの籾殻から製造可能なトリポーラスは約100kg。世界中で大量に廃棄されている籾殻をリサイクルすることにより、循環型社会の実現に貢献します。

2

3


おもしろい素材はできたけれど、どの分野に活かせるのだろうか…。

ートリポーラスの衣類への商品展開はどのように決まっていったのですか?

山ノ井:衣類への展開は〈ミツヤコーポレーション〉さんと出会ったからこそ生まれました。トリポーラスは “水や空気を磨く新素材” と謳っているように、浄水器や空気清浄機などへの展開を中心に考えていたり、既に商品化されているロート製薬のデオウ(トリポーラス配合のボディソープ)のような汚れをすぐ取るスキンケア商品には可能性があると考えていました。しかし、衣類は〈ソニー〉の事業領域からは遠い分野なので、衣類に応用するというイメージは持っていませんでした。それが〈ミツヤコーポレーション〉さんとの出会いから衣類への検討が始まりました。

ーISPO(イスポ/世界最大級のアウトドア・スポーツアパレル展示会)やSXSW(世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル)にも出展していますが、“ソニーと籾殻・衣類” という結びつきは大きな驚きがあったかと思います。

山ノ井:そうですね。両方のイベントでも来場客の皆さんから「どうしてソニーが衣類を展示しているのか?」というような驚きの反応をいただきました。しかし、捨てられていた籾殻を再利用して、人々の快適な生活に役立てつつ環境問題にも貢献したいと説明をすると、多くの方が共感されました。ISPOの出展各社の展示を見てみても、業界全体にリサイクルやエコの流れが大きくなっている印象を受けました。SXSWでは、エナジードリンクの色が透明になるというデモンストレーションをしました。着色された液体をトリポーラスで濾過すると透明になるというパフォーマンスは、籾殻から生まれたというストーリーとあわせて大きなインパクトがあったと思います。

UA鈴木:たしかに、展示会に行くと話題はサステナビリティだらけですね。各社さまざまなアプローチで取り組まれていますが、特にトリポーラスは循環型社会の実現に貢献したいという想いに感銘を受けそのストーリーに共感できたので、商品化に取り組んでいきたいと思いました。

4大量廃棄されてしまう籾殻こそが、トリポーラスの原点。


ニオイのプロも驚く消臭率の高さ。

ー〈ミツヤコーポレーション〉の鈴木さんはトリポーラスを初めて知ったとき、どのように感じましたか?

ミツヤ鈴木:たしか山ノ井さんから話を聞いたのは2017年5月だったと思います。繊維業界にはたくさんの消臭繊維が存在するので、必要ないという意見もありましたが、私は高分子物質が吸着するというところに興味を持ったんですね。従来の活性炭に比べて、分子量の大きなものを吸着できる点は珍しいので面白いと思って、開発に手を挙げました。

ー発明には苦難がつきものですが、トリポーラスの繊維化・生地化はいかがでしたか?

ミツヤ鈴木:それは本当に大変な道のりでした(笑)。トリポーラスは軽石のような炭なので、粉砕が大変なんです。繊維に練り込むためにはものすごく細かくしなければならないのですが、それが最初の大きなハードルでした。それと黒は嫌がられる色なので、なかなか試験に協力してくださる工場が見つかりませんでした。

5籾殻は、粉末状の活性炭へと加工される。

ーなぜ黒は嫌がられるのでしょうか。

ミツヤ鈴木:製造装置を洗うのが大変だからです。例えば、習字で墨が白シャツに付くとなかなか取れませんよね。白いものだけ作っていたら製造装置を洗う必要がないのに、黒を作ると相当な時間をかけて洗浄しないと次に白いものが作れないそうです。そこで、炭の扱いに慣れている備長炭を練り込んだ繊維を作っているところへ出向いて、トリポーラスをレーヨンに練り込んだワタを作ってもらいました。どれだけトリポーラスを入れたらいいのかというところから探り始めて、多く入れると強度が悪く糸にならなかったりと丁度いい含有量を探すのに苦労しました。次は糸にするために、杢糸を製造しているところでレーヨンの糸を紡績してもらいました。糸まで完成したものの、それを生地化するのはまた大変なことなので、少量の生地で作れるアイテムで消臭試験の検査をたくさんしました。

ー試験にあたって重視したポイントとはなんですか?

ミツヤ鈴木:私が重視したのは再現性と信頼性。つまり“正しさ” ですね。ひとつのデータだけでは、それがトリポーラスの効果なのか、レーヨン自体の効果なのかがわからないので、トリポーラスが入っていない生地も大量につくって、本当にそれがトリポーラスの効果なのかわかるようにし、幅広く、機能を調べる試験を行いました。またワタ、糸、生地についての同じ実験をすることでトリポーラスの特徴が見えてきました。

ー試験の中で特に驚いたことを挙げるとすれば?

ミツヤ鈴木:驚いたのは、アンモニアの消臭性能が非常に高かったことです。通常の消臭試験では接触時間は120分なのですが、10分で検査してみたところ、120分と変わらないくらいの素晴らしいデータが出たんです。つまり、消臭スピードが早いということです。そして、消臭の容量も大変大きく、洗濯をしてもそれらの性能がずっと維持されることもわかりました。

6トリポーラス粉末が練り込まれた糸。


見た目は天然素材なのに消臭機能が…?

ー〈ユナイテッドアローズ〉の鈴木さんはトリポーラスに対してどんな印象を受けましたか?

UA鈴木:最初に山ノ井さんと鈴木さんから弊社にご連絡をいただいたのが2019年5月くらいでした。僕はシンプルに「ソニーがアパレル系の素材開発!? 面白そうだなぁ」と驚きました。でも、〈ソニー〉と衣類は業界がかけ離れていたので、不安な部分もあったんです。それでも生地の開発は〈ミツヤコーポレーション〉さんと取り組んでいるということで、やはり楽しい取り組みになる予感がしましたね。世の中には機能性素材を使ったファッションアイテムが多く存在しますが、ポリエステル混のアイテムが圧倒的に多いんです。言い換えると、良くも悪くも見た目が機能性っぽいけど、トリポーラスに関してはいい意味でギャップがあるというか。天然素材ライクなものを着ているのに「消臭機能がある」というギャップが個人的には面白いですね。

7匂いが気になる肌着類にトリポーラスはうってつけ。ボクサータイプのパンツと、ソックス2種がラインナップ。

8フェイスタオルとハンドタオルの2Pセット。汗を拭いても消臭機能があるのはかなり嬉しいポイント。

ーアイテムはどのように選定していったのですか?

UA鈴木:機能を考えると消臭が求められるものを真っ先に検討しました。僕は出張が多いので、そういったニーズに対しても肌着類からスタートすることが自然な流れで決まりました。トリポーラスは構造で消臭しているので、直接肌に触れても大丈夫という安心感があります。であれば、肌着なら良さを感じてもらえるんじゃないかと。

ー衣類化するにあたってはどんなハードルがあったのでしょうか。

UA鈴木:世の中に新しく出てきた素材ということで、僕らも製品化としては初めての試みでした。鈴木さんも事前に検査してくださっているけど、僕らは製品の生地、仕様で同じ効果が出るのかを全部確認しなければいけないので、相当な時間とコストが掛かりました。それと、機能性素材は何かと制約が多いんです。

ーどんな制約があるんですか?

UA鈴木:炭を練り込んでいるトリポーラスは黒とグレーしか基本的に色がないんです。その中でどうやって色を表現していくのか。いつもより企画の時間も掛かりました。このようなプロジェクトは最初の取り組みから実行に移ると関わっている会社のメンバーが徐々に減っていくんですが、今回はずっと人数が多いままだったので、その分、意見が異なったりと大変でしたが、それを上回るいい結果が出たと思っています。

ミツヤ鈴木:実は白をつくりたいと思って、いろいろトライしているんですよ。例えば、黒い糸のまわりに違う糸を巻くというカバーリングヤーンという技を試しています。また、生地をダブルフェイスにして片面は白という生地も開発していただいています。
一般的な消臭生地はコットンやポリエステルなどに反応基というものをくっ付けて、アンモニアと中和させる、化学吸着による消臭というやり方をとります。その点、トリポーラスはニオイを物理的に吸着するための孔がたくさん空いている構造ですから、一般的なものよりも吸着容量に優れているんです。

ー穴がたくさんあるから、たくさん消臭できるというメリットがあるんですね。

ミツヤ鈴木:まさにそのとおりです。安心安全でかつ大量に吸着できる。これがトリポーラスのメリットなんですね。


ファッションを通じて、消臭と抗菌から世の中を良くしていく。

ー現状、トリポーラスを使った商品はどれくらい展開されているのでしょうか。

山ノ井:現在、商品化されているのはボディソープ、シャンプー、そして衣類の分野となります。また、様々な分野での実証実験も行っており、例えば世界遺産の平等院では空気中の汚染ガスによる文化財の劣化を保護するための実験も行っています。また〈ソニー〉は1946年創立時に起草された、原点とも言える設立趣意書がありますが、その原本の劣化を防ぐためにもトリポーラスが使われています。さらに、水中でのウィルス吸着性能が高いことを昨年国際学会で発表しており、将来的には発展途上国の水浄化装置などにも展開もしていきたいと考えています。もちろん、繊維に関してもさらなる改良を加え、より良い製品を増やしていきたいです。

ミツヤ鈴木:トリポーラスは様々な用途展開が検討できる可能性をもった新素材でして、我々もその可能性を最大限引き出せるよう検討を進めています。レーヨンの次に取り組んでいるポリエステルでもユニークな機能が出てきているので、期待していてください。現在機能性としては、消臭に抗菌も追加されました。さらに世間で問題になっている感染の応用技術的なものを追加できたら、世の中にとって素晴らしいことに繋がるので、いろいろと調べている段階です。消臭から始まりましたが、トリポーラスの機能性で人々に貢献できる商品をつくれたらと思っています。私はできあがったものを実験して特徴を洗い出すのはすごく好きです。そういう意味でトリポーラスはやっていて楽しいし、試験結果にワクワクするやりがいのある相手です。またそれが世の中に喜ばれる商品につながることが一番嬉しいんです。

9Tシャツにはレーヨンが混ぜられているので、機能素材とは思えないしっとりとした肌触りと程よいドレープが生まれる。ブラックとグレーの2色展開。

ー〈ユナイテッドアローズ〉としては競合もトリポーラスを使ったアイテムを開発していますが、どうやって差別化していこうと考えていますか?

UA鈴木:〈ユナイテッドアローズ〉は柄ものや色ものを打ち出さず、ベーシックにひとひねりを加えたアイテムを展開しています。トリポーラスに頼り切ると、スポーツアイテムになってしまうので、服としても良し、なおかつトリポーラスの機能を気に入ってもらえるものを、縫製やシルエットといった細かい技の集合体からつくっていきたいです。僕らがそれを企画する頃には、ミツヤ鈴木さんはきっと新しい生地を開発しているんじゃないかなと思います。消臭という機能では、靴のインソールに圧着して貼れないか。抗菌では、マスクやマスクケースなど、ファッションアイテムと日用雑貨的なベーシックなものの両軸で開発していければと思っています。

ミツヤ鈴木:私はトリポーラスで新しいモノが世の中に出てくれることがとても嬉しいんです。「こんないいものがつくれたのでどうぞ!」と渡して、あとは〈ユナイテッドアローズ〉さんがうまく料理してくれれば。世の中に受け入れられるものに昇華していただけるように、これからもいい素材、いい機能を見つけて託していきたいと思います。

PROFILE

山ノ井 俊

ソニー㈱知的財産センター知的財産インキュベーション部ストラテジーGp、事業開発マネジャー

2009年にソニー㈱へ入社、先端マテリアル研究所に配属。リチウムイオン電池やトリポーラスを含めた材料・デバイス系の研究開発に従事。2015年より知的財産センターにて、知財を活かした事業開発の一環としてトリポーラスの事業開発を担当。
https://www.sony.co.jp/Products/triporous/

鈴木 利正

㈱ミツヤコーポレーション 社長室室長、研究開発担当

大手薬品会社研究員から繊維の商社を経て2017年からミツヤコーポレーションに入社、ニオイ問題を切り口としたNioi-X-Labを開設。開発した薬剤、物質、生地がどのような性質を持っているかを明らかにすることが何よりも楽しい。
https://nioixlab.com/triporousfiber/

鈴木 脩

㈱ユナイテッドアローズ 第一事業本部 メンズ商品部

1982年東京都生まれ。2005年にユナイテッドアローズ 渋谷明治通り店にアルバイト入社後、いくつかの店舗を経て2012年商品部へ異動。雑貨のオリジナル商品の開発がメインだが、各種別注やノベルティも担当している

JP

TAG

SHARE